2-18 追憶の欠片

 壁に預けていた背を離し、近づいて来たのは良く見知った顔だった。
「・・・・・・一夜さん」
「やぁ、その様子だともう大丈夫そうだね?」
 片手を挙げていつも通りに穏やかに笑う顔を見た瞬間、言いようの無い違和感に襲われる。
 ―――違和感?
 そう違和感だ。貴様(・・)はこんな風に笑ったりしない。
「づ」
 続いて嘔吐感を伴う激痛。
 咄嗟に口元を押さえ、一歩よろめく。
 知りえるはずの無い知識。見たことも無い光景。
 脳の奥に在る、決して直視してはならない場所から浮かんできた澱。
「江上十哉? 違う。・・・・・・壊神統夜か?」
 意図せずして漏れた呟きに、一夜さんが目を丸くするのを見た。
 更に視界が白く瞬き、フラッシュバックする。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 強い風の吹く平原。
 夕日を背に和装の男が一人、俯いた格好で刀を握っている。夕日を反射する刀身は赤く、体にも返り血にべっとりと濡れていた。
 その男を見ていた視線の主が詰問する。
「十■!! 何故■!? ■■殺し■!?」
 まるで古いビデオを見ているかのように所々変に音が飛ぶ。
「―――彼■止め■■■他にも■■法が無か■■■だ」
 血に濡れた男は俯いたままの格好で弱々しく答える。
「そ■■も!! ■■は人の■を―――■■を■えている!!」
「解■■■るよ。きっと僕■、いや■の■が混じ■■者は永■に■われた■■を辿る■■うね」
 奥歯を噛み締めながら視線の主が俯き相手を罵る。
「―――■■■■」
「は■■、■に言■■■と重■が■うなぁ」
 力無い笑みを見せたのを最後に、会話の相手が始めて顔を上げた。
 その顔を見て怪訝に思う。
(一夜さんじゃない?)
 疑問を無視して映像は流れ続ける。
「■■■、僕■■■■江上十哉■名■捨■■■■■思う」
「■■■■咎人の証を背■■■■■■?」
「き■■それ■一■■■■法さ。他に■■傷付かない■■の」
「だ■、そ■は―――」
 言いかけた言葉を遮るようにエガミと言う男は首をゆっくりと横に振った。
「それ■憎む相■■■■ことは時に■い■繋が■」
 忌々しそうに視線の主は尋ねる。
「後世■恨が残■■? 自■■同じ過■■■■■させるの■■悟の上■?」
 男は静かに頷く。その瞳には強い意志の光が宿っていた。
 その瞳を見て視線の主は顔を歪め、勝■■しろと小さく吐き捨てる。
「■■■■、■■から■壊神統夜■名乗■■良い。精■、■■として世■から■まれ、■まれ■■■生き■■■」
「■■。そ■■■■。■■■とう、上■」
「■鹿■。何故、■■が礼を■■。罵ら■■■■■■だと言う■に・・・・・・」
「でも僕のこ■■■配して■■■だろう?」
 視線の主はふんと鼻を鳴らす。
「私は貴様■■傷に■■■■■■■せん。■■責任は■る。■■■■■■ら私は鍛■師になろう■■■」
 その言葉に男は頭の上に疑問詞を浮かべる。だが主は気にした風も無く、
「約束し■■。例え■■■■時間が■■■■とも、■■■必ず貴様■背負った■を―――■さえも■■■■剣を創って■■■と」
「■■か。ならば僕も■■しよ■。ど■■け時■移ろう■■、■ず君の約■を見届■、■■■■■■■■■■■させることを」
 その言葉を最後に徐々に世界から色が褪せて行く。それはこの映像が見せる時間の終わりを意味していた。

