3-11

「こっちだ」
 そう言ってレージは歩き出す。
 起動キーをきちんと抜いてからコックピットを離れ、その後を大人しく付いて行く。義父はいつの間に姿を消していた。

 前を歩く男が、左足を少し引き摺るようにして歩いているのに気付く。
 視線に気付いたのか、こちらが問う前にレージは理由を口にする。
「あの光にやられた時、焦っちまって脱出に失敗した」
 苦笑。
「いい加減、歳かね?」
「引退するならさっさとしちまえよ。アンタみたいなのが敵に居ると色々厄介だ」
「救世主殿にそう言って貰えるとは恐悦至極に存じます」
 心にも無さそうに芝居がかった口調で返すレージの後姿はどこか楽しそうだ。
「んで、正直な話、辞めないのか?」
「いやー、まだ家のローンが残ってんだよ。給料良いし、子供の養育費稼がなきゃならねぇし」
「生っぽい話だねぇ。子供の数は?―――中佐だっけ? 待遇はいいだろ」
「二人。待遇に関しては・・・・・・ボチボチだ」
「? なんか問題あるのか?」
「―――」
 テンポのよかった会話が不意に途切れる。
「言い難いなら別に言わなくてもいいぞ?」
 特に深刻に思うことなく軽い口調で尋ねた。
「いや。もっと高官だったら、今回の件を未然に防げたのかなと思ってな」
 濃い苦笑で返す。
「それは、まぁ・・・・・・無理だろ?」
 別段、レージの能力を疑っているわけではない。
 むしろその功績と実力を鑑みれば、今の階級は低いくらいだ。

 特定の『誰か』個人の意見で今回の事件が起きたのならそれも出来よう。
 だが不特定多数の『誰か』の意見だとしたら少数の意見は黙殺され、最悪首を切られる。
 今回の件にどれだけの人数が係わっていたのか定かではないが、少なくとも終戦条約を反故にするだけの権限をもった『誰か』だ。
 それは高官だから止められるわけではないし、ましてや個人がどうこう出来る問題ではない。
 それが出来るのは、あの国では皇帝くらいだろう。
 対処する為には高い権限を持った、複数の人間が必要だ。
 仮にレージが高官であっても一人だけでは意味が無い。

「やっぱアレだ。―――大戦中、俺に手を貸したのが間違いだったんだよ」
 でなければあと二つくらいは階級が上だっていたはずだ。
 レージは懐かしむように笑う。
「そうでもない。短いが、中々に刺激的な日々だったよ」
「でもお偉方の機嫌は損ねただろ?」
 普通だった笑みが、眉を寄せた笑みに変わる。
「そこは否定せんがな」
 表情を消し真顔で言い切る。
「あの時はシュウに手を貸すのが最善だと思ったし、今でもその選択は間違ってなかったと思っている。―――後悔は無い」
 面映い言葉に呆れた声で返す。
「・・・・・・後悔くらいしろよ。いい歳なんだからさ?」
「そうだな。引退したらゆっくり考えることにする」
 そう言ってレージは穏やかに笑った。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 連れて来られたのは二つ隣のセクション。
 因みに真ん中のセクションにはヴォスU―――『TJF−19/ヴォストーラ mk−U』―――とその残骸が間借りしているらしい。
「で、まぁコレが二日徹夜の賜物だ」
 そう言って見せられた物は
フライ・アーマー・ユニット(FAU)飛行戦闘支援機(FSCP)?」
 横に立つレージは頷く。
「で、コレを使ってあの機体で戦えと?」
 もう一度頷く。
 大きく溜息を吐いて
「・・・・・・アホか」
「酷ぇ!? 二日も徹夜したのに!!」
「じゃぁバカだ」
「・・・・・・」
 半眼を送って来る相手に此見よがし再び溜息を吐く。
「あのなぁ、レージだって知ってるだろ? FAUもFSCPもあくまでオプション―――サポートなの!! 確かに陸戦型の機体が空を飛ぶ事は可能になるけど、それはイコール航空戦能力の獲得じゃない!!」

『空戦型の機体と空中戦を()りたいなら、空戦型の機体に乗って来い』
 これは魔想機の操者であるなら基礎として教えられる知識である。物言いはもっと丁寧だが教科書にも記載されている内容だ。
 逃げる事の出来ぬ限定された空間なら、陸戦型と空戦型の戦闘も不利ではあるが出来なくは無い。
 だが戦場でなら撤退も有りだし、無視するという選択肢も存在する。
 それでも陸戦型の機体が存在するのは主にコストの関係と戦い方に起因する。
 その戦い方にしたって配備数や地形、防衛戦等の要素が絡むからであり、空戦型の機体に真正面から一騎打を空中戦で仕掛けてどうこうというのは論外だ。

