2-22 本当のこと≠真実

 雪と一緒に階段を下りる。
 しかしその背中に刺々しい視線が無遠慮に投げかけられる。
 非常に居心地の悪い沈黙。
 無言の圧力に負けて足を止める振り返る。
「あー、雪? 何か言いたいことがあるなら聞くけど?」
 雪は数秒睨んでから口を開く。
「シュウちゃん―――他人の不幸を背負わされてるって人ってどんな人ですか?」
 問われた内容に絶句する。
 その後で自分の発言が割と考え無しだったと思い至る。怒りに身を任せていたとは言え、もう少し言葉を選ぶべきだった。
「・・・・・・あぁ、あー、まぁアレだ。―――言葉の綾だ」
 苦しい言い訳は一瞬で看破される。
「誤魔化さないで下さい!!」
 また少し泣きそうな声で怒鳴り、俯く。
「・・・・・・シュウちゃんは例え言葉の綾だろうが『絶対』なんて言葉使いません。―――昔、森の中でだって」
 悔しそうに拳を握る。
 体と共に涙腺も一緒に成長したかと思っていたが、相変わらずだなと会話とは全く別のことを思う。
 嘆息し頭を掻いて、もう一度嘆息。
「ああ、もう。―――どうしてそんな昔のこと覚えてる上に、変なとこで勘が鋭いんだ?」
 即答される。
「女の勘です!!」
 ああ、左様ですカ。
「そんなことはどうでもいいですから教えてください!!」
 どーでもいいですカ、そーですカ。
(俺としては他人の過去の方がどうでもいいけどね)
 何を必死になっているのかなぁと思わなくは無い。他人の過去を知って面白いことなんてないだろうに。
 そんな風に思う一方で、ソレが人としての正しい形なんだろうなとも思う。
「―――俺と同質の力を持ち、共に戦場を翔けた戦友」
 今、自分はどんな顔で喋っているのだろうかとふと疑問に思う。
 過去を懐かしむように。雪が心配しないように。上手く笑えていればいいと。
 雪は眉を寄せる。
「えーっと?」
「僕が『救世主』と呼ばれていたように『魔王』と呼ばれてた」
「その人が・・・・・・ケンさん?」
 頷く。
 雪が見たであろう自分の過去は、案外狭い範囲なのかもしれないなと頭の隅で思う。
 どう説明すれば過不足無く、事実だけを伝えられるだろうかと頭の中で適切な言葉を捜す。

「そして封印と称して生贄に捧げられた人柱」

「・・・・・・え?」
 一般生活では聞き慣れない、不穏な単語に雪の表情が強張る。
 笑う。
 もう、過去のことさと言う様に。
「あ・・・・・・」
 雪の眉が下り心配した憂えの表情となる。
「ごめんね、シュウちゃん」
「なんで謝るのかね?」
 自分から聞いてきたくせにと、からかう様に笑う。
「だって・・・・・・」
 俯く。
「言いたくは無かったですよね・・・・・・」
 言葉にすれば思い出してしまうから。
 共に在った時の喜びを。
 失った時の悲しみを。
 そして過去のことにしてしまいそうになる自分を。
 答えを逡巡した末に本心を明かす。
「―――うん、そうだね」
 目を合わせず、客観的に聞こえるように淡々と言葉を作る。
「大きな戦争がやっと終わって、けど国は混乱してた。戦後処理とか色々。そこに『魔王』の存在は新たな火種になることが明白だった」
 雪は不思議そうに首を傾げる。
「どうしてですか? 一緒に戦ったんですよね?」
「うん。一緒に戦った仲間だった。けど、いつの世でも『魔王』は“悪”だと定められているから。一緒に戦えたのは単に『業』が未覚醒だったのと、兵器としては非常に有用な戦力に成り得たから」
「『業』?」
「『救世主』とか『英雄』とか『勇者』とか。世界(ものがたり)の中で無理矢理役割(ロール)を与えられてしまった主人公(ヒーロー)のこと」
 おどけた様に笑う。
「それが完全に覚醒しちゃうと命令(プログラミング)された物語(シナリオ)通りに動かされる。だから覚醒する前に封印されたんだ」
「それが生贄?」
 ゆっくりと首を横に振る。
「いいや。もう一つ別に理由がある」
 普段なら絶対に口にしないことまで饒舌に語る。それを心が弱っているせいだなと自覚するが、自覚はできても口は止まらない。
「混乱の只中にあった国には不幸が乱立してた。だから少しでもその不幸を抑えるために人柱を立てたんだよ」
 今度は雪が絶句する番となった。
 安心させるように微笑む。
「大丈夫。人柱と言っても、すぐには死なないから」
 雪は表情を硬くしたまま目線だけで尋ねてくる。どういうことですかと。
 性質(たち)の悪い拷問さと薄く笑う。
「想像できるかな? 生きたまま封印した上で国の中で起こる不幸を、痛みに変えて(・・・・・・)柱に送るんだ。しかも少しでも贄が長持ちするように停滞処理を施し、さらに死ぬような苦痛を与えないようにして」

