3-15

 助けてと声が聞こえる。
 救いを焦がれるような悲しい声。
 故郷を想いながら帰る事は出来ず、自由を求めながら叶う事は無い。
 永い時間、閉じ込められた彼女の心はもう限界が近い。

(彼女?)

 意識か、記憶か、感情か。自分のどこかが、疑問を得るも一瞬で流され、そして消えていく。

 彼女は今、自由に動ける体を得た。
 だがその本質は未だ檻の中。
 だから彷徨っている。
 泣いていている。
 絶望している。

 異郷であるこの世界は、余計に彼女の心を弱らせてしまう。
 だから、早く。
 一秒でもいい。一瞬でもいい。

 早く彼女を助けて上げて。

 そうしないとこの世界は壊れてしまう。
 永い間、溜め続けた想いは膨大な怨嗟の念となり星の全てを包んでしまう。

 そうなれば、もう間に合わない。
 あの時と比べものにならない災禍は、やがて世界の全てを無に還す。

(あの時?)

 そうなる前に助けて上げて。

 例え、その代価に―――貴方の命が必要だったとしても。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 闇の中で目を覚ます。
 スッキリしない頭で、とりあえず身を起こす。
(なんか・・・・・・何だっけ?)
 何か夢を見た気がするが、どうもその内容が思い出せない。
 そして夢の中で何か重大な事に気付いたような気がするのだがイマイチはっきりしない。
 そもそも何を重大だと思ったのかさえ判然としない。
 つまり、思い出す必要の無い内容だったんだなと、鈍い回転の頭で結論付けて布団から抜け出す。

 枕元に準備されていた着替えに袖を通し、畳の上に再度寝転ぶ。
 仰向けで大の字になってウィンドウを展開。日付と時間を確認して目を閉じる。
(あー、失敗しちまったなぁ)
 ある程度覚悟していた結果とは言え、地味に凹む。
 むしろ失敗する公算の方が元から大きかった。それを補う為にエンの力を借りた訳だが、チト生臭過ぎたか。
 普段あまり意識はしてないが
(女の子だもんねー)
 流石に流血表現はきつ過ぎたか。モザイクが入るように設定をいじっておけばよかったかなとちょっと反省。
 もし次の機会があったら、もう少し考えよう。

 無駄に消費してしまった魔力は、どうやらロキのとは別に補給してくれたらしい。
 実は補給してくれるんじゃないかなと期待したりしていなかったり。
(あ、期待って言っても他意は無いよ? 戦略的に見ての話ね?)
 でないとあんな暴挙に出るのは無理だ。
 誰に向けたのか不明な言い訳。
 思考は蕩々と流れる。
(もし下手に意識があったら赤面ものだしねー)
 そこだけは意識が飛んでて良かったと素直に思う。あとは義母が、含みのある言動を取らないことを願うばかりだ。
 体の傷の方はあまり考えたくない。元々傷を負っていたのに無茶をしたのだ。一応治療はしてくれているようだが、短期間での完治は不可能だろう。
(参ったなぁ、どうしようかなぁ)
 最善と思われる行動を取った。ただそれに結果が伴わなかっただけ。
 別に悲嘆する要素は無い。
 ただ一つ想定外だったのは
(エン、怒ってたなぁ)
 あの瞳はかなり来てた。もうちょっと事前説明をしっかりしておくべきだったかもしれない。だが残念ながら後の祭りだ。
(ヤバイなぁ、どうしよう)
 さっきよりも余程深刻に悩む。
 ここは貢ぐなり何なりして、機嫌を直してもらえるよう努めるしかないだろう。

 他にも悩みの種は尽きないのだがこうしていても始まらない。
 起き上がって廊下に出る。

 日の出前にも係わらず既に外は明るかった。
 冷えた空気を吸い込み、意識を正す。
 今日、これからが山場だなと冷静に思う。

 もし失敗したらこの星が滅びるだけで、事は終わらないだろう。
 均衡の崩れた星間で共鳴崩壊が起きかねない。
 そんなスケールの大きさに笑いがこみ上げる。
 現実感云々の話では無く、なぜこんな無駄に壮大な予測が立つのかといえば、ラシルからの入れ知恵であることは明白だった。
「参ったねー」
 事の重大さを分かっていない暢気さで呟く。

