3-27

 間一髪の所で爆発より免れた。
 後、一瞬反応が遅ければ、訳の分からない現象に巻き込まれて多分死んでいただろう。
 その訳の分からない現象を見下ろしながら呟く。
「―――シュールだねぇ」
 紅機の居た位置から黒い球体が膨らんでいた。
 渦のような黒い球体。
 球体は手当たりしだいに飲み込んでいく。島を、海を、空気を、熱を、光を。無秩序に。
 最初こそ爆発的にその範囲を広げたものの、一定以上の大きさになってからはその膨張速度は緩やかになっている。
 もっとも、縮小する気も停まる気も無さそうなのでこれからも広がり続けるでしょう、マル。
 問題はこれがどこまで広がるかだが
「・・・・・・星を覆いつくすまで、か」
 どこかで仕入れた知識が答えを寄越す。
「参ったね、これは」
 お手上げ万歳だ。諦めたほうが早い気がする。
「なんか手は?」
 期待せずに後へ問いを投げ掛ける。
 それに答えるのはヒトの殻を被った黒蛇だ。
「『沈黙の歌姫(セイレーン)』の効果範囲内であってもこの規模だ。もうじき効果範囲の外に出る。そうなったら手の施しようが無い。これが星としての運命の限界だ。諦めよう」
 なるほど。既にギブアップというわけだ。役立たずめ。
「あー、物凄く不敬な事を考えているのは分かるんだけど。実際どうしようもないでしょ?」
 と思うから道が無くなるだけで、実際は裏道が在ったり無かったり。
「回線を繋げ。直接話す」
「回線って通信の、じゃないよね?」
「当たりまえだ。そのくらい自分でやる。俺が言ってるのは」
 黒蛇は遮るように言葉を重ねた。
「お勧めしないよ、特に異種族間での精神回線(アスラル・ライン)直結(コネクト)は。―――負荷が大きすぎる」
 下らない気遣いに冷笑を返す。
「ヒトの心的外傷(トラウマ)を突くような真似する人外がよく言う」
「・・・・・・」
 無言の回答を気にせず話題を変える。
「被害の試算はどの程度だ?」
「―――とりあえずこの国は壊滅フラグ確定でプラスして最低でも2000年、呪霊汚染地域指定かな。その他は神のみぞ知る、ってとこ」
 一息。
「昔は大障壁が無かったから被害が拡がったけど、今はある。だから実際どの程度の規模で被害が拡大するかは不明」
「とりあえずこの(エリア)は絶望的と」
 知り合いだけ連れて星の裏側まで逃げるのも一つの手だよなぁと考えてみる。それでダメだったときは仕方ない。
(・・・・・・)
 想像してみて現実的でないことを痛感する。
 別に非人道的だとかモラルだとか。
 正直そういうのは個人的に気にしない。所詮は赤の他人だ。死人の口は無くなるし。
 重要なのは大切なモノを守ることであって、その他大勢はどうだっていい。
 けれど。
 溜息一つ。
 自分が守りたいと思う者はそれを善しとしない者たちばかりだ。
 自身を犠牲にしてでも、より多くを守りたいと願う。そういう人種。
 理解不能。
 自己犠牲の精神とか真っ平ですよねーと思いつつも、その考え方を全否定する気にはならない。
 自分に無いものだから憧れるのか、それともこの命がそれによって生かされたからか。
 今はまだ、よく分からない。
 はっきりしているのは
「今、この状況は命を懸けてでも、停めるだけの価値があるってことだ」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 自分が守りたいと思うモノ達が、守りたいと思うモノを、守るために。
(相変わらず回りくどい上に面倒だ)
 こういうのはさっさと終わらせるに限る。
「さっさと繋げ、役立たず」
「色々と反論したい暴言はこの際無視するとして。―――結論から言うと無理」
 何かを試すように鍵盤を叩くその表情はふざけていない。軽い口調とは裏腹にむしろ焦っているようにも見える。
「何故?」
「接続先と物理的に距離が離れすぎてる。それでも繋げなくはないけど今度は位置情報が足りない」
 心の距離が物理的距離に比例するのは心理学でも謳っている内容だ。
「さっきの君の封印魔法でX軸とY軸の位置情報は追跡出来てる。けどZ軸が足りない。これじゃ接続が不安定で失敗する」
「ラシルからバックアップを借りれば良いだろ?」
「君は精神接続を甘く見すぎてる。ラシルからの情報で分かるのは物理的な位置情報だけだ。必要なのは精神の位置情報。―――その所在は複雑すぎて演算だけじゃ予測不可能だ」
 自分の心が常に過去に在る様に、封精核(マテリアル・コア)に閉じ込められた精霊の心の位置。
「・・・・・・」
 どうやらもう一つ物理的に楔が必要らしい。それがあれば後は演算で分かる・・・・・・らしい。
 だがどうやって楔を打ち込む?
 接近は不可能。近付く前に機体ごと飲み込まれる。
 遠距離からの射撃も、球体の中心部まで貫通させるほどの威力は無い。
 今、この瞬間にも黒い渦は世界を汚し、侵していく。
 時間は無い。

