3-13

 石段の最上段に腰掛け、赤く染まった町を見下ろす。
 ここから見える景色は平和その物で、戦いの準備をしている自分達は本当に
「異質だよなぁ」
 吐いた息と同じだけの空気を胸に満たす。
 半日ぶりの外の空気は春らしい温かみが残っていた。
 新緑と花の匂いが混じり合った独特の甘味に、脳が溶けていく様な不吉な錯覚を薄く笑う。

 大体やり方はわかったとロキに言われ、コックピットから追い出された。
 病み上がりだから体調を整えておけと、レージに格納庫からも追い出された。
 僅かに疎外感を感じてしまう自分は多分アホだ。
 能力の優秀さは折り紙つきの一人と一匹。性格に両方難は有るが任せておいて問題ないだろう。
 どれだけ周到に準備をしていても、実際に動かしてみないと分からない事は山ほどある。
「もう少し時間があればなぁ・・・・・・」
 沈みゆく夕日を眺めながら、ぼやく様に呟き嘆息を漏らす。
 昼を過ぎた辺りから、左手の甲がチリチリと焼けるような痛みを伝えだしていた。
 赤い機体が一機、異世界から紛れ込んだだけ。
 本来ならそれだけのハズ。
 だが世界はそれに危機感を募らせ続けている。
「それだけあの“核”が厄介って事か・・・・・・」
 どうしたもんかなぁと緊張感に欠ける緩い思考を回転させる。
 あの機体と対峙する準備は整いつつあるが、停める手立てを実は誰も知らない事にレージ達は気付いているだろうか?
「気付いてたら機体の整備なんてやってないよなぁ」
 停めるのが無理なら自分達の世界に尻尾を巻いて逃げ帰った方が利口だ。無論帰る方法があるのかという問題にはぶつかるだろうが。
 もう一つの可能性をあえて口にする。
「もしくは気付かないフリをしているだけか、か」
 状況は割と絶望っぽいのだが、人間働く為には動機(りゆう)が必要だ。
 お先真っ暗よりは、希望に縋れる方が幾らかはマシだろう。
 そしてそれを愚かだと哂う気にはなれない。
「―――」
 町が夕闇に沈んでいく。
 春の匂いが一段と濃くなる。
 月が薄く姿を表し、天に浮かぶ。
 それを確認してから視線を石段の下に向ける。
 そこに友人が居場所をしらせるよう手を振っていた。
 片手を挙げてそれに応え、立ち上がりズボンに付いた砂を払う。
「はぁ。俺、痛いのって嫌いなんだけどなぁ」
 呟きを聞いたものは居らず、独白は風に紛れて霧散した。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 黒い軍服を着ているこちらを一目見て、友人は容赦無いツッコミを入れてくる。
「なにその格好? コスプレ?」
 第一声と共に、冷ややかな視線を浴びる。
 しかし残念ながらヒロスケでは無いので悦んだりしたりしない。
「深く追求するの禁止。―――ちょっと変わった制服と解釈してくれると有難い」
 何か言いたげな顔をしたが結局は言及せず、話題を変える。
「んで、アタシだけ呼び出した理由は何?」
 友好的とは言い難い口調を気にする事無く、しれっと用件を伝える。
「いやぁ、布石を打っておこうかと思って」
 へらっと笑うとエンは目を細め、さっきとは別種の冷ややかな視線を向けてくる。
「どうせまた碌でも無い理由でしょ? ちゃんと説明する気が無いなら手は貸さないし、帰るわよ?」
 朝方の遣り取りをまだ根に持っているらしい。
「うわぁ、そりゃまた厳しいなぁ」
 おどけて言うとエンは踵を返して去ろうとする。
 彼女の容赦無い所は、ココで引き止めないと本気(マジ)で帰ってしまう所だ。仮にも友人なのだからおまけ位して欲しいと思うし、見逃してくれても良いと思う。
(でもまぁ、そういう所がエンらしいと言えば『らしい』かな?)
 友人であったとしも大目に見たりはしない、その公正さは。いつか後悔を生み、それでもその想いを貫くことができるなら、きっと誰かの助けになるだろう。
 そんな自分の思考に苦笑して、距離の空いたエンの背中に声を掛ける。
「ぶっちゃけて言えば現状、勝算は低い」
 最初からそのつもりだったのか、それとも話に興味を持ったからか、歩みが止まる。
「だから少しでも勝算を上げるために布石を打っておきたいんだ。もしこれが成功すれば問題の7割は解決する」
 背を向けたまま間を置いて、振り返り怪訝そうに問う。
「―――言っとくけどアタシ、一般人よ?」
「知ってるよ?」
「役に立つ要素が思い浮かばないんだけど・・・・・・」
 困惑した表情で言葉尻がすぼんでいく。
 強気かと思えば一転して弱気になったエンを見て、笑い出しそうになるのを何とか堪える。
「大丈夫、大した事じゃないから。保険みたいなもんで上手くいくかどうかは運次第。だからまぁ―――軽い気持ちで手を貸してくれればいい。そしたら感謝の一つでもするよ」
 エンは浅く息を吐いてから問う。
「・・・・・・具体的に何をさせるつもり?」
「ああ、名前を借りようと思って」
「名前?」
「そ、名前。―――『円』は力の循環を。そして『縁』に通じる道を」
「・・・・・・何それ? 駄洒落?」
 小さく笑って答える。
「んー、まぁそんな感じかな? 要するにイメージを喚起する為の要因と、事象許容法則の補強を担ってもらう」
「そんなやり方、アタシ知らないわよ?」
「問題なし。立っとくだけだから」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 石段の途中から道を外れ、林を抜ける。
 その先で開けた平地に出た。
 そこで、人を呼び出した本人はさっきから地面にせっせと何かを書いている。

