2-11 在り方

 まずは力場検索(フィールド・サーチ)をして害虫の数(にんずう)を確認。
 ちゃんと集中力もあるし間違えることはないだろう。
 流石にこんな短時間に二度もミスしたら愚かを通り越して、ただの馬鹿だ。
 念のためラシルにアクセスしてみて注意深く確認をとる。
(―――うん、大丈夫。ちゃんと七(にん)。間違いない)
 後で横たわっているのは数から抜いておく。

 自身の状態に満足して次の段階に思考を移す。
(さて、それじゃこれからどうしよっか?)
 適当に見回すと事態に困惑している顔が七つ。
 その内の一つは雪を切った奴だ。
(あぁ、じゃあ最初はアレにアレしよう)
 本人以外まったく意味不明な思考を元に予備動作無しで対象へ接近する。
「!?」
 相手の予想を遥かに上回る動きで、首を鷲掴みにし持ち上げる。
「づ!?」
 呻き声と共に慌てて剣が振るわれる。
 だが力場(フィールド)に触れただけでその剣が砕ける。
「その程度の意志(ちから)じゃ傷一つ付けられない」
 指に力を籠めながら嘲笑う。
 必死に振りほどこうと暴れる姿を滑稽だなと頭の隅で思い、呪文の詠唱を開始する。

「―――我、契約に従いて其が求むる憑代を与えよう。故に我に其の力を貸し給え。

 (いにしえ)より伝わる常闇(とこやみ)
 終わり無き苦痛と絶望の(かいな)に抱かれ、死すら見出せぬ世界で朽ち続けろ。

 ファントムペイン」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 詠唱を終えると彼は手を離し男が地面に落ちる。
「ぐ・・・・・・」
 新鮮な空気を肺に取り込もうと男が息を吸った瞬間。
「ぐあ゛ぁぁぁ!!」
 頭を抱え地面を転がりだす。
 体には傷一つ無いのに痛みに叫ぶ。
 息を吸うことも忘れ、のた打ち回る。
 男を助けようとしていた者達もその異常さに動きを止めた。
 その姿が、殺虫剤を向けられたゴキブリによく似ているなと思ったのは彼だけだった。



 ◇ ◆ ◇ ◆

(なんて・・・・・・)
 出鱈目(でたらめ)だった。

 最初にシデが絶叫とともに倒れ、次にイゼアルとセイルがほぼ同時に一瞬で倒され、ライオットとリックが倒れた。
 そして今、アレクがゆっくり倒れていく。
 まだ開放してからの時間は2分も経過していない。

 この戦場に見知らぬ少女が入り込み、その少女がシデに斬られてから救世主の雰囲気が一変した。
 絶対にしないと言われた業の開放をやってのけた。
 それからの救世主はまさに圧倒的な強さだった。
 いや、強いとか弱いとかそういう次元(レベル)では無くなっていた。

 花を摘むような優しさで力を加える。
 それだけで仲間はなす術も無く倒されていく。
 救世主には強さを誇る優越も、消えゆく弱者への哀れみもない。
 ただ黙って、倒れていく姿を興味無さそうに目に映しているだけだった。

 動けと本能が警告を鳴らす。
 だがそれとは裏腹に体は震えるばかりでまともに動いてくれない。

 救世主と目が合う。
 雰囲気だけでも怯んでいるのに、さらに気圧される。
 感情を読ませぬ黒い瞳。
 八年前に間近で見た瞳とは似ても似つかない闇色。
 無造作に救世主が手を振るう。
 するとその手には刀身のない柄が握られていた。
 レポートに書いてあった。救世主が大戦中に使用したとされる武器。
「―――世界よ、剣たれ」
 遠くともはっきりと聞こえるのは簡素な呪文。その言葉を元に柄から蒼い刃が延びる。
 澄んだ空色の剣はまるで厚みを感じさせず、水のように透き通っていた。
「あ」
 意識せずに咽から声が漏れる。
 それほどに美しい。
 その姿に怖いと思う心さえ麻痺していくのを感じた。
 今まで畏怖するだけだった存在が、剣一つを手にしただけでこうも印象が変わるものだろうか?
 黒い団服を纏った男が一人。蒼い剣を手に、構えもせずにただ立っている。それだけのはずなのに、場違いにも美しいと思った。
 確かにその剣は美しいものであった。だが今、美しいと感じているのはソレではない。
 では一体何が? と思考が逸れた瞬間、救世主の姿が消える。
「!?」
 慌てて意識を戻すが遅い。
 辛うじて認識できたのは、恐怖で動きの鈍っていた体へ、間近から剣が振るわれているということだけだった。しかも一撃で首を刎ね落とす軌道でだ。

 無駄だと悟りつつ、体を必死に動かす。
(―――ダメっ)
 死を覚悟して視界が歪む。
 死ぬことへの恐怖からでなく、何もできない無力な自分に。
 任務を達成することも、八年前のお礼を言うことも、何一つできてはいない。
 走馬灯が巡り、だが耳元で激しく鉄と鉄がぶつかる音がした。
 目を瞠る。
 救世主からの一撃を刀で防いだ見知らぬ男がすぐ傍に居た。

