EX1-2 転入初日・後編

 結局、午前中の授業は砕かれた黒板のせいでドタバタしているうちに終わってしまった。
 その間の休み時間も、柳と少し話しただけで他に話かけてくるガキもいなかったし、こちらから話し掛けようともしなかった。給食時間もクラス全体が余所余所しいまま終わって昼休み。教室の雰囲気に耐え切れなくなって席を立った。特に行く当てもなくブラブラ校内を歩く。
 溜息を吐く。
 どうにもこうにもやり過ぎた。島岡をからかった事に対してではなくクラス全体に微妙な雰囲気を作ってしまったことにちょっと反省。
(まぁ、自業自得だし・・・・・・)
 過ぎたことを悔やんでしまってもしょうがない。これからどうしようか?
 辺りは喧騒で溢れている。
(一人になれる静かなとこに行こう)
 そう決めてから考える。学校で静かな場所と言えば何処だろう? まず思い浮かんだのが図書室だが、小学校の図書室の規模なんてたかが知れているし、児童書を読む気にはなれそうもない。
 次に思い浮かんだのは中庭だった。
(とりあえず行ってみるか)
 どんな所か分らないのでとりあえず中庭へと足を向ける。
 一度見た校内案内図を頭の中に思い描く。
 校舎は三階建てで、上から見るとロの字型をしている。南側が職員室や理科室、視聴覚室といった特別教室が並んでおり、北側に普段生活する教室が並んでいる。東西は南北を結ぶ廊下になっていたはずだ。
 中庭に面した廊下の窓から中庭を見るとちびっ子が元気に走り回っていた。
(んー、案外一人になる場所って無いもんだなぁ)
 校舎に掛かった大きな時計を見るとまだ10分しか過ぎていない。
(んー)
 そこでパッと閃いた。この寒い時期ならだれもいないであろう場所があるじゃないか。なぜそこが一番に思いつかなかったのか。
 階段を一番上まで上がり、屋上へと続く扉に手を掛けノブを右へ回す。
(・・・・・・アレ?)
 今度は左へ回してみるが回るだけで扉が開かない。試しに押したり引いたりするがやっぱり開かない。扉には鍵が掛かっていた。
 付いてないと思う。せっかく一人になれそうな場所を見つけたのに鍵が掛かっているなんて・・・・・・
(しゃーない)
 力場検索(フィールド・サーチ)をして回りに誰も居ないことを確かめる。
 集中して、小さく即興で考えた呪文を唱える。
「この地に住まう精霊よ。我が行く手を阻むものを消し去り給え」
 少しして精霊が集まる感覚を受ける。そして小さく鍵の開く音がした。
「感謝を」
 そう口にすると集まっていた精霊が散る。
 簡単な構造の鍵で良かったと思う。逆にこんな簡単な構造の鍵を開けるだけで向こうの世界では考えられないくらい魔素を消費してしまう。
 気を取り直して扉を押すと、いつもより空に近い位置で青い景色が広がっていた。
 背伸びをすると、とても清々しい気持ちになる。
 ほとんど授業らしい授業をしてないが、やはり授業と言うものは退屈だ。結局学校なんてものは勉強が簡単過ぎても、難し過ぎても退屈になってしまう。それに、この世界の学校は知識よりも社会性を学ぶ場としての性格が強いように思う。
(うわぁ、だったら俺いきなり(つまづ)いてんじゃん)
 自分の思考にツッコミを入れつつ寝転がる。風は冷たいが日差しは暖かいので風邪は引かずに済みそうだった。

 空をボーっと眺めながら徒然と思考を巡らす。
 前の世界でも半年間学校に通っていた。学校と言っても軍学校に、だったが。
 あの頃は相当に無茶をした。『救世主』という絶大な力は、周りから羨望とそれ以上の嫉妬を受けなければならなかった。
 上級生との喧嘩は平均して三日に一回はあったし、陰湿な嫌がらせはそれこそ日常茶飯事だった。
(ああ、あそこでグランと会ったんだよなぁ)
 結局二人で上級生相手に真正面からぶつかって行って勝利を収めた。

