EX1-6 続・転入後日

 三月に入り風の冷たさも少しは和らいだ。もう少しすれば草木が芽吹くだろう緩やかな日差しを受けながら、今日も二人屋上で、のんびり昼休みを過ごす。
「なぁ、シュウ?」
「んぁ?」
 ヒロスケからの呼びかけに食後の睡眠に入ろうとしていた意識は間抜けな返事を返す。
「俺は最近不思議に思うんだがな・・・・・・」
「んー?」
「なんで俺たちはこんなところで昼休みを過ごさなきゃならないんだ?」
 遠くを見つめながら疑問を口にするヒロスケは、どこか渋い哀愁を漂わせている。小学生でこんな雰囲気を出せるとは中々に稀有な奴だなとしみじみ思う。
「ああ、それはだな―――」
 答えを口にしながら、近いはずなのに遠い存在の運動場から、生徒が楽しそうに遊ぶ声が聞こえる。


「これ以上学校の備品が破壊されるのを防ぐためだ」


 答えを聞いてから腕を顔に押し付け、ヒロスケは泣きまねをする。
「ううっ、理解(わか)ってる、理解(わか)ってるんだけど・・・・・・」
「じゃあ、いいだろ? 公式の答えに疑問を繰り返しても不毛なだけだぞ? 解を他人からでなく、自力で導き出したならそれ以上いくら考えても無駄だ」
「いや、そうじゃなくてだな、理性では理解してんだけど感情が納得してくれないんだ!!」
 悲痛な叫びは広い屋上から空へと消える。
「あー、そりゃ難儀だな。しかし理不尽なことを乗り越えて初めてヒトは大きくなれるんだそうだぞ? 頑張れ少年」
「いや、なんでお前はそんなにクール、っーかドライなんだっ!? ・・・・・・もうちょっと、こう、なんだ?――― 昼休みは全力で遊びたい盛りの小学生だろ!?」
「いや眠ぃ」
「・・・・・・そんなキッパリ言われると返す言葉に困るんですが」
 そう言ってヒロスケはがっくりと肩を落とす。
 それに対して欠伸をしながら、
「しょうがないだろ? 昨日の晩も妖物退治(かぎょう)で夜遅かったんだよ。布団に入ったの今日の二時過ぎだぞ? 遊ぶより寝たいっての。今日だってサボり魔の俺が登校したのは奇跡に等しいぞ?」
 喋りながらもう一度欠伸をする。
 ヒロスケはこちらの顔をみながニヤニヤ笑う。
「どーせ、神崎姉妹に『一緒に登校しよう』ってゴネられたんだろ? シュウちゃんは優しいなぁ〜」
 身体を加圧(ブースト)して一瞬で起き上がり、ヒロスケに軽く拳骨を食らわす。相手の背の方が若干高いのが悔しい。
「いってぇ〜」
 頭を抑えながら涙目でヒロスケは(うずくま)る。
「次、言ったら殴るぞ?」
「既に殴ってるじゃんか!!」
 平和なボケとツッコミに浅く息を吐く。
「しかたないだろ? 毎日、毎日、断が喧嘩吹っかけてきて、その度に机やら椅子やら校舎やらが破壊される。金銭面は断の親が持ってるから問題ないけど、校内の風紀が乱れるのは喜ばしくないからな」
「いや、それはわかってるんだけど・・・・・・」
「既に普通教室の机と椅子合わせて23。特別教室の机7。校内破損箇所は58。本や地球儀等の備品が30点以上。これ以上被害増やしたってしょうがないだろ?」
「いや、それもわかってるんだけど・・・・・・」
「我儘な奴だな、じゃあ何なんだよ?」
「俺が言いたいのはだな」
 ヒロスケは一度咳払いをすると真剣な表情で問いかけてくる。
「なんでお前らの喧嘩に俺が巻き込まれてんだ?」
 その真摯な問いかけに対してしばし黙考。
「―――ノリじゃなかったのか?」
「違う!! 断じて違う!! と言うかなんでそこ疑問系!? 尋ねてるのはこっちなんですけどっ!?」
 そう言ってヒロスケは肩で息をする。
「まぁ、落ち着け。そんなに興奮すんなって」
「興奮してんじゃなくて疲れてんだよ!!」
「そりゃあ大変だな」
「お前のせいだろうがっ!?」
 ことごとくツッコミで返答するヒロスケに対し失笑が漏れる。
「お前も苦労性だな」
「うっさいわ!!」
 かなり本気で疲れているヒロスケには悪いが今度は声を出して笑う。いや、ホントにいい奴だ。
「俺はみんなとサッカーやバスケして遊びたいんだよ!!」
 なるほどと呟いて腕を組む。難しい顔をしながら口を開く。
「そうか・・・・・・それじゃあしかたない。ここのスペアキー、返して貰おうか?」
「うっ・・・・・・」
 ヒロスケは言葉に詰まる。その様子をみながらニヤニヤ笑う。
 毎回魔法で鍵を開けるのは魔力の消費量と供給量の関係で非効率的だという判断から、断から逃げるのを口実に教師を言い負かし屋上への鍵を入手。そのおりにスペアキーを内密に、数本作っておいた。その内の一本をヒロスケに渡してある。
