歩きながら
力場形成―――良好
魔素残量―――22.4%
第一から第四までの封印機構―――引き続き正常に作動中
体を流れる力場に淀みはなく、体の隅々まで充足している。
(いける)
体が軽い。改めて元の体が未完成で成長途中なのだと分る。
また魔素の残量値が予想以上に高い。
偽身体の作成には大量の魔力を消費する。それに加え、肉体を変えたことで魔素の
ウィンドウを閉じ、視線を上げて敵を見据える。人が急に成長したことに驚いてはいるようだが、戦闘を止める気はないようだ。
(やる気マンマン、逃げる気ゼロ、か)
せっかく繋ぎ止めた命なら大切にすればいいのにと、場違いなことを静かに思う。哀れむ資格も、権利もありはしない。だからただ、護るために力を振るおう。
一度目を閉じ、開く。そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「月の光より生まれし影よ、剣たれ」
剣の長さを再調整し正眼に構える。それを合図に敵が飛び掛ってきた。
サクラは新たに始まった戦闘に息を飲んで見つめていた。
鬼は左右の拳で素早い連撃を繰り出す。
青年はそれを避け、敵が息をついた瞬間前に出て、剣で拳を弾き飛ばす。そして鬼の体勢が崩れたところに蹴りで一撃を見舞う。予想外の方向からの攻撃に防御が間に合わず鬼は無様に転がっていく。
転がっていく相手へ追撃を加えるため、すかさず斬撃を放つ。ある程度は力場で防いだのだろう。致命傷には至らず、すぐ立ち上がるとこれ以上追撃にあわないよう飛び退く。
腹部を傷つけられた鬼は距離を空け、憎しみを込めた目で青年を睨む。けれど青年は怯みもせず距離を詰めるために更に前へ出る。
「・・・・・・すごい」
飲んでいた息と共に思わず口から言葉が漏れる。
目の前で闘っている青年はきっと紛れもなくシュウちゃんで。つまりは自分と同じくらいの年齢で、けれどこんなにも強いなんて。
嫉妬よりも、その洗礼された動きに感嘆する。足の運び、呼吸のタイミング、力場の力強さ。お父さんの演舞を見ているようだ。そしてまた、人はこんなにも綺麗なのだと息を忘れて見入ってしまう。そこへ、すぐ後ろから聞きなれない声がした。
「固まっていたほうが、マスターも守りやすいだろう」
驚いて振り返るとそこにはロキちゃんが居た。背中にはお姉ちゃんが乗っかっている。闘いを見るのに集中し過ぎて、気配に全く気が付かなかった。
「・・・・・・今、喋ったの、ロキちゃん?」
犬が喋ると言う有得ない現象に、半信半疑で尋ねるが答えは無かった。
無言で背中からゆっくりとお姉ちゃんを降ろすと、力尽きたように倒れる。
「だ、大丈夫!?」
急いで息を確認すると呼吸はしているので安心する。所々、傷を負ってはいるが致命傷はないようだ。神術で小さな傷を塞いでいく。空いているほうの手で頭を撫でると、尻尾を振り始めた。よく考えるとロキちゃんは凄い犬で、ロキちゃんがさっき助けてくれたから今私は生きているのだ。
「・・・・・・ありがとう、ロキちゃん」
そう言うと、耳をピクピクと動かして、目を開けて照れ臭そうに笑った―――気がした。そして再び目を閉じる。
安らかな顔に安心して視線を前に戻す。
◇ ◆ ◇ ◆
敵の攻撃を的確に避け―――或いは防御し、そして確実にダメージを与えていく。徐々に増えていく傷は体力を削り、集中力を乱す。敵も比較的頑張ってはいるが、それも時間の問題だろう。
退けば命まで取ろうとは思わない。むしろ退いてくれる事を望んでいる自分がいる。余裕から来る慢心でもなく、相手を見下した慈悲でもない。単に命を刈りとるという行為に責任を取りたくないだけ。殺してしまうことに罪悪感を覚えたくないだけ。
あれだけ頭が回るのだ。彼我の力量差など
そんなことを考えながらも、強かに斬り付け新たな傷を付ける。怯んだところに蹴りをいれ更に剣で袈裟斬り、突きと連続で攻撃する。その全てが敵の防御力場を超えて肉体にダメージを与える。敵は苦し紛れに左腕を振るってくるがそれを難なく避けバックスッテップで短い距離を置く。
それをチャンスと見たか口を開き力場をレーザーのようなものにして撃ってくる。それに対し正面に防御力場を集め、すべて防いで見せる。
点による攻撃を面で完全に防ぎきる。かなり力量に差がないとできない芸当だ。レーザー攻撃を避けることも簡単だったが、あえて力場で防御することで攻撃が無意味なことだと悟らせる。
それでも敵は顔を歪めはしたが、今度は自棄っぽく連続でレーザーを撃ってくる。その全てを防御力場で防いでみせる。
(無駄なことをっ!!)
何故退こうとしないのか? その事実にイラついていると、レーザーが手前の地面に着弾する。それが土煙を上げ煙幕となり敵の姿を隠す。
(これが狙いか?)
撤退するための煙幕だろうか? それともこちらの隙を付こうとしているのだろうか? どちらにせよ土煙で視覚は当てにならない。力場検索を素早く行う。
そして自分の考えの甘さに気付く。敵は宙に跳び新たな目標を定めている。敵はサクラ達を狙うために土煙を起こしたのだ。人質にするのつもりか、それとも喰らいでもして力を得るのか。
(・・・・・・そんなに血が見たいのかっ!?)
