3-26

 雲海へ潜り、レーダーを頼りに紅機に近付く。
 その僅かな時間に操作説明書(マニュアル)をダウンロードし、頭の中に叩き込む。
 お決まりの不快感。それを毎度のことだと無理やり飲み込む。
 マニュアルに従い小画面を呼び出し、武装を確認。
「・・・・・・なんだ? このオプション」
 基本的な武装に変更は無い。
 固定武装は米神のバルカン砲に力場サーベルが二つ。
 後は腰部にマウントされたアサルト・ライフルに戦輪(チャクラム)
 腕部に装着されていた戦輪は一部仕様が変更され、バックパックに収納されている。サイズに関しても小型化されており、取り回しが容易になっている。反面、出力は強化されているので操者の力場量次第ではより柔軟な運用が出来る。また手動(マニュアル)半自動(セミ・オート)全自動(フル・オート)の行動選択方式を採用。自動運用時のアルゴリズムの構築、書き換えも可能と至り尽くせりだ。
 それに追加されている各種火器類。
 現在の装備では中距離戦(ミドル・レンジ)までしか対応出来ない。
 武装の関係上どうしても遠距離戦(ロング・レンジ)は不得手としていたが殲滅、応戦が可能となっている。
「しかして、その武装は一体どこへ?」
 先にも言ったがバルカン砲とサーベル、アサルト・ライフル、戦輪しか装備していない。それなのに使用可能の状態で『待機中(スタンバイ)』と表示されている。

「・・・・・・アレか? 莫迦には見えないとかそう言う落ちか?」
 後から意気揚々と解説を入れてくる。
「敵さんが利用してる亜空間接続型武器庫と同系統の技術さ。勿論、実戦で得られたデータをフィードバックして問題点は解決済み」
 言葉を聞いてまず思ったのは
「・・・・・・知的財産権と著作権の侵害では?」
「なんで? 人間(きみたち)がその基礎理論を構築する500年くらい前には既に申請も審議も終わってるよ? 訴えてくるなら、受けて立とうじゃないか」
 嬉しそうに喋っている時点で頭が痛い。
 この人外共めと、悪態を吐く。考え方がフリーダム過ぎる上に遣り方がセコイ。
 そもそもコイツ等にとって機密データの改竄程度なら朝飯前で遣って退けるだろう。
(まぁ、・・・・・・いい)
 一々気にしていても始まらない。
 面倒事は全部押し付けてやると固い決意を胸にしつつ、アサルト・ライフルを構える。
「来るよ」
 頷き、回避。
 大鑑巨砲主義万歳的な巨大質量弾が通り過ぎる。
 そしてその回避した進路の先に
「そう何度も同じ手ばっか、喰らうかよッ!!」
 高密度力場速射砲の弾幕。
 それに対し戦輪を一瞬で起動させ迎撃する。
 まだ、こちらの速度に敵のロック・オンが間に合っていない。だが
「動きが直線的過ぎるよ。次は当てられる」
 言葉通り、防御力場に弾が掠る。
「チッ!!」
 相手の対応は的確で素早い。
「もうちょっと設定をタイトに変更しろ!!」
「えー、それじゃぁ折角、最新鋭機にした意味が無くなっちゃうじゃないか」
「ンなモンどうでもいい!!」
 怒鳴り散らし、自分で設定(プロパティ)画面を呼び出す。
 戦闘において速度は重要な要素であるが、扱いきれない無茶な速度は必要無い。必要なのは命を預けられる信頼性だ。
 後からヤレヤレと溜息が聞こえる。
「君ならこの機体を使いこなせるはずなんだけどなー」
 それがどうした。御しきれていないのが現状だ。このままではいつか大ダメージを喰らう。
 崩れそうになる姿勢を細心の注意を払って制御する。このスピードでの制御の乱れは、即自滅を意味する。
「うーん。まだ慣れが必要か」
 そう言って、やっと設定を少しタイトな方向にシフトさせる。
 それでそうやく扱いが少しマシになった。

