2-24 偽りの決戦

 寝静まった町。
 疾うに月は沈み残る光源は星の小さな輝きと、(まば)らに設置された街灯の光だけ。
 そんな中、緩く傾斜が掛かった丘に連れてこられた。

 そこにはアレックスを始め、残りの三人も待機していた。
(さて、全員そろって何を始める気なのやら)
 辟易しながら地面に気になるものを見つけ何食わぬ顔で確認。
 その動作を一瞬で済ませ、彼らの背後に目をやる。
 そこには膨大な数の大小様々なウィンドウが浮かび、薄緑色の光が淡く地面を照らしていた。
 目を細めてウィンドウに表示されている内容を確認する。
「―――ああ、成程ね」
 敵が何をしたいのか大体分かった。

 ウィンドウに表示されていたのは文字ではなく図形。
 幾何学模様で構成された図形は(ゲート)を開くための魔法陣。後は魔力を注ぎ込んで展開、固定してやれば異世界への道は開く。
 ウィンドウの数が膨大なのは、足りない要素を補うためだろう。

(それにしても・・・・・・)
 大きい物で四メートル四方、小さい物で手の平サイズのウィンドウの群れを見て眉を顰める。
 魔法使い(ウィザード)としては未熟だなぁと先人としてはやや複雑に思う。
 大戦中、人手不足から教育期間を短くして質よりも量を優先させた。その結果、魔法使いではなく魔術師(マジシャン)が世に多く流出したのは仕方が無い。
 それでも戦争が終わったのだから元の教育課程に戻せばいいのにと老婆心で思ってみたりする。

 まぁ、力の本質ではなく結果だけを求めるのが時代の流れとか風潮だと言えばそうなのだろう。
 その後に残る物、残された者の結果に責任は持てないが。

 ウィンドウに魔法陣を画像として出力するのは確かに便利だ。こと、戦闘において素早さと言う要素は大きなウェイトを占める。長々と真言を唱えたり、暢気に魔法陣を書く必要が無いと言うのは魅力的だろう。
 だが如何せん応用力に欠ける。
 応用ができないからウィンドウが無駄に多くなり、魔力をより多くを消費してしまう。
 敵が使う物なんで一々指摘したりはしないが、書き換えればもっとウィンドウを減らせるのにと思う場所がざっと見ただけで何ヵ所もある。

(まぁ、半人前の俺が口出ししてもしょうがないか)
 そういうのは専門家に任せておこうと思考を締め括る。

「こちらの意図は理解していただけましたか?」
 リエーテからの声に簡潔に答えを返す。
「ああ」
 あっちの世界に帰るためにわざわざ見送りに来させたわけでもないだろう。だったら残された回答は単純だ。
 その回答は一旦置いておくとして、諦めてなかった事に内心驚いてみたり。
(・・・・・・信者系っぽいしなぁ)
 しょうがないかと思いつつ、面倒なことだと溜息を吐く。
「んでどうすんだ?」
「どう、とは?」
 物分りの悪い振りをして、こちらの怒りを誘うような口調。
 だがそれを更に挑発で返すように嘲る。
「実力で勝てないことは理解してるだろ? それとも玉砕覚悟で特攻でもしてくるのか?」
 要は腹が黒いのを先に見せた方が負けという単純なゲーム。
 まるで狸と狐の化かし合いだなと口元を歪める。
「しかも月は既に隠れ、おまけに満月でもない。こんな状況で門を開いたら十人掛りでも魔力が尽きて干からびちまうぞ?」
「ご心配には及びません」
 そう言って液体の詰まった小瓶を手で振って見せる。
「・・・・・・回復剤(ポーション)ね」
 しかも魔素回復用の高級品。
 ああいう高価な物品が支給されるのは聖騎士団ならでは。
 羨ましいやら妬ましいやら。序でに言うなら奪えないかなぁとか頭の隅で考えていたりする。
「それにこちら側からの干渉が確認され次第、あちら側からの支援も入りますので」
「ああ、そう」

