3-2

 仰向けに横たわったまま、動く気配の無い魔想機。
 機体色はワインレッドを基調とし、肩や腰、胸や頭に黒と濃緑でポイントが入れてある。
 突き出した形の肩部に厚みのある胸部。背面には飛翔の為の(ウィング)加速器(ブースター)。腰のハードポイントには汎用型の突撃銃(アサルトライフル)が装備されている。こちら側からは見えないが、反対側には非実体剣(フィールド・サーベル)を装備しているだろう。

 空戦型であることを除けば特にこれと言った特徴の無い―――よく言えばバランスの取れた、悪く言えば平凡な―――機体に見える。
(でも見た事の無い機体なんだよなーって、それも当たり前か・・・・・・)
 自分が知っているのは七年前以上の知識だ。
 大戦が終わり、兵器開発の期間は長くはなっているだろうが新型の一機種や、二機種ロールアウトされていても不思議ではない。
「・・・・・・」
 その意味を深く考えないようにして、装甲板に軽く触れる。
 やや熱をもった装甲版の塗装は艶やかで古傷も無い。あるのは(ゲート)を通るときに出来たであろう真新しい傷だけだった。

 考えた後、装甲に足を掛けて機体の胸部へと上る。
 門の封印を強引に打ち破った影響か、機体は完全に沈黙している。そして再起動が掛かる様子も無い。
 操者(パイロット)が意識を失っているか、最悪死んでいる可能性も考慮しながらコックピットの開放レバーを引く。
 コックピットシェルが開き、内部を覗き込もうとした直前、後から呼び掛けられた。
「シュージ!!」
 見えないように溜息を吐き、振り返る。
 そこには、この学校の制服を着た金髪の女生徒―――リエーテが立っていた。
 機上から見下ろす形で問いかける。
「何か用か?」
「ソレは、何ですか?」
 眉を立て問う女生徒の青い瞳には険の色が灯っていた。そして問わずともコレが何であるかを知る人物でもある。
「見りゃぁ分かるだろうが。魔想機だよ」
「そういう事を聞いてるのではなくて、なぜそんなモノがいきなりこの世界に現れるのです!?」
 逆ギレかよと溜息を吐き
「俺の方が聞きてぇよ。勘違いが過ぎるようだから言っておくが、俺が何でも知ってると思うなよ?」
 指摘された事に対して軽く疑うような視線を送ってくる。
「・・・・・・では、これはシュージとは無関係なのですか?」
「愚問だな。なんで今頃になってこんな目立つ場所にこんな目立つ物を持ち出す必要がある?」
 形としては問い掛けだったが、答えは期待せず、そのまま続ける。
「ただコレがこの世界に在る時点で全くの無関係とは言えないだろう? 俺にとってもアンタにとっても」
「―――」
「偽り無く答えるなら、俺の意思に反する事象である事だけは確かだ」

 押し黙ってしまった相手の頭の硬さに頭痛がする。
 冷静になって考えればすぐに答えは出そうなものだがそれを反芻する余裕が無いのか、もしくは念を入れての確認なのか。そのどちらかによって彼女の評価は大きく変わってくる。偏見込みで判断するなら恐らく前者だろう。後者であるなら感情的になる必要は無い。
 まぁ、どうでもいいけどと頭の中で軽く呟く。

「逆に問うが、アンタの―――更に言うなら軍の差し金じゃないのか?」
 心外だとばかりに彼女は怒鳴る。
「私はこの世界に無用な混乱など望んでいません!!」
 そりゃなによりだなと冷めた声で返し
「じゃぁ軍は?」
 物言いたげな視線を送ってきたが無視して、彼女の言葉を待つ。
「・・・・・・絶対にとは言い切れませんが否定させて頂きます」
「その根拠は?」
「極秘裏に開発された機体ならともかく、開発計画にこんな機体はありませんでした。―――少なくとも私がこちらの世界に来るまでは」
 視線は真っ直ぐで力があり、嘘を吐いているようには見えない。
 彼女がこっちの世界に来たのが大体五ヶ月前。平時の開発期間としては短すぎる。嘘を吐いていないと仮定するならば軍が白である信憑性は高い。
 こんな所で『なんちゃって女子高生』をやっているが、本来は聖騎士団所属の騎士。所謂(いわゆる)エリートだ。通常の開発経緯を辿る機体なら何らかの情報を得ているはずだ。
 真面目で融通の利かない面があり、軍の言う事を鵜呑みにしている節があるのでイマイチ信頼性に欠けるが、今はその言葉を信じておくことにしよう。

