3-1

 新しい学校への生活にもなんとか順応し始めた四月の終わり。
 緑は芽吹き、日差しは温か。風が穏やかにカーテンを揺らす。
 受験と言う戦争を勝ち抜き、晴れて高校生へと進学した一年生の教室は、どこかぼんやりとした雰囲気が漂っていた。
 その中に一人、最後列の窓際の席に座る少年は雲の浮かぶ青い空を見上げている。

(・・・・・・眠い)
 欠伸を噛み殺しながら黒板を一瞥する。
 先程より少しだけ増えたチョークの文字に、時間の経過が緩やかである事を確認。
 このまま寝てしまうのも一興だなぁと、勉学に勤しむ気は限りなく薄そうだった。それを証明するかのように、開かれた教科書とノートには一切書き込みが成されていない。
 定年間際の国語教師は船を漕いでいる生徒に目もくれず、延々と自分の世界の中で講釈を垂れ流し続けていた。
 浅く溜息。
(―――世界、か)
 同じ単語に反応し、連鎖するように取り留めの無い考えが浮かんでは消えていく。
 どーしたもんかねぇと緩い思考で思う一番の懸念事項は、己の故郷の事。
 瞳は無人のグラウンドを映しながら、脳は去年の秋の出来事を思い返していた。
「・・・・・・」
 結論はもう出ている。否、出したはずだった。
 一度捨てたハズのモノ。もう二度と関わらないと、そう決めた。
 なのに未練がましくソレを想ってしまうのは、どこかに負い目があるからだろうか。
 下らない感傷だよなぁと、何度も繰り返した自問自答に、けれど答えを先送りしている自分が居る。
 即断即決をウリにしたいよねぇと、キノコの生えそうな思考にウンザリと溜息を漏らす。

 終わりの無い問答と変化の無い授業に飽き、取り敢えず寝ることを決め、瞼を閉じた瞬間―――
「ッ!?」
 不意に痛みが額に奔った。
 痛みの元へ手を当て確認すると、赤いものが付着する。それから堰を切ったかのようにノートへ滴が落ち、赤い染みを作っていく。

 悪寒に体が震えた。

 夢にしてはあまりに精密(リアル)でこれが錯覚でない事を教えている。
「・・・・・・」
 早鐘のような鼓動が煩い。落ち着けと自身に命じる。
 在り得ないと感情は叫び、だがこれはと理性が反論を返す。
 傷は術を破られた事に対する、術者への負荷(ペナルティ)。それは理解できる。
 しかしその先にある、答えに至る筋道を感情は頑なに否定する。

 (ゲート)に張った結界は何重にも封印を施して、解除されるにはまだ時間が掛かるだろうという予測を裏切られた事もある。
 例え破られたとしても、術者に負荷が掛からないよう安全装置(セーフティ)を作ったという自信もある。
 だがなにより今は
(昼間で、月の位置も違うだろ!?)
 これはヒトでは解決しようの無い自然の法則だ。
 その法則を破る術は存在しない。―――通常(ふつう)なら。
 だが実際に結界は破られ門は開き、術者に負荷が返って来た。
 混乱しそうになる思考は、突然の轟音と揺れによって中断される。
「!?」
 教室が俄かにざわめく。
 皆が不安に顔を見合わせヒソヒソと囁き合う中で、男子生徒の一人がいきなり立ち上がり窓の外を指差して叫ぶ。
「オイッ!! なんだアレ!?」
 皆の視線が一斉に窓の外へ向く。つられるように一瞬遅れてその先を追った。
 そこで目に映ったモノに釘付けとなる。
「―――」
 混乱の為に高速で回転していた思考は一瞬で停止(フリーズ)し、呼吸すら忘れた。
 そんな驚きを他所に、教室のざわめきは一段と大きくなっていく。
 最初は驚き。次に懐疑。それが最後に興味へと変わる。
 そんな中で一つの決断を下す。

 動く事を決めた時、体は既に動いており、立ち上がって窓を開け放っていた。
 何をするのかと興味の視線が集まるが気にしないし、気にしている余裕も無い。
 窓枠に足をかけ、上履きのまま外に飛び出す。―――三階から。
 頭上後方から悲鳴と、自分の姓を呼ぶ声が聞こえたが今は無視。
 力場(フィールド)を練り、壁を作って空気抵抗を最大にして減速をかける。僅かに風音が和らぐがそれだけでは不十分だ。
 着地の寸前、力場を下半身に集め衝撃を相殺。膝をついた状態からすぐ走り出す。
(なんで?)
 答えなど知りようはずもないのに、問わずには居られなかった。
 先程の轟音と揺れの正体は、巨大な鉄の塊が降ってきた為。
 その鉄の塊は人の形をしたロボット。
(なんで・・・・・・)
 奥歯を強く噛み締める。
 自分はソレが何であるかを知っている。そしてソレがこの世界では常識の外、非日常の側に在る物だということも。
(なんで、魔想機が!?)
 子供がはしゃぐような玩具(ロボット)ではない、もっと血生臭い破壊の為の兵器。
 それが何故?
 答えは出ぬままロボット―――魔想機の元へと辿り着いた。



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