2-2 日常2

 4組の教室を出て靴箱に向かう。
 別に無意味に屋上で時間を潰しても良かったが何と無く帰ることにした。
 途中、見知った顔に挨拶を交わしながら目的地を目指す。
 特別教室の前を通り過ぎた所で、後から聞きなれた声に呼び止められる。
「シュウ!!」
 校内で自分のことを『シュウ』と呼ぶのは極限られた人間だけだ。
「よぉ、エン」
 振返って気軽に片手を上げる。特別教室から顔だけ出していたエンが近づいて来る。
「今帰り? 一人? 珍しいじゃん」
「そうか? それよりエンがこんなとこから出て来る方が珍しいと思うけどな」
 そう言って教室名の書かれたプレートに目をやる。
 そこには進路資料室と書かれていた。
「相変わらず失礼なヤローね。アタシだって将来のことくらい少しは考えてるわよ」
 そう言って薄い胸を張る。
「エンも相変わらず口悪いなぁ。見てくれは良いんだから、もうちょい女の子らしい言葉使い覚えろよ」
「煩いなぁ、別にアタシの勝手でしょ?」
 ごもっともと呟いて、エンが脇に抱えている学校案内のパンフレットを見る。
「へぇ、女子高志望? そこ結構頭良いとこじゃなかったっけ?」
 顔を赤くして怒鳴る。
「う、うっさい、勝手に女の子の持ち物見るな!!」
 恥ずかしそうにモジモジして小声で喋る。
「こ、これは、本命じゃないの。第二志望よ」
 色々考えているんだなぁと軽く感心。
「なるほど。ちなみに本命は?」
 軽いノリで聞いてみるとフンと横を向かれる。
 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「そう言うシュウは? どこ受ける気なのよ?」
「俺? 俺はまだ未定」
 一瞬疑わしそうな視線を向けられたが、あっそうとだけ答えた。
「んで、どーする? もう帰るんなら待つぞ? 一緒に帰るか?」
 エンは複雑な顔で辞退する。
「ありがと。でももう少し調べたいから残念だけど遠慮しとくわ」
「おう、んじゃ気を付けて帰れや。なんだったら4組(のぞ)けば、ヒロスケとタスクが残ってるかもよ?」
「そう言えば、二人はどうしたのよ?」
「タスクの卒業を賭けてヒロスケが勉強を教えてるよ」
「ホントにタスクも・・・・・・崖っぷち生活好きよねぇ」
 呆れたようにエンが漏らす。
「いや、別に好きではないと思うぞ?」
 一応本人の名誉の為に言っておく。
「ま、良いわ。ついでがあれば覗いてみる」
 そうかと頷いて手を上げる。
「じゃぁまた明日な」
「うん、シュウも闇討ちされないよう気を付けなさいよ」
 嫌なこと言うなぁ、と思いながら振返らず手を振った。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 靴箱の蓋を開けると白い紙が入っていた。
 驚くことなかれ。実はこれが初めてではない。
 なぜなら白い紙には墨で太く、『果たし状』と書いてあるからだ。
「・・・・・・」
 ラブレターなる甘酸っぱい青春の1ページならともかく、何が悲しくてムサイ男の相手をしなければならないのか。本気で人生泣きたくなる。
 溜息をついてから靴を履き替える。
 見なかったことにしようかなぁと思うが、すっぽかしたら不戦敗扱いになるので厄介だ。
 気は果てしなく乗らないが開いてみると『放課後校舎裏にて待つ』の簡素な一文。ご丁寧に墨で、しかも達筆。
 噂では書道部の奴に書かせているのだとか。
(変な所に拘りたがるんだよなぁ)
 自分で書けないなら止めればいいのにと強く思う。
 もう一度溜息をついて校舎裏に早足で向かう。
 さっさと終わらせてしまおうと。