 薄暗くなった人気の無い場所に年頃の男女が二人っきり。
 良識ある大人から見れば、あまり褒められた状況ではないことは理解している。
 だがこの男に関して言えばその辺は信頼しても良いと思っていた。
 同年代の異性三人に囲まれて暮らしていたにも係わらず、何事も起こしていないらしいのは無駄に貞操観念が強いからなのか、ナルシストか、ゲイかの何れかだ。
(ああ、ヘタレという線もあったわね)
 一番濃厚な線に面白味の無い奴と、内心で思う。そうすればからかうネタの一つでも出来るのに。
 まぁ、からかった所で『だから?』とか眉一つ動かさず聞き返してくる顔がリアルに浮かんでくるのだけれども。

 良くも悪くも『友人』だろう。
 奇妙な関係とも言える。
 男女の間に友情が成立するかどうかは知らないが、少なくともそんな御大層な関係では無いとアタシは思っている。
 異性として見られていないとかそう言った話ではなく、ただ単純に目の前の人物が『ヒトとして好感が持てるかどうか』がこの男の判断基準でしかないからだ。
 だから、それ以上の関係に発展しない。

 感情の振り幅と同様に、人に対する認識も同程度。
 ヒロスケの言葉を借りるなら『枯れている』だ。
 アタシに言わせればそれは多分―――孤独なのだろう。
 相対的にではなく、もっと、ずっと絶対的な部分で。

 ヒロスケにも似た所があるような気がする。
 アレの愛想の良さは、きっとその裏返し。
 そしてシュウはそれすら必要ないと黙している。
 『愛情』と言うものを知らないわけでもなく、理解出来ないわけでもなく。
 ただ単純に静観しているだけ。
 否定もしないし、肯定もしない。
 自分に向けられるそれを綽々(しゃくしゃく)と受け流している。
 そういったモノを流し込むキャパシティが極端に少ないせいだろうか?

 淡白なくせにイイ性格をしている。いっそ憎らしい。
 それでも半年前の事件から少しずつ変化の兆しが見えてきている。
 推測の域を出ないが、それは本人にとって良い事なのだろう。
 変えたのは多分、双子の姉妹で。アタシ達には、否アタシには出来なかった事だ。―――もっとも変わろうが変わらまいが、どうでも良かったし、元々変える気も無かったのだけれど。

 でもほんの少し。本当に少しだけ。変わりつつある友人に。
 アタシは確かに寂しさを覚えてしまったのだ。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 地面に何かを書き終えたシュウが腰を伸ばす。
 何を真剣に書いていたのかと思えば
「『魔法陣』ってやつ?」
「そう」
 大きい円と小さい円。
 大きい方は直系10mくらい。対して小さい方は1mくらいとかなり開きがある。
 何の器具も使わず綺麗な円を書いているが、中にはゴチャゴチャと訳の分からない幾何学模様が書かれていた。
「ココに立って」
 言われた通り、指示された小さい方の円の真ん中に立つ。
「・・・・・・なんか生贄みたい」
「人を何だと思ってんだ?」
 呆れた顔をシュウはするが、そういう風に見えてしまったんだから仕方ない。
「で、これから何するの?」
 んーと唸ってから
「―――召喚?」
「・・・・・・馬鹿にしてる?」
「いや、至って本気」
 今度はこっちが変な顔をする破目になった。
「シュウってオカルトに興味あったっけ?」
「人並みにはあると思うけど、然程熱心ではないね」
 自分の事でありながら、口調はどこか他人事だった。
「じゃぁ、何なのよ? コレは?」
「いや、だから召喚陣。―――まぁ、見てなって」
 不敵に笑い、大きい方の円に体を向け
「あ、」
 何かを思い出したのか再び向き直る。
「何よ?」
「注意事項。絶対この円の中から出ない事。オッケー?」
 そう言って足元を見る。
「シュウは? アンタは外に出てるわよ?」
 アタシは円の中に立っているが、シュウは円の外に立っている。
 シュウは嫌そうな顔を作る。
「結界の維持って割と複雑なんだよね。召喚しながらだと一人分で手一杯」

