1-12 捜索の始まり

 一夜さんのどうぞ、と言う返答を聞いてから、美咲さんは障子を開けて部屋に入ってきた。何か問題でも起きたのだろうか困惑した表情だ。
「もう四時半を過ぎてるのに雪も桜もまだ帰ってこないのよ」
 それを聞いて一夜さんは眉間に皺を寄せる。
「珍しいけど、寄り道かな?」
「それは無いと思うわ。最近シュウちゃんが目を覚ますの楽しみにしてたから真っ直ぐ帰って来てたもの。昨日は帰るのが遅かったけどちゃんと遅くなるって朝出かけるときに言ってたし・・・・・・」
 一夜さんは、んー、と唸る。
「僕が見てこようか?」
 と提案したが美咲さんは顔を横に振る。
「今日、ウチで集会あるでしょ? そろそろ準備しないと・・・・・・」
 一夜さんは一層、眉間に皺を寄せる。美咲さんも困り顔だ。
 この状況で暇な人間が一人。
「あのー、僕が見てきましょうか?」
 おずおずと提案した言葉を15分後、激しく後悔することとなる。


 平服に着替えた後、美咲さんに建物の門の入り口まで案内されて頬が引きつりそうになった。
「・・・・・・」
 建物が山の中にあることは試合の前に美咲さんの口から聞いていたし、ある程度山を下る覚悟はしていた。しかし、
「・・・・・・」
 今、自分は石段の一番上に立っている。そこから見える景色は素晴らしく、町全体が一望できそうだ。高く澄んだ空に、爽秋の日差しは気持ち良く、普通なら心軽くなることだろう―――今から延々と続く石段を下ることを考えなければ。
「・・・・・・」
 見下ろせるほどに続く石段。数えるのが馬鹿らしくなるほどの朱色のトリイ。横に立っている美咲さんが笑いを堪えているのが伝わってくる。なんだか嵌められた感がひしひしとするのは気のせいではないだろう。
「シュウちゃんなら20分もあれば下まで辿り付くと思うわ」
(20分も延々と石段を下り続けなきゃならんのかい)
 げっそりしながら心の中でツッコミを入れる。
 そして素朴な疑問を尋ねてみる。
「他に下に降りる道はないんですか?」
「あるわよ」
 と事も無げに美咲さんは右のほうを指差す。そこには車二台がギリギリですれ違うことの出来そうな舗装された坂道があった。
「あっちから下った方が楽な気がするんですけど?」
「それがねぇ、鍛錬の為に毎日、雪も桜もこの石段使わせてるからもし行き違いになったら困るでしょ? それにシュウちゃんも同じように毎日使ってもらうから早めに慣れてもらおうとおもって」
 今さらりと爆弾発言を投下された気がする。
(毎日? 俺も? なんで?)
 疑問が顔に出てしまったらしい。美咲さんは微笑みながら
「ほら、力場(フィールド)の鍛錬って、まず足腰の強化からって言うでしょ?」
 確かにそうかもしれないが
「横暴だ・・・・・・」
「あら? 雪も桜もしっかりこなしてるんだから、シュウちゃんも頑張らなくっちゃ」
 ため息と一緒に肩を落とす。
「善処します」
 美咲さんはその言葉に満足そうに頷いてから
「はい、じゃあこれ」
 と言って紙を差し出してきた。どうやら手書きの地図のようだ。地図を指でなぞりながら
「下に降りたらココを右に曲がって、その後に大きな道にでるからその道をこう沿って行けば学校に着くはずよ。一応目印も書いておいたからわかると思うわ」
 なるほど単純な道筋だ。迷子になることはないだろう。了解の意味を込めて肯く。
 こちらの反応を見て美咲さんも肯くと真剣な声で
「一つ注意事項を言っておくわ。大きな道の横が森になってるでしょ?」
 そう言って視線をその方向に向ける。なるほど山の上であるここからも、その森を見ることができた。
 町は平地に広がっているのにその一部だけ不自然に緑が残っている。
「随分広い森ですね」
「ええ、でも広いだけじゃあないの。あの森が私達の職場になる場所よ。今は絶対に踏み入らないで。一歩でも踏み込んだら非常に厄介なことになるから」
「わかりました。僕もわざわざ危険地帯に入ろうとは思いません」
 そう言うと美咲さんは笑顔に戻り
「それじゃあシュウ君、家の娘をお願いね。万が一、迷子になったらその地図を破いて。場所が分るようにしてあるから」
 と手を振った。
 門をくぐろうと一歩踏み出そうとして、大事なことが抜けているのに気付く。
「その二人に特徴ってないんですか?」
 いくら人探しに出向いても相手の顔や特徴がわからなければ意味がない。
「あら? シュウちゃん一度、顔を合わせてるはずよ?」
 その言葉に眉を寄せ、記憶を思い返してみるが覚えがない。こっちの世界に来てから見た人は一夜さんと美咲さんだけのはずだ。
(―――)
「・・・・・・」
(―――)
「・・・・・・あ」
そう言えば二度目に目を覚ましたときに、泣いている女の子の顔を見た気が、する。しかも二つ。嫌な汗を掻く。
「もしかしてその子達って双子だったりしマス?」
 てっきり寝ぼけていたからだと思っていた。
「あら? 言ってなかったかしら?」
 美咲さんは真顔だが目が笑っている。
(普通の姉妹だと思っていたのに)
 一夜さんとは、別の意味で敵わないなぁと思い肩を落として歩き出す。
「なるほど特徴はわかりました。それじゃあ行って来ます」
 元気無く挨拶すると
「はい、行ってらっしゃい。気をつけてねー」
 と言って明るく元気に送り出してくれた。



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