1-18 対峙

 小屋の側面を蹴破って外に出たすぐ後に、ロキが続く。そしてその直ぐまた後に小屋が崩落した。
「ギリギリセーフだな」
 ユキを抱えたまま軽口を叩く。身を低くし、辺りに注意を張り巡らせる。力場探索の範囲を最大に。
 ―――居た。小屋のあった正面20メートル先に黒い何かが居る。それは崩落した小屋を見つめているようだ。
(気付いていない?)
 黒い何かは、こちらにまったく注意を払っていないようだった。それなら好都合だ。手っ取り早く逃げる算段を考える。
「ユキ、帰り道分かる?」
 そう尋ねるとキョロキョロと辺りを見回し自信無さそうに頷く。
「どっち?」
 ゆっくりと黒い何かが居るほうを指差す。
 舌打ち。
 ついてない。これで実質退路は断たれたわけだ。元々、獣道を通っているようなものだがそれでも道は道だ。道なき道を進むことも出来ない訳ではないが野垂れ死ぬ可能性のほうが高いだろう。
(いや、初めから計算していたのか?)
 相手の知能がどの程度かは不明だが、もし退路を断つことを計算した上であの場所に居るのなら相当に厄介だ。そこまで考えて違和感に気付く。
(どうして『あの場所』に『あの一匹』だけなんだ?)
 もう一度力場探索を掛けるがやはり一匹だけだ。狩をするなら集団で、そして狩り易い場所で、がセオリーだ。また、逃げる獲物を捕まえるなら待ち伏せ、不意打ちが一番効率がいい。なのにわざわざあの場所に身を(さら)している。その意図はなんだ? やはりあの位置に居たのは単なる偶然か?
(マスター、どうやら気付かれたみたいだ)
 控えめにロキが話しかけてくる。
 黒い何かは二足でゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。遠目からでもわかる爛々(らんらん)と輝く血色の目。先ほどのヨウブツとは比べ物にならいないほどの巨大な体躯。そしてなにより向けられる視線の禍々(まがまが)しさ。腕の中でユキが身を縮めるのがわかる。
(戦闘は避けきれない、か)
 覚悟は決めていたはずなのに、この期に及んで戦うことを躊躇う自分がいる。それでも。

 ―――それでも護りたいという想いに嘘はない。

 自分の意思を再確認し、ユキを地面に降ろす。ユキは不安そうな表情。だが今の状況に泣いたりはしていないので安心。そして大丈夫だという意味を込めて笑みを作る。
 視線をロキに移す。
(ロキ、あの石の欠片を二、三個、取ってこれるか?)
(可能だ、マスター。しばし待たれよ)
 そう言うと一瞬姿が消え、またすぐ現れた。ロキの口には要石の欠片が四つ咥えられている。その欠片を左手で受け取り、右手の親指を強く噛み、傷をつくる。そして傷口に欠片を充てる。四つ全てに血を付け、集中しつつ呪文を唱える。
「其は守護の力を持つものなり。我が血を得、其が根源とし、失なわれし力、取り戻し給え」
 詠唱が終わると欠片は弱く薄い光を放ち出した。その出来によしと、頷く。
 相変わらず精霊の反応は薄いが、触媒さえあればなんとかなりそうだ。
 薄い光を放つ欠片の内、二つをユキへ差し出す。それをユキは恐る恐る受け取り、不思議そうに見つめている。その間にも戦闘準備を進める。影の中に手を突っ込み今度は注意深く探る。そして目当てのものを抜き出す。
 美しい装飾を施された柄だけの奇妙な剣が空気に触れる。
 自分が持っている中で唯一、この体でも不自由なく扱うことができるであろう汎用装備。
 若干、柄の部分が手に余るが仕方ない。
 そして、ふと思う。
(もしかして、この体で実戦って初めてだっけ?)
 喧嘩程度ならあるが、命懸けの戦闘は初めての気がする。
(まずはデータの収集からかぁ・・・・・・不利な要素が多いなぁ)
 ため息を吐きそうになるが頭を切り替え、柄を天に向け再び集中し呪文を唱える。
「月の光より生まれし影よ―――剣たれ」
 柄から黒く輝く刀が伸びる。伸びきったところで二、三回素振りをして重さをたしかめる。これならさっきのように剣の重さにバランスを崩すことはないだろう。
 黒いモノと、もうさほど距離は離れていない。ギアは既に戦闘用に切り替えてある。ゆっくりと歩いてくるモノから目をそらさずロキに話しかける。
(ロキ、ユキを連れて森の外まで行け)
 臨戦態勢に入っていたロキが驚いた表情で振り返るが、慌てて視線を敵へと戻す。
(最初に隙を作るから一気に走り抜けろ)
(断る、マスターを残し退くなど使い魔として恥ずべき行為だ)
(あの娘の安全確保が最優先だ)
(しかし、―――)
 なおも食い下がろうとする使い魔は、けれど言葉の続きを(つむ)ぐことはできない。相手から発せられる雰囲気は明らかに強大で、何かを守りながら闘えば全てが失われる。
(ならばマスターがユキ殿を連れて行け。私が囮になる)
(あのなぁ、聞き分け悪ぃこと言ってんじゃねぇよ)
 溜息を吐くのを堪えて、苦笑する。
(お前の方が速く走れるんだ。単なるお使いだと思えばいい。森の外まで運んだらもう一度戻って来い)
 黒いモノは既に加圧(ブースト)した一足飛びで飛びかかれる距離まで詰めている。
(・・・・・・分ったマスター、死ぬなよ)
(当然)
 ロキには見えてはいないだろうがニヤリと笑い返す。
「ユキ、ロキに捕まれ」
「え?」
 指示の意味が良く飲み込めなかったのか、驚いた表情をするユキにロキが急げと言わんばかりに吠える。
 そこでようやくユキはロキの首にしがみ付く。
「こ、こう?」
 そこでロキは重力制御でユキを、背を跨ぐ格好に持っていく。
「ユキ殿、とばすからしっかりつかまっていてくれ」
「え? えっ?」
 誰が喋ったのか理解できず驚きの声を発した時には、ものすごい勢いでロキは駆け出していた。それに一瞬遅れて黒いモノも逃がすまいとロキの前に立ちふさがろうとするが、
「行かせるかっ!!」
 声と同時に大上段から剣を振り降ろす。放たれた剣圧は斬撃となり地面を抉りながら黒いモノに向かう。斬撃に気付いた黒いモノはその場を飛び退く。その間にロキ達は森の外に通じる道へと姿を消した。残身を取りながら胸を下ろす。
(とりあえず当初の目的は達成かな? 後は最悪、ロキが森の外へ出る時間を稼げばOKか)
 正眼に構えなおしつつ、
(結界は持たせてあるから(トラップ)に引っかかることもないだろうし、最初に襲ってきたヨウブツ程度なら問題ないことは分っている)
 チラリと空を見上げる。
(後は朝まで俺が持つかどうか、か)
 救助は夜が明けてからだとユキが言っていた。それまで自分の体力、精神力は持つだろうか?
(バカ犬、さっさと帰って来いよ)
 心の中で使い魔を(ののし)りながら黒いモノの動きを眼で追う。
 黒いモノは逃げた獲物を追おうとはせず。こちらとの間合いを計っている。そしてその顔は愉悦に歪んでいた。
(コイツ笑ってやがる!?)
 その事実に愕然としたとき、黒いモノは愉悦の表情のまま突っ込んできた。



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