1-11 理と法則

「いやぁ、すまなかったね。シュウ君の動きが予想以上だったからつい本気を出してしまって―――左腕は大丈夫かい?」
 すまなさそうに謝る一夜さんの声を聞きながら左腕の状態を確認しみる。
 一夜さんから一撃もらった時には折れたと思ったのだが、予想に反してなんともなかった。それどころか内出血もしておらず、痛みさえ感じない。逆に神経系に異常がでたかと思ったが左腕は正常に動く。
「ははは、折れたと思ったろ?」
 一夜さんが悪戯っぽく笑う。
「ええ、でもなんとも無いです。魔法、ですか?」
 確認の意味で尋ねたのだが否定された。
「いや、詳しくはしらないんだが魔法ではないらしい。美咲さんから、この世界に渡って来た子の話は聞いたかい?」
 首を縦に振る。
「その子の話によると、どうもシュウ君達が使う魔法とは根本的に違うらしい。ただ、世界の理に干渉するという意味では魔法と言ってもいいかもしれないね。因みに僕達は神術と読んでいるよ」
 興味深い話だ。是非見てみたいという衝動に駆られる。
「どんなものか見せていただけませんか?」
 とりあえず尋ねてみる。
「ははは、まぁいずれ見せるときがくるだろうからその話は置いとくとして」
 そう言って一夜さんは咳払いをして
「さっきの試合で使ったアレが魔法かい?」
 少し考えて
「ええ、世間一般の人が使うのとは多少違いますけど、魔法です。こっちの世界にきた人、魔法は使えなかったんですか?」
「ああ、本人は使えないと言っていたよ」
 真面目な顔で答えた一夜さんだったが
「それ、嘘ですね」
 間を開けず即答する。一夜さんの何気ない一言だったがその矛盾にすぐに気付いた。
「その人、元の星に帰ったんですよね?」
 一夜さんは肯く。
「魔法が使えないのにどうやって元の星に帰ったんでしょうね?」
 一夜さんは大きくため息をつく。
「やっぱり嘘付いてたか」
 どうやら同じことを疑問に思っていたらしい。
「まったく。人を騙すことと、悪戯を考えることに関しては人一倍だったからなぁ。呆れるよ」
 それでも懐かしむように文句を言う一夜さんを見て、そう悪い仲ではなかったんだろうなと勝手に推測する。
 また一つ一夜さんが咳払いをして
「まぁ、ここに居ない奴のことはどうでも言いとして、あれはどんな魔法だったんだい?てっきり火の玉なんかが飛んでくるものだと思っていたんだけど・・・・・・シュウ君の力場(フィールド)に君、以外の力場が混じった後、 消えた(・・・) ね?」
 消えた、とは言いえて妙だなと感心する。一夜さんもあの動きが単に高速で動いたわけではないと分っているのだろう。
「少し、と言わず教えてもらえるかな?」
 一瞬悩んでから
「あの魔法は自分の存在を、『刻』精霊に干渉してもらって世界の流れからほんの少しズラしてもらうんです」
 一夜さんは言葉の意味を吟味して
「理屈としては解るけど・・・・・・可能なのかい?」
 可能かどうかと言われても実際そうしているのだから、そうとしか説明できない。
「ええ、まぁ『魔法』ですから」
 と言う曖昧な説明に対し
「なるほどね、それでまったく動きを目で追えなかったのか」
 一応納得してくれたようで肯いてくれる。そんな一夜さんを見て
「逆に質問なんですけど、何故あの攻撃を避けれたんです? タイミングは外してなかったつもりなんですけど?」
 自惚れかもしれないが、あの一撃は決まったと思った。しかし現実にはかわされた挙句に、カウンターを貰ってしまった。
「アレはね、力場の応用技術で領域(テリトリー)と言うんだ。普通、力場探索(フィールド・サーチ)を行う時は自分を基点に一度力場に接触してしまうと、もう一度力場の外に出ない限りは存在を感知できないね? けど領域はその内部にいる限りどこに何があって、どんな形や動きをしているかがハッキリ分かるんだ。たとえ視覚に映らなくても。ただ有効範囲が力場に比べて狭いのと、体得するのが非常に難しいのが難点かな?」