 御高説痛み入るねぇ。

「んじゃさ、さっさと始めよう。いい加減眠ぃんだわ」
 欠伸と共に肩の骨を鳴らす。
 その言葉にすっと一歩前に出たのはリエーテの後ろに控えていたアレックス。
「では、ここから一対一(サシ)でお相手願います」
「へぇー」
 相手の申し出に素直に感嘆の声を上げる。どこまで本当か、疑わしい事この上ない。
 疑惑の念を感じ取ったのかアレックスが苦笑を返す。
「心配なさらずとも、門の固定作業をすぐ始めますから、皆は手を出したくとも出せませんよ」
「どーだかね」
 軽蔑と侮蔑の合い合わさった含笑。
「大体、アンタ一人で勝つ自信があるのか?」
 七対一の勝負が一瞬で決まったのを忘れた訳でもないだろうに。
 力量差が分からん程馬鹿でも無いだろう。
 もっとも覚醒状態ではないのであそこまで一方的な展開にはならない。だがそれは一瞬で決着がつくか、時間が掛かるかの違い。結果を覆そうと思ったら切り札を用意しておかなければならない。それも並みの切り札(エース)ではなく強力な物(ジョーカー)が。
 アッレクスは不敵に笑う。
「門が固定されるまで、貴方の足止めが出来ればいいんですよ!!」
 意思に反応して、アレックスの右側面に赤いウィンドウが浮かぶ。
 アレックスはウィンドウを浮かせたまま突っ込んでくる。
『Deadly Combat System ラン』
 システムが起動すると同時、動きが加速した。
 予想していたより早く拳打が飛んでくる。
 鋭い音を立て振るわれる拳に対し、身を捻って躱し距離を空ける。
「テメェ・・・・・・」
 アレックスの後ろで一斉に門の固定作業が始まる。
 眉を立て低い声で尋ねる。
「自分の命削ってまで任務が大切か?」
 命懸けの戦闘(Deadly Combat)
 アレックスはその言葉を平然と受け入れる。
「それが軍人と言うものでしょう?」
 構えを深くする。
「共に来てもらいますよ、救世主。―――ここは貴方が居るべき場所ではない」
 その一言にガチリと思考の歯車が噛み合い、熱が入る。
「勝手に人の居場所決めてんじゃねぇよ!!」
 叫ぶと同時、拳と拳が激突した。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 早くと(ゲート)の固定作業を行いつつも気が焦る。
 救世主と闘っているアレクを除いた六人で作業を分担して門を展開していた。
 六人の内、リックとシデは戦いの隙を付いて展開を妨害してくる救世主から、邪魔をされないように周囲に防御結界を張る。
 セイルとライオットは門を固定する為の魔力供給に全力を傾け、残りの私とイゼアルでウィンドウの制御を行う。

 救世主に指摘された通り、諸々の条件が悪く思うように制御が出来無い。
 宙に浮いた薄緑色の半透明な鍵盤(キーボード)を操作しつつ、思い通りにならない事が一層イライラを募らせる。
「班長」
 イゼアルが(たしな)めるような声と視線を向けてくる。
「焦るのも分かりますが、落ち着いてください」
 一瞬こちらに向けた視線はすぐにウィンドウに戻り、文字が高速でタイプされていく。
「貴女がミスを犯せばアレックスの覚悟そのものが無駄になります」
 そう言いながらもイゼアルの横顔は焦っているように見えた。
「・・・・・・そうだな。すまない」
 落ち着いて観察すれば、自分だけでなく皆が焦っていた。時間を掛ければ掛けるほどアレクの命が削られて行くことに。
 アレクが使用している『Deadly Combat』と呼ばれるシステムは少しでも戦力の強化を目的とした軍部が大戦末期に開発した一種の戦闘支援システム。
 その効果は自らの命を削って力場(フィールド)の出力、加圧率(ブースト)を一時的に強化する為のものだった。
 大戦以後はその危険性から研究・開発は中止され、データその物も廃棄処分された。
 そのデータを所持していること自体が既に軍規違反。
 そしてその危険性をアレクに諭そうとしたが
『まぁ、任務達成の為には仕方ないでしょう』
 と笑っていた。
『それに、これが犠牲を最小限に食い止める方法だと思いますし』
 とも。
 それだけで自分の覚悟の甘さを思い知らされた。
「班長!!」
 呼び掛けに意識を現実に戻す。
「どうした?」
「向こう側と繋がりました。すぐに支援が入ります」
 皆の顔が少しだけ緩む。
「気を緩めるな!!」
 自分にも言い聞かせるように叱咤する。
「すぐに門の固定作業に移る」
 皆が頷く。
 イゼアルと目を合わせるだけでタイミング掴み、同時に実行ボタンを押す。
 すると表示されていたウィンドウを飲み込みながら空間が歪み黒い小さな穴が開く。
 最初は拳大だった穴が徐々に大きくなる。ギリギリ人一人が通れる大きさになってから叫ぶ。
「アレク!!」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 消極的に敵を攻撃しつつ、ウンザリし始めていた。
(弱い者イジメって嫌いなんだよなぁ)
 小学生だった頃の断との喧嘩を思い出す。
 思考から完全に熱は冷め、やる気の無い怠惰感だけが残っていた。
 相手に合わせて素手で闘っていたが、剣を抜いてバッサリ殺ってしまおうかと半分位冗談で思う。
(こういう時、礼節って面倒臭い)
 内心で溜息を吐きながら、現実で自分に迫っている拳をいなして相手を吹っ飛ばす。

