1-22 葛藤

 森の奥から木々の合間を縫うように何かが近づいてくる。そして徐々にその姿を確認できるようになった。その現れた姿を見て唖然とする。
「ドラゴン?」
 頭部の大きさだけで優に2m、全長はうねっていてとても把握できない。トカゲや蛇のような細長い胴体をしており、絵本に出てくるようなずんぐりした胴体ではない。そして翼も見当たらない。けれど頭部の特徴はドラゴンと言って良いだろう。ヨウブツと同じ黒い体に赤い瞳。
「惜しいわね、ドラゴンに近いけどあれは龍よ」
 のんびりした口調で間違いを指摘される。
 なんだそれは、と質問しようとしたがリュウの口が開かれ光が溢れ出す。
(マズイ!?)
 ドラゴンブレスなんか喰らったら人間一溜まりも無い。加圧(ブースト)し月子を抱え飛び退く。その一瞬後に閃光が周囲を焼く。光が収まった時には、予想を遥かに超えた大きさのクレーターができていた。
「あら、助けてくれるの?」
 場違いにのほほんとした口調で月子は喋る。
「その体はサクラのだろうがっ!?」
 律儀にツッコミを入れながら木々の間を走り抜ける。
 開けた所では狙い撃ちにされるのが落ちだ。そしてあんなクレーターを作る攻撃からユキ達を守る術がない。ならば木々を遮蔽物とし、自分達が囮となって場所を移すしかない。
(もっとも、森ごとブレスで吹っ飛ばされたらお終いだけど)
 心配は杞憂に終わったようで敵は自分たちを追ってくる。とりあえずは安心だ。
(こっちの身は不安で一杯だけど、なっ)
 言葉と同時に足に力を籠め地面から枝へと飛び移る。忍者のように枝から枝へ飛び移り、時に地面を走る。自分の思考を吟味し、頭の隅で疑問に思う。
 何故急にこんな馬鹿でかいのが現れたのか? さっきのヨウブツに止めを刺したからだろうか? と言うよりはむしろ・・・・・・
「もしかしてアレを呼び寄せたのはあんたの仕業か?」
 月子に向かって尋ねる。月子は心外そうに、
「仕業だなんて失礼しちゃうわね。文句ならストーキングしてくるアレに言って」
「よーするにアンタのせいだろ? 責任とってなんとかしろ!!」
「無茶言わないで!! 実体があればなんとかなるかもしれないけど、借り物の体じゃ無理よ」
「そもそもなんでストーキングなんかされてんだっ!?」
「こっちも訳ありなのよ」
 舌打ち。
 次から次へとどうしてこうも問題が立て続けに起こるのか? 問題が起こる理由の半分位は自分の体質の所為だが、半分でしかない。
(と言うか、実体があればドラゴン相手になんとか出来んのかよっ!?)
 心の中でツッコミを入れてから、ドラゴンに関する知識を引っ張り出す。

 ドラゴンは―――正確にはリュウらしいが―――地上に於いて単体では究極の生物と言われている。一部ドラゴン殲滅に特化した部族もいるらしいが、普通個人が生身どうこうできる代物ではない。魔想機の発展と共に、現在では生息数は激減し被害をあまり耳にしない。けれど昔は、一度(ひとたび)現れたなら全軍をもって殲滅にあたらなければならないとまで言われた代物なのだ。そんなものにいったいどうやって立ち向かえと言うのか。

(エターナルを呼び出すか?)
 愛機の存在を浮かべるが即座に否定する。月の位置が変わっていては星と星を繋ぐ(ゲート)を開くことは出来ない。よしんば開けたとしても召喚には魔力が必要で、その魔力は距離に比例して多くなる。残りの魔素では門を開くことさえ不可能だ。

 とりあえず、地上に於いて究極の生物とは、どの程度のものなのかを確かめる必要がある。走りから跳躍へと動きを変え、空が開けたところまで上昇。リュウは此方(こちら)を目で追いはしたが、その巨体さゆえに直ぐに止まることはできない。空中で体を捻り月子(にもつ)を更に上空に放りなげる。
「キ、キャァァァーーー」
 荷物が叫び声を上げるが無視。眼下には無防備なヨウブツの背がある。
(ここだっ!!)
 一気に攻撃用力場(フィールド)を練り、落下のスピードを含め、両手で剣を扱う。
地爆穿(ちばくせん)っ!!」
 点による力場突破攻撃。
 着地してすぐに月子をキャッチ。
(これなら!?)
 多少なりともダメージを与えられたと思った。
「そんなんじゃー、無理よ〜」
 月子が目を回しながら呟く。
 事実、鱗へ僅かに傷がついただけだった。