頭に血が上る。敵の行動に、そしてなにより自分の考えの甘さに。
でもせめて、だからこそ、苦しまずに
「逝け」
攻撃用に力場を練る。
「虚空裂天っ!!」
叫ぶと同時に力場を開放し、空に向かい斬撃を放つ。
そして敵は、断末魔を上げることなく防御力場ごと二つに切断され地面に墜ちた。
墜ちた死体に用心深く近づく。指一本動かないので完全に息絶えたらしい。けれどさっきも、確かに死体だったものが生き返った。
生き返ってもまたすぐ止めを刺せるように力場は保持したままにしている。そこにサクラが近づいてくる気配がある。
「危ないぞ?」
と、やんわりと注意する。
「でも、浄化しないとまた復活しちゃうから」
どうやら止めを指すための儀式かなにかのようだ。
「ジョウカ? それ、サクラができるの?」
「うん。お母さんと、お姉ちゃんもできるよ?」
一夜さんの名前がないことを疑問に思いながらも黙って様子を窺う。
サクラはキョロキョロと辺りを見回し振り返る。
「えーと、剣貸してもらえますか?」
「どうぞ」
そう言って柄の方を向けて手渡す。
「ありがとうございます」
少し緊張しているのか真面目な顔で礼を言い、剣を両手で受け取る。しかし剣が予想以上に重かったのか少しよろめいた。
(危なっかしいなぁ)
勝手に気を揉んでいると、ユキは左手で柄を逆手に持ち、右手の親指を刃に当てほんの少し引く。
そして当たり前のように血が滲みだす。
「ありがとうございました」
そう言って剣を返してきたので受け取る。
ユキは大きく息を吸って、吐いた後、朗々と言葉を紡ぐ。
「死してなお、安らかに眠ることが叶わぬ魂よ
嘆きに身を焼かれた苦しき器
怨み続ける哀しみを知るのなら
怒り続ける痛みを知るのなら
嘆き続ける苦しみを知るのなら
囚われた心を
戒めの楔を
焼かれた器を
血をもって
ユキの指から血が滴り、血を受けた部分が白く光る。黒かった肉体が白い部分に侵蝕されていく。そして肉体の全てが白くなった時、鋭い閃光が目を焼く。
「く」
腕で顔を覆い、目を閉じるが尚も光が入ってくる。
しかし、それは長くは続かず徐々に収まっていった。そしてもう一度、目を開けたとき呆然となる。
辺り一面が、淡く発光する黄色い花によって覆われていた。
「・・・・・・」
言葉を失う。
風が吹くと同じように黄色い花が揺れる。
そして花は光の粒となって一つ、また一つと天に昇っていく。その光景は幻想的で美しく、けれど何故か切なかった。
不思議な光景に見入っていると不意に声を掛けられる。
「綺麗だと思う?」
その声は返答を待たず、淡々と語りだす。
「この花の数は人の魂の数。花の色は妖物として過ごした年月を。花の形は想いの大きさを。そして花の美しさはどれだけ人を、―――世界を憎んでいたのかを表しているわ」
一呼吸置いてから
「それを知ってなお、綺麗だと思う?」
もう一度、グルリと見回す。
「・・・・・・ああ。それでも綺麗だと思う」
瞳を逸らさず真っ直ぐに言う。
「例え罪人が描いた絵だろうが、殺人者が書いた詩だろうが、綺麗なものは綺麗だ。誰が創ったかは問題じゃない。問題なのはその作者の行動だ。その作品の価値自体は変わらない」
「合理的なのね」
つまらなさそうに声の主は感想を述べる。
「そうでもないさ。ところで・・・・・・」
一度言葉を区切り身構える。
「アンタは誰だ?」
姿形、声の高さ。それは紛れもなくサクラ―――ユキはまだ眠っている―――だ。けれど目の前にいるのはサクラではない。
「あら、バレてた?」
おどけた様に笑う。
「何時から気付いてたの?」
用心深く、相手から目を離さないようにして答える。
「何時変わったかは解らないが、少なくとも最初に質問してきた時には変わってただろう?」
納得がいかないように眉を寄せる。
「どうして? 肉体を借りてるから声は変わらないはず・・・・・・」
ヤレヤレそんなことも気付かないのか、と溜息を吐く。
「話し方さ。サクラなら『思う?』じゃなくて『思いますか?』と尋ねるはずだ。最初から違和感は感じてたけど、話してるうちに確信に変わったよ。もっとも年増臭い喋り方を治さないと意味はないけどね」
少し怒ったように
「年増だなんて失礼しちゃうわね。まぁ君よりは随分長く生きているのは否定しないけど」
少なくとも女性に使う言葉じゃないわよと、付け足した。
「そっちの質問には答えた。改めて問う。あんたは一体何者なんだ?」
鋭く睨む。こちらの視線を
「そうねぇ・・・・・・」
月の浮かぶ空を見上げてから呟く。
「今はとりあえず月子と名乗っておきましょうか?」
「月子?」
「そ。今は本名は訳合って言えないの。だから偽名で我慢してちょうだいね?」
そう言ってウィンクをする。
その仕草に眉をしかめながら質問を重ねる。
「で、結局なにが目的なんだ?」
「行きがけの駄賃ってところかしらね? この子だけだと、まだ上位妖物の浄化は荷が重過ぎると思ったから手助けしただけよ」
「・・・・・・一応、礼を言うべきか?」
助けてくれた、と解釈してもいいのだろうか?
「あら、礼には及ばないわ。だって、これから目的を果たすためにもう一仕事して貰うんですもの」
それはどういう意味だと、問おうとしたところで強烈な圧迫感を感じて振り返る。森に入ってからずっと纏わり付いていた不快感。その正体がどんどん近づいてきている。自分でも解るくらいに脈拍が上がる。
「来るわ。気をつけて」
さっきの会話からは考えられないような真剣な言葉に体の向きを変える。
徐々に巨大な何かが近づいて来ていた。