1-14 出会い

 二分ほど走った後、目的の人物らしき女の子を発見した。少女は手で涙を拭いながら時折、森の方を心配そうに見つめている。
(あー、・・・・・・なんて声掛けよう?)
 悩んだのは一瞬。まぁ適等でいいか、と結論を下す。無意味に気配を消して少女の背後に近づこうとすると、ロキが服の裾を噛んできた。振り返ってロキの方に顔を向けると止めておけ、と言わんばかりに首をふる。
(なんでだよ?)
(それこそなんで、だ。マスター、少女を驚かせてどうする?)
 少し考えて
(満足する?)
(何故、疑問系で返す。マスター、悪趣味だぞ)
 そう言って溜息を吐いて睨まれた。
 へいへいと、念話を終えて前を向くと少女がこちらを向いて驚いた顔をしていた。
 どうやらコソコソ念話をしていた内に気付かれてしまったらしい。離れて会話するのもおかしいので少女の方へ近づく。
「―――、あー」
 言葉が続かない。とりあえずは本当に本人なのはかどうか確認せねば。一回顔を見ているとは言え、一瞬だったし暗かったからもしかしたら見間違いをしているかもしれない。
「えっと、君が神埼―――」
 言葉を紡いでから、そう言えば名前聞いてなかったなぁと思う。いや耳に入れるだけ、入れた気がするのだがすぐ出てこない。確か―――
「・・・・・・神崎ユキさん、もしくはサクラさん? 双子の?」
 こちらが自分の名前を知っていたことに更に驚いた表情となる。そして質問に対し、コクコクと首を縦に振る。
 とりあえず探し人である確証が得られたので自己紹介とお礼、目的を言わねばなるまい。
「えっと、おー、僕は黒河修司。助けてくれてありがとう。一夜さんと神崎さんが帰りが遅いのを心配してたよ。んで、なんか用事があるらしいから手の空いてる僕が探しにきた」
 喋りながら、二人とも神崎の姓なのに片方は氏で呼び、もう片方は名で呼ぶのも変な話しだなぁと思う。あたり前だが、目の前に居る少女も神崎なのだから下の名前で呼ぶしかないだろうか?
(馴れ馴れしいかなぁ。ついでに一人称は「俺」の方でいいかなぁ。「僕」の方がいいかなぁ)
 対して少女は緊張気味に
「わ、わ、わたし、私は、か、神崎桜花で、です。よ、よろしくお願いします」
 と言って少し顔を赤くしながら勢いよく頭を下げた。緊張しているとは言え、ここまで噛む人も珍しい。
 噛み噛みで面白かったので悪いなぁ、と思いつつも微笑が漏れてしまった。微笑を聞いて、更に顔を赤くした少女と目が合う。微笑したまま
「うん、こちらこそよろしく。諸事情により一緒に住むことになったからいろいろ教えてくれると助かるよ」
「う、うん。よ、よろしくね」
 と言って顔を赤くし、黙って俯いてしまった。小刻みに体が揺れている。泣かしてしまっただろうか?
(やっぱ笑ったのが不味かったかなぁ)
 と頭を掻く。
 すると自分の前へロキが出て少女の身に体をすり寄せた。それから少女の回りを二周して、右手を舐める。その感触に驚いて顔を上げる。
「犬? 修司君の?」
「ん? ああ、まぁ、そんなとこ。ついさっき懐かれた。あとシュウでいいよ」
 狼と言うのは伏せ、出所も誤魔化す。ロキは少女を見上げながら尻尾を振っている。
(この、エロ犬が)
 と思うが表情には出さず、念話を飛ばすが返答はなかった。
 少女はロキの頭や首を笑顔で撫でている。その様子を見て、ま、いっかと思う。
 一通り撫で終わって満足した少女と普通に会話する。
「えっと、シュウ君、傷はもういいの?」
「うん、おかげ様で。呼び捨てでいいよ? 命の恩人だし」
 なるべく笑顔で返す。それに対して少女は少し恥ずかしそうに
「う、うん。シュウ―――」
 ん、と笑顔で頷く。初々しくて可愛なぁ。
「・・・・・・ちゃん」
 コントのように本気でこけそうになった。こう来るとは予想外だ。
(いや、前例があるか)
 この子の母親の顔を思い浮かべる。
「・・・・・・なんでオウカさんは俺に『ちゃん』付けなの?」
「わ、わたしも桜でいいよ!!―――だ、だってそっちのほうが親しみやすい気がするから・・・・・・だ、ダメ?」
 ―――何故『オウカ』が『サクラ』になるのかイマイチ不明だが『ちゃん』付けは断固阻止せねばと意気込んで話そうとするとサクラの目尻に涙が浮かび上がっていた。
(・・・・・・あー)
 溜息一つ。
「ま、いいけど」
 とぶっきら棒に言う。
(女の涙は反則だよなぁ。泣かれるよりはマシ、かなぁ?)
 もう一度溜息をつく。
 その言葉にほっとした様子で微笑むサクラの顔を見て、再び「ま、いっか」と思う。そんな自分は甘いなぁと思う。
 それからサクラは少し俯いて手を胸の前で握る。そんなサクラをロキは見上げて鼻を鳴らしている。
「あ、あの―――」
 意を決したように顔を上げる。こちらを見る視線には力がこもっている。
(なんか告白でもしようとしているみたいだなぁ)
 と頭の片隅で思う。その考えに苦笑が漏れそうになるが今度は耐えた。流石にこの年で愛の告白はないだろうと思いつつ、続きの言葉を待つ。
「ええっと・・・・・・」
 また俯きそうになる自分に首を振り、大きく息を吸い込む。