 あの頃はまだ大戦の中期くらいだったか? 今思えば、あれはあれで自分の周りは平和だったんだなとつくづく思う。
 そして終盤に入る頃、学校が襲撃される事件が起こり、そこで大佐―――あの頃は確かまだ大尉―――に始めて会い実戦へ投入された。
 少し前まで校舎だった場所が戦場となった。人が死んでいく戦場を前に、迷っていた自分に大佐は
(戦えるなら戦え・・・・・・か)
 懐かしい言葉だと思う。
 結局、あの時の選択は正しかったのだろうか? それとも間違いだったのだろうか? 少なくとも正しくは無かったはずだ。でなければ今、こんなにも後悔をしたりはしない。
 一体、何処で、何が、どう、間違っていたのか。それさえも分らないままだ。ただ一つ分っているのは
「空は青いってことだけだなぁ」
 小さな呟きは空へと墜ちて行く。

 あの頃も、こうやって屋上で寝転んで空を眺め、よく授業をサボっていた。そして過去のことを思い返しては感傷に浸っていた。
 小さく笑う。
 結局自分は何の成長していないのだと。
 状況が変わり、それに合わせて自分を変えて行っただけ。成長なんて大層なものは全くしていない。
 この学校に転入すると聞いた時、面倒だと本心から思ったが、心の隅か、裏か、どこかで期待してはいなかっただろうか? 『普通』という生活に。
 姉さんがいて、兄さんがいて、村のみんなが居た。あの頃の『普通(しあわせ)』な生活の続きができるのではないだろうか、と。
 小さく(わら)う。
 甘い考えだ。
 そもそも、あっちの世界とこっちの世界では『普通』は随分違う。こっちの世界で生きていくと決めたのだから、こっちの世界にあっちの世界の『普通』を期待するのは間違っている。
 そしてなにより、殺気を放つような自分を『普通』の分類(カテゴリー)に入れてしまえば世界はより不幸になっていくことだろう。
(なぁんだ。結局、俺は、好き嫌い以前に学校なんていう普通の生活を送れるわけ無いんだ)
 次の授業のチャイムが響く。
(いや、授業の前に掃除だったけ?)
 起き上がる気にはなれそうもない。
(学校から授業サボったのが義父さんと義母さんに伝わったら、迷惑かかるかなぁ)
 そう思いつつもとりあえず授業をサボることを決め、目を閉じる。
 意識は眠りへと落ちていった。



