3-12

 言葉の意味を反芻する間もなく、踵を返して最初のセクションに戻る。
 キャットウォークの上を走る音が妙に響いて聞こえる。
 再び機体正面に立った。
 相変わらず機体のツインアイが品定めをするような目つきで見下ろしてくる。
 それを無視し、人で言えば額に当たる部分に打刻された文字列に視線を移す。
「ENX−000?」

 現行超越機動兵器群―――Extra Nambers
 元々『EN』が何を指していたのか、実はよく分かっていない。
 出自不明。再現不能。その特異性から旧星暦の遺物だろうことはほぼ確定されている。だが何の為に製造されたのかは謎のまま。兵器としての能力を最初から有していたので戦に用いられたのだろうとは推測出来る。
 通常の魔想機に比べ、圧倒的過ぎる能力を有する機体。
 時代に合わせ自身の能力を鍛えていく様は、まるで機械の進化だと揶揄された。
 その機体の全ての型式番号が『EN』だった為、洒落と皮肉を込めて『エクストラ・ナンバーズ』と呼ばれたのが始まりだと言われている。

「現行のハイエンドモデルを遥かに凌ぐ能力(スペック)は脅威という他無く、操者の技術と相俟(あいま)って魔想機戦で出会いたくない敵、7年連続で1位から4位までダントツ独占中だ」
 遅れて付いて来たレージが真面目な声で、意味不明なことをのたまう。
「誰だよ? そんな下らないアンケート取っているのは。暇なのか?」
 今は全く関係の無い事だったが、我慢出来ずツッコミを入れると律儀に答えてくれた。
「多分ウチの広報部だろう―――で、どう思う?ENに乗ってた人間として、この機体は?」
 問われ沈黙を返す。

 通常『X』が型式に組み込まれる場合、試作機か試験機、もしくは実験機である場合が多い。
 向こうの世界で搭乗していた機体、エターナルには正式な型番として『EX−03』が刻印されグランやサイ、ケンの機体も同様だった。
 内部に残っていた僅かな情報を基にするなら計18機が設計、開発されたらしいが詳しい事は不明のまま。それでも実戦に投入された『エクストラ・ナンバーズ』は、その名に恥じない相応しい戦果を上げた。
 01、07、09、10、11、12、14、17の8機は既に欠番。
 残り10機の内、自国に4機と教会に1機が保管され、残り5機は行方不明扱いとなっている。

「―――」
 試作機や試験機、実験機が存在したとしても別段不思議はない。
 ただ、何故神崎家(ココ)にソレが存在するのかが理解出来ない。
 それは多分、考えても仕方ない事で、同時に答えられる者が居ないだろうことは明白だった。
 だからこの機体が『EN』に類するものであるかは正直な所どうでもいい。
 自分が関心を持つべき点は使えるのか、使えないのかという点だ。

「・・・・・・使ってみるか」
 使っても使わなくても大して変わらないのなら、賭けてみるのも悪くはない。
 もしこの機体が本当に『EN』に類する機体であるなら、あるいは。

「腹は決まったか?」
「ああ。この機体を起動させる」
「そうか。徹夜が報われそうで何よりだ」
 言ってレージは安堵に似た息を吐く。
「スマンな。ウチの国のゴタゴタに巻き込んじまって」
「ああ、本当に。心から同意するよ」
 一瞬瞠目する。
「・・・・・・普通そこは謙遜を返すところだろ?」
「知るか」
 眉を寄せた困った顔に、けれど懐旧の色が混じる。
「本当にスマン。だが俺達じゃ届かない場所に、お前は立ってるんだ。だから例えそれが重しにしか成らなくても、託すしか無いんだ」
 小さく溜息を吐く。
「本当にイイ迷惑だ。けど―――」
 機体を見上げる。
 相変わらずヒトを品定めしているような目付きの機体。無愛想で愛着は持てそうに無い。

 戦うと決めた。
 それが自惚れだと諭されても。
 それがただの慢心であったとしても。
 それでもこの世界には、まだ守りたいものがある。
 そして―――

「助けて、か」
 口の中で転がすような小さな呟き。
 それを以って紅い機体の中で聞いた、少女の声を思い出す。

 左手の甲が熱を持って疼く。
 世界の意思と自分の意思が合致している。
 ならば―――

「起動準備に入る。手を貸せ」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 半分座った形で腰を下ろすシートに体重を預け、宙に浮いた仮想キーボードを高速でタイプしていく。
 コックピットのハッチは開放したまま。格納庫内の喧騒がBGMだ。時々部下を怒鳴るレージの声が混じる。
 数値を弄ってはクリスタルインターフェースに触れ、反応を確かめる。

