1-2 目が覚めて

(・・・・・・どこだ、ここ?)
 目が覚めて一瞬で脳を覚醒させる。自分の「何処(どこ)」と「 此処(ここ)」いう言葉を反芻し記憶を辿る。
(―――確か昨日、前々からの計画通り国から脱出しようとして、脱出したはいいけど追手を掛けられて、傷を負って、死ぬかなーと思ったら、意識が朦朧として、再び目を開けると暖かくて、それから・・・・・・)
 記憶が無い。
(ということはそこで意識が途切れたってことだな。・・・・・・うむ、記憶喪失の類にはなってないし、記憶もまぁしっかりしてるな)
 自分の記憶に満足し、次に現状の把握に移る。
(・・・・・・ということは最期に思った通りココはあの世か?)
 しかし、目に映る光景からは自分が想像していた「あの世」というイメージからは、かなり遠い。とゆーか、ぶっちゃけこれが「あの世」なら素晴らしい新説だ。
 あっちの世界では、まず御目にかかることのできない、『ショウジ』や『タタミ』、『フスマ』といった、昔話に出てくるようなシーンがそのまま目に映る。
(あの世って言えば俺的には光射す天の上か、暗〜い地の底だもんな〜。まぁ俺が逝くのは確実に地の底だけど)
 とりあえず今この状況でわかることは、
1、こっちの世界に移ってこれたのは夢でないこと。
2、自分は布団に寝かされていること。
3、傷は少々痛むが手当てされているらしいこと。
4、ここはどうやらあの世ではないらしいこと。
 の四つだ。推測が多いのが気になるが、現状から考えればまず間違いないだろう。あの世であるならわざわざ傷を治療する必要もないし、地の底の罰として苦しめるなら少々の痛みでは不十分なはずだ。そしてもっとも重要なのは四つ目。
(ここがあの世で無いなら、俺はまだ死んでいない・・・・・・か)
 生きていたことが嬉しいのと同時にわずかな落胆を覚える。
(まだ、生き続けるんだな。俺という存在は)
 別にわざわざ好き好んで死のうとは思わないが、生き続けたいとは思わない。死んだら死んだで「ま、いっか」くらいで終わらせる程度の価値しか『生きる』という生命活動に対して思い入れがない。
(うわー、俺の人生って半端だなぁ。・・・・・・言っててなんか空しいし!!)
 と思ってため息をつくと急に眠くなり始めた。体はどうやらまだ眠りを欲しているらしい。
(最近、結構ハードだったからなぁ。傷の手当してくれてるし、とりあえずこのままご厚意に甘えて寝かせてもらうかなぁ。少なくとも寝てる間に殺されることはないだろ)
 図々しい奴・・・・・・と思う、が。
「本当に、なんか、疲れた、な」
 つぶやきと共に意識は急速に薄れていった。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 少年は気付けなかったが、傍に髪の長い女性が座っていた。女性の歳は20代前後だろうか。
 肌に張りのある、かなりの美女だ。その女性は指を口元に添えながら視線を布団に寝かされている少年の顔に注でいた。
 どこにでもいる黒髪。年の頃は十歳前後で自分の娘と同じくらいだ。歳の割に落ち着いた雰囲気の力場 (フィールド)を持っており、先ほど目を開けた時にアイカラーは黒だということを確認している。
(ふむ、これはなかなかなイイ男に成長しそうね)
 自然と顔がニヤケてくる。我が娘ながら()い目をしていると思う。
 二日前、祭りの晩に自分の娘が見つけてきた少年はボロボロだった。肉体的もそうだが、おそらく精神的にも相当まいっているのだろう。力場の精彩は欠けていたし、先ほどの呟きがそれを裏付けている。傷の手当に一晩掛け、なんとか一命を取り留め、それから看病すること丸一日。意識は取り戻したようだがまたすぐ眠りについてしまった。
