1-20 反撃

 吹き飛んだ敵を視界に納めつつ、大声で怒鳴る。
「ロキ、遅いぞ!!危うく死ぬとこだったじゃないか!!」
 ロキは喋りながらこちらに近づいてくる。
「マスター、使い魔とは常に誠心誠意、全身全霊、全力全開で主人に仕えるものだ。我儘(わがまま)は良くない。そんなことではいい大人にはなれぬぞ?」
 相変わらずの物言いにすこし頬が緩みそうになるのを堪え、真剣な顔で尋ねる。
「ユキはきちんと送り届けたな?」
「当たり前だ」
 無表情で前方を睨む。
「そっか」
 それだけ言うと剣を構えなおす。
 敵がのっそりと立ち上がる。
「勝算はあるのか?」
 いつも通り気負いのない口調でロキは尋ねる。
「まぁね、俺一人だったら勝算は薄かったけど、お前がいれば50%くらいでいけそうだ」
「結局のところは博打か。もし勝てたら肉を要求するぞ、マスター」
「生き残れて、ついでに給料貰えたら考えてやるよ」
「ウム。期待しておくぞ」
 軽い会話だなぁと、頭の隅で思う。勝率(イコール)生存率ではない。勝った上でこの森から脱出しなければならないのだ。それで勝率50%というのは決していい数字とは言えない。
 敵の殺気が強くなっている。
「ロキ、気をつけろ。予想以上に頭が回る」
「了解だ、マスター」
 左右に散開し敵の攻撃を避ける。いままで居た場所を敵が殴りつけ、小さなクレーターが出来ていた。
 先刻よりも敵の動きが速い。(やっこ)さん、さっきの一撃が相当頭にきたようだ。
(マスター、作戦は?)
 相手の攻撃をかわしながら念話で話す。
 どうやら敵はロキのほうから片付けるつもりらしい。だがこちらも一匹分、戦力が増えたことで戦略に幅が出る。
 ロキに囮を任せ誘導し、背後から一気に刀身で斬りつける。大半は防御力場に防がれたが、斬撃の時のように無傷では済まされない。
 醜い悲鳴が森に木霊する。
 物凄い形相でこちらを睨み、ロキから自分へと目標を変える。
 すぐにバックステップで距離を置き、今度は自分が囮になる。
 敵も、二度は同じ手を喰うつもりはないのだろう。ロキの動きを気にしているぶん、踏み込みに欠ける。
 敵の攻撃を回避しつつ、念話を飛ばす。
(ロキ、後何回、魔法使える?)
 考える間があってから、
(大技なら一回だな。小技なら四〜五回いけるだろうが・・・・・・どうする? マスター)
(ストライクを使う。準備を)
 ロキの顔が曇る。
(後のことを考えぬ気か? 外したら終わりだぞ?)
 適度に距離をとりつつ会話を続ける。
(わかってる、けど余裕が無いんだ)
 少なくとも朝を待つ程体力的な余裕はない。そして敵を倒すのに時間を掛ければ掛けるだけこちらの体力は減っていく。体力があるうちに決着をつけねば森からは出られない。それにどっちらにしろ、今考えうる最良の攻撃方法ではチャンスは一度だけだ。
(・・・・・・わかった。だが命中精度は当てにできんぞ?)
(外さないようにお膳立てはしてやる。ロキは発動をしくじらないことだけ考えとけ)
(当てにするぞ、マスター)
(任せとけ)