「ホラホラ、どうしたんだい、ヒロスケ君? 僕と手を切るのならその鍵は必要ないだろう? ん?」
 しばらく困った顔をしていたヒロスケはがっくりと項垂れる。
「チクショウ、ソレハ勘弁シテクダサイ」
「いやいや、君にこれ以上迷惑を掛けるのは心苦しいと思っていたところなのだよ」
「ああもう、心にも無いことをペラペラと!! 俺が悪かったです!! ごめんなさい。それだけはマジで勘弁」
「うん。じゃあ良し」
 そう言って笑う。
「・・・・・・お前、鬼だろ?」
 ヒロスケは再び肩を落とす。
「いやいや、俺はお前の意見を尊重しただけだが?」
 満面の笑顔で微笑む。
「お・ま・え・がっ、断から逃げるから、俺が断に追われる羽目になるんだろうが―――こないだなんかみんなとサッカーやってたらゴールポスト砕いてきたんだぞ!? その時のみんなの目線の冷たいこと・・・・・・」
 ヒロスケは切なそうに語る。
「ああ、どこで間違ったんだろう? 俺の人生」
 そう言いながら頭を抱える。
「熱血教師になるって決めた時からじゃねぇの?」
「誰が、何時(いつ)、教師になりたいなんて言ったんだよ? しかも熱血って・・・・・・」
 呆れた声でヒロスケは呻く。
「あれ? 違ったのか? 結構お似合いだと思ったんだが」
 てっきりそうだと思っていたので声に驚きの色が含まれる。
「あのなぁ、」
 もう一度ヒロスケが呆れた声を出した時、突然、勢いよく屋上のドアが開かれた。
 それに反応して嫌そうな表情になってしまうのが頬の筋肉の動き方でわかる。
(ついにこの安住の地も断によって蹂躙(じゅうりん)されてしまうのか)
 そう悲しく思って溜息を吐き、向けた視線の先には予想とは違った人物が立っていた。
 自分よりも更に背の低い、可愛い感じの男の子だ。ぶっちゃけ学年で一、二を争う背の低さだ。何度か廊下で擦れ違ったこともある。
「ユウ!?」
 ヒロスケが驚きの声を上げる。
「なんだ知り合いか?」
 ヒロスケは頭を掻きながら言葉を選ぶ。
「まぁ、なんと言うか・・・・・・近所の幼馴染だ」
「へぇー。『幼馴染とラヴなルート』は攻略不能みたいだな。ヒロスケ、残念だったな」
 ヒロスケの肩を軽く叩き首を横にふる。
「シュウ。お前が何を言いたいのかサッパリだが、そこはかとなくそのジェスチャーがムカつくぞ?」
 下らないやり取りをしてからもう一度ユウと呼ばれた少年に目をやる。
「お前が黒河修司かっ!? 俺と勝負だ!!」
 その少年はビシィッという効果音がよく似合う仕草で右手の人差し指を突きつけてきた。
 とりあえずその少年を無視して、ヒロスケを怒る。
「おい、ヒロスケ!! あれほど鍵はキチンと閉めろって言っただろう!?」
「ちゃんと閉めたって!! 俺だってこれ以上、断に追い掛け回されるのは御免なんだぞ?」
「じゃあどうやってあいつは入って来たんだ?」
「んなこと俺が知るか!!」
 そこへ少年が不敵に笑う。
「フフフ、こんな鍵、針金が一本あればちょろいぜ!!」
 そう言って針金を空に掲げ、誇らしく胸を反らす。
 もう一度お互い顔を見合わせ
「おい、お前の幼馴染、大丈夫なのか?」
「いや、俺もユウにそんな特技があるなんて始めて知った。少し、いや、かなり心配だ」
 同情と懐疑の入り混じった視線を少年に送る。
 しかし少年はその視線に動じることもなく再び人差し指を突きつけながら
「黒河修司、俺と勝負しろ!!」
 再びスルーして
「お前の知り合いにまともな人間はいないのか? 断と言い、清と言い、コイツといい」
「一番まともじゃない人間が何ほざいてますか!?」
「類は友を呼ぶって言うだろ!?」
「俺はまともだったのに朱に染められただけだ!!」
「いいから、俺と勝負だっ!!」
 ついに少年は切れた。
「あ゛ー」
 一度空を見上げて考える。どうしてこの世界の住人は喧嘩したがるんだろう? そんなことを考えながら厄介ごとを回避するための言い訳を思い浮かべる。そして一瞬で完璧な笑顔を作る。
「ごめん人違いじゃないかな? 黒河君なら今頃、音楽室の隠し部屋の中で島岡君から身を隠してると思うんだけど・・・・・・」
「あれ? そうなの? 人違い?」
 営業用スマイルで頷く。案外すんなり人の言うことを信じるタイプのようだ。
「そうなのか・・・・・・そっか、そうだよね。ごめん人違いみたいだ。鬼のような形相でもないし、口が耳まで裂けてもないし、紫色の蛇のような舌でもないし、悪魔のような角も生えていないもんね」
 そう言って少年は安心した顔になる。
「・・・・・・それはなんのことなのかな?」
 頬が引きつきそうになるのを抑えて尋ねる。
