1-3 夢と幻覚

 燃える田畑。崩れゆく家屋。逃げ惑う人々。
 またこの夢か。

 熱を持った風が吹き、助けを請う大人たち。
 何度見ても見慣れることの無い夢。

 親とはぐれ、泣き叫ぶ子ども。
 これが夢の中の出来事ならばどんなに救われただろう?

 天災などではない。国と国との争いに巻き込まれた人々は、ただ無力に死んでいく。
 しかしこれは紛れも無い現実であり真実。古い記憶。

 救うべきものも、護るべきものも、そこにはたくさんあったはずなのに。
 忘れることのできぬ忌むべき記憶。

 自分の身代わりとなり、凶刃に倒れる女性。
 逝く直前まで微笑み続け、憎まずそして生きろと自分に語る。

 何故、貴女が死なねばならぬのか?
 何故、自分ではないのか?

 わからない。
 わからない。

 涙が枯れはてた後に出したのは一つの答え。
 ただこの事件を境に「僕」は「俺」となり、そして覚醒が始まる。

 争いを終わらせる。
 世界を破滅へと導く救世主として。

 二度とこのような惨禍が起きぬように。
 再び笑顔溢れる星となるように。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 ゆっくりと目を開けると、小さな明かりを灯す蛍光器具と、木目調の見知らぬ天上が見える。
(嫌な夢をみたな)
 この夢をみるのは久しぶりだ。ここ最近はずっと見ていなかったのに。
 重いため息と共に思うことは
(腹減った)
 人間どんなときでも生存本能に忠実ならしい。
 ずっと寝ていたのでイマイチ時間の感覚がはっきりしないが、外が暗いので多分夜だろうとあたりをつける。さて宵の口だろうか。夜中だろうか。明け方だろうか。夜中だったら飯を頼むのは流石に気が引ける。とはいえ、ずっと寝ていたので空腹感を得たまま眠り続けるのも難しい。
(ダメもとで起きてみっかなー)
 一度思えば後は動くだけだ。起きる予備動作として体を横に向けると息がかかるほどの至近距離で女の子の寝顔が飛び込んで来た。



(・・・・・・はぁ?)



 一度目を閉じゆっくり深呼吸を三回。焦りそうになる自分を静めようと努力するが頭の中は既にパニックだ。凄まじい早さで思考が流れていく。
 前に目が覚めたときには回りに人はいなかったですし、自分はまだまだガキですから女性に興味を持つのは早すぎですよ? とゆーか『子ども』に手を出すなんてロリコンか貴様!? って、いやいや自分まだ八歳のはずですから別にロリコン呼ばわれされるいわれは無いですよ!? いたって普通ですって普通!! 普通ついでに夢遊病者でもないですし気になる持病も持ってませんって!! それに可能性として一番高いのはまだ寝ぼけてるってことですよ!! もう一度目を開けて確認して御覧なさいって!! きっと夢見が悪かったから幻覚でも見たんですって!!

 とりあえず思考が一段落したところでもう一度深呼吸して目をあけるとやっぱり女の子が寝ている。しかもよく見ると閉じた (まぶた)から涙が溢れている。


(・・・・・・)


 頭が真っ白になるのを自覚しながら必死で考える。落ち着け自分。よく考えるんだ自分。もう一度目を閉じてじっくり考えるんだ。これは何かの間違いなんだ。そう間違いだ。幾らなんでも無意識のうちに女の子を寝床に連れ込むなんてできるはずないだろ? しかも俺はまだ八歳だぞ? これは何かの陰謀だ。そう悪戯(いたずら)好きの大佐あたりの。話せばわかる。話せばわかる。向こうも同じ人間だもの。ちゃんと話せばわかってくれる。とりあえず謝っとこう。うん、それがいい。何故だかわからんが泣いてるし。連れ込んだ全然記憶なんて全然無いけどやっぱり人間第一印象は大切だもの!! よし!!

 再び目を開けてごめんと謝ろうと口を開いた時
「ご」
「ごめんなさい」
 不意に女の子が目を開けて先に謝罪してきた。瞼はまだ湿っている。
「!!!!!!」
 もうパニックもいいところだ。何がなんだかさっぱりわからん。いっそ見なかったことにしようかと思いぎこちない動作で寝返りを打つと同じ寝顔が
(・・・・・・・・・・・・)
 やはり至近距離にあった。
(・・・・・・ああ、これは悪い夢なんだ)
 気が遠くなって頭が霞はじめる。頭の隅で情けねー、と冷ややかな声が聞こえた気がした。


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