1-9 新たな名

「一夜さん、どういうつもり?」
 少年が気を失って倒れたあと布団に運び、傷を手当して一息。
 予想通り、美咲さんに詰問された。
「あの一撃、入っていたらこんな傷じゃあ済まなかった。―――最悪死んでいたかもしれない」
 言葉が尻すぼみしていく。怒っていた表情から泣きそうな顔になる。彼女は過去の体験から子どもが傷つけられるのを何より嫌う。恐れていると言ってもいい。そんな彼女に返す言葉は
「ごめん」
「それは私にではなく、シュウ君に言うべき言葉だわ」
 彼女の言葉にはまだ少し棘が含まれている。
「そうだね、シュウ君が目を覚ましたら謝るよ。でも、美咲さんにも心配かけさせちゃたったし、やっぱりごめん」
 短く嘆息し、
「一夜さんだけを責めるわけにはいかないわね。―――私も同罪だわ。最初から止めるべきだった」
 後悔から表情は暗い。彼女には笑っていて欲しいと思う。例えそれがエゴだとしても。
「美咲さんのせいじゃないよ。全ては僕の至らなさ故さ。・・・・・・まだまだ僕も未熟だね」
 自虐的な笑みがもれる。そう全ては己の未熟さ故だ。もっと強く、余裕があれば少年を傷つけることなく終わらせられただろうし、美咲さんにこんな顔をさせることもなかったはずだ。
「一夜さん、一人で背負いこまないで」
 彼女は力なく、けれど優しく微笑む。昔、この笑顔にどれだけ救われただろう? 感傷にひたりそうになる心を抑え、話を本題に移す。
「でもこれでシュウ君の実力は問題ないことがわかったね。まさかここまで手強いとは思ってなかったよ。・・・・・・正直侮ってた」
 まさかいきなり魔法を使ってくるとは思わなかった。実はかなり負けん気が強いのかもしれない。
「そんなに強かったの?」
「うん、軽い気持ちで相対していたら吹っ飛んでいたのは僕のほうだったかもね」
「そう」
 それだけ言って少年の寝顔を眺める。寝顔からはあんな強さは想像できない。年相応の子どもの顔だ。
「―――そんな強さをこの歳で手に入れたシュウ君は、どんな人生を送って来たのかしらね」
「・・・・・・」
 少なくとも幸福な人生ではなかったのではないだろうか? 力を必要とした。故に身に付けた。そんな力なのなら尚更。
「雪がね、この子の見ている夢は悲しいって言ってたわ」
「・・・・・・」
「後悔と罪の意識。心は泣いているのに涙を見せず、自分の弱さに憤り、悲しみに耐えて、それでもずっと戦ってきたそうよ」
「・・・・・・」
「そして今、私たちはまたこの子を戦いの場に導こうとしている―――」
 悲痛な表情を浮かべている彼女に
「―――そうだね。結局僕らは、僕らの身勝手な理由の為に、シュウ君を犠牲にすることになるのかもしれない。でも僕は、雪にも桜にも二度と傷ついて欲しくないんだ。もちろん美咲さんにもね。その為ならば僕は悪鬼にでもなるよ」
「・・・・・・ええ、そうね。あんな思い二度とゴメンだもの。でもシュウ君を巻き込んでいい理由にもならないわ。だから絶対に守りきるわ。二人の娘も、この少年も」
 肯いて決意を確認しあう。
「そうだね。ただ少しだけ手伝って貰ってもらおうと思う」
「そうね。手伝って貰えないと家に置いておけないし、その為に実力を測って怪我させてしまったのだもの」
 少し笑みを見せ
「じゃあ正式に彼を家の者として扱おうか」
「ええ、これで少しは楽になるわ」
「うん。それに雪も桜も喜ぶだろうね」
「色々と楽しみだわ」
 微笑を交わし合う。
「ところで名前はどうするの? 神崎を名乗らせるの?」
「それをすると宗家が(うるさ)そうだし、シュウ君もいろいろゴタゴタに巻き込まれるだろうから別に名をあげることにするよ。確か黒河の姓が空いていたと思うから」
「そう、じゃあシュウは『修』のシュウでいいかしらね?」
 少し考えて
「うーん、『秀でる』のシュウのほうがいいんじゃないかな?」
「そう? でもやっぱり『修』のシュウね。最初見たときから決めてたもの」
 こういう時は逆らわない方が賢明だ。笑顔が逆に怖い。
「え、えーと、じゃあ名前は黒河(くろかわ)修司(しゅうじ)でどうかな?」
「なんでシュウ『ジ』?」
 頭に疑問符が浮いている。
「『司』と『ニ』をかけてみたんだ。ここで二度目の人生を歩むことになるだろうから。でもニのままだと味気ないし、どうせなら『修を司る』でシュウジの方がいいかな、と」
「なるほど、じゃあ今からシュウちゃんは黒河修司。愛称は引き続きシュウちゃんで!!」
「それじゃあ早速、登記してくるよ」
 よいしょと言って立ち上がり、しみじみ呟く。
「ああ、これで男が二人になったかぁ、やっと肩身の狭い思いから開放されるなぁ」
「あら? まだ女性の方が比率が高いこと、お忘れなく」
 ガックリ項垂れて部屋から出ていこうと障子に手を掛けたとき
「でも新しく息子ができた気分ね。どうせなら神崎のほうが家族のような気がするけど」
 しょうがないわねと幸せそうに呟く。
 そんな彼女の横顔を見て自分も嬉しくなる。
「そうだね」
 と呟き返した。



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