 新たな介入者に対して救世主は後退して距離を置く。
 男は一歩前に出て辛そうな口調で口を開く。
「シュウ君、遅くなってすまないね」
 その言葉に対して救世主は感情を篭めず答える。
「一夜さん、退いて下さい」
「それが、本当に君が望んだことならそうするよ」
 強い視線と共に硬い声で男が返す。
 救世主は一度目を閉じ眉間に皺を寄せ溜息を吐く。
 そして再び目を開けてから、今度は冷気の篭った声で簡潔に命ずる。
「邪魔だ、退け」
 救世主に呼応するように大気が震え、そして私も身を縮めた。
 だが男だけは強い視線のまま救世主を真っ直ぐに見据えて答える。
「言っただろ? 君が本当に望むのならそうする、と。けどそれは君の本心じゃないだろ?」
 馬鹿にしたように救世主は鼻で嗤う。
「あんた等の勘違いっぷりには涙が出るねぇ。―――精々、そうやって平和ボケしたまま死んでくれ」
 言い終わると同時に救世主が駆けた。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 蒼剣から繰り出される重い一撃を受け流し、袈裟斬りに刀を振るう。
 その一撃を今度は相手がいなし、胴を放ってくる。
(・・・・・・強い)
 火花を散らし、切り結びながら相手への感想を心の中で思う。
 本来なら斬撃を放つのに必要である力場を練る作業もほぼ零だし、それこそ魔法を雨のように降らせてくる。
 何分、魔法使いとの実戦なんて経験に乏しいので次の手が読みにくい。
 致命傷はなんとか避けているが、既に胴着の数箇所からは小さく血が滲んでいた。
 器用に相手の攻撃を避けながら思考する。
(こっちの世界では魔法は使いにくいと言っていたけど、大気の歪みと関係があるのかな?)
 彼が剣を振るい、魔法を放つたびに目に見えない何かが、悲鳴を上げる。
(しかも魔法使いのクセに接近戦が得意だなんて、RPGならゲームバランス崩してクレーム付くぞ)
 もしかしたら戦士のくせに魔法が得意なのかもしれないなぁと相手の攻撃を弾きながら暢気に思う。
 新たな感想としては出鱈目な上に卑怯、そんな感じ。

 だがそれだけだ。
 単に『強い』だけ。
 見苦しいとまでは言わないが、闘い方は腕力に任せて振り回すだけのただの児戯。
 彼らしくない。技術の無い、まるで手応えの無さ。

 彼が後方に飛び距離を空ける。動きを止め、口を開く。
「本当に貴方は何者ですか?」
 初めて会った頃のような丁寧だが、警戒心の強い口調。
 それに対して笑って答える。
「しがない妖物退治屋を営む、神主兼五児のパパさ」
 彼は表情を変えぬまま淡々と喋る。
「それだけでは無いでしょう? あの辺に転がって呻いているのだって平均的な視点から見れば異常と呼ばれる強さですよ? それでもこの力の前には力押しでどうにでもなるくらいの強さでしかない。―――なのに貴方は平然としている」
 彼は言葉と共に、はぐらかす事を許さぬ強い視線を送ってくる。
 どう説明しようか思案してから口を開く。
「・・・・・・覚えているかい? 名は体を表すという話を」
「覚えていますよ。よくよく考えればあっちの世界でも似たような考え方はありますから。用はイメージを喚起しやすいものが名であり、またその名に縛られると言う話でしょう?」
「ま、そんなところさ。そして僕もシュウ君と同じ様に名を捨てことのある人間でね。―――神崎を名乗る前はちょっと特殊な姓と名をしていたんだ。だからシュウ君がそんな歪な力を持っていても対抗できる」
 返答を聞いて彼は愉快そうに笑う。
「この力に対抗できるのは同質の力を持つ勇者に英雄、そして魔王くらいだと自惚れていたんですけどね。―――もっとも今の彼らでは僕を止めることは不可能ですが」

