3-31 エピローグ

「ふん・・・・・・」
 薄暗い部屋で禿頭の老人が低く鼻を鳴らす。
 そこは壁の一面が多数のモニターで並ぶ狭い部屋だった。
 光源はモニターからの光だけで、他の光は一切無い。
 それは今が夜間ということと、部屋自体が地下にあることの二つに由来する。だが、それ以上に老人の嗜好を反映してのものだった。
 老人が身動ぎするたびに影が不気味に揺れる様は不吉の二文字がよく似合う。

 強引な手段で開発に携わった機体。
 そこから送られてくるはずのデータが途絶えた。
 無論、不測の事態も想定しており、定期的に送信されるはずのデータがなんらかの理由で遅れることもあるだろう。
 だが最後のデータが送信されてから72時間が経過。更新は止まったままだ。
 しかも最後に送られたデータの示す値は戦闘機動を行っていた。
 それが意味する可能性は、そう多くない。
 そしておそらく、その機体は戦闘により破壊されたと見るのが妥当だろう。

 そう結論付けて歯痒さを思う。
「救世主め・・・・・・。ワシの邪魔ばかりしおる」
 そう。本来であればこんなせせこましい部屋ではなく、もっと設備の整った広く快適な部屋でモニタリングすることも可能だった。
 だが救世主のせいで地位を追い落とされ、さらには大手を振って魔想機の開発に係る事も出来なくなった。
 今回は大戦中に掴んだ高官の弱みに付け込み、なんとか開発に参加することができたに過ぎない。
「大戦中はよかったのう・・・・・・」
 しみじみと過去を懐かしむ。
 そう、昔はもっと設備の整った広い快適な部屋で好きなだけ実験と称して人体を弄り回す(・・・・・・・)ことが出来た。
 刻んだり、くっ付けてみたり。他には火で焙ったり、培養液に浸してみたり。まだまだ他にも実験したいことが山ほどあった。
 それこそ死体はごまんとあったし、生きた実験体も望めば手に入った。
 ああ、本当に。
「・・・・・・昔はよかった」
 実験の凄惨さがヒトの倫理を逸脱していることさえ気付かず、郷愁を感じさせる声で呟く。
 それなのに。
「忌々しい救世主め!!」
 いったいあの封精核(マテリアル・コア)を見つけるのに、どれだけの時間と労力をかけたと思っているのか。
 腹立たしいのと、口惜しいのと。
 何度、煮え湯を飲まされたことか。
 呪詛にも似た単語を呟きだす。
 その姿は傍目に見てかなり危険だった。

 老人が自分の世界にトリップしかけた矢先に通信が入る。
 思考を邪魔されたことに舌打ちをして通信に応える。
「なんじゃ? どうせ下らぬことじゃろう。邪魔を・・・・・・」
 するでないと続けるつもりだった言葉を遮り男が叫ぶ。
『オブライ・・・・・・かせ!!』
 ノイズに混じって、焦った声が聞こえる。
『逃げて・・・・・・さい!!』
 予測と違う事態を怪訝に思った瞬間、激しい揺れにみまわれた。
「!?」
 疑問より先に驚きが勝った。
 だが答えはすぐ与えられる。
『魔王が!!』
 通信の男の声には動揺を色濃く映していた。
 その一声でほぼ全てを悟る。
 揺れの正体は魔王からの攻撃か。
 最下層に近い場所にあるここまで揺れが届くのなら、恐らくエクストラ・ナンバーズ、デザイアを持ち出してきている。
 どうやって魔王が復活を遂げたかは分からない。もしくは最初から封印されたという情報自体がデマだった可能性もある。
 だがそんなことは老人の意に介さなかった
 老人は口元を歪める。―――喜びの形へと。
 常人であれば生き埋めになるかもしれないこの状況に恐怖を覚えただろう。
 だがゼツ=バールハム・ジスク=オブライエンという科学者は歓喜していた。
 それは
「始まる!! 始まるぞ!!」
 卑卑卑と病的な笑みと共に世界を祝う。
 この出来事はきっと火種になる。
 世界が再び争いを始める、その火種に。
「世界からの試練はまだ終わっておらぬ!!」
 ならば、
「ワシは世界に必要とされておる!!」
 薄暗い部屋で独り高笑いを始める科学者。
 揺れは徐々に大きくなっていた。
 どこからか火が回り、煙が充満する。
 狭い部屋で、最後まで。
 狂人は歓喜に包まれたまま、炎の中に消えた。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 老人がいた場所から、数百メートル上空に一機の魔想機が居た。
 闇に溶けるような漆黒の機体。
 大戦中に名を馳せたその機体は、魔王の愛機としても有名だった。
 英雄のインフィニティ。
 勇者のグロリアス。
 救世主のエターナル。
 そして、魔王のデザイア。
 全て現行超越機動兵器郡(Extra Numbers)で構成されたソレらは敵国では恐怖の代名詞に他ならない。

 デザイアは砲撃を行っていた長大な砲塔の構えを解く。
 深呼吸をするように放熱が行われ、それと共に紅く輝く粒子が放出される。
 火の子にも似たそれは、本物の火の子と混じり見分けが付かなくなる。
 眼下では軍事施設の一つが火の海と化していた。
 それを見つめる魔想機の目に、操者(パイロット)の感情が反映されることは当然無い。
 だがその視線の先が、不意に背後に向けられる。
 それはデザイアが飛行してきた方向でもある。
 その先から銃弾が飛来する。
 距離が離れすぎていて当たる事は無い。
 銃弾を放った相手が接近してくるのをレーダーが捉えていた。
 迎撃も撤退もせず、その場で相手を待つ。
 相手の形が徐々に鮮明になる。
 その相手は更に加速し、力場剣(フィールド・サーベル)を構え、叫びながら突っ込んでくる。
「ケェェェン!!」
 それを無駄の無い挙動で回避し、対峙する。
「やぁ、久しぶりだね。サイ」
 軽い、片手を挙げた挨拶に返るのは、無言の刃だ。
 今度は大きめの動作で刃を避け、距離を置く。
「・・・・・・危ないなぁ。八年ぶりなのに挨拶も無しかい?」
 通信でなく、外部拡声器(スピーカー)を通して意志を伝える。
 応えるのはグロリアスに搭乗した勇者、サイフィス=S=レアバードだ。
「ケン!! こんなことをして一体何のつもりだ!?」
「つもりも何も、危険因子の抹消だよ。それに私は魔王だ。こういうのは絵になると思わない?」
 そういって鋼の両腕を軽く広げて見せる。
 それに対しサイフィスは歯噛みをする。足元の惨禍は沢山の死者を出しているだろう。
 刃を隙無く構え、宣言する。
「“業”に従い、魔王、貴様を倒す!!」
「『よく言った』と褒めるべきかな? やっと私を殺す決心が付いたかい?」
「ッ!?」
 魔王が小さくせせら笑う。
「決意の程、見せて貰おうか」
 デザイアも力場剣を構える。
「その程度の決意で魔王(わたし)を倒せると思っているのなら―――ここで死ね」
「ほざけ!!」
 同時に同じ言葉を口にする。
「「其が叡智、我が身に宿り、我の道を示す導となれ」」
 二機を中心に風が渦を巻く。
「「共に創めよう」」
 魔王の詠唱はその一文で終わる。だが勇者はもう一文を付け加える。
「共に歩もう」
 互いに戦闘の準備は完了し、濃密な殺気をぶつけ合う。
 始まりの合図は無く、無言のまま戦闘は開始される。

 それは大戦中に起こる事の無かった、EN同士の決闘であり、業を持つ者同士の対決だった。



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あとがき

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