1-13 道中のいざこざ

 一人、黙々と階段を下っていると
「マスター、もういいか?」
 と声を掛けられた。周りには誰もいない。自分独りだ。
「ああ、いいぞ」
 そう言って姿の見えない声の主に応じる。そうすると自分の影がたわんだ後、形をかえる。そして影の中で他より暗い部分が出来、影が縦に膨らむ。その中から背が黒で腹の方が白い犬が出てきた。否、コレは犬ではなく狼だ。
「うむ、やはり外の空気は美味いな、マスターよ。影の中もそれなりに快適だが息苦しいのが難点だな」
「どうでもいいけどちゃんと犬っぽくしとけよ? ガキが見ると泣くぞ?」
「分かっている、マスター。しかし疑問なのだが外見的特長だけで犬と狼の違いを判断できる子どもがいるのか?」
 そう言いながら自分の横に並び、テンポよく四本の足で石段を下りる。石段の残りはおよそ四分の一ほどだ。
「とりあえず、大型犬で牙がびっしり生えてて目つきが悪かったら泣くって。下手したらガキの一人位なら丸呑みできそうな勢いだもんな」
「流石に丸呑みは無理だぞ、マスター。少なくとも三口は必要だ」
 はいはい、そーですね、と軽く会話を流すと今度は狼―――ロキの方から話してきた。
「しかし感心したぞ、マスター。きちんと礼節をわきまえて猫をかぶれるのだな」
「失礼な。猫かぶってんじゃなくてあれも地だ」
「ほぅ?」
 胡散臭そうにこちらの顔を窺ってくる。可愛げのない使い魔だ。
「あのなぁ・・・・・・いままでは単に礼儀を必要と思う相手がいなかっただけだ。さすがに命の恩人に対して傍若無人に振舞おうとは思わねぇよ。ついでに言うなら前から節度は持ってたぞ」
 公式の場ではある程度の節度は持って動いていた。まぁ『ある程度』でしかないのは認めるが。
「フム。一応、自分が傍若無人の振る舞いをしていたことには気づいていたのだな。安心したぞ、マスター。もしかしたら気付いていないのではと心配していたところだ。良かったなマスター。こんなにも従順でかつ主人想いの使い魔はそういないぞ?」
 本気で言っているんなら殴ってやりたいところだが、いつものことだ。
「しかし、無茶が過ぎるぞ。マスター。先の戦闘、あの反応率で魔法を使おうなどとよく考えるな」
「んー、まぁ、なんつーか、こう・・・・・・、なんだ? 『男にはやらねばならんときがある!!』って感じ?」
 狼の癖に器用にヤレヤレといった感じで溜息をつく。どうせ主人に対して、ロクでもないことを考えているのだろう。
「だが、あのおかげで少しこの世界のことがわかった。先ほどの戦闘レポートをまとめてみたがどうする?」
「見せてくれ」
 そう答えると、右側面に薄緑の半透明なウィンドウが表示される。目を通す前にロキが説明を始める。
「この世界ではどうやら精霊の存在数自体が希少らしい。理由は不明だが星の出来た順番に関係しているのやもしれん」
「なるほどね。ってことはあの時、場が悪かったわけじゃなく全世界的にあんな感じなのか」
「いや、むしろあの周辺は精霊が他に比べて多いくらいだ」
「・・・・・・マジ?」
 あの量で多いほうなら、他の場所で魔法を使うのは絶望的だ。
「魔法使うのには不向きな環境だなぁ」
 溜息を吐く。
「それと魔素を精製するのにも不向きだと言えるな。マスターは本々魔力の容量は多いが精製量は人並みだ。気を付けられよ」
 特に注意すべき点を喚起してくれた。
「それとあの男――― 一夜殿といったか? 只者ではないな。動きもそうだが、まさか我々の知らぬ力場(フィールド)技術があったとはな・・・・・・」
 レポートを斜め読みしながら
「それだけ世界は広いってことだろ? 良い事だ。例え俺が完全に覚醒したとしても、息の根を止めてくれる人材がいるってことは世界にとって非常に有用だろ?」
「マスター!!」
 諌めるようにロキが口調を荒げる。
「わかってるって。ちょっと冗談言ってみたかっただけさ」
 シニカルな笑みを浮かべながら石段の最期の段を飛ばして下りきった。そして今しがた下った石段を見上げながら
「これをまた上がるのか、辟易(へきえき)するね」
「しょうがないだろう、マスター。働かざるもの食うべからず、だ」
 へいへい、そーだね、とまた会話を流す。それから地図に目をやりつつ目的地に向かって黙々と歩く。時々顔を上げながらすれ違う人の顔を見る。こういう時、力場探索(フィールド・サーチ) は便利だなぁとしみじみ思う。ロキは一歩後ろを離れずに付いてくる。少し黙って歩いていたが
「そう言えばマスター、なぜこの星に渡る前の戦闘で私をつかわなかったのだ?」
「ん?」
「明らかに多勢に無勢。手駒は多いほうが少しでも不利な状況を変えることができただろう?」
 少し考える素振りをして
「あー、アレね。あの陣は完全に一人用だったからなぁ。あの混戦のなかで逸れちまったら、一人で星を渡る破目になっちまうだろ?」
「・・・・・・それだけか?」
 やや納得できない様子だったがそれ以上、ロキは言及してこなかった。
 再び黙って歩き続ける。

