EX1-5 転入後日

(・・・・・・気に食わねぇ)
 休み時間。壁にもたれ掛かかりながら教室の最後尾の席に目をやる。そこには柳と、やや眠そうに会話をしている人物が座っていた。
 最初は自分より強いのが気に食わないのだと思っていた。もちろん自分が最強だ、などと自惚れるつもりはない。その最たる例が自分の父であり祖父である。しかし、いつかはあの強さを自分も手に入れてやるのだと内心強く思っている。
 それでも自分と同年代、しかも自分より背の低い奴に負けたというのはプライドを深く傷つけられた。小三でありながらこの永折小で最強の称号を自分は得ていたのだから。
 それなのにまるで相手にされなかった。一度目は完全な油断だった。相手が力場(フィールド)を纏っていなかったので加圧(ブースト)せずとも勝てると思った自分のミスだ。それはいい。いや良くはないが、どんな相手でも全力を出す。『油断大敵』と言う言葉を知った自分に死角は消えた。そして日々鍛錬を欠かさない自分はこれからもっともっと強くなっていくだろう、そう思っていた。
 けれど二度目。以前より確実に強くなり油断もしていなかった自分はあっさりと負けてしまった。しかもあろうことか自分は恐怖していた。
 父や祖父に怒鳴られて怖いと思ったことは幾度とある。けれどあれはそんな生易しいモノではなかった。
 体の芯から身が竦み、息をすることさえ出来なかった。あの時初めて『死』を意識した。今でも時に悪夢として見ることがあるほどに恐ろしかった。
 しかし、だからと言って負けっぱなしでいられるほど自分のプライドは安くはない。弟の清からは呆れられたが自分のプライドが許さないのだ。もっと強くなっていつか絶対ギャフンと言わせてやる。
 そんな風に思っていると視界の中に神崎が加わり、楽しそうに会話を続ける。時折見せる神崎の笑顔が、三割り増しで胸のムカつきを大きくする。
 前までは軽くからかうとすぐ泣いていた。いつもオドオド周囲の様子を窺い、それが気に食わなくて、からかった。それが最近ではからかっても涙を浮かべるに留まることが多くなった。そしてよく笑うようになった。心なしクラスメイトとも以前より話をするようになった。どれも全部アイツが転校して来てからだ。
(気に食わねぇ!!)
 周囲の反応から、もともと鋭い自分の眼つきは更に凶悪さを増しているだろうと予測がつく。けれど分かっていながら止めることができない。いや止める気もない。
 イライラしながら相手を睨みつける。
 最近、神崎の見せる笑みが黒河の傍だといつもと微妙に違うことに気が付いた。そしてそれに気付いてからはあの二人が一緒に居るのを見ると一層、苛立つようになった。さらに気に食わないのは、アイツが神崎のことを馴れ馴れしく『桜』と呼んでいることだ。
 そのイライラをぶつけたい相手が黒河なのか神崎なのか自分でもよく解らない。ただ分かっているのはあの二人が一緒にいるのが一番気に食わないということだけだ。
 壁から背を離すと、いち早くそれに気付いたクラスメイトが道を開ける。そして黒河の席に向かって歩き出すと、一人、また一人と教室から出て行く。四歩進んだ時には周りの異変に気付いた他の生徒たちも教室から逃げるように出て行く。そして黒河の席の前に立った時には教室の中には自分とアイツと柳と神崎しか残っていなかった。神崎は怯えるようにして黒河の後ろ側に回っている。
 何故かその行動に胸が痛むが今はこの苛立ちを発散させるのが先だ。
「オイ、勝負だ!!」
 廊下からクラスメイトの視線を感じるが無視。黒河は不思議そうに目を合わせると横を向き、
「・・・・・・だってさ、ヒロスケ。御指名入ったぞ? よかったな」
「俺じゃねぇよ!! 俺じゃあ!! どう考えたってシュウ、お前だろうが!!」
「いや、だって俺無駄なことって嫌いだし・・・・・・」
「そういう発言が断の癪に障るんだって!! いい加減気付け!! ってか最初から気付いてるだろ!?」
「俺を無視して漫才してんじゃねぇ!!」
 近くにあった手ごろな机を加圧して殴りつけると真っ二つになって壊れる。
「ああ、これで十個目・・・・・・」
 柳が頭を抱えるがすぐ顔をあげる。
「ほら、シュウ!! さっさと相手してやれよ。これ以上クラスの備品を壊させるな!!」
 椅子に座ったまま欠伸をしながら、
「やだよ、メンドイ。ヒロスケパス」
「俺じゃあ断の相手になんないだろうが!!」
「いばるなって。それを言うなら断じゃあ俺の相手にならんだろうが。それに特訓の成果を見せる良いチャンスじゃないか?」
「特訓って階段の上り下りだけだろうが!! あんなんで強くなってたまるかぁ!!」
 こめかみがヒクつく。こっちの顔をみた柳が慌てる。
「ほ、ほら桜花からもシュウに言ってやってよ!!」
 いきなり話題を振られた神崎が柳を見て俺を見る。俺と目が合うと急いで逸らす。そしてアイツに目を合わせる。
「シュウちゃん・・・・・・あの、えっと、ヒロ君じゃ、まだ―――」
 神崎の顔を複雑な表情で黒河は見ると頭を掻き、溜息を吐いて立ち上がる。
「はぁ、しゃあねぇなぁ―――断、相手してやるけど、エキサイトしすぎてもの壊すなよ?」
 力場も形成せず、眠そうに喋る。
「うるせぇ、今日こそテメェに勝ってギャフンと言わせてやる!!」
 こっちは既に臨戦態勢だ。
「はいはい。八回目ニシテ願イガ叶ウトイイネ」
「馬鹿にすんなっ!!」
 今度こそ絶対勝つ。そう想いながら拳を振るう。教室が戦場となった。



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