流石に三度目ともなるとそろそろ天井の風景にも見慣れてくる。
「くぅ〜〜〜」
横になったまま欠伸をしながら体を動かす。久しぶりに体を動かした気分だ。
(あ、実際久しぶりなのか。どのくらい寝てたのかなー)
などとボーっと考えていると横から見知らぬ女性が覗き込んできた。
「あら、目は覚めたかしら?」
確認の意で問うてきたのではい、と軽く頷き体を起こす。
さてこれからどう会話を繋ごうかと考え一呼吸。
「どうも助けていただいてありがとうございます」
女性は一瞬驚いた顔になってすぐに表情を変える。
「あら、若いのに随分礼儀正しいのね。けど残念ながらあなたを助けたのは私じゃなくて私の娘達なの。お礼なら娘達 に言ってやって。私は怪我の治療をしただけよ」
手を口に添えながらクスクスと上品に笑う。
てっきり見た目、二十歳前後だと思っていたが子どもがいるならもう少し年上のようだ。
「あーと、えーっと、それじゃあどうも怪我の治療ありがとうございます」
再び礼の意を込めてあいさつすると楽しそうに笑う。
「どういたしまして。話は変わるけどいろいろ尋ねてみたいんだけどいいかしら?」
少し考えて、
「当たり障りの無いことでしたら」
「そうね、じゃあまず名前と歳を教えてくれる?あ、私は美咲、
女性の歳に関してこっちの世界でも共通認識があるらしい。この辺、旧時代の名残だろうか?
ともあれ先に名乗られたなら名乗り返すのが礼儀だ。
「えーと、歳は8歳くらいで、名前はシュウです」
話が少々ややこしくなるのを覚悟で正直に答える。割愛しても構わないのだが命の恩人になるべく嘘はつきたくはない。が、やはり怪訝そうな顔で尋ねられる。
「『くらい』というのは?」
勤めて明るく、
「僕、捨て子だったんですよ。ですから正確な歳はわからないんです。たぶんこのくらいだろうと里親は言ってました。まぁほんと首も座ってない頃に捨てられたらしいんで間違いはないと思います」
「そう・・・・・・ごめんなさいね」
ある程度は答えを予測していたのか神崎さんは思ったほど表情を暗くすることはなかった。
「いえ、あまり気にしてないんで気を遣わないでください」
自分としては「ある一つの事」を除いては特に気にしていないのに腫れ物に触れるような扱いはゴメンだ。
「そう? じゃあもう一ついいかしら? 苗字は? それともシュウが苗字なのかしら?」
割と頭の切り替えの早い人のようだ。変に暗くなられるよりも自分としては助かる。
「ミョウジ?」
神崎さんが変な顔をする。
「えーと、苗字の意味わからない? 私の『神崎』にあたる部分がそうなんだけど・・・・・・」
説明を聞いてもキョトンとした顔を見た神崎さんは閃いた顔をして
「あ、『ふぁみりーねーむ』っていえば通じるかしら?」
「ああ、ファミリーネームのことですか」
ようやくわかった。やはり多少文化や言語に差異があるらしい。もっともタタミやフスマがある時点で気付いてはいたが。
「えーと、さっきも言った通り捨て子だったんで持ってないんですよ。正確には後々貰ったんですが、」
一呼吸置いて
「・・・・・・捨てました。こっちに来る前に」
神崎さんは一瞬険しい顔をして、
「・・・・・・そう」
とだけ答え、この件に関してのそれ以上の追求はなかった。
それから一瞬考えるような素振りをして、
「うん、大体わかったわ。苗字がないならシュウ君って呼んでいいかしら?」
と楽しそうに尋ねられた。
「あ、シュウでかまいませんから」
「そう? じゃあシュウちゃんって呼ぶわね」
眉間に皺を浮かべる。
「・・・・・・『ちゃん』付けですか?」
「ダメ? 可愛くていい感じじゃない?」
「ダメではないですが、もう少し幼い子に付けるものだと思うのですが・・・・・・」
さすがに「ちゃん」付けはこの歳で恥ずかしいので、できれば止めてほしい。
「でもまぁ決定事項だし、『シュウちゃん』でいいじゃない」
とニッコリ顔で言われてしまった。
「決定なんですか?」
「ええ」
と微笑まれた。できることなら勘弁して欲しかったが恩があるぶん強く言えない。そこで話を中断するように腹の虫が鳴る。それを聞いて神崎さんは更に笑みを深くして、
「少し遅いけど朝食にしましょうか?」
「あ、いただけるんでしたら」
「じゃあその後にまたいろいろ聞かせてもらえるかしら?」
ややぎこちなくええ、と頷く。
これからの説明をどうするか頭の痛い問題になりそうだった。