EX1-4 もう一つの世界・後編

 病室に二つの溜息が重なる。どちらという事も無く目を合わせ、もう一度溜息を吐く。
 思う事は多い。
「で、サイ。これからどうするんだ?」
「どう、とは? とりあえず今日のところはサボるつもり」
「やっぱりサボりなんじゃないか・・・・・・」
 ああ、そうだったとサイは屈託無く笑う。こんなのが上司だと胃が痛くなるだろうなぁと勇者の部下を不憫に思う。  気を取り直して事務的な口調でもう一度尋ねる。
「救世主の開いた穴を『どう』塞ぐのかって意味だ」
 サイは難しそうな顔をする。
 戦後のゴタゴタで問題は山積みなのだ。それなのに主要な人間が抜けた意味は大きい。特に、シュウは民の意見を取り入れ、それを活かす立場に就いていた。官と民を繋ぐ重要な役割を担っていたと言っていい。
 この国は長い間、貴族の圧制が敷かれていた。それが民衆に閉塞感、猜疑心を生み、大戦が長引くことで不満は増大。中期には民の協力を得ることが出来ず、効率のいい政策を取ることが出来なかった。その反省を活かし、民の声を聞き入れ共に協力しあう体勢をつくろうとしている。しかし未だに民の心は官から離れたまま。貴族は貴族で自分達の特権が侵されるのを嫌い政策は難航している。
 ちょうど大戦が終結し、貴族の勢力が削がれている今が政策を実施するチャンスなのだが、そのトップが抜けてしまった。
 他にも色々と厄介ごとの調停には救世主という肩書きは便利だったのだ。なんだかんだで、大戦中の功績から救世主に惹かれ、慕う民衆は多い。民衆もさることながら軍部にも信者は数多くいる。そして貴族にも顔が利く。果ては敵国の中にさえ味方がいるのだからその功績には舌を巻かざるを得ない。
「はぁ、失くしてからその人の大切さが解るってのは本当だな」
 サイは溜息とともに肩をすくめる。
「同感だけど、落ち込んでばかりはいられないだろ。どうするんだ?」
「とりあえず大佐は、元第十三独立機甲鉄槌部隊(ユダ)のメンバーを集めて場を凌ぐつもりらしい。昨日から選抜作業してるよ」
「まぁ、妥当な判断だろうね。元ユダの面子ならそれぞれの方面に顔も利くし、優秀な人材がそろってるから」
「わかってねぇなぁ、グランは。元ユダって言ったら俺らの今の優秀な部下だぞ? こっちも忙しいって言うのにこれ以上人員割けってのは鬼だぜ」
 今度は自分が肩をすくめる番になった。
 サイの言う通り、自分達の仕事もそれぞれ重要なものだ。救世主に負けず劣らず英雄、勇者の肩書きは大きい。
 英雄は軍部と他国に、勇者は王族、貴族に対して顔が利く。用は得意分野が微妙に違うのだ。
 そもそも大戦は貴族の暴走に一つの理由がある。この国は緩い王政の下に官と民が協力し合う政治が進められていたが、いつの頃からか貴族が国王を凌ぐ権力を持ち独走し始めた。それが元で他国と亀裂が生じ、戦争が勃発し戦争は拡大を続け大戦へと育っていった。
 そこで勇者が貴族に睨みを利かせつつ、王族の復権を進め、救世主が民衆を飴と鞭で国の復興を促す。そして英雄が他国と遺恨を残さないように各地を奔走する。
 一番の理想は完全に民主政治へ移行することなのだろうが、それはまだ先の話だ。今急激に政治のシステムを変えてしまえば様々なところから不満が噴出するだろう。王族や貴族は言うに及ばず、民衆の間にも教育格差が広がり更に身分階級が別れてしまう可能性が現状では高い。まずは政治体系を元の形に戻し、民衆に広く知識を与え、その上で緩やかに民主政治へと移行することが理想だ。
 それが一体、何時の事になるのかは解らないし、途中でまた道を踏み外すかもしれない。だからなるべく、そうならない様に基礎部分を安定させる必要がある。そしてできるだけ早い段階で、民主政治に移行することが願いでもある。
 そこまで考えて自分の愚かさに思い至る。