―――さっきの説明に嘘はない。ただ伝えていない事実がある。それを言えばこの使い魔は『殊勝なことだ』と 嘲笑(わら)うだろう。だがそれでいい。自分に必要なのは幸福から程遠いものなのだから―――


 ◇ ◆ ◇ ◆

 更に歩くこと20分。美咲さんに注意された件の森。その森を右手に見ながら大きな道を歩いていた。未だに探し人とは出会わない。この調子だと、あと10分ほどで学校に到着してしまいそうだった。
「もしかして違う道で帰った、なんて落ちじゃあないだろうな?」
「その可能性は否定できんが、とりあえず学校まで行くのがベターだろう。なんなら学校に侵入してみるか?」
「侵入とか物騒なこと言うな。まぁどっちにしても学年とクラスがわからないんじゃしょうがないよ」
 と肩を竦めてみせる。それを見てロキは感慨深そうに呟く。
「ニンゲンとは不思議な生活を送るものだな」
 更に進んでいると自分と同じくらいの年代の少年達が反対側から歩いてきた。その集団とすれ違うとき
「・・・・・・でさぁ、神崎のやつさぁ―――」
 足を止めて振り返る。ロキと顔を見合わせる。
「ねぇ、ちょっと」
 と言って少年達に向かって呼び止めた。その声に反応して少年達は足を止めて振り向く。少年達の顔には明らかな疑問の表情が浮かんでいる。
「ねぇ、さっき君達『神崎』って話してたよね? それって双子の女の子のこと?」
 少年達は更に疑問の表情を濃くする。
(そりゃまぁ、いきなり同じ年くらいの見知らぬ奴に話しかけれたらこうなるわな)
 そのなかでどうやらリーダー格の背の高い少年が答える。
「ああ、双子の神崎の話ならしてたぜ。それがどうかしたか?」
 子どもの割りに偉そうな態度に少しムッとしたが極力穏便に尋ねる。
「その子達探してるんだけど知らない?」
 少年達は顔を見あわせたがリーダー格の少年が再び答える。
「知ってるぜ。この先で泣いてるよ」
 そう言って嘲笑した。それにつられて他の奴らも小さく嘲笑する。虐めっ子特有の、好きになれない笑い方だ。その様子をみて思考が冷たくなった気がした。
「―――へぇ、なんで泣いてるか理由知ってる?」
 声のトーンが落ちる。
「ああ、ちょっとイタズラしたらよ、すーぐ泣き出しちゃって。これだから女って弱ぇよな」
 そう言って下品な声で大笑いしだした。
(―――ああ、こいつら)
 人の命の恩人を馬鹿にするとはいい度胸だ。頭がクラクラする。
 ワザと聞こえる程の音量を残して
「いるよねぇ、大人数で囲まなきゃ何もできない愚図野郎って」
 その言葉に少年達の笑いが止まった。
「あん? なんか言ったか? チビ野郎」
 リーダー格の少年は凄んで言う。
 鼻で笑った後、
「聞こえなかったのかよ? つるむことしか能のないグ・ズ・ヤ・ロ・ウ」
 馬鹿にしたように笑ってやる。そうすると少年達が色めき立つのが見てとれた。

 この年代でなら体が大きいというのは圧倒的に有利に働く。それはより大人の体に近付いている証だからだ。きっと喧嘩では負け知らずなのだろう。対してチビではないが平均身長くらいしかない自分はさぞ貧弱そうに見えるだろう。相手は六人。恐らく同い年。きっと負けることなどあいつ等の頭の中に存在しないはずだ。

