「テメェが望んだ結末は、誰かに不幸を押し付けて終わる程度の、そんなモンか!?」
好き放題言ってくれる。
平和な世界に逃げ込んで。
力有るくせに。
面倒事を全て押し付けて。
(俺たちが、どれだけ苦労したと思っている!?)
火種の残る情勢に神経をすり減らし、過ちを繰り返さないようにヒトも時間も金も割いて。
確かにお前の言うことも分かる。
ケンにした軍の仕打ちは俺だって納得いかない。
けど!!
立場有る人間が、それを投げ出していい理由にはならない。
結局、お前は気に入らない事に対して喚いているだけじゃないか。
それを―――
勇者と魔王と英雄と、そして救世主の四人で。
力を合わせれば、もっと。
世界をより良い方向へ変えられたかもしれない。
沢山の人を巻き込んで、皆が笑顔で居られる正しき世界に。
だけど
「もう遅い」
変わったモノ。
変わらなかったモノ。
変えたかったモノ。
変えられなかったモノ。
それぞれを想い、重なり交差し合って、けれど零れ落ちていく。
いいだろう、お前がそれを望むなら。
全力で叩きのめす!!
◇ ◆ ◇ ◆
英雄が距離を取り、左手を水平に掲げる。
「其が叡智、我が身に宿り、我の道を示す導となれ」
業の解放には魔王で二節。
「共に創めよう」
勇者が三節。
「共に歩もう」
英雄は四節。
「共に生きよう」
救世主では五節が必要になる。
一度戦闘が始まれば詠を謳う余裕は無くなる。
だから英雄の業の解放を許すのはただの悪手でしかない。それでも
「―――」
動かない。
ただ只管に自身の力場を練り上げる。
英雄の左側面に二枚の仮想ウィンドウが浮かぶ。
そこにはOSコンバート完了の一文と、PRSのver.が1.13であることを示す文が鏡文字で確認できる。
英雄の業が解き放たれる。
今までとは比べ物にならに強烈な威圧。肌が焼け焦げるような敵意。
なるほど、これが化物の前に立つ一般人の感覚か。チート加減も甚だしい。
強者が告げる。
「後悔しろ、救世主」
愚者が吠える。
「舐めるな、英雄。この程度で後悔するなら今頃海に沈んでらぁ」
怒りに任せて、後先考えず業の解放までやっちゃうとは大人気ない。余程、腹に据えかかねたらしい。
若干、藪蛇気分であることは否めないのだが。
「抜かせ!!」
まぁ今のままじゃぁ勝てる見込みが薄かったんだから、仕方無いと言えば無いんだけどねー。
などという思考は痛烈な一撃に持って行かれる。
防御自体はギリギリで間に合った、が剣を握る手が痺れる。
(流石、人外!!)
力と速さ。その両方が突出した能力を発揮する。先程までの優位性が逆転する。
単純に斬り合うだけでは敗北は時間の問題だ。
世界からの無尽蔵な加圧に個で抗うのは不可能に近い。
だから、それを、見切る。
「!?」
英雄が一瞬、目を見開く。
相手の初動を読み、銀閃を全て紙一重で躱す。
ただ刀身を躱せばいいという話ではない。
初速で敗け、加速度で敗け、最高速で敗ける。
そんな相手へ、攻撃を届かせる為には、動作の開始を相手より早く始めなければならない。
紙一重の回避を行うことによりミリ単位で距離を縮め、コンマ以下の時間を得る。
その積み重ねでようやく相手へ一手が届く。
だがその『ようやく』は簡単に防がれる。
鍔迫り合いの形から、力で押し切られる。
圧倒的な力の前では小細工は意味を成さない。
それでも繰り返し、焦ることなく、一撃を見舞う為に攻撃を避け続けていく。
養父のように
アレはその間合いにおいて、読み負けることを限りなくゼロに近づけことが出来る。
しかし見切りという
その結果は小さな傷を増やしていく。
「―――」
効率が悪いことこの上ない。
六、七回相手の攻撃を連続で見切って初めて有効な一手を打つことが出来る。
その間に一度でも失敗したらやり直し。失敗すると漏れなくダメージが付いてくる。
また仮に有効な一手を打てたとしても、それが相手へ通るダメージになるとは限らないのだから報われない。