 ◇ ◆ ◇ ◆

(・・・・・・どうすれば)
 あれから三回攻撃を試してみたがどれも無駄に終わった。相手が余りに悪い。
 敵の防御力場自体の突破は可能なのだが、鱗が邪魔で刃が肉に立たない。
 早々と思考が詰まる。
「一つ手があるでしょう?」
 腕の中に居る少女がこちらの考えを読んだかのタイミングで声を掛けて来る。
「あったらとっくに実行してる!!」
 視線を向けずに静かに怒鳴る。
「嘘ね。封印を開放すればあの程度の龍なら一撃で倒せるはずよ」
「!?」
「貴方は無意識の内に封印のことを意識の外に追いやってる。だけど問題に正面から向き合わない限りなんの解決にもならないわ」
 思考が一瞬焦る。隠していた罪が明るみに出るようなそんな焦りだ。何故と言う疑問が胸の中で渦巻く。
 口を開いて否定しようとするが、
「分かっているわ。もし貴方がラシルの制御下に置かれた場合、最悪の結果になることくらいは。だから私が外界からの干渉を全て遮断する結界を張るわ。その状態なら封印を解いても問題はないでしょう?」
「・・・・・・」
 理屈の上では確かにそうなる。封印の開放において一番のネックはラシルからの干渉だ。しかしそんなことが可能なのだろうか? 信用できる実績も、信頼する要素もない。本名すら明かさない人間を信じていいのだろうか? そしてもしその結界が不十分だったら?
 走りながら小さく首を横に振る。
(ダメだ。リスクが高いとか低いとか、それ以前の問題だ)
 硬い声で告げる。
「アンタがこの際どうしてラシルや俺の封印のことを知っているかは置いとく。けど、封印を解く気はない」
「どうしてっ!?」
 非難の色が声に含まれる。しかしそれに対し、感情を籠めず淡々と答える。
「アンタのことを信用も、信頼も出来ないからだ」
「っ!?」
 唇を噛んでいる雰囲気が伝わってくるが、目を合わせるつもりもないし、考えを変えるつもりも無い。ただ相手の心を傷つけたという苦い思いだけが胸に広がる。
 互いに言葉を発しないまま逃げ続ける。腕の中で月子が身動ぎした後、唐突に喋る。
「・・・・・・降ろして」
 何処に? とは尋ねなかった。
「却下」
 予想に反したであろう回答に月子は怒る。
「なんでよっ!?」
 淡々と自分の考えを述べる。
「アンタを降ろすこと自体に問題はない。けどその体はサクラのだろう? そしてその体じゃあアレを倒すことはできないらしい。だから却下だ。降りたいならまずその体から降りろ」
 事実を突きつけられてキレたのか、ドスのきいた声で
「アンタッねぇ・・・・・・」
 一度息を吸って
「何でもかんでも自分の思い通りに行くなんて思ってないでしょうね!? アレは駄目、コレも駄目。アレは嫌、コレも嫌。駄目、駄目、嫌、嫌、駄目、駄目、嫌、嫌。そんなのばっかりじゃない!? ちったぁ素直になりないよ!!」
 そう一息で言ってのけた。
 この状況を打開しようと策を練っていたのに、その物言いが(しゃく)に障る。
「アンタこそ、我儘(わがまま)ばっか言ってんじゃねぇ!!『素直になれ』? 要するに言うこと聞けって言ってるのと同じだろ!? 生憎と、俺は人類の滅亡(ひとごろし)なんか望んじゃいないんだ!!」
 売り言葉に買い言葉。勢いだけがエスカレートしていく。
「私だってそんなこと望んでないわよ!!」
「じゃあ君は証明できるのかい!? 君の張った結界が完全であると!! ミスがないと!!」
「そんなこと・・・・・・」
 月子が言うより先に言葉を継ぐ。
「『証明できるはずない!!』? それとも『張ればわかる!!』? この状況で検証するだけの時間的余裕も無いのにか!? それを信じて、もし結界に不備があったらどうする? 俺は覚醒し、自我を失う!! そしてラシルが望むまま、欲するままに、人を殺め続けるだけの究極最強無比のお人形だ!! 誰が俺を停める? 誰が停められる? そして誰がそれに対しての責任を負える!?」
「それは・・・・・・」
 月子は剣幕と勢いに押されて言葉を紡ぐことが出来ない。だが一度言い出した勢いは止まらない。
「誰も責任なんか取れやしないさ。みんな死ぬんだからな!! だったらここで俺が死ねば良いだけの話だろ!?」
 死という単語に反応して再び息を荒げる。
「甘えないで!! 死ねばいいとか。死んで全てが解決するなら私達はどんな犠牲を払っても貴方を抹殺してるわ!! けど、そんな単純なことじゃないの!!」
「だったらっ!!・・・・・・だったら、どうしろって言うんだよ―――」
 勢いが急に削がれ、言葉が尻すぼみになる。