 他国を奔走し、忙しさを理由に内政決定に(かま)けていた。その結果が魔王封印の決定であり、それに関わることが出来なかったのは反省すべき点だ。
 だが、例え決定に関われたとして果たして現実は変わったのだろうか? 恐らく答えはNoであろう。国王も大佐も反対しなかったとシュウは言っていた。貴族だけなら抑えようと思えば抑えれるが、国王、大佐、勇者、貴族を相手に救世主と英雄だけで抑えるのは不可能だ。
(ああ、そうか)
 結局自分は何がしたかったのかといえば、免罪符が欲しかったのだ。
 ケンが封印されたことに罪悪感を覚え、(さいな)まれるのが嫌で、そこに居てもしょうがなかったのだと言い訳を考えている。
 自嘲が漏れそうになるのを堪え心の中で思う。
(俺って格好悪ぃ)
 少なくともそこに居ることで、シュウの愚痴くらいは聞いてやることが出来たかも知れないのに。そうすれば国を捨てることを思い留まってくれたかも知れないのに。
(こんな風に思う事さえ、おこがましい考えか・・・・・・)
 今度は堪えきれず本当に自嘲が漏れる。
「うわ、なんだよ? 薄気味悪ぃ。なに急に笑い出してんだ」
 サイが顔をしかめる。
「いや、ちょっと自分の馬鹿さ加減を笑ってたとこ」
 その言葉に一瞬驚いた顔をしたサイだったが、すぐに穏やかに笑う。
「あんまり自分を責めるなよ? お前はまだ子供(ガキ)なんだからそういうのは大人の所為にしとけ」
 子供という単語に少しムキになって反論する。
「二つしか年違わないし、サイだってまだ未成年(ガキ)じゃないか?」
「バァーカ、そいう台詞は酒が飲めるようになってから言えよ」
 む、と言葉に詰まる。確かに酒は飲めないがサイだってまだ十七だ。子供扱いされる云われは無い。しかし反論する材料も無いので口を噤む。
 その反応に満足したのかサイは微笑んでいる。
 いったいその甘いマスクで何人の女性を泣かしたんだと心の中で罵りつつ次の質問を探す。
 しかしそれより先にサイが真剣な顔で話題を切り出す。
「なぁ、グラン」
「なんだよ?」
 さっきのやりとりをひきずったままで声の調子が硬かったがサイは気にせず続ける。
「―――不思議に思ったことは無いか? 歴史上今まで一度も救世主、英雄、勇者、魔王の覚醒時期が重複したことはなかった。そしてそれに伴い俺たちの現行超越機動兵器群(Extra Numbers)の内エターナル、インフィニティ、グロリアス、デザイアが起動」
 少し悩んでから、
「ENに関してはしょうがないだろ? 魔想機(まそうき)の発展自体が割りと最近のことだし、ENは業の保持者専用機みたいなもんだろ?」
 最近と言っても既に数百年は経過している。それでも歴史上から見れば浅い歴史といえるだろう。
「確かにENに関してはそうかもしれんが、業はどうだ? 西暦と呼ばれる時代が終り、星暦が始まってから何年になる? 古星暦含めてだぞ?」
「それは・・・・・・」
 確かにそう考えると不自然に思えなくも無い。上手い言葉が見つからず口篭もる。
「俺は不安なんだよ。これがただの偶然であってほしいと思ってる」
「なにか意図的なものを感じると?」
 サイは黙る。肯定とも否定とも取れる沈黙が病室を占める。視線を逸らし再び窓の外を見つめて呟く。
「世界は俺たちに何を望んでいるんだろうな?」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 前々から疑問に想っていたことを初めて口にした。シュウも薄々は感じていたことだろう。
 業の保持者は時代が荒廃し人々が希望を失った時、現れると世間では認識されている。しかしそれはやや間違った認識だ。たしかに時代が荒廃したときに業を持つ者は現れる。だがそれは、あくまで世間の表と言う意味であり平時にも業を持ったものは存在する。ただ平時は業が覚醒せず眠らせたまま一生を終えるためいないものだと勘違いされているだけだ。