 沈黙に耐え切れなくなったのか黒蛇が尋ねる。
「そもそも正気かい? 今、あそこがどんな状態か理解してる?」
 封精核が暴走していることだけは分かるが、正直それがどういうことなのかよく理解していない。セイレーンを使ってなお、押さえ込むこことの出来ない膨大なエネルギー。
 とりあえず臨界している核融合炉に突っ込むのとどっちがマシか、といったレベルだろう。
 精神接続だからといって無傷で済む保証も無い。逆に違うベクトルからの致命的なダメージを受ける可能性だってある。
「・・・・・・死ぬ気?」
「アホたれ。誰が死ぬか。こんな所で」
 他人の尻を拭いて幸せを感じるような殊勝な趣味は持ち合わせていない。
 冷静な目で尋ねてくる。勝算はあるのかと。
「勝算が無きゃ動けないなら、こんな場所に座ってない」
 元々、この一連の作戦自体が分のいい賭けとは言えなかった。むしろ有体に言ってしまえば悪い。
 それをなんとかここまで踏ん張ってこれたのは運の要素もあるだろう。だがそれもいい加減ネタ切れだ。
 だからと言って『はい、そうですか』と諦めるには深入りし過ぎた。
 自暴自棄になってはいない。かと言って明確な何かがある訳でもない。
 詰まるところ、ただの根性論だ。
 その上で思案する。
(何か手は?)
 不思議と焦りは無い。
「え?」
 それに気付いたとき些細な違和感は、大きな疑問に一瞬で膨れ上がった。

 なぜ、臆病者(チキン)の自分に焦りが無い?

 自分は自分自身を客観的に知っている。だからこそ、今はどうでもいいはずの疑問を無視できなかった。

 既に心のでこかで諦めているからか?
 ―――違う。

 この戦闘の中で何かが成長したからか?
 ―――そんな単純な話ではない。

 何かまだ秘策を持っているからか?
 ―――出し惜しみはしていない。そんなモノがあればとっくに実行に移している。

 ではなぜ?
「―――」
 自問自答の先に
(俺は何かを知っている?)
 だが何を?
 答えに気付いたのと、空から巨大な光柱が降ってきたのは同時だった。
「!?」
 光柱が渦の中心を正確に捉えた。
 必要だったZ軸情報がラシル経由で送られてくる。
「!? これで!!」
 後から高速で鍵盤の叩かれる音が聞こえてくる。
 必要な情報が揃ったのだろう。ウィンドウが多重展開し接続の準備が開始される。
 準備を任せ、視線を空に移せば天蓋と呼ばれる虚空の一部が割れていた。
 それが何を意味し、どんな意図があるのか。
 理解し唇を噛み締める。

 衛星軌道上からの援護砲撃。
 大規模古代遺物(アーティファクト)の一つである星間防衛迎撃兵装『星を廻る環(スターゲイザー)』を地表向けて照射したのだ。
 だがそんなモノの制御権限にアクセス出来るのは世界樹(ユグドラシル)と、そのバックアップを受けられる『(カルマ)』の保持者だけだ。
 左手の甲に今までとは違う熱が宿っている。
 能力使用の共振による他者との繋がり。
「―――ケン」
 届かない声で、返ることのない問い掛けを搾り出す。
 なにやってんだよ?

 自分の痛みだけで手一杯のはずだろう?
 それなのに、なんで?
 なぜ、他人を気遣う?
 最後の最後で結局、損得尽くでしか動けない、そんなヤツを。
 一国の不幸を背負わされている君という存在すら知らぬ世界の人間を。
 なぜ!?

 怒りとも混乱ともつかない感情を、今は無理矢理飲み込む。
 状況を理解しているにも関わらず、感情は空回る。それでも理性は動けと命じる。
 それに逆らう理由など無い。
 意思より速く、思考よりも鋭敏に、何をすべきなのか本能が判断を下していた。

「全回線、直結。接続準備完了」
 どこか安堵した、それでいて厳しい声。
 心の準備をする暇もなく、肉体が徐々に透けていく。
「ねぇ、君は世界に何を望む?」
 唐突な、詠うような問い掛けに振り向く。
 答えを紡ぐ声は、既に空気に伝播しなかった。
 それでも相手の声は続く。
「君は知っているはずだ。世界は残酷なまでに優しいと」
 郷愁のこもった眼差し。
 そこに映る影を、自分は知らないし、知りようもない。
「―――それでも諦める気は無いのかい?」
 反射的に思った。
 愚問だなと。
 肯定の言葉も、否定の言葉も。意味は無い。
 意味があるとすれば、それはここに座っているという現実だけだ。
 不敵に笑う。
 それが自分にとって世界を望み、そして臨んだ答えだった。
 電子の海にダイブする。



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