 いつから存在するのか。国が出来た当初からあったらしい。城の最下層、最深部に設置された極秘扱いの古代遺物(アーティファクト)。王の血を引く者だけがその内部に入り、人柱となることが出来る。
 ギリギリで耐えうることの出来る激痛を、生涯に渡って与え続ける。「今」の痛みに慣れてきたらより強い痛みを、徐々に徐々に。
 加えて停滞処理による延命で寿命は相当に延びる。慣れることは無く、終わりは遠い。痛みを与え続けられるだけの人生。
 そして『業』は一種類につき一人。ケンが死ぬまでは新しい『魔王』も生まれない。
 実に効率的な人員運用だった。
 たった一人の犠牲でどれだけの不幸を回避できるだろう?

 ふと黒い感情が胸の内にあることに気付き唇を歪める。
(はっ、何を憤ってるんだろうね? 俺は)
 結局ケンを止めることが出来なかった時点でお前も同罪(おなじ)だろう?
 本気でケンを止める気だったのなら、アーティファクトごと破壊すればよかったのだ。
 それをしなかったのは結局最後の最後で損得勘定に走ってしまったからに他ならない。

『大丈夫だ、シュウ。私一人の犠牲で民が救われるのなら本望だ』

『正直を言うとだな、少し怖いのだけれども』

『楽しかったぞ。皆と過ごした日々は。一人で部屋に閉じ込められているより、ずっと』

『まぁ約束が果たせなかったのが少々心残りなのだが』

『出来ればで良い。忘れないでいてくれ、私の事を』

『ありがとう、シュウ』

 友人の力ない笑みを思い出し、再び唇を歪める。
 そういうこともあったなと。
 昔の話だ。
 それを思い出として美化したりしない。
 ただ過去にあった事実として胸に刻み込んでおくだけだ。
 過去ではなく今、ケンは痛みに耐えているのだから。それを美化することなんて誰が許せるだろうか。

 記憶に沈んでいた意識を現実に戻す。
 何故か視界が真っ暗になっていた。次に気付いたのは仄かな温み。
 自分の頭が誰かの腕に抱かれているのだと分かる。
 誰かとは目の前に居た雪であることは明白で。
 階段二段分の段差により今は雪の方が高い位置に居るわけで。
 つまり今の格好は
「―――逆セクハラ?」
 (つね)られる。
「痛たたた!?」
 本気で痛かったぞ、今の。絶対加圧(ブースト)してただろ!?
「もう、なんでそう緊張感が続かないんですか?」
 恨めしそうな声で問われる。
(なんでって言われてもなぁ・・・・・・)
 腕に力が篭る。
「・・・・・・泣いてもいいんですよ?」
 おお、流石双子。思考パターンが似通っている。しかし残念ながら泣くのは間に合ってます。
 大体、誰かに泣いてるとこを見られるのなんて、恥ずかし過ぎて死にそうになる。ミスは一度犯せば十分だ。
 泣き出す気配が無いのを察したのか、一度キツク抱き締められてから開放される。
「やっぱり少し恥ずかしいですね」
 そう言って雪は照れた様に笑みを浮かべる。
 恥ずかしいのはコッチだと、内心で不満に思う。
 雪は眉根を下げ、仕方無さそうな微笑をこちらに向ける。
 残念そうに息を吐いて、眩しいものを見るように目を細めた。
「シュウちゃんが羨ましいな」
 羨望と憧憬と、僅かな嫉妬が混じった顔で笑う。
「―――強くて、羨ましいよ」
 確かな、何もかもを抑えた声で
「私は泣いてばっかりで」
 俯いて
「弱いままで」
 嗚咽を堪えて
「強くなれなくて」
 震えながら
「シュウちゃんが羨ましいよ」
 涙が落ちる。