 打ち漏らした弾はバルカン砲とアサルト・ライフルで対応し、こちらの防御力場に到達する前に全て撃ち落す。
 弾幕を抜けた先に
「―――居た」
 光学映像にて敵影を補足。
 一気に距離を詰める為に加速する。
 紅機は砲塔を次々と召喚し、接近を阻む。
 その全てを掻い潜り、接近し、サーベルを振るう。
 まずは邪魔な砲身を薙ぎ切り、防御の為に召喚された盾を割断。
 だがその間にも次の手は打たれている。
 次に召喚されたのは対空ミサイル。
 至近で発射されたそれを振り切るために距離を空ける。
「追尾式か!?」
 追って来る三発のミサイルに標準を合わせ、バースト射撃。
 連続した短い発砲音が6回、計18発。
 動きながらの射撃だが、正確に推進部と弾頭を打ち抜く。
 自身の腕が鈍ってないことを確認し、再度、接近を試みる。
 逆に紅機は接近を拒むよう、移動しながら牽制射撃を繰り返す。
「逃がすかッ!!」
 戦輪の行動パターンを迎撃(パッシブ)から襲撃(アクティブ)へ。
 散開し、紅機の行く手を阻む。
 動きを鈍らせた紅機へ、タイミングを計り
「―――もらった」
 渾身の力を込めた一振りを以って斬撃を放つ。
 回避が間に合わないと判断した紅機は身を捻り、右手を盾にして直撃を辛うじて防ぐ。
 体勢を崩したその隙に距離を詰め、力場で強化した鉄拳を
「この間のお返しだッ!!」
 顔面へ叩き込む。
 インパクトの瞬間、力場を開放し、衝撃で顔面がセンサーと共に潰れる。
 各種センサーがダウンし、メインからサブへと切り替わる。その一瞬にも、手を休めることなく攻撃を追加。
 肘打ちを腹部へ、斧脚で体勢を崩し、相手の両肩を手でホールドし膝蹴りをぶちかます。
 装甲版が(ひしゃ)げ、肩部フレームは耐え切れず、文字通り肩が外れた。
 慣性に逆らわず、紅機はそのまま後に下がり距離が開く。
 舌打ち。
 手に残った相手の両腕は捨てず、亜空間に回収。ついでに戦輪もエネルギー充填の為に収納。
 戦闘続行。
 追い付こうとした矢先、向かってくる光弾に気付き進路を強引に変える。
 両腕を失った紅機は、距離を空け魔法陣を展開していた。

 相手の虚を衝くことで多大なダメージを与えることが可能な攻撃法は暗器に近いものがある。
 だが、あの威力は通常の兵器としても十二分な威力を秘めていた。そしてその有効射程範囲は脅威という他無い。
「!?」
 その場から一瞬の判断で機動力に任せ退避。
 放たれた魔法が光の帯となり空間ごと焼き払う。

 通常であればこれだけの広範囲への攻撃―――しかも高威力―――なら長時間の使用は、魔力供給面から不可能に近い。
 しかし今、敵の連続使用時間は10を数え、30を通り越し、60を超えて、120を迎えようとしている。
 形勢逆転。
 追う者の立場から一転、追われる者の立場へ変わる。
 放射状に広がる光の帯は、余りに攻撃範囲が広すぎて近づけない。

「―――だったら!!」
 焦る心を奥歯で噛み潰し、新規武装を召喚する。
 亜空間より取り出したのは、自機の全高と同じ位の砲身(バレル)をもった長銃。
 銃床から伸びるケーブルをバックパックに接続し、エネルギーの供給が開始される。
 銃把(グリップ)を右手で持ち、左手で砲身を抱えるように固定して
「喰らいやがれ」
 引金(トリガー)を引き絞る。
 銃口から放たれたのは、極厚の光柱。
 光柱が光の帯を切り裂き紅機に到達する、その直前。
 魔法陣の一部が書き換わる。
 光の帯が収束し、光条へと変わった。
 光条が光柱を押し返し、拮抗してくる。
「くっ!?」
 予想外の反撃に呻く。
 出力を上げようとした所に後から声が掛かる。
「止めときなよ。無駄に魔力を消耗するだけだ」
 一瞬だけ言葉に従うのを躊躇い
「魔法の打ち合いでヒトが精霊に勝てるわけ無いでしょ? 地力が違いすぎて話にもならないよ」
 分かっている。一点集中ではなく拡散されていたから貫けると考えての砲撃戦だった。
 その場から退く。その後には光条が奔っていた。