 そして先ほど気付いたことだが、この少年はまず間違いなく戦闘訓練をうけている。それもかなり高度の。少年が目を覚ましたのにもう一瞬気付くのが送れていたら自分の存在に少年は気付いただろう。自分の存在を隠したのは、病人に気を遣わせないほうが良いというとっさの判断だった。しかし少年の力場の探り方は軍隊特有の探り方であり、また相当の熟練者だということを物語っていた。
(これは結構訳有りっぽいわね。色々と楽しみだわ〜)
 などと心躍らせていると廊下を小走りで駆けてくる音がする。
 この部屋の前で止まると、音をなるべく立てないようにゆっくりと障子が左右に開けられた。
 そこには予想通り自分の娘がいた。目線で入室を尋ねてきたので微笑みながらうなずく。すると足音を立てないように布団の側まで歩き、二人共、自分の向かい側にそっと座り少年の顔を覗き込んでいる。少年の目が覚めたか気になるようだ。少年の目が開いていないことを確認すると今度はこちらに尋ねようと顔を上げる。
「おかあ」
「けが人が寝てるんだから静かにね。あと廊下を走ったら起こしちゃうからダメでしょ? それからただいまの挨拶は?」
 言い終わる前にそう諭されて二人は顔を見合わせると頷きあい小声で挨拶を交わす。
「「ただいま」」
「おかえりなさい。手は洗った?」
 二人は首を縦に振ると頷き合い、一息ついてから尋ねてきた。
「お母さん。この子、目は覚ました?」
「少し目を覚ましたけどすぐ眠っちゃったわ」
 目を覚ましたと聞いて声が少し大きくなる。
「名前は?」
()い子だった?」
 右手で静かにというジェスチャーをすると二人は両手で口を覆ってまた顔を見合わせてから答えを待つ。
「ほんとにすぐまた眠っちゃったから話もしてないの。だから名前はわからないわ。でもね、きっと将来いい 男性() よ」
 多分「いい子」のニュアンスが違うだろうが、あえて無視。内心邪悪に表面上優しく頷く。気分は小悪魔だ。
「ホント?」
「何で解るの?」
 娘二人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら尋ねてくる。
「フフフ、それはね・・・・・・女の勘よ」
 キョトンとしていたが、納得したのか笑顔になって
「お母さんの『勘』よく当たるもんね」
「つまり、適当なんだね」
 笑顔で頷きながら、ああ、二人とも自分達の娘だなぁとつくづく思う。感覚で理解しつつ、ツッコミを忘れない。前半分は自分に似たところ。後ろ半分は夫に似ている。そこにこの少年が混じることでこの双子の姉妹はどう変化していくだろうか。
「心配しなくても仲良くなれるわよ」
 少年の顔を眺めながら姉の方がつぶやく。
「仲良くなれるかな?」
 そして妹が翳りのある顔で
「仲良くなってくれるといいな」
 仲良くできるか不安半分。期待四分の一。そして残り四分の一が、拒絶されるかどうかという恐れ。なんとも複雑な疑問に対して母は優しく、そして力づけるように声を掛ける。
「だから、心配しなくても大丈夫よ。きっと善い子だから。それに命の恩人に良く出来ないような恥知らずな男なら、お母さんがけちょんけちょんにしてやるから」
 半分本気で言ってやると二人は笑顔に戻り
「いじめちゃダメだよ、お母さん」
「そうやってお父さんをお尻に敷いてるんだね」
 二人が笑顔に戻ったのに安堵し時計を見ると四時半だ。もう三十分もしたら夕飯の支度を始めなければならない。
「ハイハイ、そろそろ雪も桜も宿題始めなさい。二人で分担せずにきちんと自分の力でやるのよ? それで宿題が終わったらこの子をみてあげていてちょうだい。お母さんはその間にご飯の準備するから」
『ハーイ』と二人で顔を見合わせて立ち上がるとまたゆっくりと歩いて障子までいき、今度は廊下も静かに歩いて自分達の部屋へ向かっていった。
 もう一度穏やかに眠っている少年の顔を見る。
「ほんと、あの子達はどうなっていくのかしらね」
 小さな呟きがもれた。


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