3-4

 去っていくリエーテの気配を背中で感じつつ、再び倒れたままの魔想機の胸部へ上がる。
 既に相手からは、こちらの姿は捕捉されているだろう。
「戦闘になるのかねぇ?」
 緊張感の無い独り言を呟いてから力場(フィールド)を丁寧に練り、加圧(ブースト)を開始する。
 その間に影の中から、鞘に納まった刀を引き出しベルトに差す。
 それを目にして苦笑。
「入学祝をまさかこんな形で使う破目になるとはね・・・・・・」
 しょうがないかと小さく呟く。
「ま、それも最悪の場合だけど」
 なんとか話し合いで決着が付けばいいなぁと、希望的観測を思う。

 不自然な強風が髪を揺らし、砂塵が舞う。
 自分を囲むように校庭に鋼の巨人が屹立する。
 重力制御とスラスターを併用した静かな着地は、操者の技量の高さが窺える。
 四機の内三機はグレーに塗装された同型機。残り一機はオリーブイエローに塗装されている。
 オリーブイエローの機体だけは―――カラーリングと若干細部に変更箇所はあるものの―――見たことがある。

 『TJF−16/ヴォストーラ』

 大戦の中期から配備され始め、終盤には空戦型主力機として量産された佳作機。若干の変更箇所はカスタマイズされた分か、もしくは派生機だろう。
 そしてヴォストーラと似たシルエットを持ち、よりスマートな印象を持つグレーの機体は恐らくその後継機。

 既に構えられた銃口は自分に向けられていたが、ロックオンはされていない。
 警戒と威嚇。後は足場にしているこの機体を無闇に傷付けたくないからか。
 どちらにしろ会話する余地が残されていることに安堵する。

 ヴォストーラから男の声が拡声器を通して校庭に響く。
『そこを退いて貰おう』
 高圧的な口調に対して
「銃口を向けたまま人に物を頼むのがアンタ等の礼儀か?」
 声を張り上げる必要は無い。音は勝手に相手が拾ってくれる。
 失笑と共に声が降ってくる。
『失礼した。認識に間違いがあるようなので訂正しよう―――そこを退け』
「断る、と言ったら?」
 四機から一斉にロックオンを掛けられる。
 特にこの機体に思い入れがあるわけではないらしい。取引材料になるかと期待したが残念。
『死んでもらう』
「そいつは参ったね」
 降参だとばかりに手を挙げてみせる。
『―――何の真似だ?』
 声に疑念の色が混じる。
「なに、もう少し話しを聞きたいと思ってね」
『・・・・・・』
 推し量るような沈黙を逆手に取り、問いを投げ掛ける。
「この機体の“核”が何か、アンタ等は知っているのか?」
『核? 何の事だ?』
 予想通り疑問が返って来た。
(―――知らされていない、か)
 思案は一瞬。
『貴様、何を知っている?』
 険のこもった声に意地悪く笑ってみせる。
「さぁね?」
『―――捕らえろ』
 命令から実行までのタイムラグは殆ど無かった。
 ヴォストーラと残りの二機が下がり、一機が動く。
 予め溜めていた力場を開放し、その場を飛び退く。
 その一瞬後に、今まで自分の居た場所へ鋼の指が伸びていた。
(あっぶね〜)
 着地と同時に疾走。
 体格に10倍以上の開きがある。そんな相手に対して、動きを止めればすぐ捕らえられる。

「!?」
 巨体に似合わぬ軽やかな動きで、もう一機が進行方向を塞ぎにかかる。
「囲い込む気か!?」
 強烈なステップを踏み、強引に進行方向を修正。
 更にもう一機が塞ぎに掛かるが
「遅い」
 股の下を抜けながら抜刀。背後に回り込み、踵でターンを切る。
 装甲版の上からでは有効なダメージを与える事は出来ない。狙うは可動部。
 刀身と脚部に力場を集中させる。
 本来なら斬撃を放つ為の力を刀身に溜め、力場による3メートル超過の刃を構成。そして跳躍。
 動力部やコックピットを狙うことも当然出来たが破壊が目的ではない。
 狙うのは腕の付け根。
 跳躍の勢いをそのままに切上げる。
「裂空閃!!」
 手応えと共に巨人の腕を断ち切る。派手な音を立てて腕が脱落した。