 魔王の業は魔物を統べること。
 勇者の業は魔王を倒すこと。
 英雄の業は人々を導くこと。
 救世主の業は世界を救うこと。

 それぞれそう伝えられているし、シュウと斬り結ぶまでは自分もそう思っていた。
 しかし、そうだとすると疑問が残る。
 それは魔王の存在だ。希望を失った時、業の保持者が覚醒するのであれば、なぜ魔王と言われる者の存在が必要なのか?
 勇者と魔王はそれぞれ光と影のように対となっており、歴史上から見てもこの二つは密接に関係している。魔王が、人々を苦しめ絶望したところで勇者が現れ魔王を倒す。時代ごとに多少の差異はあるにしろ、まるで御伽噺(おとぎばなし)の絵に描いた通りにことが進む。
 果たして魔王の業とは一体なんなのか? 勇者に倒されることが前提のように現れる魔王はいったいどんな(やくめ)を背負わされているのか・・・・・・
 これについてシュウは何らかの答えを得ているようだった。
(・・・・・・シュウ、お前はラシルから一体どんな知識(データ)を得たんだ?)

 業とは受け継がれるもの。時に歴史の表舞台に、時に裏舞台に現れては奇跡を起こす。業を得たものは人の一生では決して得られぬ膨大な知識(データ)を覚醒するに従って脳に書き込まれていく。いや知識だけではない。歴代の業の保持者の記憶や感情も知識(データ)として伝えられる。こと戦闘経験に関して業の保持者は常人を軽く超える。少なくとも歴史に名を残す程度には力を得る。
 そしてその知識を管理し、業を伝える者がユグドラシルと呼ばれる樹木型世界統括制御式基幹量子計算機だ。旧世紀の更に昔、神話時代に在ったとされる世界樹を模したソレは、この星の全てのシステムに干渉する権限を持ち、業の保持者はユグドラシルからのバックアップを得ることが可能となる。

 そこまで考えて溜息を吐く。
「サイ、どうした?」
「いや、・・・・・・シュウは対人戦において最強の部類に入るけど、魔想機戦に於いては間違いなく最強なんだろうと思ってね」
 グランは軽く笑う。
「ははは、まぁアイツの場合、生身でも対魔想機戦でいい勝負するけどさ」
「ちゃかして話の腰を折るな」
 軽く睨むと今度は力なく笑う。
「けど、正直、サイだって思うだろ? ラシルのバックアップを受けた業の保持者(おれたち)主人公(ヒーロー)補正が掛かって射撃武器からの攻撃は当たらない。さらにシュウは天使の呪い(エンジェルカーズ)のおかげで魔法攻撃はほぼ無効化(キャンセル)。最悪吸収(ドレイン)されちまう。そして接近戦は剣聖譲りの剣術(テク)と知識に裏打ちされた先読み。悪魔の祝福(デモンズブレス)による力場多重強化(ハイ・ブースト)。手に負えねぇだろ?」
 返す言葉もない。その通りだ。
「もしも、シュウが本気になったら止めれる人間が果たしてこの星にいるんだろうかな?」
 グランは何も答えず、ただ曖昧に笑う。
 首を振って不吉な考えを打ち消す。答えの出ない問いに時間を掛けてもしかたがないのだと頭では理解しているつもりだ。
 話題を変えるためにもう一度溜息を吐いて息を吸う。
 なるべく感情が篭らないように淡々と言葉を紡ぐ。
「軍は救世主を脱走兵として処罰する方針に決めた」
「―――なんだって?」
 グランは眉を寄せ、緊から怒へと表情を変える。
 それでも冷静に事実を伝える。
「救世主の力が他国に渡るのを恐れたのさ。いや力だけじゃない。あいつの持っている様々な知識、技術、人脈、人望。・・・・・・特に平民に絶大な人気がある。シュウが居なくなったことで人心がこの国から他国に移るのは絶対に阻止しなくちゃならんことだからな」
「そんな、だって、アイツは!!」
「わかってる」
 落ち着けとジェスチャーをしてから言葉を続ける。
「最終的には大佐の判断だ。さっき言ったのは、一部特権階級の貴族連中から救世主処罰への建前。本音としては邪魔者を排除したい。―――そんなところだろう。まぁ、事実も多分に含まれているけどな」
「けどっ!?」
「落ち着けって。―――事実を含んでいる以上、正面きって反論はできない。だから大佐もこの問題に関しては何らかのアクションを取らざるを得ない。現在、軍の実質的トップは大佐だ。一応まだシュウは軍属扱いだし、なにより他の兵に示しがつかない。それがさっきも言った通り脱走兵扱いだ」
 グランは説明に納得できず、俯いて拳を握る。
 予想通りの反応だが気にせず続ける。
「ただ大佐も貴族連中に注文をつけた。『救世主の功績を認め、自らの意志で軍に復帰するなら不問にする』と。これで一応、民衆、軍部、貴族の三方に面目が立つ」
 俯いたままグランは呟く。
「なぁ、サイ。・・・・・・結局、シュウは単なる政治の駒なのか?」
「シュウだけじゃない。俺たちは(・・・・)だ。―――グラン、納得がいかないなら今のうちに軍から足を洗え。今ならまだ間に合う。これから先も、今の立場に居たらもっと醜いモノを見ることになるぞ?」
 子供には辛い話だろう。特に親友とも言える友が政治の道具になる現場と言うのは。けれど、自分が進む道はそういう道なのだと既に覚悟はできている。
「ハハハ、連れないこと言うなよ・・・・・・」
 力なく、グランは笑う。
「あの戦場以上に凄惨な場所が存在するの? だったら俺は見てみたいね」
「怖いもの見たさか? 好奇心は時に身を滅ぼすぞ?」
「わかってるよ。けど・・・・・・」
 顔を上げたグランの瞳には強い意志の光が宿っていた。
「あんな戦争はもう真っ平だ。この世界が平和になるなら政治の道具だろうが、駒だろうがなんにだってなってやるさ」
 溜息を吐く。
「遊びじゃないんだぞ? 覚悟はあるのか?」
「覚悟ならとっくの昔、戦場に立ったときにできてるよ」
 強い風が白いカーテンを揺らす。
 それは少年の覚悟を後押しするかのようだった。



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