 涼しげに一夜さんは笑う。少し気になったので質問してみる。
「その領域いう技は一般的な技なんですか?」
「いや、ほとんどの人は使えないし知らないよ。内の流派の奥義だからね。そして知っていても使えるのは一部だ。安心していい」
 一夜さんは笑みを濃くする。その言葉に対し眉を寄せて
「難しい、と表現するそれを、会得するだけではなく体得する貴方は一体何者ですか?」
 力場に関しては戦闘する上で必須知識と言える。その必須知識の中に知らない技術があるとしたら戦闘では圧倒的に不利となるが、どうやら知らない方が普通らしい。こちらの思いを知ってか知らずか、一夜さんは
「ははは、神主兼、妖物退治屋で、戦いと子育て関してはまだまだ未熟の二児のパパさ。」
 またしても悪戯っぽく笑う。
「話は戻るけど、精霊とはどんなものなんだい?」
 言葉に詰まる。改めてどんなものかを説明するのは難しいなと頭の隅で思う。『こういうもの』と認識しているものをどう伝えればいいか。
「えーと、何となくでもイメージないですか?」
 まったくのゼロから説明するのは流石に難しい。そういうと一夜さんも少し難しい顔をして
「そうだね。・・・・・・万物の根源を成している不思議な気、といった感じかなぁ。あとはゲームでの知識だけど火の玉飛ばすのには火の属性を持っているとか、契約したりとか」
 自分よりよっぽど客観的な説明な気がするが大体のイメージを持っているのなら話は速い。
「はい、広義としては大体そんな感じです。魔法の元になる力・・・・・・存在力、具現化力とでも言うんですかね。分かっている範囲では意思を持っていること。そして位が存在することです」
「位?」
「ええ、低位の精霊はその辺に浮いてるだけでそれこそ万物に宿っています。視覚は普通できないですし、意思といっても好きや嫌いと言った感情のようなものです。中位の精霊になると実体化したり、明確な意思を持ちます。それが高位の精霊になると人語を話し、契約を結ぶことができるようになります。生息数は位が高くなるにつれて極端に減少します」
一旦言葉を切り、他に言い忘れはないかなと考えて
「あ、あと魔法を操るのに属性があります。属性の定義は流派によって異なるんですけど基本は火、水、地、風の四属性です。他にはその四属性に雷、氷、毒、爆の四属性を加えた八属性や、木、火、土、金、水の五行、それから陰陽と五行を組み合わせたものもあります」
 触りの知識としてはこんなもんだろうか?
「ほかに、なにか質問ありますか?」
 一夜さんは少し思案して
「シュウ君はどんな流派なんだい? 今の説明だとさっき言ってた『刻』がないね?」
(結構、痛いところを付いてくるなぁ)
 どう説明しようか、また迷う。
 あっちの世界では単にマイナーな流派だと説明してきたし、それで納得させてきた。
 んー、と唸ってから
「低位、中位、高位の精霊とは別に聖位という精霊の存在が確認されているんです」
 喋っていることを頭の中で整理しつつ
「魔法を行使する場合、精霊から存在力や具現化力といった力を借りるんですが、それはあくまでここに居る精霊の力に限定さされるんです。けど聖位の精霊は特殊で、実体と呼べるものがここに存在しないのに力はここに存在するし魔法を行使できる、という矛盾を抱えてるんです。そんな具合で実際のところよく解ってないと言うのが結論です。―――余談ですけど、その存在自体をよく疑問視されていて、偶に学会で議論の対象となってます。
 光、刻、闇、天の四種類が確認されていて、それぞれ火、水、地、風の上位種だと言われてます。そこら辺の理由から『聖位』なんて立派な名前がつけられてます。・・・・・・こんな感じですけどわかります?」