反撃の手段と意思が備わっていることを見せ札として切っておかなければ確実に押し切りに来るだろう。
だがそれは相手も同じかと思い直す。
六、七回連撃を繰り返さないとこちらに攻撃が届かないのだから、精神的な余裕がなければ不満は溜まる一方だろう。
違いはどちらがより危険かということで、そういう意味では圧倒的に不利だ。
客観的に見ても流れは確実に英雄へと傾いているように見えるだろう。だが
「息が上がってるぞ、英雄」
タイミングを合わせて打ち込む。
惜しい所で届かない攻撃。だがバックステップで距離を置く英雄の顔に僅かな焦りを見る。
ブラフを警戒しつつ、それでも前に出る。
指弾を体の周りに無数に展開し、先行させる。
七割を牽制に、残りの三割が英雄を襲う。
ほぼ全てを防御力場に無力化されるが、迎撃によるタイムラグが発生する。
その数瞬のラグで肉薄し、斬りつける。
業の解放による唯一にして最大の欠点。
それは長時間の使用による保持者の精神的な限界だ。
体力の減少や魔力の枯渇に起因する活動限界とは異なり、ある一定ラインを越えてしまえば永久に近い域で活動可能になる。
だがその結末は自我の消滅だ。
故に限界。
自分を自分として保っていられる分水嶺。
そもそも業を解放したままでの長時間戦闘は主に相手側の問題で非現実的だ。
圧倒的な力量差は蹂躙戦を生むだけだ。
かつてあった大戦は極一部の例外を除いて物量差を埋める為に業の解放を行った。
その極一部の例外に相対した回数が一番多いのが救世主で次に勇者か魔王か。
魔王はその搭乗機の特性上、物量差を埋める為に解放を行うことが多かった。
必然的に業の解放回数が増える。
そしてそれは軍部の使い捨てという思惑に一致したであろうことは想像に難くない。
そんな中で偶々、幸か不幸か英雄は回数も時間も少なくて済んだ。
だがそれ故に知らない。
業を持たずとも、業を持った存在に比肩しうる、生粋の化物の存在を。
そんな存在に比べれば、ああ自分なんてまだまだだなぁ、なんて思いがある。
彼等もしくは彼女等は、本気で真正面から業の保持者とやりあえるのだから。
むしろ単体で世界からの加圧を得た人間に勝るのだから、本気で人間を辞めているんじゃないかと疑いたくなる。―――というか確信している。
まぁそれ相応のバックグラウンドは存在するのだが。
そう。業の保持者とは強者であり最強になりうる存在だが、無敵では、無い。
そこに付け入る隙がある。
次の手札を切る。
最短詠唱による高位魔法。
「穿て、雷槍」
雷で編まれた七本の槍が飛翔する。
「アースウォール!!」
土壁に阻まれ消失する槍。
「爆ぜろ、灼岳」
土壁が一瞬で赤化した溶岩流に変わり放射状に飛散する。
舌打ちと同時に上へ飛んで回避しつつ
「ディープミスト!! フロストノヴァ!!」
自身を中心に濃霧を発生させ溶岩が急速に冷却し、それを連続詠唱で凝固させる。
「閉ざせ、封雹」
「無駄だ、ファイヤーボール!!」
結界魔法に完全に閉じ込められる前に炎球で穴を開け、間一髪で脱出する。
「倒せ、風槌」
槌となった突風が炎を呑みこみ、灼熱風に変わる。
「ッ!? ウィンドストーム!!」
横風に対し、より強力な縦風を発生させ威を往なす。
足を動かしながらの魔法の打ち合い。
合間を突いて、斬りつけ、斬り返す。
そして間隙を縫いて指弾や掌弾、斬撃を飛ばす。
果たして英雄は愚者の布石に気付いているだろうか。
もし気付かれていれば愚者の敗北は必定となる。
故に愚者は布石を布石と悟られないよう、布石をばら撒く。
◇ ◆ ◇ ◆
剣術主体だった近接戦闘は、いつの間にか法術の混じる近、中距離戦へと様変わりしていた。
近ければ一足でその距離をゼロにする程度、中ならば三、四足が必要になる。
その戦い、三原色は言うに及ばず、自然界に存在するありとあらゆる色が視界を覆う非常に派手なものとなっている。
鑑賞する分には見応えのあるものだろうが、その暴威の先が己の身というのは中々に複雑な心境だ。
(何を狙っている?)
