空間に浮いた血色で描かれた線と文字は破壊の陣を構築し、その中心から直径5メートル近い光線が放たれる。
ヴォストーラは回避が間に合わず光に下半身が呑まれ、光に触れた部分が消滅した。
俯角に向けて放たれた光は減衰せず校舎に向かって直進する。
彼我の距離を瞬時に叩き出し、己の速さが明らかに足りない事を悟る。
(間に合わねぇっ!!)
仮に間に合った所で生身では対地攻撃に抗い、護りきる術は無い。それでも足を動かす。
校舎に張られた結界と光の柱が激突する。
相殺され、行き場を失った力が熱と風になり砂を巻き上げる。
腕で目を庇い、足が止まる。
(耐え切れるのか?)
淡い期待と安堵が浮かんだその直後、結界に亀裂が奔った。
「!?」
徐々に広がっていく亀裂が、結界の限界を知らせる。
「ッ!? やめろぉぉぉ!!」
叫び、紅い機体に向かって抜刀と同時に巨大な斬撃を放つ。
紅い機体の力場に触れただけで霧散した斬撃は、しかし陣を断ち切っていた。
だが、それより一瞬速く結界が限界を迎え、光の柱が校舎に届く。
最悪の光景が脳裏に一瞬で浮かぶ。
校舎の中には生徒が大勢いる。だがそんな事に構わず光の柱は余力だけで校舎を貫き、進路にある全ての物を一瞬で蒸発させるだろう。
だが予想に反して破壊の光に抗う力が在った。
◇ ◆ ◇ ◆
「ぐっ!!」
あまりの重圧に、意思に反して呻き声が上がる。
既に限界まで防御力場は展開しこれ以上は耐えられそうに無い。だがここで膝を付けば確実に幾つかの命が失われる。
挫けそうになる心を叱咤し全身に力を込める。
それでも魔想機から放たれた攻撃は想像以上に重く、耐え切る自信が持てない。
諦めかけた脳裏に浮かぶのは
『さっさと校舎に向かえ。アンタでも流れ弾くらいからなら守れるだろ?』
皮肉った口調とは裏腹にその瞳は驚くほど優しく、そして穏やかだった。
戦場では足手まといにしかならないと言われ気落ちした自分に、それでも守れる物はあると、そう言われた気がした。
ただの慰めの言葉だったのか。それとも戦場から離れる事に未練のあった自分に対する諦観を促す為の言葉だったのか。
彼の真意は分からない。
それでも自分が感じた事が、全くの見当違いでは無いような気がするのだ。
『優しい』と表現した自分に、彼は怪訝そうに眉を寄せた。
それは彼が意識して行った所作では無い、無意識の優しさだから。
思考がクリアになる。
穿つ想いが強いのなら、それより強く庇護を想い対峙すればいい。
彼は私に守れる物があるから行けと命じた。
その信頼を此処で果たさず、一体いつ果たす?
「そんなもの―――」
光柱に
だが己の限界など知った事か。
「ここ以外に、在り得ないでしょう!?」
限界を更に超えて力場を放出し、踏み止まる。
「リエーテさん!!」
振り返らず、声と気配だけでコウスケとユウが駆け付けてくれたことを識る。
横に立ち急ぎ防御力場を展開し援護に入ってくれた。
「ぐっ!?」
「ぬ!!」
二人とも同時に呻き声を上げ、歯を食い縛って耐える。
拙い。展開した力場が不安定だ。今の二人では荷が重過ぎて早々に潰されてしまう。
それに、もう本当に自分も限界が近い。
「コウスケ!! ユウ!!」
返事を返す余裕もない状況で顔だけがこちらを向く。
「二人の力場を、私の力場に同調させて下さい!!」
「どう、やって?」
辛うじて搾り出した声に
「渦をイメージして。バラバラに展開した力場が一つに纏まる様に。制御は私がやります」
「オッ、ケー」
「了解っ」
苦しそうな了承に頷きを返し
「―――行きますっ」
呼吸を合わせる。
「「「はあぁぁぁっ!!」」」
◇ ◆ ◇ ◆
屋上に近い教室の半分を抉っただけで光の進行が止まる。
光の残滓が消えた先には肩で息をし、そのまま崩れ落ちるリエーテとそれを慌てて支えるヒロスケとタスクの姿が見えた。
「―――」
息を撫で下ろすと同時に、感謝するには複雑な念が浮かぶ。
あまり借りを作りたくない相手が一人混じっているからだ。だがリエーテがいなければ被害は惨事へと発展していただろう。
今度会ったら礼くらいは言おうかなと、いまいち決心に欠ける想いを心の中に留める。
「さてと・・・・・・」
本日何度目かになる呟きと共に、視線を空に移す。
紅い機体と目が
錯覚ではない。宙に浮いたまま顔だけをこちらに向け、見下されていた。
「ハッ、上等!!」
安い上に薄っぺらな敵愾心。ゴロツキや陸でなしと大して変わらぬ思考回路を一笑に付したくなる。
流石に相手が飛んでいるとなると分が悪い。
どう攻めるかなと、思案した所で紅い機体が動く。
その動きはゆっくりとした降下だった。地面に立ち切り落とされた自分の腕を拾い上げ、それを傷口に宛がう。
それが修復のプロセスだと気付いた時には遅かった。
炎が腕と肩口を包む。その後には元通り腕が生えていた。
大概に自分も卑怯だが、それを棚に上げて呟く。
「卑怯臭ぇ」
振り出しに戻った敵の状態にケチを付けたくなる。
「ま、言っても始まらないんだけどさ」
不条理なんざ慣れっこだ。そしてそれを叩き潰すのも。
力場を練り、構える。
長期戦は不利。
一撃で沈められるとも思わないが、推進器くらいは破壊したい。
そうすれば五分とは言わないまでも、アドバンテージを一つ奪う事が出来る。
靴の底が砂を噛む。
駆けようとした直前、紅い機体の周囲が陽炎のように歪む。
「げっ!?」
亜空間から重火器が湧き出てくる。
一瞬で固定される追加武装郡。
両手にはバズーカ。両腕にガトリング。両肩に追尾式六連ロケットランチャー。胸部には高収束力場砲。腰部に増槽。脚部にはミサイルポッド。
(絶対アホだ!!)