 ◇ ◆ ◇ ◆

 敵が自分に攻撃を集中させている所へ、ロキが力場(フィールド)を使い吼撃(ほうげき)を見舞う。敵がそれに気を向けた瞬間を狙い刃で斬りかかる。しかしこの動きは読まれていて飛び退き回避される。そして今度は目標を再びロキに移す。
「ロキ頼むぞ!!」
 声を張り上げ叫ぶ。それにロキは一吠えをもって返す。
「Exceed elements ready!!」
 世界への干渉を告げる一文。
 自分の右側面に薄緑の半透明なウィンドウが表示される。それと同時に残りの魔素を計算する。
『聖位精霊から反応を確認中』
 の文字と、女性の機械音声があり、一瞬間があって
『平均反応率5.3%』
 道場で使った時よりも反応率がさらに低い。
「『刻』による加圧(ブースト)準備」
『警告:現在の反応率では十分な効果が得られない可能性があります。加圧準備を続行しますか?』
「Yes」
 ロキは敵が自分に注意を向けないよう引き付けている。
『警告:現在の身体状況では加圧による負担が大きく、肉体が損傷する可能性があります。加圧準備を中止しますか?』
「No」
『了解、加圧準備開始します』
ウィンドウに終了予測時間を表すグラフが表示されるが一瞬でゼロになる。
『加圧準備完了』
 最期の通知がウィンドウに表示された後、ウィンドウ自体が閉じられる。
 残りの魔力はギリギリだ。
「時間と空間を支配する刻の精霊よ。我を時の束縛より解き放ちたまえ!!」
 呪文の宣言と同時に自分のフィールドが加重加圧(オーバーブースト)される。
(くっ)
 負荷が強いのは分り切っていたことだ。あらかじめ痛みを受ける心構えをしておけば問題はない。
 痛みが顔に出そうになるのを必死で堪え、敵に対して挑発的な笑みを見せる。
 それが癪に障ったのか、吠えながら真っ直ぐ突っ込んでくる。
(くる!!)
 敵の右拳が体に当たる寸前、魔法を発動させる。
 敵の拳が空を切る。その時には敵の背後に回りこんでいる。そして剣先に全力で力場を込め突き刺す。肉を貫く感触が返って・・・・・・こない。
 敵の防御力場を貫ききれなかった。
 全力で力場を込めた反動で足から力が抜け地面に膝をつく。
 敵はゆっくりと体の向きを変え自分を見下ろし、勝ち誇ったように不敵に笑う。そして右拳に力場を集め止めの一撃を振り上げる。
 だが、その分、他の場所の防御力場は薄い。残りの全魔力をロキに注ぎ込みながら小さく呪文を詠唱する。
「神の腕をも喰い千切る(あぎと)をもって敵を討て!!」
 叫ぶ。
「フェンリル・ストライクッ!!」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 何が起こったのか敵は理解していなかった。
 ロキの体が白い光に包まれ、敵をめがけて牙を向く。
 敵はそれに気付き反射的に防御力場を形成するが間に合わない。
 神狼の一撃(フェンリル・ストライク)は敵の右腕と胸から下を喰い千切り、光に触れた部分を消滅させる。残った分部は地面を転がって行った。
 敵に動きがないのを確認すると力場を消し、地面に倒れこむ。

 寝返りをうって荒い息を繰り返しながら目を閉じる。近くにロキの気配がある。
「・・・・・・生き残れたな、マスター」
 ロキも荒い呼吸をしながら喋る。
「ああ、なんとかな」
 冷たい夜風が気持ちいい。もう少しこのままで居ようと思う。
(結局、殺すことで生き延びたんだな)
 ふと、そんなことを思う自分が居る。
 目を開ければ満天の星空が広がっているだろう。
(しょうがない、か)
 辺りには自分とロキの呼吸の音だけが聞こえる。考えても埒のないことだ。こうするしか生き延びる術がなかったのだから。
 考えにケリをつけ起き上がる。感傷に浸るのは後からでもできる。今は森から脱出し生き延びることを考えなくてはならない。
「ロキ、動けるか?」
「なんとか、な。マスターは大丈夫なのか?」
「ボチボチ、ね。魔力がないから体がだるいけど、今すぐどうこうってんじゃないから」
 そこまで言った時、不意に草が擦れる音がした。
 一瞬ヨウブツかと思って身構えたが、現れた影を見て驚く。