(なんだったんだ、この記憶は?)
 現実と記憶の狭間。その中で頭を捻る。
 曖昧にも程が在る。データが劣化や破損の影響で音飛びが激しかった。
 しかもてっきり一夜さんだと思っていた人物は―――似た面影が在るものの――― 一夜さんでは無かった。
 そもそも時代背景が謎だ。いったい何時の出来事なのだろう?
(わっけわかんねぇ・・・・・・)
 げんなりと心の中で呟く。
 ただそんな中で予備知識として流し込まれた情報には一つの価値があった。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 目の映す景色が元の廊下に戻る。
 頭を振って意識を正す。
「大丈夫かい?」
 一夜さんが心配そうに声を掛けてくる。
 それに頷いてから口を開く。
「一夜さんは神の返り血を浴びた一族の末裔だったんですね?」
 疑問ではなく確認の意味で尋ねる。
 今度は驚きもせず一夜さんは困った顔で頭を掻く。
「正直な所、僕も良く知らないんだ」
 曖昧に笑ってから
「確かに壊神の祖、壊神統夜はシュウ君の言った通り、神の血を浴びたらしい。ただそれはもう本当がどうかも分からないくらい旧い話。―――口伝でのみ伝わる御伽噺(おとぎばなし)みたいな話さ」
 一夜さんが珍しく自嘲した笑みを口元に刻む。
「まぁ、その話を信じて僕の御先祖様達は気が遠くなるような時間、延々と自らの血を鍛えていったんだからその執念深さには頭が下るよ」
「・・・・・・一夜さんは信じていないんですか?」
 困ったように笑う。
「うーん、何と言うか実感が沸かない、かなぁ? 前に言ったと思うけど、神様の存在自体を信じてないから」
 ああ、確かにそんなことを言っていた気がする。
「シュウ君、知っているかい? 神様やその他諸々の実在する幻想種と言われる種族の大半は―――」
「人間の空想と妄想の産物」
 一夜さんは真剣な顔で頷く。
「そう、フツノと同じだ。人々の込めた想いが形を成しただけの存在。果たしてソレは本当に『神』だろうかね?」
「分かりませんよ。本物か偽物かなんて。問題なのはソレが実在しているという点です。それに精霊とか神術とか、星ごとに若干差異が有りますし。―――尤もそうで在ると言われているだけで真実は闇の中ですが」
 一夜さんは難しい顔でもう一度頷く。
「で話を戻すけど、そういう訳だから正直、話半分位でしか信じてなかった。ただシュウ君が情報(データ)として何かを今見たのなら(あなが)ち嘘じゃないのかもしれないね」
「でも、実際戦ったことがあるんでしょう? 神様と」
 一瞬驚いた表情を浮かべ苦笑する。
「参ったなぁ。そんな事も分かるのかい?」
「直接の映像は見てないですけど、予備知識としては仕込まれました」
「へぇ、便利だね」
 興味深そうに一夜さんは呟く。
「おまけのヘルプ機能ですよ。メインは端末としての働きですから」
 何気ない一言に一夜さんは顔を歪める。
「・・・・・・そうだったね。ごめん」
「いえ、お気になさらず」
 表情を変えず無難な言葉を選ぶ。
 一夜さんは一度息を吐いてから
「代々、壊神を継ぐ者は『統夜』を襲名していたんだけど僕の代で終わりかな? 元々神藤のように有名な姓でもなければ、特に無くなったからと言って困るようなものでもないしね。―――ただ神を名乗る連中からは目の仇にされると言う無駄な特典が付いて回るだけの下らない姓さ」
「でも約束は良いんですか?」
「約束?」
 一夜さんは怪訝そうに聞き返す。
「ええ。なんかエガミトウヤさんと誰かが約束してましたよ。約束の内容は良く聞き取れませんでしたけど」
「それは・・・・・・聞いた覚えが無いな」
 眉間に皺を寄せて一夜さんは考えだす。
 その様子に水を注す形で慰めの言葉を口にする。
「永い時の中で忘れられたんでしょう。特に口伝でしか伝わってないのならなお更」
 一夜さんは一瞬驚いたようだったが直ぐに真面目な顔で尋ねてくる。
「約束があったとして、それで僕が名を捨てたのは間違いだったかな?」
 声は少し弱気だった。
 それに気付かないフリをして答える。
「知りませんよ、そんなの。顔も知らない大昔の人が望んだからって、その通りに動けるわけ無いでしょう?」
 一夜さんは答えを聞いて苦笑する。
「相変わらずシュウ君は厳しいなぁ。・・・・・・でもまぁ、シュウ君の言う通りか」
「結局、人間はその時に正しいと思った事を、正しいと信じて動くこと位しか出来ないんですよ」
 自嘲するように言った言葉に一夜さんは顔を暗くする。その雰囲気が嫌で話題を変える。
「美咲さんはその事を知っているんですか?」
 一夜さんは少し言葉に迷ってから口を開く。
「―――僕が壊神の姓だったことは知っている。けど戦ったことは話してない。でも、もしかしたら美咲さんは確かめないだけで知っているのかもしれない」
「そうですか」
 軽いノリで答えてから歩き出す。
「シュウ君?」
 擦れ違い、そのまま歩き去ろうとした所で声が掛かる。
 振り返らず肩越しに言葉を返す。
「とりあえず聞いておきたい事は無くなったんで、最初の予定通り野暮用を済ませてきます」
「その前にもう一つだけ」
「なんです?」
 一夜さんは辛そうな声で謝罪を口にする。

「約束を守れなくて済まなかったね」

 振り返って一夜さんともう一度向き合う。
 一夜さんは沈痛な面持ちをしていた。
 その表情に対してなんだかなぁと小さく溜息を吐いてから憎まれ口を叩く。
「本当に期待外れですよ」
 一夜さんは眉を下げ今にも泣きそうな顔で笑う。
「ははは、本当にシュウ君は厳しいな」
 それに対し憮然とした表情のまま、あくまで他人事のように喋る。
「でもまぁ、『結果良ければ』とも言いますし取り敢えずはハッピーエンドじゃないんですか?」
 一夜さんはその答えに対してたっぷり間を置いてから真剣な顔で短く尋ねる。
「―――死にたかったかい?」
 一瞬答えに詰まり、思案して、同じくらい間を置いてから答える。
「・・・・・・正直よく分かりません」
 一夜さんは無言のまま言葉の続きを待つ。
 それに観念した形で口を開く。
「桜に同じことを尋ねられた時、『死にたかった』と答えました」
 視線を彷徨わせた末に廊下に下ろす。
「色々理由を付けてこれまで生きてきました。でも実際は死に場所を求めていただけで、生きることを望んでいたのかはよく分かりません。ただ―――」
「ただ?」
「今は、もう少しだけ頑張ってみようかなと、そんな感じです」
「それは桜の御陰かな?」
 茶目っ気のある表情で一夜さんは尋ねてくる。
 少し思案する。
 まぁ恥ずかしくも泣けたのは桜の御陰だろうと。そう思い素直に答える。
「少なからずは」
 その答えに一夜さんは目を丸くする。まるで珍しい物でも見たかのように。
「―――そうか」
 今度は満足気に笑って頷く。
「だったら思った通りに行動してみるといい。その為に力が必要なら喜んで貸すから」
 何と答えて良いか分からず無言で頭を下げる。
 頭を上げると、そこには先程とは打って変わった罪悪感を堪えた真面目な表情があった。
「―――」
 その表情の意味を問わず向き直って廊下を元の方向へ歩き出す。
「できれば先に雪の部屋に顔を出してくれると嬉しいな」
 背中越し。
 一夜さんの声が廊下に響いた。



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