 自分が死ねば、次の人間に業が引き継がれるだろう。それはいい。だがもし、その人間がラシルに、―――業に呑まれてしまったら?
 そこには古い映画のサブタイトルに使い回されたかのような現実の人類滅亡。いや抹殺か。
 将来の人間に対して責任を持つことはできず、それ故に現状を維持し続けるしかない。―――死ぬことは出来ない。
 己の命も、業も、断つことはできず、生きている限り、いつ覚醒するやもと恐れ、足掻き続ける。
 それが全てを失い、力を求め、そして得てしまった力の代償。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 今まで怒りの色に支配されていた青年の瞳が、悲哀の色に染まる。それを見て水を掛けれたかのように一気に熱が冷めた。
 彼だって必死なのだ。
 騙されて、裏切られて、傷つけられて。そして人間の愚かさ、醜さを知ってしまって。
 だから、人を信じることを止める。止めようとする。信じなければ騙されることも、裏切られることも、傷つけられることも無くなるから。
 けれど、人間は一人では生きていけない。一人で生きていけるほど強くはなれない。
 そして、また信じてしまう。騙されることに、裏切られることに、傷つけられることに、怯えながら。
 人間は愚かで、醜いだけの存在では無いのだと。きっと心優しく、慈愛に満ちた側面を持っているのだと。そう自分に言い聞かせて―――

 長く生きたところで他人を完全に理解することなんて、できはしないのだと改めて想う。上辺だけ見て、傷付いてもヒトを救おうとする人だから、優しい人なんだと勝手に決め付けた。苦しんでいる姿なんて想像もしなかった。考えもしなかった。それなのに酷い事を言って、また傷つけた。
 けれど後ろから迫る妖物をなんとかしなくてはいけない。
 今はまだ良い。結界で動きを封じることができるのだから。だがこのまま放置しておけば必ず犠牲が出る。
 今のうちになんとかしなければ。
「・・・・・・どうしたら信じてくれるの?」
 唇を噛むのを堪え小さな声で呟く。
「・・・・・・」
 走る風で声が流されたのかて、それとも意図的な沈黙なのか。青年は目を合わせようとしない。
「どうしたら私のこと信頼してくれるようになるの!?」
 少し声を大きくして彼の瞳を見つめる。
「・・・・・・」
 苦しそうに彼は目を逸らす。
「辛いのは分かる。いいえ、―――分かった。ううん、分かったなんて言うのも烏滸(おこ)がましいかもしれない。けれど、今、貴方の力がどうしても必要なの。だから・・・・・・お願い、私を信じて!!」
 悲痛な叫びに尚も彼は目を逸らすが、
「名前」
 青年はポツリと漏らす。
「え?」
 聞き返す。
「本名は?」
 素っ気無く、言葉短に青年は尋ねる。
「それは・・・・・・」
 口篭もる。今は明かすことが出来ない。
 そんな自分の態度に青年は短く溜息を吐く。そして、
「じゃあ、何か約束してくれ」
 しょうがなさそうに代案を提示する。
「何か? 何でも良いの?」
 小さな光にすがる様に尋ねる。
「俺の益になることなら何でも良い」
 彼は相変わらず目を合わせようとはせず、ひたすら走り続ける。
「じゃあ―――」
 自分が出来ることで、彼に一番誠意が伝わることとはなんだろう?

「じゃあ、次に私と会えたら私の心も、体も、全部あげるわ」

 嘘偽り無く、本心で。でないと彼の想いを踏み躙るような気がしたから。
 しかし彼は冷たく申し出を拒否する。
「生憎、自分を安売りする女性は嫌いでね」
 自分の想いを否定された気がして胸が痛む。
「でも・・・・・・」
 他に証明できるものがないのだ。ただの口約束でこれ以上の誠意をみせることはできない。
 空気が沈む。結局、彼の信頼は得られないままだ。そう思った時、
「けどまぁ、その心意気は買うことにするよ」
 沈んだ空気を払拭するかのような軽い口調だった。
 そして力の篭った瞳で告げる。
「君の事を一時的にだが、信じることにしよう。結界を頼む」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 月子はヨウブツを閉じ込められることの出来る巨大な結界を離れた所で構築している。自分はさっきよりも更に広い広場でのらりくらりと敵の攻撃をかわしつつ囮を続けていた。
 多分、これが最良の道だったのだと思う。現実問題ヨウブツを倒す術がない現状、彼女の提案を呑むしかないのは理性では分かっていた。
 けれど感情はそれを否定した。それは、もう二度と使うまいと心に決めた自分自身への誓いを、反故にしてしまうことだったから。ラシルの力を借りずとも、自分自身の力で救うことが出来ると証明したかったから。
(・・・・・・結局は僕の我儘か―――)
 他人を(ののし)り、(なじ)る権利なんてありはしない。彼女に対して済まないことをしたなと胸が痛む。
(まぁ、それは行動を持って、謝罪と言うことで)
 都合のいい考え方だと心の中で嗤う。
(結界の準備ができたわ)
 前触れも無く念話で話しかけられる。
(心の準備はいい?)
(いつでもどうぞ)
 いまいちやる気の欠けた声で応答する。そして一瞬後に広場に声が響く。
「断界鏡世!!」
 極力構築呪文を破棄した最短詠唱。聞いたこと無い呪文だ。
 直後、世界への干渉が実行に移される。



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