 重りにしかならない長銃を亜空間に収納し、とりあえず回避行動に専念する。
 相変わらず無尽蔵なエネルギーを駆使しての広範囲攻撃。
 逆にこちらは魔力の大量消費により、肩で息をする程疲弊していた。
「全く、この程度でへばるなんて情けない」
「うるせぇ、黙れ・・・・・・」
「それだけ文句が言えるなら大丈夫そうだね―――見なよ」
 言われ拡大された映像に目を遣る。
「・・・・・・なんだ、アレ?」
 破損した頭部と失った両腕。
 そこに黒いゾル状の新しいパーツが生えていた。
「力場に余剰エネルギーを流し込んだ上で、負の感情を混ぜ込んだんだろう。実体の無いアレ、多分伸びてくるよ?」
「―――厄介なこって」
 すでにその腕の長さは自機の三倍近い長さを有している。この距離まで届くとも思わないが、注意しておかないと足元をすくわれる。
 だがそれ以上に気になる点があった。それは
(あの黒い部分―――あれじゃまるで妖物じゃないか)
 長さからして異形の両腕と、目の部分に紅い輝きを宿した頭部は黒い何かで構成されている。それは日頃、稼業で戦っているモノによく似ていた。
 そこに疑問は生まれるが、思考に没頭することを状況は許さない。
 光帯を回避しつつ、紅機から離れすぎないように距離を保つ。
「それにほら? エネルギーは保っても、機体の方が耐え切れていない」
 機体の冷却が追いついていない為か装甲版が熔解を始めている。特にそれは肩口で顕著だった。
 通常ならそうなる前にエネルギーが底を尽きる。だが封精核(マテリアル・コア)の存在がそれを可能にしていた。
 そして機体が完全に溶けてしまう前に封精核を開放しなくてはならない。
 攻撃を避けながら突破口を探るが見当たらない。
「おい、なんか手は無いのか?」
「あるには、あるよ。けど―――」
「さっさと吐け」
 ウンザリとした溜息。
「・・・・・・ヒトの話は最後まで聞きましょうって、学ばなかった?」
「前置きが長いんだよ。結論だけ言え」
「あっそう。それじゃお言葉に甘えて―――この機体『セイレーン・システム』が搭載されてるから使えば?」
 一瞬、言葉の意味が理解できず、頭が真っ白になった。
 遅れて理解が追いつき、戦闘中にも係わらず振り返り、牙を向く。
「テメェ!!」
 そこにはほら、見たことかと言わんばかりの呆れ顔。
「そうやってすぐ激昂する。だからわざわざ前置きしてあげようとしたのに」
 そして整然とした、だが意地の悪い口調で
「何を驚く事があるんだい? ユグドラシルに蓄積されたデータを元に現時点で最強の機体を組み上げるんだ。そこには当然、EN−03のデータも収集されているしリンケージもなされてる。不思議に思う事なんて、何一つ、無い」
 当たり前の正論に、けれど感情は納得しない。
「アレは戦いの為の道具なんかじゃねぇ!!」
「じゃぁ、どうするのさ? 何も出来ない無能さゆえの選択だろう?」
 事実を突きつけられて歯噛みする。
 それにも黒蛇はどこ吹く様だ。
 残念ながら反論に値するだけの根拠が無い。
 理性では分かっている。それが最善の選択だと。
 だが感情は頑なに否定する。
 意地すら突き通せない意志になんの意味があるのかと。
 だが今、世界は幼稚な矜持を必要としていない。
 必要なのは敵を打ち倒す力だ。

 刻限(リミット)がある。
 在るモノは使えば良い、そう囁く甘美な誘いを噛み砕く。

 いつも足りない。
 必要な時に必要な力が。
 傍に居る誰かを失うだけの力。それを否定しておいて。
 けれど更なる力を希求する。

 唾棄したくなるほど、都合の良い考え。
 誰の為の誠意か。
 何の為の誓約か。
 自問の先に有る答え。
 だがそれは偽物の答えで、ただの幻想だ。だから―――
「―――ッ!!」
 光の帯をギリギリで回避する。
 戦闘に集中しなければという思いとは裏腹に、躊躇がダイレクトに機体の挙動に現れる。
「葛藤してるとこ悪いけど、時間が無い。さっさと決めないと手遅れになるよ」
 歯を食い縛ったまま、様々な思考が流れる。
 後悔と謝罪。憎悪と諦観。そして寂寞と―――世界の果て。
「―――」
 全てを飲み込み、決意へと変えた答えは
「・・・・・・『セイレーン・システム』レディ」
 呟いた言葉。それに味など無いのに苦いと思う。
『了解。System Seiren を起動します。』
 無感動に返す機械。その後で黒蛇がほくそ笑んでいるのかと思うと、熱が燻る。
 だが今は
「AC及びDB、パッチ解除」
 元来の在るべき形。
『Angel Curse >>> Angel Bless』
『Demons Bless >>> Demons Curse』
 本来、ヒトに宿る事の無い力。
 混じりあうことの無い、相反する二つの力。
 互いに相殺しあうその余波が、世界を侵す。
『System Seiren 正常駆動を確認。』
 紅機から放出される光の帯が精彩を欠き、その元となる魔法陣が崩れていく。
 可聴域の外。
 流れるのは無音の旋律。
 広がるのは穏やかな涅槃。
 封精核を中心に活発化していた精霊の活動が鈍り、停滞する。
 これこそが『沈黙の歌姫(セイレーン)』の効果。それを
「―――」
 熱の無い瞳で見遣る。
 劣化コピーに過ぎない『沈黙の歌姫(セイレーン)』。その効果が『嘆きの歌姫(ローレライ)』に遠く及ばないことをまざまざと印象付ける。
 けれど、そんなことが理由で気落ちしている訳ではない。始めからそんな事は分かりきっていたことだ。