 弱くはない。しかし手を抜いたまま相手できる程度の強さでしかない。
 それこそ魔力の無い状況でなら負けていただろう。
 これが主義も主張もないただの雑魚ならさっさと終わらせるのだが、命を削るほど本気で挑んでくる相手に手を抜いたままと言うのも失礼な気がする。
 かと言って全力を出せば一瞬でケリがついてしまい、そうなるとこちらの思惑から外れてしまう。
 その結果、消極的な攻撃というなんとも中途半端な戦況になっていた。
(命とか掛けられてもなぁ・・・・・・重いだけだし)
 一体自分の何処にそこまでの価値を見出しているのか。
 再び殴りつけてくる拳を蹴りで弾き、相手の体勢が崩れた所へ後ろ回し蹴りを喰らわせる。
「ぐっ」
 相手が小さく呻き声を漏らしながら7メートル後退し、距離が開く。
 こちらの思惑を悟らせないよう、門の展開を阻むフリ(・・)をして真正面から防御結界を殴りつける。
 防御結界を展開している二人の顔が苦痛に歪む。
 二撃目を叩き込もうとした所で、再びアレックスに肉薄され飛び退く。
(陣形としては悪くないんだけどなぁ)
 動きを保ったまま、冷静に敵の陣形を分析する。
 格上の敵に対し単騎最大戦力で足止めして、戦力が乏しい部分は守りに徹する。さらに門の固定作業を並列して行わなければならない。その事を考えれば面白味は無いが堅実な作戦と言える。
「アレク!!」
 防御結界の内側から突然声が上げる。
 一瞬だけ声の方へ目を遣ると空中に黒い穴が開いていた。
 穴へ向かって風が吹き込みだす。
 アレックスが満足気な表情で構えを解く。
「これで我々の勝利です」
 同じように構えを解いて憎まれ口を叩く。
「そりゃちっとばかし、気が早いんじゃない? 俺は大人しく門を潜ってやったりはしないぞ?」
「これでもですか?」
 そう言ってニヤリと笑い指を弾く。
 それと同時、地面に光が走り一瞬で四角柱の牢獄が完成し中に閉じ込められる。
「おー、ブラボー」
 熱意の無い拍手と冷めた目線を送る。
 わざとらしく溜息を吐く。
「・・・・・・こっちはわざわざ礼節を尽くして拳で闘ってやったってーのに、(トラップ)を仕掛けとくとは無粋なことで」
 息を整えながらアレックスは喋る。
「正攻法で敵う相手では無いですから。それに―――それが軍人と言うものでしょう?」

 ヤレヤレ、ここまで来ると反論するのも馬鹿らしい。

「オッケー、分かった。そっちがそう言うスタンスなら、こっちもガキはガキらしく大人気なく全力で行かせて貰う」
「!? させません!!」
 棘のある雰囲気を察して予め準備しておいたであろう二つ目の魔法を慌てて発動させる。

 が、見た目変化は起こらない。
「?」
 説明を求める眼差しを向ける。
「気付きませんか? これは範囲内の魔力を強制的に排除する魔法ですよ」
「ああ、成程。そう言う狙いね」
 納得しながら周囲の空間に目を凝らす。
 確かに元々薄い魔素が更に薄くなっているが分かる。
「これで詰みです。後は貴方の魔力切れを待てば―――」
「んで本当に俺から魔力は吸収できてるのか?」
 軽く、相手の言葉を遮って放った不穏当な台詞にアレックスの表情が固まる。

「ベラベラ饒舌にネタ明かししてくれた後で言うのも申し訳無いんだが、用意してあった魔法陣に気付いて無い(・・・・・・)とでも思ってたか?」
 視線を地面に落としてトントンと爪先で蹴る。そこには魔法陣の一部が確かに描かれていた。
 相手の呼吸が止まる。
 穴に吹き込まれる風が徐々に強くなっていた。

「本当はもうちょっと猿芝居を続けて『し、しまったー』とか言って喜ばせてやるつもりだったんだけどね・・・・・・」
 口の片端を吊り上げる。
 白い翼の紋章が薄く光る左手で、魔法で編まれた牢獄に触れる。
 すると触れた場所を中心として格子が光の粒になり風に溶けていく。
「な・・・・・・」
 口を空けて驚愕する様子を見てヤレヤレと思う。
「一回手品(トリック)は見せてやったはずだがね」
 相手も魔法が無効化―――正確には吸収―――されるのを見るのは初めてではないはずだ。対処を考えるだけの時間的余裕もあったのに策を練っていないとは。

「―――この程度か」
 落胆を隠さない冷めた声。
「本当にテメェ等は聖騎士団としての自覚も誇りも無いらしい。―――いっそ、浅ましいよ」

 最初に言葉を交わした時から正々堂々などと言うモノは期待していなかった。そのはずなのに―――
「これが今の聖騎士団の精神か」
 弛緩しきっていた意識が再び引き締まる。

「気が変わった。―――完膚なきまでにブチのめしてやるよ」



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