「ユキ、それに―――サクラまで!?」

「シュウちゃん!!」
 二人が声を揃えて叫ぶ。そして小走りで近づいてくる。
「大丈夫?」
「怪我はない?」
 心配そうに見つめられる。並べて見ても違いが分らないくらいそっくりで、少し気後れしてしまう。
「あ、ああ・・・・・・」
 安堵の表情をする姉妹に対し曖昧に頷く。
(ちゃんと、送り届けたんじゃなかったのか?)
 怪訝そうな視線と一緒に念話を送る。
(ここまで面倒は見切れんぞ、マスター)
 疲れた声でロキが返す。
 そりゃまぁそーだよなぁ、と思うのだがいまいち納得が行かない。
 そんな一人と一匹を尻目に姉妹は辺りを見回している。
「シュウちゃん、『鬼』は?」
 そう質問してきたのは、多分ユキの方だろう。ロキと顔を見合わせた後、
「アレのこと?」
 鬼なの? ヨウブツじゃなくて? そう思ったが敢えて口にださず一点を指差す。
 その方向にサクラが駆け出し、距離がややひらいたところで急にユキが叫ぶ。
「ダメッ!!」
「え?」
 そう言って振り返ったサクラの後ろで死体だったものが脈打つように動き出す。
「な?」
 その事実に自分とロキも驚く。その間にも黒いモノは失った部分を再生し始めた。ブクブクとのた打ち回りながら、空気でも入れて膨らませるように消滅した部分が再生していく。その薄気味悪さに思考が一瞬止まりそうになるが、すぐに我に返るとサクラに向けて怒鳴る。
「サクラ、戻れ!!」
 ぎこちなく頷いたサクラが走り出したところで完全に復元された敵が立ち上がり、不気味に笑う。
「ちっ」
 嫌な予感がして剣を握る。そして身体を力場で加圧。この距離なら余裕で間に合う。そう思い、走り出そうとした途端、急に足から力が抜け、派手に地面へ倒れる。
「!?」
 何が起こったのか理解できなかった。倒れる視界の中で敵がサクラに飛びかかろうとするのが見える。
(マズい)
 そう思ったときには、敵はもう飛び掛っていた。サクラが敵に押し倒される寸前、間一髪でロキがサクラを咥えて飛び退く。
 着地した敵は、獲物を狩損ねたことに不思議そうな表情を浮かべたが、それもすぐ喜びの表情に変わる。
「シュウちゃん!!」
 ユキが声を掛けて屈み込んでくる。
「バカ、逃げろ!!」
「え?」
 敵の次の目標は倒れている自分であることは明白だった。敵は既に飛び掛ってきている。ユキを思い切り突き飛ばし、自分も横に転がり、一撃を避ける。
 そこへロキが敵に飛び掛かるが避けられた。
(不味い・・・・・・)
 思考が焦る。どう考えても不利が過ぎる。
 今まともに戦えるのはロキしか居ない。いやロキもすでにさっきの大技で疲弊しきっている。
 何とかしなければと、思えば思うほど焦りが生じる。
(最悪、姉妹だけでも逃がさないと)
 ロキが懸命に敵の注意を引いてはいるが、それも時間の問題だろう。
 もう一度、剣を握りそれを杖のようにして立ち上がるが、すぐに倒れる。
「くそっ!!」
 自分の体の状態を罵倒する。気持ちだけが先行して、体が付いていかない。
(何か手はないのか?)
 ユキもサクラも呆然と、ロキと敵の闘いを見ている。
「ユキ、サクラ!! 今のうちに逃げろ!!」
 精一杯の声を張り上げ指示を飛ばす。その声に反応するが涙を浮かべてサクラが反論する。
「で、でも、ロキちゃんが!!」
「いいから!! 逃げろっ!!」
 感情的に怒鳴り返す。感傷だけでここに残られてもハッキリ言って迷惑だ。彼女達が逃げ切れる可能性は恐らくゼロに近いだろうが、ゼロではない。少しでも生き残る道を探すなら、それは今、自分達を見捨て逃げることだけだ。
(なんとか、魔素だけでも補給できれば)
 必死で考えを巡らせる。
 ロキが敵の攻撃を避けきれずに吹き飛ぶ。
 起き上がったロキは既にボロボロだったがすぐに体勢を立て直し飛び掛る。
(何か方法は!?)
 歯噛みをしながらロキと敵の戦闘を見つめる。自分の体の状態が憎らしい。
 すぐ近くで声がした。
「ダメです」
 驚いて顔を上げるとユキが屈んでいた。考えることに没頭しすぎて全く気配に気付けなかった。
「そんなの絶対ダメです」
 泣きながらまるで自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「誰かが傷つけば、誰かが泣きます。誰かが失われれば、誰かが悲しみます。そして・・・・・・二度と返ってきません。だから・・・・・・だから、みんなが笑えるように、みんなで帰らないとダメなんです!!」
 こんな時にそんな議論を交わしている余裕は無い。半場怒鳴る形で諭す。
「確かに、それは理想だ!! だが今は、生きる意志があるならサクラと一緒にすぐに逃げろ!!・・・・・・全て失われるよりマシだろう!?」
「でも!!」
「いいから!!」
 尚も反論しようとするユキに怒鳴り返す。
 自分だって好き好んで死のうとは思わない。けれど生を享受する必要性が高いのはどう考えたって彼女達だろう?
(俺はもう三回失った。これ以上失いたくないんだ。だから・・・・・・)
 逃げてくれと強く想う。