「んなこたぁ知ってる」
 レージは不貞腐れたように憮然と言い放つ。
「なら、なぜ?」
 レージは腕を組んでうーんと唸る。
「なぁシュウ。ウチの連中どうだった?」
 中々話が進みそうにないなと眉間に皺を寄せつつも、前回の戦闘を思い返す。
「・・・・・・まぁまぁ、じゃねぇの?」
 実戦でも使用に耐えうるレベルだろう。些か拍子抜けした部分もあるが。
 その言葉にレージは満足気に頷く。
「じゃぁアレが初めての実戦だった、って言ったら信じるか?」
 言われもう一度、思い返す。
「・・・・・・あぁ、納得」
 重力制御とスラスターの使い方は上手かったのに、戦闘機動に関して言えば不満だった。もっと言うなら継続的な戦術判断が甘いし遅い。瞬間的な判断は間違っていないのだが『今』の動きが『次』の動きに続かない。修練はきっちりやっているが、本当の戦場に出た事の無い者の素直過ぎる動きだ。
 新兵にしては良い動きだが、熟練兵と称するには一味も二味も足りない。
 幸い基礎はしっかり鍛えているようなので、これからも運良く生き残れば腕のいい操者になれるでしょう、と占い師っぽく言ってみる。

 唐突に
「油断も驕りも無かった」
 それでも俺たちは負けたのだと、苦い口調でレージは語る。
「大戦中はそれで沢山の友人が死んでいった。俺より操縦の上手い奴はごまんと居たのに。だから慢心だけはせぬようにと努めてきたし、ウチの連中には教えたよ」
 それでも負けたのだと、噛み締めるように。
 その横顔を正直、意外な気持ちで見ていた。だから不躾な問いを、つい口にしてしまった。
「―――悔しいのか?」
 問い掛けにまず返って来たのは敵意。
 心の闇を滲ませ、影のある顔で笑う。
「当然だろう? 負けて喜ぶような奴は死んだほうがいい」
 向けられた敵意に対し本能(カラダ)が無意識に反応しそうになるのを理性で抑える。

 その敵意は、多分、自分にも馴染み深い感情(モノ)で。
 どこへ向ければいいのか分からない漫然とした憎しみ。
 普段は表に出さないよう、厳重に蓋をして奥底に沈めているソレは。
 時々、ふとした拍子に浮かび上がってきては人を無性にイラつかせてくれる、取扱注意の困ったちゃんなのだ。

「悪ぃ。愚問だった」
 大戦で何かを失くしたのは自分だけじゃない。横に立つ男もまた、確実に何かを失っている。
 あの戦が起こらなければと。誰もが想い、そして変わらぬ過去に悲嘆する。
 何が間違っていて、誰が悪いのか。どうすれば正しかったのか。
 明確な答えの出ぬ惨禍へ募る想いは、怨嗟か。憎悪か。諦観か。

「救世主、覚えておけよ? 確かにお前の行いは沢山の人を救った。それは疑いようの無い賞賛されるべき事だ。だが傲慢な行いである事もまた―――事実だ」
 言われるまでも無い、そんな事は知っていると、喉まで出掛かった言葉を飲み込む。
 言える訳が無い。
 その傲慢な行いに彼を加担させたのは他ならぬ自分なのだから。

 その一方でアレは本当に賞賛されるべき事だったのかなと疑問に思う。
 アレは世界平和とかそういった類の行いでは無い。
 アレの本質は醜悪で奇怪、昏く歪んでいる。
 誰の為のモノでもない。
 強いて言うなら自分自身の為に。
 願い、祈り、そして誓ったのは―――

「ッ!?」

 浮かび上がった『想い(コトバ)』を強引に沈め直す。
(まだ・・・・・・)
 耐えろと己に厳命する。
(俺はまだ・・・・・・)

「大丈夫か?」
 気付けばレージに体を支えられていた。
 その顔には驚きがある。
 ああ、無様だなと胸の中だけで自嘲し自分の足で立つ。
 まさか感傷だけで目眩を起こすとは夢にも思わなかった。

「―――大丈夫だ」
「大丈夫って・・・・・・顔が真っ青だぞ!?」
「大丈夫だ。病み上がりのただの貧血だろ?」
 問題ないとでも言うように不敵な笑みを向ける。
 レージは腑に落ちないような顔をしてスマンと小さく謝罪した。
 面倒なので謝罪の意を問う事はせず、大袈裟に溜息を吐いて
「謝るより、さっさと話を戻せよ」
「・・・・・・ああ」
 眉間に寄せた皺を延ばしフラットな表情で口を開く。
「あの機体に刻印された型式番号を見たか?」
「あ゛?」
「だから、あの機体の型式番号」
「―――見てない」
 そういえばシステムの起動画面でも確認はしなかった。
 ヤレヤレとでも言いたげな視線をレージは送ってきたが何も言わず続ける。
「正直、余ったパーツでヴォスUを組み直してシュウを乗せる案もウチの連中から出た」
「それ、無理だな」
「だろう? 軍規とかそういうのを抜きにしてもお前じゃ乗れない。―――ヴォスUの方がお前の操縦に耐えられない」
「失礼な。気を遣ってやればそれなりには動かせる、ぞ?―――多分」
 どうだかねと釣れない返事。
 そしてレージはやっと結論を口にする。
「あの機体はエクストラ・ナンバーズかもしれない」



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