3-10

 予想通りの光景に、驚きはしたが慌てる事はなかった。
 ただ目の前に広がる光景に現実感が追い付いて来ない。
 機体の存在を予想してはいたが、やはり根本的な疑問は残る。むしろ問うた所で答えは無いのだから、疑問と言うよりは疑念だった。

(見たこと無い機体、だよな?)
 自信の持てぬ記憶に自問する。
 頭を捻りながらコックピットへ続くキャットウォークを歩き、機体の正面に立ち改めて観察する。
 機体色はダークシルバーを基調とし、黒と白でポイントが入れてある。
 デザイン的に年代物といった感じは受けないが、それでも華奢でスマートな印象を受ける現行機に比べると、重厚で肉厚な印象が強い。
 向こうの世界で言えば一、二世代前のモデルに近いだろう。
 固定武装は米神についたバルカン砲と力場サーベルのみと至ってシンプル。
 スラスターの位置や数、翼が無い所から陸戦型の機体だと分かる。
 そして頭部にあるツインアイが、まるで自分を品定めしているかのように威圧してくる。
「―――」
 それをただの錯覚だと思い、最初の既視感が拭えないのは記憶を整理しきれていないせいだろうと無理矢理に納得させる。

 後ろに立った義父が問うてくる。
「使えそうかい?」
「それはまだ何とも。中を見てみない事には」
 サイズも外観も魔想機によく似てはいるが、操縦法を見てみない事には判断がつかない。操縦法が違えば動かすのは難しいだろう。
「それもそうか。じゃぁ開けるよ」
 言ってコックピットの開放レバーを引く義父の背中を見ながらふと思う。
(・・・・・・ラシルを使えば、それも容易いか)
 それが自我同一性(アイデンティティー)という観点から上手くいくかどうかは、かなり分の悪い賭けになる事を冷静に想う。

 圧縮された空気が漏れる音と共にコックピットシェルが開く。
 立ち位置から見える操縦席が見覚えのあるものに、少しだけ安堵する事を自身に許す。
 安堵した雰囲気が伝わったのか義父が再び尋ねてくる。
「大丈夫そうかい?」
「ええ、まぁ。―――多分」
 後は訳の分からないシステムとか、特殊なデバイスが組み込まれていない事を祈るばかりである。
(って、アレ?)
 だがここに来て重大かつ根本的な疑問が浮上する。と言うよりも今頃になってと言うべきか?
(なんで俺が操縦する流れになりつつあるんだ?)
 魔想機の操縦に関してはトップレベルだという自負はある。だが事、戦闘に於いては自分より強者である義父の方が適任である気がするし、尚且つ神崎の当主たる者の役目ではないだろうか?
 問いと言うよりは確認の意味で尋ねる。
「コレって義父さんが操縦するんですよね?」
 問いに高速で目を逸らされた。
「・・・・・・」
「―――」
 因みに前者の沈黙が義父で、後者の沈黙が自分だ。
 無言の時間が過ぎる。
 質問した側もされた側も、居た堪れなくなる様な遅々とした時間の経過に
「い、いや、べ、別に義父さんを責めてる訳じゃないんですよ? よ!? ただ疑問に思っただけで」
「疑問に思ったまま、胸の内に終ってくれてた方が嬉しかったなぁ」
 尋常で無いどんよりとした空気を纏う義父を見てちょっと焦る。
 理由が気にならないではなかったが、凹みっぷりを見る限り、今は追及しないほうが無難だろう。
 背中に流れた嫌な汗を自覚しながらどうすべきか判断に迷い
「えーっと、じゃぁ僕が操縦する流れでいいんでしょうか?」
 尋ねると素早くコクッピトへの道を譲ってくれた。
「・・・・・・」
 なんだかなぁと思いつつコックピットシェルに足をかけ内部を確認する。
 昨日、見た操縦席と基本的な部分に大差は無かった。
 球の内側のような形でそれなりの広さがある。その中央に半分立った形で座るシート。丁度手の届く位置に設置されたクリスタルインターフェース。
 ここまでは同じだった。
 だが二点異なった部分がある。
 一つは陸戦型の機体の為、飛翔補助用のペダルが付いていない点。
 そしてもう一点。
複座式(タンデム)?」
 主座(メインシート)の後に副座(サブシート)がある。
 向こうの世界でも複座式の機体が無い訳ではないが、現状では主流には程遠い。
 それこそ魔想機が創られて間もない黎明期は複座式が主流だった。
 主な理由は二つ。
 一つは今ほど機体制御システムが優秀でなかった為、一人で操縦するのは余りにも煩雑で負担も多かったから。
 もう一つは単純に出力不足。魔想機の燃料は操者の生体エネルギーを主とする。黎明期の魔想機はそのエネルギー変換効率が悪く、なのでエネルギー源を増やすことで対処したのだ。

「んー」
 声に出して唸る。
 もし先程述べた様な理由から複座式であるのなら、例え動かせたとしても戦力になるかは怪しい。
(ま、起動させてみんことには分からんか)
 そう結論付けてからシートの横にある起動ボタンを押そうとして
「む?」
 ボタンが無い。代わりに鍵穴が開いていた。
「はい」
 様子を見ていた義父が鍵を差し出す。
「ありがとうございます」
 礼を言って起動キーを受け取る。
 その鍵は差込部分が透明な長方形の板状で、一見すればただのプラッチック板の様に見える。
 だが、それは特殊な素材を利用して作られた複製の難しい品で―――
(明らかにオバーテクノロジーだ)
 否。
 そもそもこの世界(ココ)に魔想機があること自体、既におかしい。
 それを一々検証している余裕は無い。