 戦場に停滞が生まれる。
 常識的に、生身の人間が魔想機と『勝負』する事自体が在り得ない。存在する結果は魔想機の『勝ち』だけだ。そもそも勝負にすら成り得ない。
 魔想機に対して、『勝ち』えるような人間は化物かもしくは―――
『貴様・・・・・・まさか救世主か?』
 ヴォストーラから半信半疑の震えた声が響く。
 救世主と言う単語に僚機も動きを止めた。
 応えず顔だけを上げてみせる。
『!? 救世主!? お前―――なぜ、こんな所にいる!?』
 旧知の友人に出会ったような喜びと驚きの混じった声。
 敵意が消えたのを確認し刀を鞘に納める。
「知り合いか? 一人で納得してないで顔見せろ。誰だ?」
 ヴォストーラが片膝を付き跪く。関節部がロックされコックピットハッチが開く。
 中からから出てきたのは四十近い年の男だった。
 引き締まった体躯に短く刈上げた金髪には僅かに白髪が混じっている。
 コックピットから飛び降り、軽やかに着地。
「相変わらず過ぎて気付けなかったぞ、シュウ」
 親しみの笑みを見せる男の名前は―――
「どちら様でしたっけ?」
 男は苦笑を浮かべる。
「言うと思った、その台詞。俺は―――」
「久しぶり、レージリス=クルトゥナ大尉」
 片手を挙げるだけの軽い挨拶で相手の言葉を遮ってやる。
 レージは目を瞬かせた後、ふふんと勝ち誇ったような笑みを見せる。
「残念だが、今は中佐だ」
 舌打ち。
「・・・・・・昇進オメデトウゴザイマス」
「ふっ、その顔が見れただけでも昇進した甲斐がある」
 そう言って笑みを深くする。相応に歳を重ねた笑みを。
 一転して真剣な表情になり
「救世主、御伺いしたい。何故貴方がこんな所に居る? いや、そもそもココは―――」
「星を跨いだ向こう側」
 息を詰めた。
「―――冗談、じゃなそうだな」
「残念ながら」
 答えにレージは嘆息を漏らす。気を取り直すように深呼吸をして
「では、何故『救世主』たる貴方がこんな所に?」
「こんな所とは失礼だな。俺はここが気に入ってるんだ」
 レージは軽口に対しては取り合わず、真剣な表情のまま答えを待つ。
 溜息一つ。
「理由に関しちゃ―――色々だ」
 答えを聞きレージは何か言おうと口を開き
「―――」
 結局何も言わず口を閉じた。そして
「・・・・・・そうか」
 とだけ短く呟く。
 レージの瞳には深い同情の色が見て取れたが、その理由を問おうとは思わなかった。

「今度はこっちから質問だ」
「お、いいぜ。俺の嫁さんの話でも聞かせてやろうか?」
 先程とは打って変わった気さくな笑みを見せる。その笑みに向けて
「アレの開発顧問の名前は聞いているか?」
 一瞬で笑みが凍り、頭を垂らす。
「・・・・・・スマン」
 沈痛な面持ちでの謝罪の言葉。
 その言葉の意味を悟り、頭に血が上りかけたがなんとか堪える。
「―――分かっていて、開発に名を連ねる事を許したのか?」
「・・・・・・ああ」
「なんでッ―――」
 奥歯を噛み締める。

 頭では理解している。
 別に彼が悪いわけではない。そして『許した』のが彼の責任でも、まして意思でないことも。

 ―――分かっている。
 彼を責めた所でなんの解決にもならない事を。ただ自分の幼い感情が憤っているだけなのも。

 ―――分かっている!!
 それでも。
 問いに答えられる者など此処には存在しないと、分かっていながら。
 問わずにはいられない自分は、どうしようもない愚か者だ。



 ◇ ◆ ◇ ◆

「なんであんなモン造った!?」
 少年の低く怒りを湛えた声と真っ直ぐな瞳に、懐旧の念と既視感を覚えたがそれは強い戸惑いにすぐ打ち消された。
「シュウ。お前は一体何に怒ってるんだ? 確かに終戦条約には違反している。だがそれもグレーゾーンの内だ」
 強い語調で正すと、奥歯を噛み締め俯く。
「・・・・・・分かってる」
「じゃぁ、何故?」
 問われ口を閉ざし、拳を強く握り込む。
 だがそれも僅かな間。
 内に籠った熱を排気する様な息を漏らす。
「・・・・・・アレがロクでもない機体だってのは分かるか?」
「―――少なくともあの爺さんが一枚噛んでんだから、ロクなもんじゃないんだろう。それぐらいしか分からん」
 やや憮然と言い放つ。
 それを聞いてシュウは薄い笑みを浮かべた。

「あの機体の核に、忘れじの王国の咎が使われている」



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