 少年は意外そうに頭に疑問符を浮かべると
「あれ? 聞いた事ない? 転校初日からあの島岡断十郎をズタボロに倒したと噂の黒河修司の容貌」
「へぇ・・・・・・それは初耳だなぁ―――ところで君は?」
 噂に尾ひれはつき物だがあまりにも酷いので話題を変える。
「え? あ、俺? 俺は祐。高い峰にカタカナで『ネ』を書いて『右』で、高峰(たかみね)(ゆう)。よろしく」
 澄ました顔で自己紹介をする。どうやらユウは本名らしい。
「どうして高峰君は黒河君と勝負したいの?」
 とりあえず一番の疑問を尋ねてみる。
 会話もしたこともない人間から勝負を吹っかけられるようなら、身の振り方を考え直さねばならない。
(これ以上穏やかな学生生活に支障をきたされてたまるか)
 警戒を解いたのか高峰は悔しそうに
「それがさ、一昨日(おととい)、永遠のライバルにして戦友のヒロと道場で勝負したら負けちゃったんだ」
 そう言ってヒロスケを高峰は指差す。
「うん、うん。それで?」
 当社比二割り増しの笑顔で続きを促す。
「前までは俺の方が強かったのに負けちゃったから悔しくて、ヒロが強くなった理由を周りに聞いてみたら、『噂の黒河修司から特訓をつけてもらってる』という情報を得たんだ。それで、これはもう勝負を挑むしかないと思ったわけさ」
 最後のほうは何故か誇らしげに語る。
 一体どんな理論の飛躍をすれば、そういう結論に辿りつくのか疑問は残るが一つハッキリした事がある。
(犯人は貴様か、ヒロスケ)
 とりあえず後で殴ることを瞬時に脳内で決定。
「そういえば君はなんていうの?」
 逆に高峰から質問が飛んでくる。
「ああ、ごめん。僕は佐藤秀一。黒河君と同じ日に転校してきたからよく間違われるんだ。よろしくね、高峰君」
 人懐っこい笑みで嘘を並べる。
「そうだったのか、どうりで見たことない顔だと思ったよ。人違いでごめんね」
 そしてあっさり騙される高峰。
「いやいや、よくあることだから気にしないで」
「そっか、ありがとう。佐藤君はいい人だね」
 そう言って高峰は穏やかに微笑む。
「へへ、そんなこと言われると照れるな」
 本当に照れたように頭を掻く。
「それよりも人を無闇に指差すのは止めたほうがいいよ? 指されたほうはいい気分はしないだろうから」
「そ、そうか。ごめん今度から気をつけるよ」
「うん。それで高峰君は黒河君を探してるんでしょ? 急いだ方がいいんじゃない?」
「おお、そうだった。音楽室だっけ? またね」
 そう言って手を上げて去ろうとした高峰の背中に声が掛かる。
「ちょっと待てっ!!」
 今まで黙っていたヒロスケが声を上げる。
「ユウ、騙されるな。コイツが黒河修司本人だ」
「ええっ?」
 驚いた顔で高峰が振り向く。
「というかシュウ、なんだそのキャラは!? 気色悪くて鳥肌たったぞ!?」
 舌打ちをしてヒロスケを睨みつけるが、腕をさすっていて気付かない。
「コイツが正真正銘、黒河修司本人だ。クラスの奴に聞けばすぐわかる」
「え? だって鬼のような形相でもないし、口だって、舌だって、角だって・・・・・・」
「そんな人間いるわけないだろ!!」
「そ、そうか!!」
 初めて気付いたように高峰はショックを受ける。
「ちくしょう、騙された!! やっぱりお前が黒河修司だったんだな!? 俺と勝負だ!!」
 言いながら三度(みたび)、人差し指で突き刺してくる。
 更に舌打ち。
 もう少しで厄介ごとを綺麗に追い払えたのに。
(ヒロスケの奴め。今度から地獄のような特訓にしてやる)
 復讐心に燃える心を抑えて、とりあえず厄介ごとを楽に片付けるにはどうしたらいいか。
「勝負だ!! とう」
 間抜けな掛け声と共に高峰が飛び上がる。
(うわぁー、もーう、だるー)
 全く持ってやる気ゼロ。早く昼寝をしたい。そこにいい考えが思い浮かぶ。
「ちょっと待った!!」
 声に反応して高峰が止まる。
「む、勝負に待ったはなしだぞ?」
 そう言いながらも動きを止める。
「うむ、考えたんだが、高峰はヒロスケに勝ちたいんだろ? だったらヒロスケと勝負すればいいじゃないか?」
 我ながらナイスアイディア、と言うか話の流れからして普通そうなるだろ?
 しかし期待を裏切って高峰は首を振る。
「そんなシチエーションじゃあ燃えないじゃないか!!」
「・・・・・・はぃ?」
 高峰は熱く語り出す。
「ヒロの師を俺が倒す。そして師の仇を討つために復讐を誓い修羅の道に走るヒロ。そのヒロを危機に陥りながらも返り討ちにする俺。そこで芽生える新たな友情。くぅ〜、俺って格好いい!!」