 鍵を差し込み、捻る。
 タイムラグはほぼ0で、起動モードの選択画面が表示される。
 とりあえずはシステムのみ起動。

 まず機体スペックを確認。
 予想していたよりは高性能。だが紅い機体(グレン・ノヴァ)と比べればその性能は精々六割が限度。
(厳しいよなぁ)
 あくまで基本性能値(カタログ・スペック)だと言うことは理解している。
 機体の性能だけで勝敗が決するなら話は単純で。
 けれどそれ以外の要因―――戦術や戦略、敵の数、操者の技術、技能、地形の得手不得手など様々―――があるから話はややこしい。
 ただ一騎打ちの場合はその要因はかなり限定される。そして扱いきれるという前提でなら、当たり前の話だが基本性能は高いに越した事は無い。

 様々な要因を組み合わせ、頭の中で算盤を弾く。
 不確定要素が多すぎて厳密な回答は得られないが結果としては
(この機体を使っても、使わなくても大して変わりはないか)
 困ったもんだと溜息を吐く。
 使うなら使う。使わないなら使わない。
 はっきりしない状況が一番困る。
(せめて空戦型の機体なら・・・・・・)
 他の不利な要素は目を瞑ろう。だがこの一点だけはどうしようもない。
 空を飛べる相手に対し、陸からの攻撃だけではどうしても限界があるのだ。
 特に今回のような『相手を捕らえる』必要がある場合は。
 最悪、相手にされぬまま追いかけっこをする破目になる。
 それでは意味が無い。
(何か手は・・・・・・)
 思考をフル回転させて可能性を模索する。
 何が可能で、何が不可能なのか。
 不可能ならば、どうすれば突破口を開く事ができるのか。
 それを可能とする為に一体何が、どれだけ必要なのか。

「以外にこういうことには頭が回らんもんだな」
「!?」
 コックピットの前に立つ第三者の姿を見て
「レージ!?」
 驚いた声で名を呼ぶ。
「何驚いた顔してんだ、救世主。まさか勝手に人を死亡扱いにしてないだろうな?」
 気が抜けそうになる問いに
「―――あー、いや。それは無い」
 あの時、グレンの放った光に消滅させられたのは機体の下半身部分だった。ならば生きている可能性は高い。
「じゃぁ何に驚いてんだ?」
 そう言って疲れた笑みを見せる。
「いや、だってここに居るのはどう考えても変だろ?」

 神崎当主の許しを得ねば入る事の難しい場所に。てっきり警察か軍に連行さ(しょっぴか)れたと思っていた人物が居ればそりゃぁ驚く。

 レージは嫌味ったらしく掌を上に向けてヤレヤレと肩を竦める。
「シュウが三日も寝てる間に、こっちは二晩も徹夜したってのに。暢気なもんだな」
「はぁ? 今、何つった?」
 聞き捨てならない台詞に眉間に皺を寄せる。
「? 暢気なもんだな?」
「違う。その前!!」
「―――二晩徹夜?」
「ええい、違う!! マジで俺は三日も寝てたのか!?」
 何だその事かと、レージは軽い調子で頷く。
 それを聞いて、苦虫を噛み潰したような渋い表情を作る。
 ちゃんと日付を確認しなかったのは自分のミスだが、想像以上に切羽詰っている状況だ。
「・・・・・・その顔だと、この国の軍とグレンが交戦したってのも、もしかして聞いてないか?」
「な!?」
 絶句して、一瞬頭が真っ白になった。
 結果を問う為に口を開いて、噤む。
 聞くまでも無い。
 仮にもし、万が一にグレンが敗北を記していればレージはここに居ないだろう。
「―――」
「学舎から北東に飛翔したグレンと、空軍か? が交戦。偵察機と哨戒機の混成部隊だったらしいが、全機撃墜されたそうだ」
 感情を込めず淡々とレージは喋る。口調が伝聞系なのはニュース等で仕入れた情報だからだろう。政府も馬鹿ではない。報道管制を敷き全てを伝えないようにしているだろうが。
「それから二十七時間後。今度は南南東の海上を飛行中のグレンを発見。奮戦虚しく軍は二度目の敗北。偉い人たちは大慌て。好事家たちは大はしゃぎ―――この国の防備はザルか?」
 溜息を吐いて答える。
「ちゃんと大障壁が作動してるから、外患(てきこく)という概念が薄いんだ。それよりも内憂(ようぶつ)の対策で忙しい」
「? ふーん」
 妖物という聞きなれない単語に頭を捻りながらもとりあえずレージは頷く。
「・・・・・・安心しろ。重軽傷を含め怪我人は多数出たが、死人は出てない」
「『らしい』だろ?」
 シニカルな笑みで文末を繋げると、分ってないなぁと呆れた顔を返す。
「平和ボケした国の人間は死に過敏だと相場が決まってる。気に病む必要はない。それよりも今は」
「分ってる」
 遮るように言葉を作る。

 悔やむ事は生きてさえいればいつでも出来る。死んだ後でも、もしかしたら出来るかもしれない。だが今は、今しか出来ないことがある。ならばそれをしたほうが余程有意義だ。

「で?」
 尋ねるとレージは怪訝そうな顔を返す。
「何が『で?』なんだ?」
「二晩も徹夜した理由だよ。下らない理由だったら極めるぞ?」
 凄味のある笑顔で問うとレージは頬を引きつらせた。



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