 そこまで考えて突然閃いた。
(・・・・・・あるじゃないか、一つ)
 これ以上、失わないで済む方法が。
 今度は冷静に思考を吟味する。魔素を補給できれば打開策はある。
 気は進まないとか、ごめんとか、深い意味はないんだとか。色々と言い訳がましい考えが心に浮かぶが時間がない。ならば守りきるために使えるものは最大限、利用しよう。
 動く気配のないユキにゆっくり話しかける。
「ユキ。頼みがある」
「え?」
 驚いた表情でユキは聞き返す。
「みんなで帰るために力を貸してくれないか?」
 さらに驚いた表情で大きく頷く。
 それを見て本心から礼と謝罪を口にする。
「ありがとう、それから―――ごめん」
 短く呪文を唱える。
「契約に従い、貴女を守るために僕に力を」
 そう言って素早く彼女の唇に自分の唇を重ねる。
 自分を中心に、白い光が地面に陣を構築し淡く光を放つ。
 ユキは急な行為に目を見開くが、徐々に目蓋を閉じ意識を失った。

 光が収まると彼女を仰向けに寝かせる。完全に意識を失ってしまったらしい。
 もう一度小さくごめんと口にしてから立ち上がる。
「ロキ!!一分でいい、時間を稼げ!!」
 そう叫ぶ。ロキも何かを察したのか小さく頷く。
「Exceed elements ready!!」
 意志を力に変えるための一文。
 自分の右側面に薄緑の半透明なウィンドウが表示される。
 敵がこちらの動きに気付き、妨害しようと目標を変える。しかしロキが懸命にそれを阻む。
「聖位精霊よ、我の呼びかけに答えるならばその力を此処に示せ!!」
 ロクに反応も確かめず呪文を紡ぐ。
「Organize!!」
 何もなかった空間に光の粒子が集まり出す。それが徐々に人の形を形成していく。
 敵もロキの動きを躱し、突っ込んでくる。それをロキも追いかけようとするが急に地面に倒れこむ。
「っ、マスター!!」
 ロキが大きく叫ぶ。
 敵が腕を振りかぶり攻撃を仕掛けてくる。
(間に合わない!?)
 痛みを覚悟したところで、敵の攻撃が阻まれた。
 サクラが敵との間に割って入り、有りっ丈の防御力場と要石を持って一撃を防ぐ。サクラはその反発力に耐え切れず吹き飛び、敵は飛び退く。
 サクラに対しごめんと心の中で謝罪しつつ、呪文を続ける。
「Decompose!!」
 そして自分自身を分解し、別の器へ―――人の形をした光の中へ―――入れ替える。

 目をゆっくり開けると、視界が高くなっていた。むしろ、この視界の高さに慣れているので違和感は全くない。
 最後の一文を世界に対し静かに告げる。
「Complete」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 吹き飛ばされた痛みに顔を顰めつつ、目を開けると黒い変わった形の服を着た男の人が片膝を立てていた。
「サクラ、さっきはありがとう。助かったよ・・・・・・大丈夫?」
 落ち着いた雰囲気で話しかけられる。
 その言葉に対しコクコクと頷く。
 やっぱりこの男性はシュウちゃんだろうか?
 子供が一瞬で大人に成長するという、現実では考えられない現象に、けれど間違いないだろうと根拠のない自信がある。
 男の人は立ち上がり振り返る。鬼を見据え、再び顔だけで振り向く。
「終わったら、みんなで一緒に帰ろうな」
 そう言って力強く笑うと鬼に向かって歩き出した。



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