 そこからの動作は速かった。ノーモンションで引き寄せ、抱き締める。
 二段高い所から傾き、落ちてくる体は思ったとおり軽い。
 回した両腕の中、細い肩が収まる。
 雪はわずかに肩が嫌がるように抵抗したが、それも一瞬。
 もう少しだけ力を込めると、大人しくなった。
 力を抜いて体をこちらの胸に身を預けてくる少女の、薄い背を抱く。
(なんか今日は泣かせてばっかりだな)
 そして泣きたくなければ、自分から離れた方が手っ取り早いのではないのかなとも。
 下らない事を考えていた自分に雪が焦った声で喋る。
「しゅ、シュウちゃん?」
「ん?」
「な、何か喋って下さいよぅ」
「んー」
 気の無い返事を返す。
 それから暫く無言。
 耐え切れなくなった雪が再び声を上げ、身を捩る。
「あ、あの・・・・・・」
「泣かない事が強さに直結するのなら、それはただの弱さだと僕は思うよ?」
 雪は驚いた顔で見上げてくる。それを無視して
「弱いなりに虚勢を張ってるだけだよ。本当は弱いくせに強がってるんだ」
「・・・・・・」
「僕も憧れたよ? 雪が僕を羨ましがるように。雪のことを」
 例え傷付けられても、信じることを忘れない心に。
 直向(ひたむき)に前だけを見据えることの出来る姿勢に。

 だから僕のことを好きになって欲しくは無かった。

「皆、同じだよ。自分に無いものを他人に求め、羨み、蔑み、そして惹かれる」
 腕の中で雪が頷く。
 その仕草に満足すると同時に理性は(ささや)く。
 皆が同じであるはずが無い。故にそれはただの欺瞞で、勘違いに過ぎないと。
 反吐が出そうな程のお目出度さ。
 それでも、そうで在って欲しいと世界に願う。

 抱擁を解く。
「よし、じゃぁ雪も頑張ってごらん。俺も足掻いてみるから」
 まだ赤い目のままで雪が首を傾げる。
「シュウちゃんも頑張るの?」
 ああ、それは
「―――うん、頑張るよ」
 ケンとの約束を果たす為に。
 例えソレが世界の平穏(しあわせ)を犠牲にすることだとしても。

 だが縦しんば、現状から救い出せたとしても待っているのは碌な運命じゃない。
 『魔王』として君臨し、沢山の命を奪うのか。
 それとも『勇者』に倒されるのか。
 世界に溢れる不幸が目に浮かぶ。
(それでも―――)
 何とかしてみるよ。
 命を懸けて、想いを掛けて、身を削って、魂を磨り減らしてでも。



 ◇ ◆ ◇ ◆

「うん、頑張るよ」
 そう言って彼は笑った。
 卑怯なほど優しい笑みで。
 その笑みを見て漠然と悟る。
 ああ、この人はいつか元居た場所に帰ってしまうんだな、と。

 見て見ぬフリをすればいいのに。
 我慢の出来ない人だから。
 一度見てしまった、自分以外(だれか)の不幸を見過ごせない。
 そんな在り方は歪んでいると彼は(わら)う。
 そんな物は所詮偽善(にせもの)に過ぎないと。
 でも、それで良いと。
 矛盾を抱えたまま、最後まで己の意志を貫き通そうと懸命に足掻く。

「チッ」
 いきなりの舌打ちに驚いて彼の顔を見る。
「―――盗み聞きか?」
 険の篭った声を階段の踊り場に向ける。
 その視線の先を慌てて追う。
 そこには驚いた顔をした金髪の女性が立っていた。



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