 共鳴崩壊を防ぐ為にもラシルからの全面的なバックアップが入るだろうが長丁場になるんだろうなと、ウンザリ思考で廊下を歩く。
 目指すは地下への入り口。
 傷が熱を持っていない事を確認しつつ白い階段を下る。
 短くはない通路を歩き、鉄扉の前で足を止めた。
 昨日の内に登録しておいた掌紋を、センサーに読み取らせる。
 重い扉がゆっくりと開く。
 その先に、昨日と変わらず一体の魔想機が待ち受けていた。
 キャットウォークの上を歩き、機体の正面に立つ。
 FAUを装備した魔想機は胸部装甲と、両腕に武装が追加され余計、肉厚に見える。
「・・・・・・ダッセー」
 軽く笑い、機体を見上げる。
 相変わらず愛想の悪い面構えだなと、独り言ちる。
「でも、ま、今日は一つ宜しく頼んます」
 二礼二拍手一礼。
 特にその動作に深い意味が在るわけではなく、なんとなくそんな気分。
 死ぬとしたら多分一緒だろうから、これくらいしてもバチは当たらないだろうと身勝手に釈明。
「さてと」
 コックピットのハッチを開いてシートに体を預ける。
 癖で起動スイッチを押そうとして起動キーが必要だったことを思い出す。
「あ゛ー」
 しまったなーと一瞬途方に暮れそうになる。これからまた来た道を帰らなければならないのは客観的に見てかなり間抜けだ。
 そこへ音も無く自分の影が撓み膨らむ。その中から銀髪の少女が現れた。
 手には起動キーが握られている。
「お、サンキュ。気が利くね」
 鍵を受け取ろうと手を延ばす―――がその手は鍵を掴む直前で空を切った。
「・・・・・・何しやがる?」
 やや険の混じる声で尋ねるも少女は無表情で、鍵を渡さないよう腕を引いている。
 逆に感情の籠らぬ声で問い返してきた。
「一つだけはっきりさせておきたい。マスターは死にたいのか?」
「・・・・・・はぁ?」
 眉を寄せ素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。そして問われた意味を考える。
(俺ってそんなに死にたがってるように見えんのか?)
 他者からの視線に(にわ)かに不安を覚える。

 半年前に、生き長らえてみるのもいいかなーと思った。もうちょっと頑張ってみよっかなーとか、そんな感じ。
 思っただけで何が変わった訳でもないが、とりあえず思ったのは事実だ。
 だから多分、死にたがってなどいない。
 他者から見て危険な真似をしているように見えるかもしれないが、勝算ゼロの負け戦ではないのだ。だったらより低リスクを選択する方が賢明(クレバー)だろう。
 昨日の召喚儀式だって成功していれば最終的な勝算はグッと上がるわけで、言わば先行投資だ。命まで賭けようなどとは端から思っちゃいない。

「俺はこの世界の命運とヒト一人の命なら、ヒト一人の命の方が本気で重要だと思う位、人命尊重主義者ですよ? ―――自分限定で」

 他の人間がやる分には構わない。
 とりあえず、ありがとう。明日には忘れると思いますが感謝します。君の尊い犠牲は無駄にしません。俺は君の分まで生を謳歌します。
 多分、こんな感じ。
 改めて自分の碌でなし体質を確認して満足に浸る。
 だが自分がするとなると話は別だ。

 少女は判断に困ったように顔を歪める。
「では本当に死ぬ気は無いんだな?」
 溜息混じりで答える。
「くどいなぁ。なんで過去の人間の尻拭いにヤル気出さなきゃいけないんだ?」
 答えに渋々といった感じで少女は鍵を差し出す。
 それを無言で受け取り、鍵を差し込む。
「んで、ロキはどうする? 一応聞くが、留守番でもしてるか?」
 起動モードの選択画面が表示されたウィンドウに目を遣りながら尋ねる。
「行くに決まっているだろう、マスター」
 然も当然とした言葉。
「そうか。じゃ座れ」
 ロキは無言で頷き、後に回り副座に腰を下ろす。
 それを確認してから、起動モードに一括でチェックを入れ機体に熱を通す。
 コックピットハッチが閉鎖され、ジェネレーターが低く唸る。
 内部壁面に方眼模様が浮かび、ブロック毎に区切られていく。外部光学映像も同時に映し出され、自分が宙に座っているかのような錯覚に陥る。
 正面に多重展開されたウィンドウが異常の有無をチェックし、それが天球軌道上に流れ、さらには広がっていく。

『メインジェネレーター: Möbius-Fläche 異常無し。』
『サブジェネレーター: Ouroboros-Circle 異常無し。』
『重力結界サブシステム、オンライン。』
『操者力場とEBS、リンケージ。』
『駆動式、展開―――完了。』
『フェイクフィールド、形成確認。』
『イミテーションシールド、安定化。』
『ドレスコード、アクティベート。』

 チェックが完了し全てのウィンドウが一旦閉じられる。
 最後に一枚。異常が無い事を告げるメッセージが浮かぶ。

『全システムオールグリーン。』

 数百年ぶりの起動はなんの問題もなく果たされた。
 それに安堵する事も無く、今度は管制システムにアクセスをかける。
 機体がカタパルトに固定され、向かう方角、距離に合わせて射出口が開放される。

「機体射出15秒後にFSCPとドッキングできるように調整してくれ」
「了解、第二カタパルトからFSCPを射出させる」
 ロキの言葉に首肯する。

 両手に力を込めクリスタル・インターフェースを強く握り込む。
 機体が自分のイメージ通りに反応する事を確認して告げる。

「征こう。世界はまだ、滅びを望んじゃいない」



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