4-7

(あー、心痛むわー、マジ痛むわー)
 階段を一段ずつ下りながら不真面目に先程の事を反芻する。
 瞳が揺れてそこに何かが浮かんだように見えたのは、きっと気のせいだ。

 偽らざる心からの言葉だった訳だが『何が分かる』と聞かれた所で『分かる訳ねぇだろ、ボケが』的な返しをするだろう自分。
 そんな自分からしてみれば沈黙という答えは中々に新鮮だったなーと思う。
(逆に『分かる』とか答えようものならマジギレするだろうしなぁ)
 そんな理不尽な心境に苦笑を浮かべることから分かる通り、後味の悪さを真剣に悩んでいる訳では無い。揶揄する感情が混じっているあたり人間としてのクズだが。

 グランにとってもやはり七年前の大戦は心重い出来事だったのだろう。返す言葉に窮する程度には。
 だからと言って軽々しく同情する気にも到底なら無い。
 だって現実はもっと残酷なのだから。

 単純に生きている。
 ただそれだけ。
 本当にただそれだけの理由で、死んだ人間よりもマシだ。
 当然その生き残った中には、死んだ方がマシだったと思った奴も居る訳で。
 そんな中で生きていて良かったと思える位には優しい(イージー)だろう。

 残酷なのは膝を折る理由になる。だが残念ながら諦めの理由にはならない。
 膝を折ったとして、でもそこから再起しないのは結局自身への甘さ故だ。
(世界は厳しいねぇ)
 膝を折るたびに、常に自分へ覚悟を問い続けなければいけない。
 頑張れば頑張る程、折られた時の痛みは倍加する。
 だから諦める。それが最初の一歩なのか最後の一歩なのかは人それぞれだろうけど。

 生きるって難しいですよねーと嘯いてみる。
 だって綺麗ごとを吐かした所でお腹は膨れないんだもの。
 生きるための糧にはならない。
 それならそんな意地さっさと捨ててしまった方がなんぼも楽だ。

 だったらなぜ拒むのか。
 再びあの世界へ。
 ああ、成程、再起しないのは自身の甘さ故だっけなと自分の中に答えを見つける。
 甘いのだろう、どうしようもなく。流石はヘタレ。
 そんな自分が他人を糾弾するとは。世の中、大変面白く出来ているのである、マル。

 靴箱から下履きを取り出し、上履きと履き替える。
 昇降口から出て照らされる陽の光はまだキツイ。
 思考の陰気さと現実の陽気のギャップにイカンなーと思う。
 どうも思考が複雑になり過ぎている。
 いいじゃないか。好きなことは好き。嫌いなことは嫌いで。
 単純明快、明朗快活、傍若無人。
 そんな風に生きていけたらねと、青い空を一人仰ぐ。
 雨は降りそうにない。



 ◇ ◆ ◇ ◆

 沈黙が場を占めている。
 重くも無く、軽くも無く。
 はて軽重を問うのなら果たしてどちらか。
 そんな思考遊びを七秒で断ち切り、本日三度目になる言葉を口にする。
「で、どうするの?」
 問うた言葉に身じろぎをしたのはタスクだ。
 思考を重ねるという行為を苦手とするタスクは、その分を勘に任せている。
 だから意見を出し合って吟味するという行為の重要性は理解できても、会得は困難を極める。
 恐ろしいのはその勘による正答率の高さだ。
 逆により思慮を深めていく三人の少女とヒロスケ。
 あたしはそろそろ正座がきつくなりはじめているのに、四人は囲むテーブルの一点を見つめたまま微動だにしない。湯呑みに映る自分の顔を注視しているようにも見える。
 武術を修めている者特有の綺麗に伸びた背筋。口を開くにはまだ時間が必要そうで。
 またぞろ沈黙の時間を繰り返すのか。いい加減、苦痛になってきた。

 シュウとグランさんの問題に首を突っ込むのか、傍観するのか。
 それが今、答えを出しあぐねている内容だ。
 そもそも論として二人が問題としている事柄を私達は断片的にしか知らない。
 全容が分からぬまま議題を進行させることに不安を覚えるが、かと言ってその問題を確かめる術は無い。
 正確に言うと無くは無い。聞けばいい。本人かもしくはその内容を知るであろう人物に。
 まずシュウとグランさんは当たり前として、他にリエーテさんとロキちゃん。
 ただ正面切って訊ねるのは気が引けた。
 なぜならそれは人の生き死にが関係してくることが予測されるから。
 特に以前シュウ本人が口にした『そりゃぁ、人殺しは不味いだろ?』という科白。

 人の命は尊いモノだと、そう教えられてきた。
 それに疑問を挟む余地はあっても、否定する謂れは無い。―――現実がどうであるかは別にして。
 でもシュウたちは重く尊いモノだと理解した上で、それを軽く雑に扱う。
 他者のモノと同等以上に自分のモノも。

 根本的な倫理観や道徳観念は共有出来るのに、時に個人差では許容できない隔たりを感じる。
 それが強者たる者の特有の思考なのか、それとも郷を異なるものとする教えなのかは分からない。
 ただそんな彼らの問題にあたしたちは果たして踏み込むことができるのか。

 ここに集まった皆がシュウの事を心配しているのは間違いない。
 でも皆がどうすればいいのか答えを出しあぐねている。
 そして元より力の無いあたしはどちらにも属せない。

 だから―――中立的立場でどちらの意見にも耳を傾けられる―――進行役を押し付けられる形となったわけだけど。
(・・・・・・面倒ね)
 ああ、面倒だ。本当に。この上なく。