 ◇ ◆ ◇ ◆

「そこまで!!」
 果たし合いの審判の声が高らかに校舎裏に響き渡る。
 やる気無く地面を見下ろした先には背の高い男子学生が伸びていた。多分同じ三年。
「いや〜、相変わらず余裕っスね」
 審判を受け持った一つ下の男子生徒が話し掛けてくる。
 何度か審判を受け持たれたことのある奴だったが名前は知らない。
 無視して近くに置いてあった薄いカバンを拾う。
「これで10連勝。歴代で3位の記録っスよ」
 何がそんなに嬉しいのか饒舌(じょうぜつ)になって語る。
「他の先輩から聞いてますよ? こないだなんか開始3秒でカタを付けたとか・・・・・・いやぁ〜、俺も見たかったなぁ」
「オイ」
 審判の少年を睨みつけると肩を震わせる。
 正直、虫の居所が悪い。
「帰っていいんだよな?」
「は、はい・・・・・・」
 少年が怯えるのを他所に裏門に向かって歩き出す。
 ここからなら正門より裏門の方が近い。
 歩きながら心の中で悪態を吐く。
(なんだってあんな雑魚に時間を掛けなきゃならないんだ!?)
 伸した奴にもう少し分を(わきま)えろと言ってやりたかった。
 断と中学が別れて、やっと弱いもの虐めからも卒業できると思ったのに何だ、この現状は!?
 またそこにきて馴れ馴れしく話しかけてくるガキ。
(世の中、雑事が多すぎる!!)
 それもこれも全部、雪と桜のせいだ。
(あー、ちくしょう!!)
 落ち着けと念じてみるが一向に収まる気配は無い。
 無性に当り散らしたい気分だった。
 もう一度、雪と桜とはよく話し合う必要があるなと結論付けた所で裏門に到着する。
 裏門を潜る七歩手前で足を止める。

(・・・・・・本当に世の中、雑事が多い)
 殺気っぽいものを感じる。数はおよそ三十。
(前よりは少ないけど、この程度の殺気しか放てないようじゃなぁ・・・・・・)
 そう。感じるのは殺気っぽいものであって。殺気ではない。
 溜息を吐いて声を掛ける。
「出て来いよ」
 そう言うとゾロゾロと学生服を着崩した人間が現れた。
 力場検索(フィールド・サーチ)をすると数は三十六。中には自分の学校以外の制服の奴も混じっている。
(よくもまぁこんなに・・・・・・暇人共め)
 鼻で笑ってから高圧的に告げる。
「容赦はしねぇけど、覚悟はいいな?」
 自分の言葉を合図に、一対三十六の乱闘が始まった。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 不良崩れの軍団をちゃっちゃっと片付けて帰路を歩く。
 言葉とは裏腹に容赦しまくりの蹂躙戦は余計にストレスの溜まる物だった。
 歩きながら溜息を吐く。
 前々からの疑問だが、自分は一日何回溜息を吐けば報われるのだろうか?
 そんな埒のないことを考えながらひたすらに歩く。
(ううぅっっ、平穏な学校生活が送りたいだけなのに・・・・・・)
 本気で登校拒否に陥りそうだ。
「お兄さん?」
 突然、後から声を掛けられ振返ると、千夏と千夏の友達らしき人物が居た。
「おう、おかえり」
 片手を上げて挨拶をする。
「はい、ただいまです」
 そう言って千夏はニッコリ笑う。
 その笑顔を見て癒されてるあたり、自分は相当末期かもしれない。

 気を取り直して、視線を千夏の友達に移せば緊張している様子が目に映る。
(緊張っていうより怯えかな?)
 苦笑してからもう一度千夏に目線を向ける。
「そんじゃま、千夏は友達と仲良く帰んなさい。俺は先に帰るから」
「あ、いえ私もここでカナちゃんと別れるんでご一緒します」
 振返ってカナちゃんと呼ばれた子に手を振る。
「カナちゃん、また明日ねー」
 カナちゃんもぎこちなく手を振り、うん、また明日ねと言って別れた。

