(フム、流石と言おうか。いい構え方をするね)
目の前の少年の構え方を見て、一朝一夕で身に付くものではないなと判断する。
(さぁ、その実力見せてもらおうかな!!)
◇ ◆ ◇ ◆
相手が手強いことは解り切っていたことだが
(隙がない)
相手は構えもせずただ立っているだけなのだが、逆にその状況が手を出すのを躊躇わせる。構えがあれば攻撃、防御、回避、カウンターと言ったある程度、次の行動を相手の初動から先読みすることが出来る。闘いとは詰まるところ先の読みあいだと言ってもいい。しかし構えの無い状況では次の手が読めない。次の手を読み誤ればその一度で決着がついてしまうこともある。今回は試合であるし、
(俺も臆病になったなぁ)
心の中で苦笑する。昔はこんなことはなかった。一か八かに掛けて猛進していった頃もあったというのに・・・・・・
(まぁ、
体格面でリーチ、スタミナ、スピードは圧倒的に不利、力場面で出力、安定性、錬度の全てに劣る。実践経験の数でなら負ける気はしないが、構えを取っていないにもかかわらずこの隙の無さ。手の付けようが無い。優位な面は精々小回りと言ったところか? 力場で勝る面があれば多少はいい勝負ができたかもしれないが。
(奥の手を使わせていただきますか)
目を閉じて小さく息を吐き、大きく深呼吸する。必要なのは世界を支える法則に干渉する、純然たる意思。
「Exceed elements ready.」
世界への干渉を告げる一文。その言葉を鍵にシステムが起動する。
自分の右側面に薄緑の半透明なウィンドウが表示される。そのウィンドウから
『聖位精霊から反応を確認中』
の文字と、女性の機械音声があり、一瞬間があって
『平均反応率6.7%』
「『刻』による加圧準備」
『警告:現在の反応率では十分な効果が得られない可能性があります。加圧準備を続行しますか?』
反応率が最低でも20は欲しい所だが、場が悪いのだろうか? 妙に反応率が低い。それでも
「Yes」
『警告:現在の身体状況では加圧による負担が大きく、肉体を損傷する可能性があります。加圧準備を中止しますか?』
「No」
『了解、加圧準備開始します』
ウィンドウに終了予測時間を表すグラフが表示されるが一瞬でゼロになる。
『加圧準備完了』
最期の通知がウィンドウに表示された後、ウィンドウ自体が閉じられる。これで準備は終了。あとは力を行使するだけだ。もう一度息を吸い、
「時間と空間を支配する刻の精霊よ。我が身を時の束縛より解き放ちたまえ!!」
高らかに呪文を宣言する。
呪文の宣言と同時に自分のフィールドが加圧される。
(つっ)
負荷が予想以上に強い。苦痛に顔が歪みそうになる。
(今の体じゃあ、この程度の加圧でも負荷が大きすぎるのか)
身体能力の加圧を目的とした力場に、魔法での加圧を加えた結果である。
(持って二発、・・・・・・いや一発か。死角から渾身の一撃を叩き込む!!)
素早く現状を把握し、機械のような正確さで最善、最良の攻撃パターンを弾き出し実行に移す。
◇ ◆ ◇ ◆
少年が祝詞―――呪文を唱えた瞬間、彼本来の力場に、彼のものではない力場が混じる。瞬間、力場が急激に出力を上げた。今までに感じたことの無い違和感を覚える。
(あれが魔法という奴かな?)
感覚が警鐘を鳴らしている。アレは危険だ、と。
(これは本気をださないと不味いかな?)
相手の腕を確かめるつもりの試合で危機感を覚えるとは思わなかった。正直侮っていたと言ってもいい。
どこから攻撃が来ても対応できるように半身をずらし構えを取る。
離れた所で息を呑む声が聞こえた。
意識を少年に向けたまま目線をわずかにずらす。
美咲さんが非難を込めた目線で問うてきた。正気か、と。
内心そんなに睨まなくていいのにと思うのだが、安心させるように笑みを持って小さく肯く。
目線を少年に戻すと腰を落とし右の拳に力場を集中させていた。
(・・・・・・来る)
少年の初動を見逃さないように感覚を研ぎ澄ませる。
瞬、少年が消えた。
消えた場所は分っている。
「くっ!!」
しかし感覚で理解出来ていても視界から消えたという情報のギャップに一瞬混乱する。
相手の拳が寸前に迫っている。当たればヤバイ。渾身の一撃をもらえば意識が飛ぶ。
「だが、甘い」
左足を軸に体の向きを180度変える。急激な挙動に足が悲鳴を上げるが無視。その勢いを持って右拳で
「しまっ!!」
気付いたときには遅すぎた。少年の右脇に拳が入り、体が軽々と宙に舞い、道場の壁に派手な音を立てて激突する。
「っぅ・・・・・・」
うめき声を漏らし、左腕を庇いながら壁にもたれ掛かるように少年は立ち上がった。
(よかった)
少年が立ち上がったことに安堵の息を漏らす。どうやら脇に拳が入る寸前、左腕で防御していたらしい。しかし受身は取りきれなかったのか額から血を流している。
「そこまでっ!!」
美咲さんの鋭い声が道場内に響く。
少年が虚を付かれた様に声の方に顔を向ける。
「そっか、試合、だっ、たっ、け・・・・・・」
それだけ口にすると少年は力なく崩れ落ちた。