2-1 日常1

 現在四時間目の授業中。
「えー、最近の研究では」
 教科は歴史。
「西暦と呼ばれていた時代にぃー」
 眼鏡をかけた教師が教科書の内容を補足説明している。
「世界大戦というものがありましてぇー」
 その教師の後頭部はかなり寂しものになっている。
「えー、四度目まではー、記録されているのですがそれ以降は記録が曖昧となっており判然としていませんー」
 以前までは独特の喋り方に、クラスの半分以上が眠りに落ちていた。それでも最近は高校受験を意識し始め、睡魔と懸命に戦いながらノートを取っている。
 そんなクラスの様子から意識を逸らし窓の外に視線を向ける。
 自分の席は窓際の最後尾。外を眺めるにはベストな位置だ。
「えー、ですがー」
 秋の日差しを受けた運動場では体育が行われていた。見知った顔がいないので同じ学年ではないようだ。
「最後の大戦でー、使用された爆弾がー、現在の星をー、形作ったのではないかとー、発表されー」
 教師の言葉を左から右に流しながら漠然と思う。
(・・・・・・眠ぃ)
「そもそも昔は居住惑星はー、一つだったとも言う学者もおりー」
 欠伸を噛み締めながら、今度は教室の時計に目をやる。
(もう少しでチャイムが鳴るな)
「議論を呼んでいますー」
 教師の言葉を完全に無視しながら腹が減ったなぁと思う。
「えー、最近の入試の傾向として全教科に言える事ですがぁー」
 教師もチラリと自分の腕時計に目を向けると早口で残りの説明を始める。
「時事問題について自分の考えを筆記させることが多くみなさんは入試までにまだ時間があるのですから少しでも多くの情報を仕入れて欲しいと思います」
 教師が言い終わると同時にチャイムが鳴った。
「はいー、それでは今日の授業はー、これまでぇとーします」
「起立、礼!!」
 委員長の号令と共にクラスメイトが起立し礼をする。それで授業は終了となった。
「だる」
 欠伸と共に呟いた言葉はクラスのざわめきに溶けて消えた。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 自前の鍵を使い、扉を開けて屋上に出る。
 いつも通り、高い位置で青い空が広がっていた。
「天高く馬肥ゆる秋、か」
 呟きながら屋上を見回すと先客が寝転んでいた。
 別に待ち合わせをしているわけではなく、何と無く昼休みは屋上に集まるようになっているだけだ。
 近くまで歩いて行き、世間一般に二枚目と呼ばれる相手に声を掛ける。
「よぉ」
「・・・・・・なんだ、シュウか」
 相手はやや残念そうに言うと目を開けて起き上がる。
「はぁ、エンだったらスカートの中身が見ゴッ」
 腹を押さえて蹲るヒロスケを冷ややかに見つめ、溜息を吐きながら腰を下ろす。
「お前に黄色い声を上げてる女子に、今の発言聞かせてやりたいよ」
 ヒロスケは手で腹を押さえながら苦しげに笑う。
「いやいや、そういう自分を飾らないところが人気の秘訣ですヨ?」
 まぁバレやしないけどな、と小さく付け足し無駄に好青年を気取って微笑む。
 それを無視して尋ねる。
「タスクは?」
「多分説教受けてるよ」
 なるほどねぇと頷き、尋ね返す。
「今度は何やらかしたんだ?」
「アイツ、古語の宿題を余りに提出しないから給食終わったら引っ張られていったよ」
 再びなるほどねぇと頷き
「エンは?」
「ああ、進路指導行って来るってさ」
「へー、エンも色々考えてるんだなぁ」
 そう言いながら欠伸をして興味薄そうに寝転ぶ。