 それは、つまり、―――何を意味する?

 深く考えるより早く、シュウが口を開いた。
「手」
「て?」
「御手を拝借してもよろしいでしょうか?」
 にっこりと。見るからに作った笑みで、恭しく右手を差し出してくる。
 怪訝に思いながら、その手にゆっくりと自分の手を重ねる。
「―――ありがとう」
 その声に、一瞬聞き惚れそうになった。柔らかで穏やかな優しい笑みと共に。
 でもどこか憂いと一抹の寂しさを含んだ笑みは、一転して真剣な表情へと切り替わる。
「スザク」
 シュウの右側面に突如、緑色をした半透明の板のような物が現れ、そこから声が響く。
『イエス、マスター』
「PRS起動」
『PRS ver.1.37 起動、承認』
 一秒にも満たない無言の時間。
『起動、完了』
「全封印の即時開放を要請」
『全封印の即時開放の要請を確認。―――確認しました』
 それにシュウは小さく頷き、左手を地面に対して水平に掲げる。
「其が叡智(えいち)、我が身に宿り、我の道を示す導となれ」
 宣言と同時、シュウを中心に風が吹き込む。
「共に創めよう」
 強風に目を細める。その中で(うた)が聞こえた。
「共に歩もう」
 感情を込めずに(うた)われる詩は。
「共に生きよう」
 今この瞬間を映していない、もっとずっと遠くを映す瞳は。
「そして共に滅びよう」
 何故、胸が締め付けられるような痛みを覚えるのか?

 風が止み、代わりにシュウの左手の甲が薄く輝きだす。
「聖域たる守護を以って、悪意より庇護せし結界となれ―――テイク・サンクチュアリ!!」
 足元の円が白く輝く。こちらに顔を向けたシュウはそれを確認して顔を綻ばせる。
 だがそれも一瞬。
 厳しい顔で空を見上げる。満月に近い、だが確かに欠けた月が浮かぶ空を。
「黒鎖郷失、展開」
『黒鎖郷失は破損状態にあり展開は不可能です。修復(リカバリ)プログラムを実行しますか? Y/N』
「Yes」
『了解、修復プログラム、ラン。―――修復プログラムを実行中』
 宙に浮いていた緑色の板に円グラフが表示され、それがすぐに100を示す。
『黒鎖郷失の修復が完了しました。このまま展開しますか? Y/N』
「No 黒鎖郷失の削除を要請」
『了解、黒鎖郷失を削除(デリート)します。次回、展開する場合は再設置(インストール)を実行してください』
 今度は左手を正面、大きい方の円に向ける。
「我、此処に契約を告げる」
 足元の円とは対照的に赤く輝き始める大円。
「星海より来たれ、我が眷属」
 言葉を紡ぐ度に光は大きく輝き、辺りを照らす。
「我は其が真名を()る者」
 放電現象が頻発し、空気を焼く。
「其は我が願いを叶える者」
 その音の中に在って彼の声は淀み無く続く。
「我が呼び声に―――応えろ!! エターナル!!」
 宣言が終わると同時に穏やかだった赤が、禍々しいモノに変わる。
「ぐっ!?」
 シュウの顔が痛みを堪えるように歪む。
 安否を尋ねようと口を開き、噤む。彼の集中を乱すのは良くないと理性が囁く。だが―――
(ちょっと!?)
 悲鳴を上げそうになったのを既んで所で抑えた。
 明らかに服の色とは違う黒い染みが全身に広がっていく。
 その正体が血であることに気付き、恐れ、止めようと手を払おうとして、出来なかった。
 痛いほどに握られた手は、彼が止まる事を拒んでいる。
 止めるべきか、続けさせるべきか。
 判断する為の材料が自身の内に無い。だから止める者はおらず、彼の傷は増していく。
 そんな中で浮き上がってくる存在があった。



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