 一人一人顔を見回す。取り巻きは特にこれと言った特徴も無かったが、リーダー格の少年と似た、いや同じ顔があることに気付く。リーダー格の少年は髪が短髪なのに対しもう一人は後ろ髪を短く束ねている。
(こいつらも双子?)
 短髪の方が良く喋るのに対してもう片方は睨んでいるだけだが体格は同じだ。
(まぁ、どうでもいいや)
 考えを破棄して、もう一度馬鹿にしたように笑ってやる。そうすると予想通り、特徴のない取り巻き共が殴りかかってきた。
 餓鬼は単純で扱いやすいなぁと思う。隣でロキがヤレヤレと溜息を付いている。
 こっちも応戦しようと一歩前に出たところでリーダー格の少年が叫ぶ。
「待て!!」
 殴りかかろうとした少年達が動きを止め、リーダー格の少年が一歩前に出る。
「いい度胸してんじゃねぇか、俺様はな、永折小で喧嘩No1の島岡(しまおか)断十郎(だんじゅうろう)様だ。俺様直々にテメェの相手をしてやるよ!!」
 永折―――学校の名前だろうと適当に当たりをつける。
 それにしてもツッコミどころ満載の阿呆だ。
「おいおい、何時の時代の馬鹿だよ? 俺様? 自分で様とか付けてる時点で頭弱いんじゃねぇの? お山の大将でも気取っとけ。ついでに喧嘩でしかNo1になれないゴミ野郎だろ?」
 こっちの挑発に顔を赤くして口をパクパクさせている。怒りで言葉も出ないようだ。
「・・・・・・テメェ、ぶっ殺してやる!!」
 怒りで頭が一杯なのだろう。右腕を大きく振り上げ真っ直ぐ直進してくる。
(ホント、馬鹿)
 横に大型の犬―――狼だが―――が居るのに突っ込んでくる勇気だけは認めてやろう。しかし如何せん動きが直線的で大味過ぎだ。右腕の一撃を難なく避け、右頬にカウンターを見舞ってやると派手に尻餅をつく。特に力場(フィールド)加圧(ブースト)もしていなので普通の少年の普通の拳だが、相手に勢いがあったので通常よりダメージは大きいはずだ。一瞬、断十郎と名乗った奴は何が起こったのか分からなかったようだが自分が見下されていることに気付くと勢いよく立ち上がる。立ち上るのを待ってやって
「ザコキャラかよ。激弱ぇ」
 また鼻で笑ってやる。その言葉にさらに顔を赤くし殴りかかろうとしたがと言う声に遮られた。
「兄貴!!」
 断十郎に似たもう一人の少年が叫んだようだ。その声に断十郎は振り向き怒鳴り返す。
(うるさ)い、清!!黙っとけ!!」
 それを聞いたセイとやらは舌打ちをして
「今の兄貴の状態じゃあ絶対勝てないから辞めとけよ!!」
「黙れ!!負けっぱなしで終われるか!!」
 セイとやらはもう一度舌打ちをすると、力場(フィールド)加圧(ブースト)し一瞬で距離を詰め、自分の兄の首に手刀を落とす。断十郎が崩れ落ちるのを襟首を捕まえて止める。そしてこちらに鋭い視線を向け
「俺の名前は島岡(しまおか)清十郎(せいじゅうろう)。見ての通りこの馬鹿兄貴の双子の弟だ。今日のところは大人しく引かせて貰う。お前、名前は?」
「愚図野郎の集まりに名乗る名なんて持ち合わせてねぇよ。さっさとそのゴミ持って帰って親にでも泣きつけば? 『ママン、僕、今日殴られちゃった』てね」
 清十郎は歯噛みをしてより鋭い視線で睨み付けてくる。
「今度会ったら絶対ぶっ倒してやる」
「上等。瞬殺してやるよ」
 鋭い視線が交差する。そして先に清十郎のほうが背を向け断十郎を引きずりながら歩き出した。事の成り行きを見守っていた取り巻きも怯えるように去っていった。

 空は西の方から赤くなってきている。変なところで時間を喰ってしまったなぁと大きく息を吐きだす。
「マスター・・・・・・」
 声音に呆れの色が溢れている。
「ああ、言いたい事は分かってる。弱いもの虐めは良くないって言いたいんだろ?」
「あと大人気ないぞ、とも言っておこう」
「そこはしょうがないだろ? 俺まだ子どもだし?」
 また器用に溜息を吐く。
「全く―――しかし、後の少年。フィールドを使ったな」
「・・・・・・ああ」
「なぜ最初の少年は使わなかったのだろうな?」
「油断、もしくは使えない、のどっちかだろ? 頭悪そうだったし―――最初から使ってたらもう五、六発殴ったのになぁ」
「止めておけ、力場加圧(フィールド・ブースト)状態で殴ったら一発で死ぬぞ?」
「大丈夫だって。ちゃんと手加減はするから。ああいう馬鹿はいくら言っても聞かんだろ? やっぱ人間初期教育が大切だよなぁ」
 自分の言葉にウンウンと肯く。
「ま、そんなことはどうでもいいから早く行こうぜ。無駄を時間に喰っちまった」
 そう言って走り出す。
 それを見てヤレヤレとまた溜息をつきながら自分の後を付いてきた。



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