 雲がゆっくりと流れていく。
 それに合わせるように穏やかに時間が過ぎる。
 タスクが居れば賑やかなこの場も自分とヒロスケだけなら静かなものだ。
 時折、思い出したように言葉を交わす。
 少々物足りなさを感じつつもたまにはいいかと思う。
 もともと何か目的があってここに居るわけではない。居心地がいいから居るけだ。
 このまま昼休みが終わるかなと少しうとうとし始めた所で、唐突にヒロスケから声がかかる。
「なぁシュウ?」
「んー?」
 寝転んだまま間延びした返事をする。
「地区大会出てみる気ないか?」
 何の地区大だと頭を巡らせすぐ思い到る。
 確か、秋季全国武道選手権大会、中学生の部・地区予選大会が始まる頃だ。新聞の地方欄に断と清のことが載っていたのを思い出す。
「ヤダ」
 考える間もなく即答する。
 ヒロスケは嘆息してから口を開く。
「予想通りの回答ありがとう。でもまぁ中学生活最後の思い出に、とかどうよ?」
「メンドイからヤダ」
 ヒロスケはがっくりと肩を落とす。
「はぁ、やっぱダメか・・・・・・」
「普通に考えてダメだろ? ってか、そもそもなんでヒロスケは俺を大会に出させたいんだ?」
 自分の性分を知っているヒロスケなら聞くだけ無駄なことは分かっているはずだ。
「んー、まぁ・・・・・・一応聞いてみただけ。あと複雑多岐に渡るややこしい事情とか」
 なんだそりゃ? と尋ねようとしたところで扉が勢いよく開く。
 そこにはタスクが立って居た。
 目が合うと突然涙目で走ってくる。
「シュウー、ヒロスケー」
 珍しく表情が真剣だ。
「頼む、助けてくれ!!」
 ヒロスケが半分呆れつつ先を促す。
「どうしたんだ?」
「勉強教えてくれ!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 空に視線を向け、空は青いなぁと脳が現実逃避を始める。以前、一度軽い気持ちで請け負って酷い目にあった。
 そんな思考を必死で留め、理由を予測しつつ尋ねる。
「―――なんで?」
「ううっ、だってちょっと古語の宿題サボったからって『お前は卒業させん』って言い出すんだよ、あの狐!?」
 目の前に居ない相手を非難する。
 ちなみに、狐とは顔が狐に似ているから付けられたそのまんまな古語の教師のあだ名だ。提出物には煩いことでも有名である。
 ヤレヤレと思いながら尋ねる。
「そのちょっとってどの位だ?」
 きょとんとした顔でタスクは答える。
「え? 一学期の途中から」
 再び沈黙が場を支配する。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 最初に沈黙を破ったのはヒロスケだった。
「バッカか、お前はっ!?」
 ヒロスケとは対照的な台詞を言う。
「もう一年、中学生頑張れよ」
「ヒ、ヒドッ!? ―――じゃ、じゃあ勉強教えくれとは言わないから、せめて宿題見せてくれ!!」
「アホかーーー!!」
 ヒロスケの怒鳴り声が屋上に響いた。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 その後、何だかんだでヒロスケがタスクの勉強を見ることとなり、教師の所へ、心を入れ替えて勉強させるから留年だけは勘弁してやってくれと頼みに行った。
 こういう時に教師受けの良い、優等生であるヒロスケが居ると便利だなぁと思ったら昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
 それから二時間、退屈な授業を睡眠に費やし放課後、4組の教室に向かう。4組はヒロスケとタスクのクラスだ。
 HRが終わった教室を覗くと机に向かって悩んでいるタスクと、それに向かい合う形で座っているヒロスケが居た。
「おお、早速頑張ってるな、感心、感心」
 近くの空いている席を引っ張ってきて座る。
 タスクが悩んでいるプリントを見ると出来は半分ほど。内容はかなり前に解いた覚えのあるものだった。
 タスクが唸っている前でヒロスケが愚痴を漏らす。
「つーか、マジ有得ん。コイツ2年の内容すら覚えてねぇ」
 ゲンナリするヒロスケに真顔で返す。
「そりゃぁ困ったなぁ。まぁ頑張れよ」
「他人事かよ」
 ガックリと項垂れるヒロスケ。
「だって他人事だもん」
 ヒロスケはくっそぅと低く呟いてから半目で睨んでくる。
「んで、他人事の黒河君は何しに4組へ?」
「ん? ただの冷やかし」
「てめぇ・・・・・・」
 本気で怒り出しそうなヒロスケにちょっとやり過ぎたかなと反省。
「冗談だって、一応タスクのこと押し付けたんだ。全くの他人事じゃねぇだろ?」
 ヒロスケは溜息をついて肩を落とす。
「一応押し付けたって、自覚はあるんだな」
「『一応』な」
 笑顔で念を押してから本題に移る。
「んで、今日の修練はどうする?」
「あ゛ー」
 ヒロスケは天井を仰いで、次にタスクのプリントに目を移し、落胆した。
師匠(せんせい)には休むって言っといて。もしかしたら当分」
「うーい、了解」
 そこでタスクが急に顔を上げ不満そうな声を上げる。
「え〜、そりゃないよー」
「オ・マ・エ・がっ、真面目に宿題やってないからだろうが!? 俺も付き合ってやるんだから文句言うな!! 今週中に一学期分は終わらせるぞ!!」
「えーっ!?」
 不満たらたらの声に呆れながら席を立つ。
「ん、じゃあ義父さんにはそう伝えとくよ」
「おう、頼む」
「そんなー」
 ヒロスケに文句を言い続けているタスクの言葉を聞きながら席を元の位置に戻す。
「んじゃ、頑張れよー」
 挨拶を済ませて出口に向かう。
「おーう」
「ちくしょー!!」
 背中に軽やかな挨拶と変な叫び声を聞いた。



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