3-18

 二人で弁当の中を空にしてからブリーフィングに入る。
「向かう方角に規則性が無いな」
 後部座席に戻ったロキが、ウィンドウに浮かんだ地図を見て呟く。
 地図にはこれまでのグレンの交戦地点と移動方向がマークされていた。
 最初に学校に現れてから北東に向かい、それから南南東に移動。
 中途半端に洋上で方角が変わっているのは、大障壁にぶつかったからだろうと推測できる。
 そして今はどうやら西へ向かっているらしい。
「エネルギーがほぼ無尽蔵とは言え無駄な移動が多いな。何が目的だ?」
 独り言の様な疑問。それに
「帰りたいんだろ?」
 答えを期待していなかったからか、続くロキの声音に驚の色が混じった。
「? どこに?」
「あっちの世界に」
 短い返答に後ろに座るロキが絶句したのが分る。
「―――だがそれは」
 不可能だ。
 否、厳密に言えば不可能ではない。
 それこそ半年前にそれを遣って退けた。
 ただ、それを実行するには余りに制約が多い。
 あちら側からどうやってこちら側に来たのかは知らないが、その辺に関してはこちらの側の方が余程精密で繊細、尚且つ融通が利かないように出来ている。
 (ゲート)を無理矢理抉じ開けるような力技はこちらでは通用しないのだ。
 むしろ天体(ほし)の運行を無視して門を開く力にこそ、危惧すべき事なのかもしれない。

 気が滅入りそうになる思考は、しかし接近警告音に遮られた。
「ん? 接敵まで、まだ時間はあるはずだが?」
「この国の軍だ」
 ウィンドウを素早く確認し答えたロキに、怪訝な声を返す。
「・・・・・・はぁ?」
 ウィンドウを同じように確認すると航空機が三機、こちらに向かって接近していた。
 敵性かどうか判断を下していない為、地図に浮かぶ飛行機のシンボルマークは黄色で表示されている。
「完全な見落としだな。どうやら舞台に上がりたい役者は我々だけではないようだ」
「・・・・・・いい迷惑」
 変われるものなら変わってやりたいと無責任に思う。
「マスター、どうする?」
隠密(ステルス)航空は―――無理か」
「ウム。元が旧い機体だし、そもそも陸戦型だ。しかも軽量化の為にそういった類の装置も外してしまっている」
「ですよねー」
 溜息。
「しょうがない。可及的速やかに御退場願おう」
 グレンとの戦闘中に乱入されても邪魔だし。
 そうと決まれば行動は早い。ジェネレーターの出力を徐々に上昇させていく。
「索敵範囲を拡大しろ。この空域に三機だけってのは変だ。恐らく艦載機。どこかに母艦がいるはずだ」
「了解。索敵範囲拡大」
 地図の縮尺が変更され、より広範囲表示へと切り替わる。
「索敵完了。11時方向に母艦と思わしき艦影を捕捉」
 ちょうど自機とグレンの中間くらい、船団を組んでこちらに向かって航行している。
「こっちに狙いを付けたか・・・・・・」
 面倒ではある。
 だが厄介というほどではない。それに下手にグレンの方に向かわれるより、人命が減るリスクは低い。
「さてこういう場合、正当防衛は主張できるかな?」
 武装の最終チェックを行いながらロキが呆れた声で尋ねる。
「対話で解決するという選択肢は無いのか、マスター?」
「交渉にはカードが必要だよ。そして一番分かり易いカードは―――力だ」
 時間があれば、議論を交わした末の結末もあるだろう。
 だが、今は決定的に時間が足りない。
 ならば自ずと行動は限られてくる。

