3-19

 眼下に広がる海原に戦艦が隊を為して浮かんでいるのが、肉眼で判別できる。
「さて、どうしましょうかね?」
 このまま突っ切るのが簡単でお手軽なのだが。
「グレンとの戦闘中に乱入されると面倒なんだよなー」
 すでにスクランブルは掛かっており、レーダーに映る敵の数は増え続けている。
 義父の顔を立てる為にも、なるべく穏便に済ませたい所だ。
「無人機を含め十二機も撃墜しておいてか? 今更ではないか?」
「こっちの実力を見せつけるにはちょうどいいだろ?」
「フム?」
 そういうものなのか? とロキは首を捻る。
「これで指揮官が有能だとありがたいんだけどね・・・・・・」
 呟きにロキは頭の上に疑問符を浮かべる。
「なぜ有能だとありがたいのだ? 無能のほうが攻略は容易いであろう?」
「有能ってのは、つまり柔軟性にも富むってことだ。すでに交戦済みのグレンとの戦闘結果とを鑑みて、勝ち目が薄いことを理解してくれてれば上手くいけば説得で退かせられる」
 これが無能な指揮官だとそうはいかない。
 一番始末が悪いのは馬鹿な上官だ。部下の命を軽んじて特攻命令を出してきたら目も当てられない。
「なるほど。で、指揮官は有能そうか?」
「データだけじゃ分かんねぇな」
 言って一つのウィンドウに目を遣る。
 ラシルを経由してハッキングしたデータには四十位の男の顔写真と共に経歴が添えられている。
 その経歴も実に簡素なものだった。
 華々しい戦果もなければ、目立った問題行為もない。
 淡々と階級を上げていく。
 昇進するスピードは少し速いかもしれないが、裏があるようには見えない。
「なるほど分からんな」
「だろ?」
 艦隊を率いている人間が無能だとは思いたくないが、派閥やコネの関係もあるだろう。世渡りの上手い人間が、同等に指揮するのが得意なわけではない。
 なまじそっちの方面に特化していると他が並か、疎かになっている場合もある。
 必ずしも有能な人間が上に立つわけではないのはどこの軍も同じだ。
 上の上の更に上が、一体どこまで人事を考えているのか。
 己の利権か。それとも全体の発展か。
 どうなんだろうなと思いつつ、通信回線を開く。
「あー、こちら正体不明機。聞こえてますか? どうぞ」
 ホワイト・ノイズの後に返答があった。それは他を圧倒するようなテンション低めで憮然とした男の声で
『・・・・・・聞こえている』
 既に通信帯域は調査済みだから、これで返答が無ければ問答無用で実力行使だったわけだけが。さらに蛇足で暗号回線まで調べ尽くしてある。
(この辺、ラシルのバックアップがあると楽だよなぁ)
 等と暢気な考えをおくびにも出さず、朗らかな声で返す。
「うん。それは何より」
 そして相手の神経を逆撫でするように高圧的な声で告げる。
「既に伝わっているかもしれないが、再度警告させてもらう。―――こちらに敵対する意思は無い。そして無用な戦闘も望んでいない。大人しく道を開けろ」
『断る』
 簡潔で躊躇いの無い答えが一瞬で返ってきた。
「負けないとでも思っているのか? それとも死にたいのか?」
 揶揄する口調に、けれど相手は冷静に応じる。
『どちらも違う。貴様が我が国の領空を侵しているのを見過ごすわけにはいかん。それだけだ』
「愛国心万歳ってとこ? アンタ、誇りの為に死ねる人?」
『時と場合によるが、死にたくは無い』
 少しだけ声が和らぐがすぐに戻る。
『だがこれも仕事だ。そしてここで仕事を破棄した結果、国民の命が脅威に曝される可能性があるなら、退くわけにはいかん』
「その為に部下が死ぬことになっても?」
『―――』
 ここで初めて沈黙が返る。僅かな逡巡のあと
『ああ、そうだ』
 その決断が重いものと知って、そう答えるか。
(ああ、参ったな)
 気が重い。
 何が正しくて、何が間違っているのかを知る人だ。
 そしてその中で痛みを伴ってでも、最善を選ぶ強い人だ。
 善良でも無ければ、偽悪でもなく、聖人でもなければ極悪人でもない。
 ただ己が出来うる範囲で最良の道を。
 出切れば戦いたくは無い。けれど退く事も無いだろう。
 強引に力で捩じ伏せる事は可能だ。しかし感情はそれを拒む。
「こちらに敵対の意思は無い」
『何を持ってそれを信じろと?』
「言葉を信じてもらうしかない」
『そんなものを信じる軍人がどこにいる?』
 もっともな話だ。自分が同じ立場ならそう言うだろう。
 それでも―――
『まずはそちらの所属、目的を明らかにし、一度投降しろ。悪いようにはしない』
「それじゃぁ間に合わない」
『なんの時間だ?』
「無駄な事はしない主義だ」
『? どういう意味だ?』
「信じて貰えない与太話を語るのは趣味じゃない」