 あたしにはここに集まった者達と一つ大きな違いがある。
 力の有無。
 力と一言で言ってもその種類は沢山ある。
 それは権力だったり、財力だったり、腕力だったり、知力だったり。時には運や閃きも力に数えることが出来る場合も有るだろう。
 そんな中であたしは無力だ。
 彼らとて決してその中で最高クラスのレベルに入る訳では無い。
 それでも人に誇れるくらいの力は持っている。
 傾向として腕力の比重が高いのが気にはなるが、今回必要となるのはおそらく腕力、もとい暴力なので良かったと言えば良かったのだろう。
 でも、言ってしまえばそれだけだ。
 あたしが無力なのは変わらないし、彼らの能力が高くともそれがグランさんに遠く及ばないのはほぼ確定事項だ。
 シュウよりも弱いかもしれないがそれとほぼ同レベル帯での実力者。
 タスクが手も足も出ない。
 それは彼らが束になっても敵わないだろうことと、追加要素でリエーテさんも居る。

 二人の問題に、仮に踏み込むことを決めたとして。
 ―――私達に、否、彼らに一体何が出来るというのだろう。
 大人に反抗する、文字通り子供だ。
 反抗する相手が普通の大人なら、手段を選ばなければ成功する可能性は極めて高い。少なくともその位には高い能力を有しているのが彼らだ。
 当然、手段を選ばないというのは下衆な方法も選択肢に含まれ、かつそれを厭わないという裏の意味を付加する。
 別に自分の事を人格者だとは思わない。
 だから。
 もし。
 本当に。
 大切なモノを守るためや、奪われたり傷付けられたりするのなら。
 きっと手段を選んでいる暇なんてない。

 でも現実はそんな想像さえも容易く捻じ伏せる。
 どう足掻いた所で戦略的勝利は得られない。

(時間の無駄ね)
 傍観者として徹するのが一番だ。
 お終いにしましょう。そう言おうと唇を湿らせた所へ、一瞬早くヒロスケが口を開いた。
「シュウが行く、行かないはこの際置いといてさ? 俺は動くことにするよ」
 気負いなく口にした言葉に皆が驚きの視線を集める。
「何か策でもある訳?」
 全員の気持ちの代弁と、疑問反語を混ぜ合わせた問いに
「ん、んー」
 煮え切らない、困ったような半笑いを浮かべる。
 無くは無いが策と呼べるほどのものでもない、と言った雰囲気。
 ヒロスケの隣に座っていたタスクが、瞠目したのをあたしは見逃さなかった。
 何かに気付き、口を開きかけ、押し黙る。
 その一連の動作にどうしようもなく不信感が芽生える。
「一体何をする気?」
「まぁ、男の子ですから―――多分、最終的には殴り合いに発展するかと・・・・・・」
 暴力にモノを言わせて、でも
「タスクがグランさんに喧嘩売って、フルボッコにされたのを知った上で言ってるの?」
「ふ、フルボッコじゃねぇし!? 十回くらい転がされただけだし!!」
 うっさい、黙れ、話の腰を折るな。
 勢いに任せて睨むとタスクが固まった。よし。

「どうせなら、やって後悔したいじゃん?」
 小奇麗な顔で青春熱血主人公みたいな事を宣う。
 シュウが嫌がりそうな科白だなと脳裏を一瞬掠めた。
「そういう事じゃなくて!!」
 語調を荒げると、だってしょうがないだろと、そんな笑み浮かべる。
「勝算が。無い訳じゃ無い・・・・・・と思う。ただちょっと憂鬱なだけで」
「―――どんな汚い罠に嵌めるつもりよ?」
 そもそも子供の(いたずら)に引っ掛かってくれるようなヒトだろうか。
「いや、正面切って勝負を挑むよ。そうしないと意味が無いだろうし」
「なるほど、確かにそうね。同意するわ。だけどヒロスケ? ―――アンタ馬鹿なの?」

 ヒロスケとタスクの間にどれだけの差があると言うのだろう。
 仮にヒロスケの方がタスクよりも強いとして。それでもそれがシュウ達の域に届くとは到底思えない。
 ピンチになったら都合良く覚醒イベントでも始まると言うのだろうか?

「馬鹿は承知で、無謀も承知。それでも」
 一瞬間をおいてから、見つめ返す瞳に力強い光が宿る。
「譲れないモノはある」

 盛大に溜息を吐く。
(どうして男ってのはこう・・・・・・)
 莫迦じゃないのと思う心とは別に、少しだけ羨ましさを感じる。

「分かったわよ、好きにしなさい。どうせあたしは隅っこで見てるのが精々だし」
 負け惜しみとばかりに口を尖らせる。
「みんなも、それでいい?」
 見回すと皆がそれぞれに首肯する。
 意見が纏まったのはいいことだと満足する。
「じゃぁ後は任せたわよ」
 そう言って席を立とうとするあたしに、ヒロスケが言う。
「ああ、ごめん。俺の策、エンにも手伝って欲しいんだ」
 思いもよらない発言に動きが止まった。
「・・・・・・は?」
 眉間に皺が寄るのを自覚しながら問い返す。
「あたし、変な力なんて持ち合わせてないわよ」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 戸惑いの表情を見せるエンに。
 そうじゃないんだよと、言って聞かせる。
 シュウは力の有無を自分が付き合う人間の物差しに使っている訳じゃない。
 もちろん、守る立場になった時は面倒臭いなぁ、程度には少なからず思っているだろうけれど。
 逆に面倒事を嫌う、自堕落な性格であるからこそ力の無いエンと友誼を交わしているのは実は結構レアケースだったりする。

 トラブルに巻き込まれる確率が異常に高いシュウは、傍に居る人間に最低限の強さを欲する。
 でもそれは二の次で必要条件でもなければ、十分条件でもない。
 本当に欲しているのは多分―――



 だからエンにこの役目を任せる。
 力無いエンにしか出来ない役目。

 そう。シュウの足止めだ。






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