 扉が開く音で目を覚ます。
 空の色は辛うじて青かったが、そろそろ西の空は赤く染まりそうだ。
 体を起こし扉に目をやる。するとそこには意外な人物が立っていた。
「黒河、こんなところにいたのか? 探したぞ〜」
 やや疲れた声で話しかけてくるのは
「あれ? 柳?」
「『あれ? 柳?』じゃねーよ。探したんだぞ」
「ああ、すまん。ありがと。・・・・・・なんで?」
 謝罪と感謝と深い疑問。
「あのなぁ」
 柳は心底呆れたような表情で
「給食終わってからずっと居なくなって、授業終わっても教室に帰ってこない転校生がいたら普通心配するだろうが。・・・・・・しかも朝あんなこと在った後出しな」
 最後の一文を少し言いにくそうに喋る。しかしすぐ気を取り直して自分の苦労話を始める。
「先に帰ったかと思って、靴箱に靴、調べに行ったら下靴はあるから校内には居るんだろうと思って。調子悪くなったのかと思って保健室も探しても居ないし。じゃあ何処にいるんだって話で学校中くまなく探したんだぞ? そしたら鍵の掛かってるはずの屋上で昼寝してるし」
「あのさ、柳・・・・・・」
「なんだ?」
「柳って委員長?」
 一瞬怪訝そうな顔をして、
「いや委員長じゃなくて学級委員だけど、ってそんなことはどうでもいい!! 神崎姉妹が教室で待ってるぞ」
 そう言えば一緒に帰る約束をしていたのを思い出した。
「ああ、やべぇ、忘れてた。起こしてくれてサンキューな」
 立ち上がり埃を払うと扉に向かって歩き出す。けれど後ろで動く気配がないので振り返ると、柳は難しい顔をしていた。
「どうした?」
「んん、ああ、いや、その、なんだ・・・・・・」
 柳は言いにくそうに言葉を選ぶ。
「あんなことあって教室に居づらいかも知れねぇけど、えーと―――そんなに気にすんな」
 すんな、つまりは、するな。命令形だ。
 その言葉にイラつく。
「ハッ、さっすが、委員長。そりゃあクラスに溶け込めない転校生への憐みか?」
 精一杯の皮肉を込めて嘲笑する。
 しかし、柳はその言葉に動じることもなく、無表情を保っていた。
 相手が乗ってこないことで興がを削がれる。それを待っていたかのように柳は口を開く。
「別に憐みとかそんなんじゃねーよ。ただお前、なんか苦しそう、つーか泣きそうな表情だったからな」
 はぁ、と溜息を吐く。どうしてこうも、こっちの世界の住人は・・・・・・
 柳は軽い口調になって言葉を続ける。
「いきなり教室で殺気なんか放つから俺もビビッタけどな。ぶっちゃけた話、いきなり殴りかかる断の方がどう見たって悪いんだ。まぁその後、黒河の発言と、断の蹴りを受け流した行動には問題あったかもしんねぇけどな」
「・・・・・・見えてたのか?」
 少し驚いた。
「辛うじて、な。これでも一応、力場練れる程度には武道やってるから」
 照れ臭そうに笑う。
 それを見て今まで忘れていたことを思い出す。
「そーいや柳。なんであの時、避けようとしなかったんだ?」
 柳は困ったような曖昧な顔で苦笑する。
 ―――島岡の拳が柳の顔面に当たりそうになった時、柳は反応しなかった。出来なかったのではない。しなかったのだ。それはつまり殴られる覚悟があったということに他ならない。
「まぁ、俺様って感じの断も人並みには、人並みなんだわ」
「・・・・・・そうか?」
 島岡の過去の行動から、疑いの目を柳に向けると苦笑したままで
「ああ。少なくとも無抵抗の人間を殴ったら、ばつの悪い思いをする程度には人並みなんだよ」
 その言葉に異を挟む。
「俺、めっちゃ無抵抗だったんだけど?」
 柳は呆れた声音で
「何が過去にあったかは知らねぇけどな、あれは黒河が挑発するからだ。人並みだが喧嘩っ早さは常人以上だ」
 一つ咳払いをして
「ともかく、だったら俺一人が殴られて場が丸く収まるなら安いものかな、と思ったわけだ」
 こんどはこっちが呆れた声を出す番になった。
「どんだけマゾいんだよ、お前は。どこぞの熱血教師か・・・・・・」
「可愛くねぇなぁ」
 柳は苦笑する。
「幼年期過ぎた男に可愛げなんか求めんなよ」
 ぶっきら棒に言って返すと柳はニンマリ笑って
「いやぁ、だって『シュウちゃん』だぜ? 俺もシュウちゃんって呼〜ぼう〜かな〜」
 起伏の無い言葉と満面の笑顔で
「もし呼んだら、ごめんなさいって土下座で謝るまで殺す」
「殺したら謝れねぇだろうがっ!! 」
 柳がツッコミを入れる。もう一度咳払いをしてから
「まぁ、それはともかく、シュウって呼んでいいか?」
 やっぱりどこか照れ臭そうに尋ねてくる。
(やれやれ変なのに捕まったなぁ)
 そんな風に思う自分は冷たいのだろうか、枯れているのだろうか。
「―――黒河でいいじゃん」
 疲れた声で返答する。
「いや、まぁ、なんつーかこう、名前で呼びたい派なんだよ、俺は」
 何と言うか少し柳と言う人物が見えてきた気がする。
「まぁ、いいけどな」
「おう、分った!!」
 晴れやかに柳は笑う。
「俺は広輔(こうすけ)。柳広輔だ。広い、狭いの広に輔車の輔でコウスケだ。愛情を込めて『広輔君』って呼んでいいぜ?」
 黙考。
「・・・・・・ああ、じゃあヒロスケで十分だな」
「ちょ、おま・・・・・・、酷くねぇ?」
 熱血教師は、変なあだ名を付けられるのが宿命だと思うのだがどうだろう?
 とりあえず無視して階段に向かう。
「あ、こら、シュウ待てよ」
 放課後の屋上にヒロスケの楽しそうな声が響いた。



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