 言って信じるだろうか?
 これから世界を滅びから救いに行きます、なんて嘘臭い言葉を。
 自分なら相手の正気をまず疑う。

 時間は過ぎる。
 距離は縮まる。
 既に互いの射程内だ。
 それでも戦闘が始まらないのは、出切れば戦いたくないという両者の思惑が一致しているからに過ぎない。

 強引な解決策を実行に移そうかと思った矢先、
『言ってみろ。その与太話とやらを』
「・・・・・・正気か?」
『正気でなければ指揮官は務まらん。貴様の行動が、国益に繋がるならば一考の余地があると思ったに過ぎん』
「―――」
『少なくとももう一機の正体不明機より、意思の疎通ができる分マシだろう?』
 会話ができるなら政治的解決も有ると思ったのだろうか。
(そういう次元(レベル)の話じゃないんだけどな・・・・・・)
 流石に異世界という要素はファンタジーが過ぎる。それを考慮に入れろというのが酷な話だ。
(・・・・・・でもないか)
 飛行可能な二足歩行ロボットの兵器運用など空想科学(サイエンス・フィクション)ではなくただの幻想(ファンタジー)だ。
 改めて『向こう側』の異常さに薄ら寒さを覚える。
 その考えを、今は関係の無い事だと頭から締め出す。
「あんた等の言うもう一機の正体不明機を停めに行く」
『敵対しているのか? ―――いや、『停めに』と言ったな? 出所は同じか?』
「さぁ、どうだろうね?」
 肯定も否定もせず、はぐらかす様に答える。
『なぜ停める必要がある?』
「その必要があるから」
『だから、その理由はなぜだ?』
 更に辛抱強く問いを重ねてくる。
 我慢強いなぁと思考は既に他人事で、人間出来てるなぁと感心し、そして理由を答えなければ話は先に進まないんだろうなぁと諦める。
 溜息一つ。
「アレは世界を滅ぼす。だから停める。このまま放置しておけば取り返しが付かなくなる」
 答えに相手が絶句したのが通信越しにも分かった。
 『国』から一気に『世界』規模だ。無駄にスケールが大きいと信憑性が薄くなる。その上、話が荒唐無稽過ぎて常人なら相手の頭を疑うか、妄想癖かと訝しがるのが普通だ。
『・・・・・・真実か?』
 正気か、ではなく真実かと問われた事に逆に驚く。
「おいおい、こんな与太話信じるなよ?」
『ならば嘘か?』
「―――」
 返した沈黙に相手が小さく笑みを零す。
『ここで沈黙を返すということは、それなりに事実だろう』
「嘘です、って言わないだけかもよ?」
『嘘なら最初からそれらしい嘘を並べれば済む事だろう? そうしないのは信じるに足る確かな情報を貴様が持っており、それでいて現実には有り得ない話だと自覚しているからだ。―――違うか?』
 自分の推理を他人に披露しているのが愉し気なあたり、軍人より探偵の方が向いてるんじゃないの? と思わせる。
『なぜ停めに行く? 正義の味方にでもなったつもりか?』
 言外に思い上がるなよと言われた気がした。それにゲンナリとした気分で答える。
「んなマゾい職業に興味は無ぇ」
『ならば何故、征く?』
 問われ考える。
 理由なら幾つも在る。
 義務であり、使命であり、責任であり、贖罪であり、宿罪だ。
 あと殴られっぱなしというのは安い矜持が我慢出来ない。
 そして―――
「大切なモノを失いたくないから」
『・・・・・・』
「力が有るのに、見ているだけで、何もしないまま、大切なモノを失うのは、ゴメンだ」