「・・・・・・」
 見てはいけない物を見てしまった気分で視線を逸らす。
「・・・・・・」
 気まずいものを見てしまったかのような表情でやはり視線を逸らしたヒロスケと目が合う。
「アレ?」
 二人の反応がイマイチわかっていない高峰。

 急に冷たい風が吹いた気がする。
 ヒロスケに視線を向けたまま、今度は真剣な顔で尋ねる。
「お前の幼馴染、大丈夫か?」
「いや、大丈夫じゃないかも・・・・・・」
 結論、阿呆確定。

「さて、そろそろ教室帰るかな」
「そうだな、そろそろ掃除の時間だし」
 以心伝心。何も見なかったことにしてこの場を立ち去さることにする。
「あの、もしもし?」
 二人とも聞こえない振りをして高峰の横を通り過ぎ扉へ向かう。
「五時間目なんだっけ?」
「たしか国語だ」
「ああ、じゃあ今回は寝れるな」
「『今回は』じゃなくて『今回も』だろ?」
 呆れた声でヒロスケがツッコミを入れる。
「あのー、もしもしー」
 高峰が懸命に声を掛けるが二人とも全力でスルー。
「そういえば、宿題出てたっけ?」
「ああ、出てるぞ。もしかしてやってないのか?」
「あの、えっと・・・・・・」
「だーかーらー、昨日は家業が忙しかったんだって!!」
「それはいい訳だろ?」
 ヤレヤレまったく真面目な奴だ。
「あっ、ちょっと・・・・・・」
 扉を開けて校舎に入り、扉を閉め鍵を掛ける。
「無視しないでぇぇぇ!!」
 高峰の悲痛な叫びが、昼休みの屋上に木霊した。



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