「さっきの『カナちゃん』って、千夏の話によく出てくる子のこと?」
 通学路を千夏と並んで帰りながら先程の子のことを尋ねる。
「はい、そうです。越智(おち)彼方(かなた)ちゃんですよ?」
 少し怪訝そうに尋ね返す。
「ってことは、あの子が去年の生徒会長の此方(こなた)さんの妹か」
「はい、そうです。―――コナタ先輩格好良かったですよね。あ、もちろん今年の会長だった志穂先輩もですよ? 同じ女性として尊敬します!!」
 グッと握り拳を胸の前に作って力説する千夏。
 そんな義妹の横顔を見ながら溜息を吐く。
「尊敬するのはいいけど見習うのはやめとけよ?」
「え? ど、どうしてですか!?」
「まぁ、いろいろ込み入った事情があるんだよ・・・・・・」
 怪訝な表情で見上げられたが、遠くを見つめることで質問を避ける。
 不満そうな表情をした千夏だったがすぐ改める。
「あの、お兄さん・・・・・・カナちゃんも悪い子じゃなくてですね、ただちょっと」
「わかってるよ」
 言いかけの言葉を柔らかく遮る。
「千夏が選んだ友達だろ? だったら自信持てばいいさ」
 俺は大丈夫だからと小さく付け足して笑う。
「千夏の方こそ、俺のせいでイジメとかあってないか? そういう事はすぐ言うんだぞ? キチンとお礼参りした後で―――縁は切るから」
 千夏は頭を力いっぱい横に振り否定する。
「だ、大丈夫です。むしろお兄さんの御陰でみんな優しくしてくれます」
「ぬー、それはそれで問題だな。やっぱ普通が一番でしょ」
 腕を組んでどうしたもんかと唸る。
「お、お兄さん!!」
「ん?」
 何故か場に似合わぬ必死な声を千夏が上げる。
「どうした?」
 ぎゅっと体に力を込めて、息を下ろす。そして俯いた格好で小さく呟く。
「・・・・・・そんな悲しそうな顔しないで下さい」
「生まれたときからこんな顔なんだけど?」
 おどけて言ってみる。
 千夏は今にも泣きそうな顔を上げる。
「そう言う意味じゃなくて」
 見上げた形のままで叫ぶ千夏の頭を笑顔でぽんぽんと軽く撫ぜる。
「ありがとう、千夏。でも―――大丈夫だから」
 千夏は奥歯を噛んで下を向く。
「―――はい」
 納得のいかぬだろう思いを抱えて小さく頷く。
 やれやれと小さく息を吐く。
 この子は他人に気を回し過ぎだ。もう少し自分本位に生きたほうが楽なんだけどなぁと少し心配に思う。
 だがまぁそれを今言った所でどうしようもないし、生き方を決めるのは彼女自身だ。
 冷たい風が吹く。
 そこでふと思いついたように千夏が提案する。
「そうだ、久しぶりに競争しませんか?」
 競争とは家までどちらが早く帰れるかの競争で、負けたほうは当然ペナルティ。
「いいねぇ。―――ハンデは?」
 不敵に笑って鞄を抱え直す。
「さ、三分でお願いします!!」
「おお、千夏さん、大きく出たねぇ。三分でいいの?」
「大丈夫です!!」
 強く断言する義妹の横顔を見て、心配は杞憂に終わったかなと小さく思う。そして強くなったなぁとも。
「そいじゃ三分で。負けたほうは道場の後片付けの肩代わりでどうよ?」
「望むところです!!」
 屈伸をして体をほぐし、前を見ている。
「OK。それじゃ準備はいい?」
「はい」
 徒競走のスタート体勢で構える。
「人、轢かないよう気をつけろよ?」
 今度は集中のため声を出さず、頷くことで了解の意を示してくる。
「それじゃ、用意・・・・・・ドン」
 力場の圧縮から開放された空気が風となり舞う。
 あれなら初速から一気にトップスピードに入れる。
(う〜ん、上手くなったなぁ)
 ポケットから懐中時計を出して針を見る。
(やべぇ、三分ってもしかしてピンチかも・・・・・・)
 目算誤ったなぁと思いながら柔軟を始めた。



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