とりあえず、付けれるだけ付けてみました的、バランス無視の重装備。
戦場でなら鈍重過ぎて的か、良くて後方支援が精々。それを必要に応じて亜空間から武装を取り出す事で機動性を確保しつつ、火力の補強が可能となる。
自分も影を使って似たような事をしているので、理屈は分かる。
問題なのはその砲塔の全てがこちらを狙い、尚且つロックオンされている現実だ。
躊躇いも無く、絞られる銃爪。
全弾が一斉に発射された。
意識するより速く体は本能に従って動く。
下がれば下がるほど不利になる状況を打破する為に前へ。
背後で着弾した爆風に煽られるも走る。
魔想機と生身で戦い、勝つ為には幾つかのセオリーがある。
その一つが距離を空け過ぎないこと。
一番手に負えないのは広域破壊兵器による飽和攻撃。
生身では、矛から守る盾は余りに脆弱過ぎる。
機体に張り付いていれば、自壊や同士討ちを防ぐ為に火力の高い兵器の使用は封じられる。
しかしそれも離れた所から先手を打たれてしまえば意味を為さない。
それでも前へ。
急加速と急停止。時に跳躍。サイドステップを混ぜターンを幾度と無く切る。
致命傷は避け、避けきれない場面は強引に力場で防ぐ。
それでも着弾の破片が腕を、足を、掠め徐々にダメージが蓄積されていく。
一歩間違えば肉片に変わる状況。
相手も馬鹿ではない。こちらが詰めた分だけ後退し距離をとる。
距離が縮まらない。加えて前に出る速度が僅かに、だが確実に落ちていく。
「チ」
舌打ちの後、ソレは来た。
緻密に進路を誘導された上で、退路を爆風で断ち、逃げ場を封じた全方位飽和攻撃。
攻撃で進路を作っても、更にその先まで予測し時間差で砲撃が打ち込まれている。
ぐうの音も出ない見事な攻撃。
回避は間に合わず、足掻ける手段はほとんど残されていなかった。
その日、一番の爆音が校庭に響く。
紅い機体は武装を亜空間に収納し、不気味なほど静かに飛び立っていった。
◇ ◆ ◇ ◆
意識が朦朧とする。
体が全く言う事を聞かない。
回転が鈍い頭でどうなったんだっけと疑問に思う。
途端、熱と痛みが全身を覆う。
(お、生きてる。ラッキー)
すぐにでも気絶してしまいそうな激痛に、なんとか生きている事を確認する。
「シュ――ん!!」
いや、流石にアレは不味かった。
どう不味かったのかと問われれば、色々不味かったとしか答えようがないがとりあえず万倍返しは脳内一致で決定だ。
「――ちゃん!!」
咄嗟に『
でなければ今頃、確実にあの世行きだった。
胸の内でありがとうと、最大級の謝意を唱える。
「――ウちゃん!!」
ああ、耳元で煩い。
疲れているので寝かせてくれと心の底から願う。
次に目が覚めたら、すぐにあの機体に対する手を考えなくてはならない。それにレージ達のことも情報操作が必要になるだろう。考えるだけでもウンザリだ。
「シュウちゃん!!」
変わらず耳元で叫ばれる声が、やっと自分の名前だと気付く。
それでも億劫で仕方なかったがしょうがなく薄目を開ける。
ピントが合わず視界がぼやける。無理に合わせようとはせず時間を掛けてピントが合うのを待つと声の主が雪と桜だと分った。
青い顔で、その目には涙を溜めて、堪え切れなかった分は流れ落ちていく。
大袈裟にまた泣いてるなぁとぼんやり思う。
泣きながらも懸命に神術を行使しているのをどこか他人事のように感じる。
「早く!! 止血を!! ―――急いで!! 治癒薬はまだ―――」
後のほうでリエーテがなんか怒鳴っているようだが良く聞き取れない。
ああ、そう言えば礼はどうしようか? 言うべきなんだろうけど癪だよなぁ。
それよりも今は泣いている雪と桜が優先か?
高校生にもなって泣き虫ってのは正直頂けんよなー。
いつもの軽口でからかおうと思ったが擦れる様な音が喉から漏れるだけだった。
それが一層二人の顔を歪める。
参ったなぁと思い、場を濁すために笑みを作る。
そこで意識は途切れた。