「じゃぁ俺はコイツの中を調べるから、なるべく騒ぎにならないようにしといてくれ」
「どうやってです!?」
 悲鳴に近い声を背中で受けたが、自分で考えろと言い残し、改めてコックピットを覗き込む。
「?」
 内部は予想に反して無人だった。
「―――」
 様々な憶測が流れる。
 先程の会話中、コックピットのハッチは開放したままになっていた。とは言え背中にも気を配っており操者を逃がした等という馬鹿な落ちは無い。そもそも機体に目立った損傷は無いのだ。普通の操者なら再起動を優先させる。
(と言うことは最初から無人?)
 そんな馬鹿なと、(トラップ)に注意しながらコックピット足を踏み入れたその瞬間、違和感を覚えた。
(なんだ?)
 言葉では表現出来ない何かが違っている。頭で解る違いではなく、肌で感じる違い。
 不審に思いながら天球の内側のような丸いコックピット内部を見回し、異常が無いのを確認してから操縦席に座る。
 操縦席は浅く―――半分立ったような状態で―――腰掛けるように出来ている。その前面、丁度、手が届く位置にボールを二つに割った形のクリスタルインターフェースがあり、足を置く部分は空戦型の機体らしく飛翔補助の為のペダルが付いている。
 特に変わった所の無い標準的(スタンダード)なコックピット。
 なぜ違和感を覚えたのか、疑問を残したまま慣れた手付きで機体を起動させる。
 正面に薄緑色に透けたウィンドウとキーボードが浮かび、ユーザー名とパスワードを機械音声が尋ねてくる。
 嘆息。
 武装済みの軍用機なのだから当たり前だとは思うが
(イマイチなんだよねぇ・・・・・・)
 キーボードには手を伸ばさず、自分の影に手を突っ込んで端子の付いた黒いコードを引っ張り出す。それを座席の横にある差込口に繋げてから改めてキーをタイプする。
 『ユーザー名:Messiah』
 『パスワード:*********』
 入力し終わるとウィンドウにノイズが走り、文字化けを起こしてからブラックアウト。再起動が掛かる。
 今度はユーザー名とパスワードを尋ねてくる事も無く、そのまま起動モードの選択画面が表示される。
 お茶の子さいさい。流石、ラシル謹製のプログラムだと冷ややかな賞賛を贈る。
 ジェネレーターには火を入れず、システムのみの起動を選択。
 国章がウィンドウに浮かび、消える。
「・・・・・・」
 浮かんだ国章は交差した剣と獅子の横顔。故郷の西側に位置する軍事大国―――ジュドニアス帝国の国章。そしてそれは同時に大戦時『敵側』の国だったことを示唆する。
 浮かびかけた感想に、だからどうしたと蓋をする。今は関係ない事だ。