目の前に魔法に対し、最適な
放たれた爆炎を影に、その中から突き出されてくる剣先を躱し、刃を振るう。
下手にこちらから打ち込まないのは理由が有る。
救世主に宿る四つの異能の一つ。
“
法術戦闘においての攻撃を
執拗に魔法を放つ相手に魔術で抵抗するのは愚の骨頂だが、それ以前に魔術程度では吸収されるのがオチというのが本当に笑えない。
魔法を唱えられるようになって初歩。
魔法の構文を弄れるようになって初めて一人前。
そこから先はただ練磨するのみ。
「臨め、比良坂」
空間に穴が開き、その先から黒塊が飛来する、と同時に視界が闇一色に閉ざされる。
(禁呪ギリギリを使ってくるのか!?)
黒塊を捌ききる。
黄泉への路を開くとは何をどう考えればそんな魔法を思いつくのか。
幸いにして構成が甘いのだろう、魔術で光を生めば矛盾から空間は簡単に破綻する。
「前へ、兵者」
完全に空間が破綻する前に、凝縮された闇より兵が生まれる。その数三十。
人としての形が整う前に一瞬で斬り伏せる。半分は成功したが残りの半数は間に合わない。
「皆闘え!!」
魔法とも号令ともつかない声に黒い人型の兵が、同じく黒い刃を振るう。
「舐めるな!!」
一体につき二振り。三体を無に還す。
英雄に対し二振りを使わせる簡易魔法生物の出来は破格だが、手としては悪手だ。
魔力は当然、いつか底を尽く。
救世主の魔力の保有量は人並み外れているが、それだけなら軍を探せば十人くらいはいるし、その中の三人は超えているだろう。
どんなに魔法構文を組み換え消費魔力を抑えたとしても、禁呪ギリギリの魔法と魔法生物の生成にかける消費量を考えれば無駄が多い。
天使の呪いを使った形跡は無く、従って魔力は恐らくほぼ回復してない。
恐らくそろそろ魔力の保有量は残り半分を切っているはずだ。
そして最大値の四分の一を切ると体に倦怠を感じるようになる。実際、相手の表情には疲れが見える。
「陣を組め!! 攻撃を烈に!! ここにその存在を示せ」
追加で魔力を送り込み、存在を強化する。
号令に従いアルゴリズムが組み替えられ、同時攻撃と波状攻撃、牽制、フェイントを織り交ぜてくる。
舌打ち。
攻撃に厚みが増し、目に見えて倒すペースが落ちる。
(何の為の時間稼ぎだ!?)
一言の号令で複数体にバラバラの命令を送っている。しかも一つ一つが細かくかなり高度にプログラミングされている。
それでいて無駄が無く、消費魔力を削っているのが分かる。
だが所詮はプログラム。
ユグドラシルからのバックアップを受けている今、そのアルゴリズムの解析は一瞬だ。
そんな事は術者本人が一番分かっているだろう。
故に時間稼ぎだと分かる。だがその目的が―――
「!!」
残りの数が九体になった所で気付く。
そう、時間稼ぎこそが目的なのだ。
業の解放による自我の消失。
その時間を徒人の身で耐え切れたなら。
グラン=リーオハートと呼ばれる存在の消失と同時に、魔王に対する強力な手札を手に入れることが出来る。
奥歯を噛みしめる。
そんなにも元居た世界に帰りたくないのかと。
そんなにも魔王と戦いたくはないのかと。
そんなにも―――
(俺の存在が邪魔なのか!?)
怒りと悔しさと、僅かな悲しみ。
だが戦闘中には無駄な感情だと押し殺す。
そう思える程度には冷静だ。だが生まれた熱は消しようがない。
だが唐突に
「!?」
ニヤリと、嫌な笑みを浮かべる救世主。
その表情に急速に熱が冷めていく。
(何を・・・・・・)
「なぁ、九字って知ってるか?」
知らない単語。その答えにユグドラシルは即座に回答を寄越す。
暢気な声で
「普通なら―――まぁ、退魔系の呪文なんだろうなぁ」
それを
「気付いてるか? 不定形魔法に対する“最適な”
付け入られた隙は
「処理に負荷がかかってんだ。本当に微細な差だけどな。でだ、そこの回線にさらに余計な
嵌められたことを悟る。
二重の意味で救世主の思惑に気付いたが、遅かった。
「臨める兵、闘う者」
残り九体の人型の魔法生物が解け、複数の輪になって周囲を回り出す。
九字に使われる文字を他の呪文に混ぜることで、すでに場への配置は終了している。
思考まで誘導されて、嵌められたと、そう思うのは間違いだろうか。
「皆陣烈れて、前に在り」
詠唱が終わる。
九つの字が躍る。
『臨兵闘者皆陣烈前在』
光が空間を満たす。