「六袈閃、起動」
 命じれば意のままに鋼は応える。
「1、2、4、5番射出」
 機体の両腕に装備された戦輪(チャクラム)が息吹を上げる。
 片腕から二つ、計四つの輪が自立飛行で自機の回りに浮く。
「ロキ、制御は任せた」
「了解」
 緊張を潜ませた声に、けれど何も言わない。
 自称有能な使い魔は、こちらの期待に応えてくれるという信頼がある。
 ふと、
「そういえば一機、幾らくらいかねぇ? 血税が無駄になるのは心が痛むヨ」
「だったら―――」
「世の中、無駄になることを喜ぶ人間ってのは少なからず存在するさ」
 遮るように重ねた言葉にロキは押し黙る。
「来るぞ」
 正面、距離が200を切った所でいきなり発砲してきた。
 射線軸からずれた射撃は回避する事も無く外れる。
「威嚇射撃とは言え、いつから警告も無しに発砲するような野蛮な国になったのかね?」
 多分、ここ二、三日の間だと信じたい。
 すれ違いは一瞬で終わり、だが戦闘は続行される。
 すぐに旋回した機に、後ろを取られた。
「どうする? マスター」
 尋ねてくるロキを無視して通信回線を開く。
「敵戦闘機に告げる。こちらに敵対する意思は無い。速やかにこの空域から離脱しろ」
 これで素直に退いてくれれば万々歳だがそう上手く運ぶわけも無く―――
『所属不明機は我が国の領空を侵している。所属国を明らかにし、直ちに武装解除後、我々の指示に従いなさい。その意思が見受けられない場合は実力を持ってこれを行使する』
「断る」
『なっ!?』
 一体何を驚いてるんだろーか?
 驚きたいのはむしろこっちだ。そんなお役所的口上に従う奴が、世の中に何人居ると思っているんだろう?
「そちらの警告は理解した。だが誠に遺憾ながらその指示に従う事は出来ない。またこれ以上、本機の邪魔をするならそちらの身の安全は保証しない。―――繰り返す、速やかにこの空域から離脱しろ」
 言うだけ言って回線を閉じる。
 追従を振り切るようにFSCPの巡航速度を上げる。
 それでも離脱する様子は見受けられない。
「・・・・・・当たり前ですよネー」
 落胆の溜息一つ。
「進路は現状を維持。警告に従わない後のは墜とす」
「了解」
「くれぐれもコックピットには当てるなよ」
「分っている」
 戦輪が散開する。
 高速で後に流れていく四つの戦輪。
「まず一機」
 反応し切れなかった艦載機が、片翼を切断され堕ちていく。
 更に
「もう一機」
 回避の為に姿勢を崩した機を輪切りに。
「ラスト」
 残り二つの戦輪が最後の一機に襲い掛かる。
 振り返って戦果を確認する事も無く先を急ぐ。
 戦輪を機体の腕に収納したロキがウィンドウを確認。
「ウム、力場(フィールド)反応は健在。どうやらパイロットはちゃんと脱出出来たようだ」
「―――そうか」
「? どうした、マスター?」
 テンポの一瞬遅れた反応にロキは怪訝な声で尋ねる。
「ん? ああ、まぁ、ただの感傷だ。気にするな」

 戦闘は常に命を奪う危険を孕んでいる。
 そこに己の意思は関係無い。
 相手を殺さないように細心の注意を払っても、死ぬ奴は死ぬし、殺すときは殺す。
 力無き者は淘汰される。それが戦場。
 若しくは『運』という、訳の分からない要素に左右されて生き残る。それも戦場。

 殺すのが嫌なら戦場に出なければいい。
 簡単な話だ。
 殺されるのが嫌なら戦場に出なければいい。
 単純な話だ。
 そうすれば平穏に生きていける。
 そうであれば安穏に暮らしていける。

 望んで埋もれようとした日常。
 憧憬にも似た退屈な日々。
 それらを否定してココに座している。
 だから今更、心に痛みを覚える必要は、無い。
 故にただの感傷。
 それ以上の事を思う必要も無く、意義も無く、意味も無い。
 覚悟と決意をもって此処に居るのなら、せめてその想いに殉ずるだけの『何か』を示さなければ嘘になる。

 何を願い、何に祈り、何を望んだのか。
 何を呪い、何に嘆き、何を憎んだのか。
 沢山の人の想いを背負い、託され、此処に居る自分は何をすべきなのか。

 それさえ理解できていれば、それでいい。
 他に何を想う必要がある?

 自問に対する回答は
「―――」
 在って、無い。
 それは寂しいというよりも、もっと虚しい。
 心の間隙を縫うように沁みる空虚さに、目を凝らすほど活力を奪われていく。
 だから何も感じず、考えず、感情を空にして機械的に思考を埋める。
 唯一、怒りだけを裡に残して。
 消しても消えぬ昏い灯が、奪われた活力を回復させる。
 脳裏に浮かんだのは―――

(ああ、やっぱ人間ムカつきって大切だわ)
 イカれた人間の、正当な手段。
 それは正しい人間の、間違った手法。
 そう理解してなお、正す気にならないのは根本的にイカれているから。
 飲まれない程度に狂気を飼う。
 飼い慣らすことの出来ぬ凶暴な獣。
 だが使い方を誤らなければ、今のように使い道はある。
 その均衡が崩れた時―――狂気に飲まれてしまった時、恐らく自我が消滅する。
 そして磨耗し衰えた精神では、強暴な獣を飼い続けるのは難しい。
 そうなった時は義父が型を付けてくれる約束だ。
(だから、まぁ、心配はしなくていいか・・・・・・)
 苦笑して安堵する。
 多分、それは世界にとって幸せなのだと。



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