 自分で喋っていてよく理解できないのだから他人が理解してくれるか怪しいものだ。しかしその心配も杞憂で終わる。
「まぁ、なんとなくわかった、かな? とりあえず精霊には位が定義されている。精霊がいないと魔法は使えない。魔法には属性がある。そして特殊な聖位と呼ばれる精霊についてはよく解っていない」
 見事に要約してくれた。聡い人なんだなと感心する。
 相変わらず一夜さんは笑顔だ。
(ええっと・・・・・・)
 共通の話題が途切れてしまって会話が続かない。少し思案してそういえばまだ大事なことを聞いていないことに気付いた。
「あの・・・・・・」
「ん、なんだい?」
 少し緊張して尋ねてみた。
「結局、僕はどうなったんでしょう?」
 さっきの試合。結果だけ見れば一発も当てることなく一撃で伸されてしまった。正直、情けないと思う。
 一夜さんは、一瞬驚いた顔をしてから力強い笑みを見せる。
「落ちたと思ったかい? とんでもない。シュウ君の実力なら十分やっていけるよ。むしろ僕達のほうから力を貸してくれるようお願いするよ」
 そう言って右手を差し出された。その右手を握り返す。
「こちらこそよろしくお願いします」
 と頭を下げた。そういえば試合前にも似たやり取りをしたなぁと頭の隅で思う。
 とりあえずこれで生活の心配は消えてほっとした。
 それから一夜さんは、忘れてた、と言って懐から白い紙を取り出す。
「本当はコレを渡すのが目的だったんだ、すっかり忘れてたよ」
 苦笑しながらそれを両手で差し出してきたので、両手で受け取る。ただの白い紙かと思ったら、どうやらそれは包み紙のようで綺麗に折り目が付いている。とても軽く、何かが入っているようには思えない。
「なんです? これ?」
「開けてみるといいよ」
 そういって笑う一夜さんに怪訝そうな目を向けた後、包みを解く。その中からまた白い紙が現われた。今度は紙に金と黒で字が書かれていた。

 命名 黒河修司

「?」
 『命名』の部分が金。『黒河修司』の部分が黒。どういう意味なんだろうか? ある程度は予測していたが情けないことに字が読めない。
(―――いや待てよ。言語は共通なのに、なんで文字は共通じゃないんだ?)
 もう一度、怪訝そうな目を一夜さんに向ける。そうすると一夜さんは予め予測していたかのように
「そこには『メイメイ、クロカワシュウジ』とかいてあるんだ。つまりシュウ君の新しい名前だよ。戸籍やら保険やらの関係上、名前が必要なんで命名させてもらったよ」
 真剣な顔で言われたものの余り実感が無い。はぁ、と曖昧な返事をしたまま、もう一度紙を見る。
(・・・・・・これで名前を付けられるのは三度、―――いや四度目か)
 少し物思いに耽っていたが、一夜さんの言葉に顔を上げる。
「ちなみに、この世界の風習では命名(いのちな)を送ることは、その人物の親と同じ立場に立つことを意味しているんだ。最近ではそういう風習は薄れ、単に名付け親としてのみ名を連ねることが多いけど、古代語で書かれた名前を送るってことはそれなりの意味があるんだ」
(て、ことは・・・・・・)
「一夜さんが僕の父親ってことですか?」
「そう、それと母親が美咲さんだね。姓が違うけから単に後見人ってことになるけど。これからシュウ君は外からは 食客(しょっかく)扱いで、内では家族ってことになる」
 眉を寄せる。
「ややっこしいですね。それよりもいいんですか? お気持ちは嬉しいですけど、所詮はアルバイトの身ですよ?」
 その言葉に一夜さんは笑顔で
「まぁ、先の見えぬ将来に対する布石、かな?」
 と謎めいた言葉を言った。
 どういう意味か尋ねようとして
「一夜さん、シュウちゃん、いいかしら?」
 廊下側から美咲さんの声がした。



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