新しい学校への生活にもなんとか順応し始めた四月の終わり。
緑は芽吹き、日差しは温か。風が穏やかにカーテンを揺らす。
受験と言う戦争を勝ち抜き、晴れて高校生へと進学した一年生の教室は、どこかぼんやりとした雰囲気が漂っていた。
その中に一人、最後列の窓際の席に座る少年は雲の浮かぶ青い空を見上げている。
(・・・・・・眠い)
欠伸を噛み殺しながら黒板を一瞥する。
先程より少しだけ増えたチョークの文字に、時間の経過が緩やかである事を確認。
このまま寝てしまうのも一興だなぁと、勉学に勤しむ気は限りなく薄そうだった。それを証明するかのように、開かれた教科書とノートには一切書き込みが成されていない。
定年間際の国語教師は船を漕いでいる生徒に目もくれず、延々と自分の世界の中で講釈を垂れ流し続けていた。
浅く溜息。
(―――世界、か)
同じ単語に反応し、連鎖するように取り留めの無い考えが浮かんでは消えていく。
どーしたもんかねぇと緩い思考で思う一番の懸念事項は、己の故郷の事。
瞳は無人のグラウンドを映しながら、脳は去年の秋の出来事を思い返していた。
「・・・・・・」
結論はもう出ている。否、出したはずだった。
一度捨てたハズのモノ。もう二度と関わらないと、そう決めた。
なのに未練がましくソレを想ってしまうのは、どこかに負い目があるからだろうか。
下らない感傷だよなぁと、何度も繰り返した自問自答に、けれど答えを先送りしている自分が居る。
即断即決をウリにしたいよねぇと、キノコの生えそうな思考にウンザリと溜息を漏らす。
終わりの無い問答と変化の無い授業に飽き、取り敢えず寝ることを決め、瞼を閉じた瞬間―――
「ッ!?」
不意に痛みが額に奔った。
痛みの元へ手を当て確認すると、赤いものが付着する。それから堰を切ったかのようにノートへ滴が落ち、赤い染みを作っていく。
悪寒に体が震えた。
夢にしてはあまりに
「・・・・・・」
早鐘のような鼓動が煩い。落ち着けと自身に命じる。
在り得ないと感情は叫び、だがこれはと理性が反論を返す。
傷は術を破られた事に対する、術者への
しかしその先にある、答えに至る筋道を感情は頑なに否定する。
例え破られたとしても、術者に負荷が掛からないよう
だがなにより今は
(昼間で、月の位置も違うだろ!?)
これはヒトでは解決しようの無い自然の法則だ。
その法則を破る術は存在しない。―――
だが実際に結界は破られ門は開き、術者に負荷が返って来た。
混乱しそうになる思考は、突然の轟音と揺れによって中断される。
「!?」
教室が俄かにざわめく。
皆が不安に顔を見合わせヒソヒソと囁き合う中で、男子生徒の一人がいきなり立ち上がり窓の外を指差して叫ぶ。
「オイッ!! なんだアレ!?」
皆の視線が一斉に窓の外へ向く。つられるように一瞬遅れてその先を追った。
そこで目に映ったモノに釘付けとなる。
「―――」
混乱の為に高速で回転していた思考は一瞬で
そんな驚きを他所に、教室のざわめきは一段と大きくなっていく。
最初は驚き。次に懐疑。それが最後に興味へと変わる。
そんな中で一つの決断を下す。
動く事を決めた時、体は既に動いており、立ち上がって窓を開け放っていた。
何をするのかと興味の視線が集まるが気にしないし、気にしている余裕も無い。
窓枠に足をかけ、上履きのまま外に飛び出す。―――三階から。
頭上後方から悲鳴と、自分の姓を呼ぶ声が聞こえたが今は無視。
着地の寸前、力場を下半身に集め衝撃を相殺。膝をついた状態からすぐ走り出す。
(なんで?)
答えなど知りようはずもないのに、問わずには居られなかった。
先程の轟音と揺れの正体は、巨大な鉄の塊が降ってきた為。
その鉄の塊は人の形をしたロボット。
(なんで・・・・・・)
奥歯を強く噛み締める。
自分はソレが何であるかを知っている。そしてソレがこの世界では常識の外、非日常の側に在る物だということも。
(なんで、魔想機が!?)
子供がはしゃぐような
それが何故?
答えは出ぬままロボット―――魔想機の元へと辿り着いた。