「わ、私の友達になってください!!」

「ん、いいよ」
 即答。
 自分の予想を裏切る形で、ある意味告白だったなぁとぼんやり思う。
「え?」
 サクラは言葉の意味を理解しかねているようだ。不安そうな表情で尋ね返す。
「ほ、ホントに?」
「ホントに」
「ホントに、ホントの、ホントに、ほんと?」
「ホントの、ホントに、ホントの、ほんと」
 表情が明るくなる。
「い、いいの? 友達になってくれる?」
 笑顔で軽く肯く。
「うん。じゃあ、改めてよろしく、サクラ」
 目尻に涙を浮かべて
「有り難う、シュウちゃん」
 そう言って泣き出してしまった。それを見て焦る。
(うえぇぇ、なんで泣くの?)
 別に泣かせたくないから嘘を付いたわけではない。しかし否定してないのになぜ泣く?
(―――ああ)
 一つの可能性に思い至る。
(―――うれし泣き、か)
 大袈裟だなぁ、と思った時には体は動いていた。
「えっ?」
 サクラは軽く悲鳴をあげた。
 その体を優しく抱きしめる。
「うん、大丈夫だから」
 そう言って背中を撫でると安心したのかまた泣き始めた。

 それから嗚咽がやむまでの数分間、ずっとサクラの体を優しく抱きしめていた。

 鼻を大きくすする音が聞こえたのでもう大丈夫だろうと抱擁を解く。
 笑顔を向けると、恥ずかしそうに顔を赤くして俯いてしまった。
(まぁバツが悪いよなぁ)
 と苦笑する。とりあえず目的を達成したので帰ろうとするがなにか忘れている気がする。
(―――あれ?)
 そう、確かこの子は双子の片方。ではもう片方は?
「サクラ、君は姉? 妹?」
 顔を上げキョトンとしている。
「妹だけど・・・・・・」
「お姉さんは?」
「あっ!!」
 そう言ってまた俯く。そして苦しそうな、翳りのある表情を見せる。
「森に・・・・・・」
「森に?」
 すがる様な表情で
「入って行っちゃたんです!!」
 こういう場合、相手を刺激して情報が聞き出せなくなるので良くない、と思いつつも表情が厳しくなり、声が硬くなるのが分かる。
「どうして? 入っちゃいけないんでしょ?」
 両親がヨウブツ退治なんて職業をしているのなら知っているはずだ。いや、そもそもモンスターが出るような場所ならその地域に住む人、全員が知っていてもおかしくない。それなのに何故?
「・・・・・・私、クラスの男の子に意地悪されて、帽子取られちゃって、森の中に隠したって言われて。泣いてたら、お姉ちゃんが、取ってくるから待っててって。―――私、停めたんだけど、聞いてくれなくて。それで・・・・・・」
 俯いたまま、サクラは泣く直前の消え入りそうな声で独白する。
 その痛々しい姿が誰かとダブる。
 ―――鈍痛。心の底の方からジリジリと胸を焦がす。
 彼女は今自分自身を責めているだろう。姉を停められなかったことを。そしてそのことを忘れて自分の都合で泣いていたことを。
(つっ)
 一層、鈍痛が強くなった気がした。それと同時にフラッシュバックする。

 ―――どうしてあのとき・・・・・・
 違う!!
 ―――辞めて、助けて、誰か!!
 くっそ!!
 ―――お前はいつもそうだ、そうやって・・・・・・
 黙れ!!