「さてと・・・・・・」
 気分を入れ替えるように呟き、完全に立ち上がったシステムを睨む。
 情報収集の始まりだ。
 火事場泥棒と言えなくも無いがこの際無視しよう。
 とは言え行う操作は単純明快。全データを複写(コピー)し、ケーブルを通して仮想使い魔のスザクに転送。
 転送率を示すゲージが現れ、すぐにそれが100と表示され完了。
 これで後からゆっくり分析することが出来る。
 必要な操作はこれで終わり。普通ならこれで可及的速やかにとんずらをかますのだが
「―――」
 何か引っかかる。あの違和感も謎のままだ。
 気にし過ぎといえばそれまで。だが嫌な予感だけは良く当たる。
 時間を掛ければそれだけ騒ぎは大きくなる。いや既に十分大きい。こんなモノを観衆の目に曝しているのだから。そう時を待たずして警察も動き出すだろうし、面倒な事に発展するのは目に見えている。
 だが留まる事を選ぶ。
 機体の詳細なスペックを確認しようとして
「っ!?」
 胸を押さえ込むように、制服の上着を震える手で強く握り込む。
(なんだ!? これ?)
 不意に胸をしめつけられる感情。
(悲しい? いや寂しいのか? 泣いてる? なぜ?)
 疑問だけが立て続けに浮かび、そして
(―――助けて)
 疲れきった声で祈るように願う少女。
「!?」
 フラッシュバックのように脳に一瞬だけの映像が何度も浮かぶ。
 仲間から引き離され、捕らえられ、封印されて、実験に次ぐ実験。空白、空白、空白、空白。
 そこには永い孤独と繰り返す悲嘆、そして望郷と自責と諦め。
(これは?)
 記憶。
 誰のものか定かではないが、恐らく先程の声の主の。
 急に映像がクリアになる。

 湿った空気に柔らかい光。森の中。
 自分を持ち上げる(・・・・・)のは老いた男。
 狂気を宿した瞳はヒトとしての知性を持ったまま正しく狂っていた。生理的に嫌悪感を催す、下卑た笑みを浮かべ恍惚に耽る。

 暗転。

 薄闇の広がる空間。
 乱雑に機材が積まれた雑多な印象を受ける場。
 沁みるようなオイルの匂い。
 自分を抱える男以外は無人。
 赤色の巨人が整備用のハンガーに拘束されている。その内部に男は自分を無理矢理押し込める。
 巨人に取り込まれていく。その最中、男の耳障りな高笑いだけが場に響いていた。

「―――」
 ラシルから記憶を送り付けられる時に似た不快な感覚。だがアレよりは幾分マシだったなと、茫然自失の体で目が覚めた。視覚は既に現実を映している。
 意識と認識が合致するまでに三秒の時間を要し、奥歯を噛み締める。
 下卑た笑みを浮かべた男の顔に見覚えがあった。そしてこの機体が何を意図して作られたのかも、理解出来てしまった。
 だがあの男は戦後、戦犯として処分を受けたはずだ。
 少なくとも軍用機の開発には手を出せない。そのはず。
 急いでウィンドウをスクロールさせ機体開発責任者の名前を確認する。

『RJFX−06/グレン・ノヴァ』
『機体設計・開発責任者:ロンゼ=ローレント』

 疑問に手を止める。
 おかしい。予想した人物の名前では無い。
 頭を捻り、更に下へスクロールさせていくと

『開発顧問:ゼツ=バールハム・ジスク=オブライエン』

 手が止まった。
 探していたはずの名前なのに、見つけてショックを受けた自分に気付き、嗤う。

 約束なんてものは所詮ソンナモノ。
 それが個人個人の口約束だろうが国と国同士の誓約だろうが、バレ無ければ問題無い。
 そんな事はとっくに理解していたはずだ。今更何を日和った事を言っているんだ?

 胸に渦巻く黒い感情から目を逸らすように息を吐く。
 理性的に考えれば、何か政治的思惑があったと見るのが妥当だろう。
(それに、この機体・・・・・・)
 何とか先に手を打たないと大変な事になる。
 幸いにもまだ門は閉じきっていない。素早く返品すれば間に合う。
 そう思った矢先、
「シュージ!! アレを!!」
 切羽詰った声に、何事かと外へ出る。
 遠巻きに生徒達がこちらに視線を寄越していた。授業中だというのに幾人かは外へ出ている。だがリエーテは空を睨んでいた。
 同じように視線を上へ上げる。
 状態が不安定になっている門から四つ、影が現れる。
 それが何なのか、理解し、悪態を放つ。
「クソッ、次から次へと!!」



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