3-8

 三人を帰し終わった後、背後に向けて声を放つ。
「と言う訳で止めても無駄ですよ―――義父(とう)さん」
 背後にヒトの立つ気配が現れたのを確認してからゆっくりと振り返る。
 そこには予想通りのヒトが、困った顔をして立っていた。
「―――どうしても、行くのかい?」
「ええ」
「シュウ君。それは君自身の意思かな?」
 頷く。
「それは責任感や義務感、使命感から来るものかい?」
 首を横に振ってから口を開く。
「最初はそれだけでしたけどね」
「今は違うと?」
「はい。今はちゃんと僕自身の意志で、です」
「・・・・・・そうか」
 義父は短く呟き、思案するように眼を閉じる。
 ふと、単なる思い付きで疑問を口にした。
「―――もしも」
「? なんだい?」
「もしも、さっきの質問に『意志でない』と答えていたら、義父さんはどうしたんです?」
 問いに義父はちょっとだけ驚いた顔をし、温かい目をして笑う。
「止めたよ。力尽くでもね」
 そして
「君は君自身の意思で戦う理由を見定めなくてはいけない。強い力を持っているのなら尚更。何かに引き摺られて戦えば本当の意味で意味を失ってしまう」
 凛とした瞳の奥に、何故か違うものが映った気がした。
 それを疑問に思うより速く義父は言葉続ける。
「力が必要かい?」
「―――」

 単純な問いに、答えを躊躇った。
 それはその瞳の真剣さに怯んだ事もあるし、今回に限って言えば義父がいくら強かろうが相手があまりに変則的過ぎるからだ。
 無論、自分がやったように生身で戦えないわけではないのだが。
 そんな事は義父だって百も承知のはず。だからこそ問いの真意に判断が付けられず、答えに迷った。

「力が必要かい?」
 再び問われた言葉に
(いや、違うな・・・・・・)
 本心を誤魔化そうとしている自分に気付く。
(本当は力なんて欲しく―――ない)
 アレだけ大口を叩いておきながら、まだ決心することの出来ぬ己の弱さをただ嘲う。
 多分、義父は気付いていた。
 だから問うたのだ。強がっているだけの自分を揺さぶり、試すために。

 疑問に思うことは多い。
 その疑問が、何故という単語に形を変え頭の中に飛び交う。
 それら全ては現状に対する不満でしかない。
 他者が聞けばただの我儘だと呆れるだろう。
 そして最後にそれらは一つの問いに収束される。

『何故、あの時(・・・)力を得てしまったのが僕なのか?』

 下らない問いだと、解っている。
 ただの偶然? それともそうなる運命で必然だった? もしくは奇跡?
 言葉を変えたって結局は同じ。今あるのが、たった一つの現実。
 時間を巻き戻す事など不可能で。
 何度も繰り返した自問自答の結論は。

 生き残るは俺でなく貴女だったと―――それだけだ。

 一つに纏められた問いが、再び拡散していく。
 姉さんならきっと、こんな事に悩むことなく正しい答えを出せるはずで。
 こんな力を得てしまったばかりに、何かが出来ると勘違いしてしまう。
 こんな力があるから当てにされて、戦いたくもないのに戦わされた。
 戦えば体は痛み、心は(すさ)び、自分を見失っていく。
 それでも、『いつかは』と希望(ユメ)を抱いた。
 今だって、もっと弱ければ戦いに赴こう等と馬鹿な事は考えもせず、自分以外の誰かがどうにかしてくれるさと卑屈になって世界を(ひが)み、それで満足できた。
(それなのに!!)
 熱に震えるような息を吐き、知らず作っていた拳が緩む。

 山のように積もる恨み言には、確かに憎しみの感情が含まれていた。
 けれど、それでも、心の底から、憎む事は―――出来ない。
(姉さん・・・・・・)
 違和感の残る呼び名。昔は違う名で呼んでいたような気もするし、昔からそう呼んでいた気もする。
 もう残っているのは判然としない断片的で曖昧な記憶だけ。
 人生の中にはそんな時期もあったのだと、自分に言い聞かせなければ消えてしまいそうになる程に薄められた過去。
 力を得る事の代償は自我の損失。
 得た力に因る代償は日常との乖離。
 己の力に満足した事など一度としてなく、これからも失い続けるのだろう。
 そして状況に流されて行動するのは危険だということも知っている。
 けれど―――
(僕は力を望んでいるんだよな?)
 ああ、と力強く応える意思が胸の内にある。

(戦いを恐れているのに?)
 それでもだ、と返す想いがある。

(だったら・・・・・・)
 複雑な感情がある。

 何が出来るかなんて知ったこっちゃ無い。何かが出来るなんて自惚れたくも無い。世界の為になんて反吐が出そうな大言壮語だ。それでも―――
「やるしかないか」
 笑みを持って観念したように呟く。
 意思と感情の歯車が合致する。
 そして長い思考の末の答えを言葉に乗せる。
「義父さん。力を貸して下さい」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 目の前に居る少年―――と呼ぶのは少し失礼かもしれない―――に弱気は感じられず、瞳には光があった。

 少々、(ひね)ねた所のある少年をどう評価すればいいのか悩むところである。

 極力甘えを省いた思考は自分にも他人にも厳しい。
 それでいて優しさを失わずに成長したのは僥倖だと、つくづく思う。
 その成長過程が自分達の教育の賜物だ、等と言うつもりは全く無い。本人の資質と、後は幼少期に受けた教育の影響だろう。
 ―――ただ、その優しさはどこか歪で危うい。
 薄氷の様な脆い優しさは、一歩間違えればそのまま光の届かない深い水底へ沈み込む。

 身を削るような戦い方も。
 行動の基準が自分では無く、他者にある所も。
 自分を蔑ろにしているように見えるのも。

 それが大人故の傲慢な視点だと理解している。

 そして、そう理解した上で僕等は彼に託さなければならないのだ。
 本当はそんな物、投げ出した所で誰も彼を非難することなど出来ぬのに。
 彼はそれを当然の事として受け入れるだろう。

 自分の無力さに(はらわた)が煮えくり返りそうになる。
 けれど今、僕に出来る事は彼が彼の決断に不安を抱かぬよう毅然とした態度を保つ事だ。
 もう一度、彼の真っ直ぐな瞳を見返して厳かに告げる。

「だったら見せて上げよう。分家として、神藤に招かれる理由となった神崎の秘宝を」



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