 話を聞きながら心の中で溜息を吐く。
(やれやれ参ったなぁ)
 意図的に力押しで攻めてきているのだとしたら、今以上に狡猾な手を使えることになる。そうなると少々厄介だ。
「ああ、それともう一つ。その刀はなんです? いくら一夜さんの加圧(ブースト)が凄まじくとも世界を(・・・)ぶつけているのに折れないなんて異常でしょう」
 彼は興味深かそうに目を細める。
「それを言うなら僕の方だって驚いてるよ。まさかこの刀で傷一つ付けれないとはね。でも、―――なるほど世界か」
「ええ、世界がそう簡単に壊れたら困るでしょ?」
 そうだねと小さく苦笑してから元の質問に答える。
「シュウ君も見たことあるだろう? 家に奉ってあるご神体だよ」
「それはわかりますが銘は聞いてませんでしたから。―――随分と霊格の高い代物を持ち出してくれて来たみたいですね」
 彼の視線は油断の無く刀に注がれている。
「『フツノ』。神代に於いて全てを断ち切る名を与えられた剣さ。(もっと)もただその名を冠しただけの模造品(にせもの)に過ぎないけどね。―――それでも人々は名に想いを込め、その想いは力を持つに到る」
 彼は吐き捨てるように言葉を重ねる。
「だから厄介なんですよ、人間は。継ぎ接ぎだらけの不安定な世界では害悪な存在にしか成り得ない。やっと旧世紀の汚染から立ち直ったのに、人間はまた星を穢すつもりですか? 奇蹟は二度も起こりませんよ?」
「『世界は一度壊れて分裂し、再び発展しようとしている』だったかな?」
 彼は答えない。
 構わず言葉を紡ぐ。
「だから殺すのかい? 人間の可能性を見限って」
「可能性だなんて都合のいい言い訳を信じていたらまた世界は壊れます」
「例え、それが君の意に沿わぬ最悪の方法だったとしても?」
 強く見据える。
 彼はその視線を受け流すように軽やかに喋る。
「限りなく僕の本意ですよ。―――結局、世界は残酷で、そして人は醜いまま。そんな世界なら滅びてしまえばいい」
 言動とは不釣合いな彼の穏やか過ぎる笑顔。
 でも、だから分かる。
 彼が本心で喋っていないことに。
 そして安心する。
 まだ、彼の心は死んでいない。
 ならば彼との約束を果たすのは今ではない。

 少しだけ視線を倒れている雪にずらす。
 雪が傷を負って倒れていることと、今の彼の状態は無関係ではないはずだ。
(きっとまた、シュウ君は自分を責めたんだろうな)
 それが原因で一種のショック症状に陥り、正確な判断が出来なくなったのだろう。
 仮にどれだけ多くの記憶を持って、どんなに大人びていたとしても、彼はまだ中学三年生なのだ。
 ただ、今はまた冷静さを取り戻しているように見える。一時の激情が長続きしないのは彼の長所でもあり短所でもある。
 冷静で客観的な思考ができるのは良いことだが、それも度が過ぎれば悪癖に変わる。
 落ち着くのが早すぎるから激情が不完全燃焼のまま終わり、(くすぶ)ったままの感情を内に溜め込み続ける。なまじ客観的な思考を有しているから更に自己嫌悪。悪循環だ。
(とまぁこんな感じかなぁ)
 実際は分からない。本当はもっと違った理由が有ったのかも知れない。
 それでも自分は息子を信じてあげたい。
 ただ破滅を望む人間ではないことを。

「相変わらずシュウ君は嘘が下手だね」
 彼は皮肉げに笑う。
「だったら何だ? アンタも俺が優しい人間だ、なんて(のたま)うつもりか? 馬鹿馬鹿しい」
 困った顔で笑う。
「いや、君はとても優しい子だよ。僕が保証する」
 苛立たしげな強い口調。
「そういう勘違いが腹立つんだよ!! わかった様な口きいてんじゃねェ!!」
 それに対して涼やかに答える。
「わかるさ。―――君は昔の僕に良く似ている」
「勘違いだな」
 吐き捨てるような彼の言葉に頷き、だが同意はしない。
「ああ、ただの勘違いさ。それでも僕は君の優しさを信じる」
「ハッ、優しい人間はな人を殺そうとしたりなんてしないんだよ」
「じゃあ、シュウ君。なぜ君はこの場で人を殺していないんだい?」
「アンタに邪魔されたからだ」
 首を横に振る。
「違うだろ? 少なくとも僕がこの場に来る前、殺そうと思えば一思いに殺せたはずだ。そして僕の存在にも気付いていた(・・・・・・)。だから彼女だけ殺そうとしたんだろ?―――そうすれば僕が君を本気で殺そうとするとでも思ったかい?」
「・・・・・・」
「シュウ君は自分が思っているほど、残忍でもないし残酷でもない」
「―――黙れ」
 搾り出すように小さく呟く。そして彼の怒りを表すかのように大気が震える。
 だが気にしない。
「そして、残忍で残酷な存在にもなり切れない」
「黙れ」
「いい加減、シュウ君は自分自身を許してやるべきなんじゃないのかい?」
「黙れって言ってんだよッ!!」
 一際大きく大気が震える。
「許して何になる!? 過去を無かったことにでもしろって言うのか!? アンタは!?」
 怒りに支配された瞳。
「許されるわけにはいかないんだよ、俺は!!」
 だがその奥にあるのは蒼く透明な悲しみ。
「力が有るくせに護ることも、助けることも、救うことも、何一つできやしないんだから!!」
 彼はそうやってずっと背負い込んでいくのだろうか?
 目を逸らすことも、許すこともしないまま、ずっと。
(そんなことは―――)
 悲しすぎる。

「できるさ」
「無理だね!!」
 嘲るように即答する。
 その言葉にゆっくり首を横に振る。
「無理じゃない。君に意志があれば、救えるものが今ここにある」
「ハッ、一体どこに?」
 嘲笑し大仰に辺りを見回す。
 だから簡潔に述べる。
「雪」
「―――ッ」
 彼は息を呑み、瞳が大きく揺れる。
「雪はまだ死んでいない。でもいずれ遠からず死ぬ。僕の神術じゃ雪を救えない。でも今のシュウ君なら救えるんじゃないのかい?」



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