 守りたかった。
 守れなかった。
 守ることが出来なかった。
 二度と犯さないと誓った決意は更に二度、覆された。
 半年前も危うく同じ事を繰り返す所だった。
 セーフかアウトかで判断するなら、結果はギリギリセーフで、精神的にはアウトだろう。

『信じていいのか? 貴様の言葉を』
「知るか」
 にべも無い答えを返す。
「俺は俺の信じた道を征く。アンタもそうしろ」
『・・・・・・分った』
 それだけ言って通信は切れた。
 大きく息を吐いて、視線に力を込める。
 時間を表示しているウィンドウに目を遣ると、数値がマイナスを示している。
「予定接敵時刻をオーバー。タイムオーバーだな」
「ああ」
 今まで黙っていたロキが事実だけを正確に告げ、それに首肯する。
 どうしようもなく自嘲が漏れる。
「相変わらずの甘ちゃんだ。反吐が出る」
 説得などと悠長な事をせず、実力で排除すべきだった。
 世界の命運と己の矜持。優先されるべきはどちらかなど分かり切った答えだ。
「そうだな、マスター」
 平淡な声で主人を肯定する使い魔。そこにだが、と言葉が続く。
「私はその甘いマスターが嫌いではない」
 予想外の言葉に笑みが零れそうになるのを抑え、鼻で笑うように言葉を作る。
「・・・・・・ありがとよ」
「ウム」
 こちらの意図が伝わったのか、伝わらなかったのか。どちらとも知れない使い魔は。まぁ有能なのかなと思っておこう。

「!! マスター、前を!!」
 ロキの言葉で正面に意識を向ける。
 そこに―――
「道が」
 こちらの航路を空けるように機が散開していく。
 これで遮られる事なく、真っ直ぐにグレンの元に往ける。
「・・・・・・これが彼らの答えらしいな」
「ああ」
 もう一度、通信を繋げる。
「こちらの言い分を汲み取ってくれた事に、感謝を」
 返答はすぐ返ってきた。
『感謝は不要だ。我々はまだ貴様を信用したわけではない。漁夫の利を狙っているに過ぎん』
「それをここでバラしちゃ意味ないだろ?」
『・・・・・・』
 予想と外れた、変な沈黙が返ってきた。もしかして素だったのか?
 だとしたら
「面白い人だな、アンタ。軍人には勿体無いよ」
『要らぬ世話だと言っておこう』
「御尤も」
『・・・・・・精々頑張る事だ。世界を救う為にな』
「言われなくても頑張りますヨ。それと俺がしくじったら後は宜しく」
『言わずもがな、だ。だが尻拭いを他人に任せるのは感心せんな』
「ま、それはそうなんだけど。―――でも子供(ガキ)のミスをフォローするのは大人の義務だろ?」
『・・・・・・子供?』
 訝しがる呟きに、薮蛇だったなと反省。
「まぁ、とにかく感謝を」
『!? 待て!!』
「無理」
 一気に加速器(ブースター)を全開にし、音の壁を越えて宙を翔る。
 景色をも一瞬で置き去りにし、既に背後へと場所を変えた指揮官に向けて言葉を作る。
「御機嫌よう、高峰中将殿。次に会うときは戦場以外の場所であることを祈ってるよ」
『!?』
 名乗っていないのに姓と階級をこちらが告げたことに相手が驚いたのが通信越しに分った。
 一方的に通信を切り、詮索を封じる。
 それ以上、後に注意を払う事は無かった。
 それは青一色の視界の中に黒い点が見え始めたから。
 最初に黒かった点は、時間の経過と共に色彩と形を確かなモノにしていく。
 色彩は黒から赤へ。
 形を点から人型へ。

 ココからが正念場で山場だと意識を纏める。
 そして戦いという名の舞台は爆炎のベルによって幕を開けた。



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