3-3

 空に現れた四つの影を睨む。
 影は鳥のように上空を大きく旋回している。
 だが目のいい者なら、その形が鳥としては不自然である事に気付くだろう。
 不味いなと心の中だけで思う。こんな場所を戦場にするわけにはいかない。生徒も沢山居る。
「シュウ!!」
 呼びかけに視線を外す。機体の脇にヒロスケとタスクが居てこちらを見上げていた。
 一先ず機体の胸部から飛び降りる。
「よ」
 片手を上げただけの軽い挨拶に厳しい顔でヒロスケ応える。
「また事件か?」
 顔を歪める。
「『また』って、俺の所為みたいに言うなよ」
「でも関係あるんだろ?」
 厳しい表情を崩さないコイツも、だんだん非日常に慣れ始めているなと関係の無い事を思う。
「―――ああ」
 間を置いて肯定するとタスクが心配そうな顔で口を挟む。
「大丈夫なのか?」
 答えず肩を竦めて見せる。分からないと。そして再び空へ視線を向ける。
 影はまだ上空を旋回していたが、その影は先程より大きくなっている。
「アレも・・・・・・」
「御仲間だろうね、多分」
 二人が息を詰める。
「話の通じる奴ならいいんだけど・・・・・・」
 濁した言葉の先をヒロスケが拾う。
「通じなかったら?」
 問われ、考える。
 答えは既に出ている。だがそれを口に出す事が酷く憂鬱だった。それでも
「最悪、戦闘になる」
 予想はしていたのか二人に驚きの色はない。ただ黙って頷く。
 目を逸らしたところで、現実は今ここにある。ならば―――
「ヒロスケはスマンが生徒(あいつら)を校舎内に戻してくれ。なんなら此方センパイを使ってもいい」
 呆れた顔でヒロスケが返す。
「あの女性(ヒト)が大人しく人の言う事を聞くタマか?」
 苦笑。
「俺からの貸しを一個減らしてやるって言ったら渋々、手を貸してくれるさ―――多分」
「渋々で、しかも多分かよ・・・・・・」
 まぁ、了解と言いながら走り去っていく。
「タスクは雪と桜に言って結界を準備させといてくれ」
 うんと素直に頷く。
「事を大袈裟にしたくはないけど、状況を見て発動するようにって合わせて伝えといて」
「分かった」
「サンキュ」
 短い遣り取りに、だがタスクは動く気配が無い。
「どうした?」
 問いに一度俯き、眉を下げた表情で顔を上げる。
「・・・・・・シュウは?」
「俺? 俺は―――まぁ相手に話してみたり、説得してみたり、譲歩させてみたりするよ」
「でも最悪戦うんだろ?」
 真っ直ぐな瞳。
「今の状況って半年前と同じじゃないのか?」
「まぁ・・・・・・」
 似ていると言えば似ていると、言えなくは無い。だが状況は随分違う。
「俺も―――心配したんだぞ?」
 そう言って悄気(しょげ)る。

 多分、ごめんと謝罪して欲しいわけでも、ありがとうと感謝して欲しいわけでもなく、ただ
(心配してくれんだよなぁ)
 零れそうになる笑みを堪えヘッドロックをかける。
「ぃ痛たたた!?」
「大丈夫だって。そう簡単にやられたりしねぇから」
「ギブギブギブ!! 潰れる、潰れる!! 出ちゃう、出ちゃう!?」
 手を離す。
 蹲って頭を抱えるタスクを見て声に出して笑う。
「笑い事じゃねぇ!!」
 怒ってソッポを向くタスクに
「なぁ? 俺ってそんなに危なっかしい?」
「? うん。危なっかしい―――って言うか」
 うーんと短く唸る。
「ゴキブリっぽいけど啼兎、みたいな?」
「ゴキブリ言うな」
「じゃぁチャバネ」
「同じだろうが。終いにゃ殴るぞ?」
「キレるの早っ!?」
 一頻りバカやって小さく笑いあう。そして
「うん。やっぱどっか見てられない。俺、言葉にするの下手だから上手く言えないけど、なんとなくそう思う」
「―――そっか」
 観念したような呟きを返す。
「だから無茶すんなよ」
 気遣いの言葉に対して意地の悪い笑みを作る。
「そいつは無理な注文だな」
「ちぇー、人がせっかく忠告してやってるのに。俺はプンプンだっ!!」
 口に出してプンプンとか言っている高校生を白い目で見る。
「はいはい、そーですね」
「うわーん、無視されたー」
 泣き真似を始めたタスクに速く行けと追っ払う。
 それに表面上従う形で、目には憂いの色があった。
「さてと・・・・・・」
 去っていくタスクの背を見ながら本日二度目になる呟きを漏らす。
「シュージ」
「ん?」
 後から掛けられた声に振り返る。そこはリエーテが居た。
「私はここに残ります」
「却下」
 即答した事に不満を隠そうともせず眉間に皺を寄せ、目線だけで理由を尋ねてくる。
 面倒臭いなと思いつつ頭を掻く。
「アンタ生身で魔想機と五分に戦える?」
「それは・・・・・・」
「無理ですよねぇ?」
 問い掛けにリエーテは奥歯を噛む。こちらとしては分かり切った答えだ。
「単純に足手纏いなんだよ、アンタ程度の実力じゃ。最悪これから生身で四機の魔想機を相手にしなくちゃならないんだ。アンタにまで気を配ってる余裕は無い」
「でしたらソレを使えばいいでしょう!?」
 そう言って紅い機体を指差す。
 溜息。
「碌に調整もしてない機体に乗って戦うのか? 止めやしないが、よっぽど物好きだな、アンタ」
「―――」
 熱意は認める。頭も良い。だがそれだけでは戦場で生き残れない。それに―――
「政治的問題が絡む場にアンタの存在は好ましくないの」
「? どういうことです?」
 怪訝そうな顔を返すリエーテに
「コイツはジュドニアス製の機体だ」
 一瞬だけ驚きの表情をみせ、眉を顰める。
「新型、ですか?」
「見りゃ分かるだろ? ―――訳の分からん濡れ衣を着せられた挙句、他国に変な口実を与えない為にも今は押さえろ」
「それは『救世主』たる貴方も同じ事でしょう?」
 鼻で笑う。
「俺はアンタと違って、国に所属はしているが従属はしていない」
 物言いたげなリエーテの視線を無視して上を見る。
「それに―――」
「それに?」
「悲しいかな大義名分が既に存在しちまってる」
「? それは一体・・・・・・」
 問いを遮る形で呟く。
「来たな」
 旋回を止め降下してくる四つの巨大な影。
 既に生徒の姿は無い。上手くヒロスケがやってくれたようだ。あとはタスクと、雪と桜がやってくれれば問題ない。
「さっさと校舎に向かえ。アンタでも流れ弾くらいからなら守れるだろ?」

 人の命を。
 誰かにとっての思い出の場所を。
 それは意味のある行いだ。

 見ればリエーテは変な顔をしていた。眉を下げた意味不明な変な顔。
「シュージ、貴方の優しさは分かり難いものばかりですね」
「今の言葉の中に『優しさ』なんて成分が含まれてるとは驚きだな、俺が」
 リエーテは困った顔で小さく微笑む。だがそれも一瞬。短く真剣な声で
「御武運を」
 背を向けて片手を挙げるだけでソレに応えた。



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