 頭を強く振って正気を保つ。自分が経験したことのない記憶。それなのに自分が経験したかのように頭の中に確かに存在する。
(記憶に飲み込まれちゃダメだ。自分をしっかり持て!! 今はそんな場合じゃないだろ!?)
 それから息を吐いて激しくなった動悸を静める。背中には嫌な汗を掻いていた。
 出来るだけ優しい声音で尋ねる。
「それはどのくらい前のこと?」
「・・・・・・シュウちゃんと会う10分くらい前」
 頭の中で素早く思考を巡らせる。最善の策を。最良の道を。
 ―――ここに来るまで子どもの足でおよそ50分。地図を見ながらだった事もあるし、途中いざこざにも出くわした。それを踏まえて、ここから家までどんなに力場(フィールド)加圧(ブースト)して帰っても、あの階段がある限り15分近くは掛かる。
 ここでサクラと10分程度話をしていた。そのおよそ10分前にお姉さんは森に入ったらしいが、子どもの感覚で、しかも精神状態が不安定ならば、それが5分か、もしくは20分の可能性だってある。
 情報を整理しつつ更に質問を重ねる。
「サクラ達は、一夜さん達から武道を教わっている?」
「うん」
 不安そうに答えが返ってくる。
「自分達がどの位の強さか分かる?」
「えーっと・・・・・・半年位前に第十位をとったの」
 ニュアンスから優勝、準優勝の一位、二位でない気がする。もう少し具体的に教えて欲しい。
「それって、・・・・・・えーっと」
「あのね、第十五位をとると妖物退治に付いて行ける様になって、第十位なら小さな妖物となら戦えるようになるの」
「それはお姉さんも一緒?」
 首を縦に振って肯く。そしてこの時、ある嫌な予感がした。
「・・・・・・もしかして、ヨウブツ退治を手伝ったことある?」
「あるよ?」
 さも当然。どうしてそんな事聞くの? と言いたげな表情だ。

 ―――・・・・・・人手不足、ね
 神崎さんが苦しそうな表情だったのは、自分達の娘を戦わせていることに対する罪悪感の所為もあったのかもしれない。
 その感情を苦いと思い、そしてまた今は関係のない事だ、と思い頭の中から締め出す。

 新たな情報を加え、もう一度思案する。
 ―――どうする?
 未だに森から出てこない双子の姉。帽子を隠すだけに危険を冒してまで森の奥まで入ったとは考えにくい。しかし森に入ってから確実に15分、最悪30分以上経過している。
 ―――どうする?
 余りにも情報が不確定過ぎる。しかし迷っている間にもリスクは高くなる。日が完全に暮れるのも時間の問題だろう。騒ぎを大きくするだけかもしれないが人の命に比べれば安いものだ。
(英雄的行動は本物の英雄がすればいい。・・・・・・俺の分野じゃないんだけどなぁ)
 苦笑しそうになって表情を引き締める。
「―――家の電話番号わかる?」
「わかるけど・・・・・・」
 怪訝そうな表情を浮かべるサクラに対し素早く行動を指示する。
「じゃあすぐ電話して」
「で、でも、お金もってないよ?」
 また泣きそうな顔になってきっている。
「携帯・・・・・・学校のを使うなり、近所の民家に頼んでみて」
 携帯を持っているなら最初から神崎さんが心配することはない。
「シュウちゃんはどうするの?」
 心許無そうに見つめられる。
「俺はお姉さん探してみるわ」
「あ、危ないよ!!」
「だろうね。神崎さんにも入るなって釘刺されたよ」
 そう言っておどけたように笑い、視線を森の方へ移す。暗い森だ。
「で、でもシュウちゃん、お姉ちゃんの場所分からないでしょ?」
「いんや。ロキに匂い嗅がせて探してみるわ。それにコレ破ったら居場所が分かるようになってるらしいから迷子になっても見つけてもらえるだろうし」
 そう言って手書きの地図が書かれた紙を見せる。
「だったら、私も行く!! 私ならお姉ちゃんの居場所わかるから!!」
「それはダメ。サクラには一夜さん達に連絡とって貰わないと。・・・・・・と言うか居場所わかるの?」
 自分の失言に気付いて、表情を暗くして俯いてしまった。
「・・・・・・うん」
「どうして?」
「・・・・・・なんとなく分かるの。遊園地とかで逸れてもこっちの方だって」
「へぇ、便利だね」
 その言葉に反応して驚いたように顔を上げる。目尻には涙が溜まっていた。
「・・・・・・気味悪くない?」
「なんで? 便利だと思うよ?」
 まだ驚いた表情のままでいるサクラを見る。
「ま、居場所が分かるんなら、なお更残ってもらわないとね。連絡頼んだよ」
 真剣な表情でそう言い残す。
「ロキ、いくぞ!!」
 一吠え。それを聞いて森の中へ走り出す。
(厄介な事になっちまった。無事でいてくれよ。まだお礼も言ってないんだから)
 そう考え、力場を練って走るスピードを上げた。



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