「マニピュレーターの反応が不安定だな」
 後のサブシートから感情の乏しい少女の声が届く。
 反応値をグラフ化したウィンドウに一瞬視線を移すが、すぐに元のウィンドウに戻る。他にもウィンドウが大量に浮いている。
「しょうがないだろ? 何百年も放置されてたんだ。動かしてりゃその内オイルが馴染むだろう。誤差の範囲だ」
「そうか」
 少女はそれ以上興味を払うことなく、同じようにタイピング作業に没頭していく。
「―――マスター」
「ん?」
「装備はコレでいいか?」
 新規に浮いたウィンドウを確認し
「・・・・・・ああ。これでいい」
「FAUのフレーム強度に問題点があるが?」
「強引にエンジンをヴォスUのに載せ変えてるんだ、仕方ない。急造の割にはいい感じだ」
「フム、そうか。ではFSCPの武装もこのまま続行させる」
「頼む」
 水のように流れていく文字列。
 ハード面の調整はレージ達に任せ、ソフト面を調整していく。
「―――マスター」
「ん?」
「希望があるんだが良いだろうか?」
 手を止めて振り向く。
「どうした? なんか仕様を変更したいのか?」
 声の先には10歳くらいの少女が座っていた。
 見事な銀糸の髪は腰に届き、白い肌は瑞々しい。
 整った顔立ちに清んだ黒い瞳は、幼いが素直に美人だと評価できる。だがそれと同時に冷たい印象を受けるのは、抑揚の無い平坦な声と感情が顔に表れないせいだろう。
 その少女は真顔で希望を述べる。
「服を脱いでもいいだろうか?」
「却下」
 言い終わる前に即答すると少女の顔に始めて感情が表れた。
「むぅ」
 不満顔で困ったように唸る。
 今着ているのは少女のサイズに合わせた黒い団服だった。少女は着苦しそうに第一ボタンを外す。
 その仕草に指を完全に止めて大きく溜息を吐く。
「あのなぁ、ロキ。(イヌ)のままだとタイピングが難しいって言うから、わざわざ魔力供給までして人型にしてんだぞ? なんで服を脱ぐ必要がある?」
 肉球でキーボードをタイプしている姿は微笑ましいかもしれないが、能率を考えると気が滅入る。
「それこそ『何で?』だ、マスター。五指だとタイプするのに効率が良いだけであって別に服は必要ないであろう? 体温調節は力場で出来るし、何より慣れぬ」
 そりゃま、そうでしょうとも。一度も服なんて着せたこと無いんだから。そもそも狼に服は必要無い。
 しかし、だからと言って希望を聞くわけにもいかず。
「服を着るのは人間の文化と尊厳だ。慣れろ」
「使い魔に人間の文化と尊厳を求められても困る」
 ヤレヤレと尊大に―――見ようによってはジジ臭く―――溜息を吐く。
「では譲歩案として、もっと布地の少ないものにしてくれ」
「なんで主人(マスター)が使い魔に譲歩せにゃならないんだ? ―――戦闘になったら編み込まれた防護陣が衝撃緩和の役割を果たしてくれるんだから今から着慣れとけ」
「・・・・・・了解した」
 そう言って不満顔のままタイピング作業にロキは戻る。
 そんな遣り取りに苦笑をして自分も向き直る。
「スザク」
『イエス、マスター』
「作業終了予定時刻に変更は?」
『作業終了予定時刻に変更はありません。作業に若干の遅れが見られますが誤差許容範囲内です』
「ん。何か問題は?」
『特に』
「そうか。この機体について何か分った事はあるか?」
『御座いません。経歴に関するほぼ全てのデータが抹消済み。サルベージも不可能です』
「―――分った。引き続き調整のアシストを頼む」
『了解』
 スザクを消した後で、先程とは違う種類の溜息を吐く。
 そして大量のウィンドウの中に埋まっていた一枚を最前列に表示させる。

『ENX−000/ゼノン・アーキタイプ』
『開発責任者:KANZAKI』

 何度も見直した内容。変わっている箇所など無い。
 気になる点といえば型式の数字が二桁から三桁に変更されている点くらいだ。

 もう一度深い溜息を吐く。
 それは気苦労の絶えない者の吐く溜息だった。



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