 魔想機は精霊からの補助を得て駆動している。
 その補助を一方的に封じられるのであれば、それだけで戦闘を有利に進めることができる。効果的に使えばワンサイドゲームも夢ではない。
 またその効果が魔想機戦だけに限定されないのは言うに及ばず、精霊の干渉がある場面においてその効果を発揮できる。

 だから気が沈む。
 もっと、ずっと有用な使い方は幾らでもあるはずなのに。
 戦うことにしか力を転用できない。
 無力という意味でも無能だし、有効利用出来ないという意味でも無能だ。
 二重の意味で精神的に凹む。

 時に高く、時に優しく、儚げでありながら芯のある歌声を思い出す。
「―――」
 世界を奏で、誰かが報われるように。そして誰もが報われるように。
 可聴域の外。今は聴こえるはずの無い音色に。
 幻聴が聞こえてくる程度には俺も末期だなーと下らない事を思う。

 そこに唐突に開いたウィンドウが機体の性能が変化したことを知らせてきた。
 『沈黙の歌姫』の使用による、より高次なパフォーマンスの獲得。
 力場で出来た翼が形状を変える。
 直線構造の機械的なフォルムから曲線を持った生物的フォルムへ。さながら天使が持つ翼のように。
 試しに機体を動かしてみると、今まで以上に操縦が馴染む。
 不思議な感覚だった。
 状況は思い通りに動かないのに、機体は意思への追従性を上げてくる。それに
『報告:当機体は現時刻を以って慣熟航行を終了致しました。』
『最大出力による機動、及びODMの使用が可能となりました。』
「・・・・・・」
 行ける、ではなく行こう、と思う。
 根拠は無く、自信も無い。そこにあるのは純然たる意志だけだ。
 それに、これ以上ここに座っていたら、下らない感傷で腑抜けてしまう。
 封精核に封じられた精霊の動きも停滞している。同じように紅機の動きが鈍っている今がチャンスだ。
 前方を力強く睨み、クリスタル・インターフェースに意思を流し込む。
 機体は操者の意思に応え飛翔する。
 速く、早く、なお疾く。その速度は現存する魔想機の限界速度を凌駕する。
 だが足りない。
 咆えるように叫ぶ。
限界突破状態(オーバー・ドライブモード)、レディ!!」
『了解。ODM、レディ。』
「GO!!」
 更に加速。力場の大半を推進力の補助に換え、残り僅かな力場を自壊から免れる為の強化に充てる。
 後からうめき声が聞こえたが無視。
 いい気味だと思う一方で、自分も歯を食い縛って耐える。視界は狭まり、意識が遠のく。
 その速度を以ってしても世界には追いつかない、追いつけない、届かない。だが
「ッ!!」
 動きが鈍っても敵は無防備ではない。
 召喚された砲塔から再び鉄の雨が降る。
 だが召喚速度も、狙いも、威力も、先程までの勢いが無い。出力が低下している為だろうか。
 それでも防御力場を展開する余裕が無い今、相対速度の関係も有り、当たれば致命傷になりかねない。
 その全てを、速度で以って突破する。
 空気との摩擦に耐え切れず砕けていく翼。速度を落とせば墜とされる。
 故に破砕と構築を瞬息の間に繰り返す。
 贋物の翼から砕け落ちた力場は贋物の羽となり、尾を引くように流れ、世界を照らす。
 先鋭化された意思が敵機の僅かな挙動を見逃さない。
 サーベルを両手に構え
「―――」
 斬。
 紅機より伸びてきた異形の腕を一瞬で切り伏せる。
 そのまま直進して、急停止。
 遅れて付いてきた音の壁が紅機を叩く。
 体勢が崩れた。
 その隙に両刀で砲塔と、亜空間との接続を全て断ち切る。
 更に再生しようとする腕を切断。
 休むことなく二刀を振るう。
 腰から下を狙って一閃。新たな断面が生まれる。
 文字通り手も足も出せなくなった機体へ
「ふッ!!」
 短い呼気と共に十字を描くよう刃を突き刺す。
「十束重縛!!」
 最短詠唱による封印魔法が紅機をその場に固定する。これで―――
(・・・・・・これで?)
 どうすれば、いい?
 自問に対する回答が内に無い事に気付き冷や汗が流れたのと、紅機が啼いたのは同時だった。
「!?」
 封印を破ろうと赤い瞳から血色の涙を流しながら身悶えする。
 手も足も無い状況で暴れるその姿は正しく獣だ。
『警告:敵内部に高エネルギー反応を確認。』
「逃げろ!!」
 後から叫ばれた言葉に逆らわず全速で距離を空けた。



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