EX1-8 続々・転入後日

 俺の名前は島岡(しまおか)清十郎(せいじゅうろう)。親しい人間からは『セイ』と呼ばれている。家族構成は祖父、父、母、そして双子の兄の五人家族。兄とは二卵性だ。
 家は一般家庭よりかなり大きく使用人も何人か雇っている。
 祖父と親父は絵に描いたような威厳の持ち主で、兄貴と一緒によく叱られる。大半は兄貴が馬鹿をやりそのとばっちりを受けて一緒に叱られるというのがパターンだ。
 祖父は大の格闘技マニアで親父と俺たちに武道を習わせた。マニアなだけでなく、本人も相当の腕前で、手加減を知らず(本人は手加減をしたと言い張った)、兄貴共々、生死を彷徨ったことも一度や二度ではない。
 祖母は亡くなってしまったが、とても穏やかな女性で小さい頃は兄貴と二人、怒られて泣いているとよくお菓子をくれて面倒を見てもらった。正直どうやって祖父とくっついたのか未だに謎だ。これは予想だが、祖父が拝み倒したのではないかと思っている。
 親父は祖父が興した会社を引き継ぎ、順調に経営している。仕事の内容は妖物退治といわれる、言わば化け物退治だ。この会社は元々祖父の趣味が高じた物で、武道の修行をしつつ化け物を退治すれば金を貰うだけの小さな会社だった。それを一代で大企業として発展させ、全国に展開させるまでに至った。その親父の手腕は、経営者としては素晴らしいものだろう。さらに経営者としての一面を持ちつつも、やはりかなりの腕前で、今でも率先して化け物退治を行っている。同じ町内に同業他社がいるのが気に喰わないのか、悪態を吐いているのをよく耳にする。
 お袋はそこそこ良い所のお嬢様だったらしく、親父とは政略的な目的で結婚したのではないかと常々思っている。これも絵に描いたような教育ママでプライドが高く、塾やらピアノのお稽古やら色々やらされた。しかしその都度、二人(主に兄貴だった)が問題を起こして長続きはしていない。それでも勉強の成績が下がると煩いので兄貴と、人に言える程度の成績は保っている。今ではもっぱら自分の美容の為に金をつぎ込んでいる。
 そして今現在、目下悩みの種が双子の兄である断十郎だ。
 昔から喧嘩早い兄貴だった。恵まれた体格に負けん気の強い性格。二次性長期もまだだと言うのに中学生と比較しても体格で引けを取らない。そして幼少の頃からのイカレた修行のおかげで小三の秋には上級生を運動会で打ち負かし公式的には学校で最強であった。もっとも、その前から非公式で上級生と喧嘩しており勝利を収めてはいたが。
 そしてこの春。小四から出場の認められている地区武道大会・小学生の部で優勝。地方大会で準優勝。全国大会では五位に輝いた。結果に兄貴は悔しがっていたが、他の入賞者は全員六年だったことを考えれば驚異的とさえ言える。
 これは余談だが、俺は地区大会で三位になり地方大会への出場権を得たが一回戦から優勝者と当たり敗退した。
 ここまでの話しだけなら、輝かしい経歴をもつ兄で終わる。何が悩みの種かはこれから話そう。そう、これはあくまで『公式』での話なのだ。
 小三の運動会が終わり、永折小で最強の称号を得た兄貴だったが道で擦れ違った同級生に負けたことから話は始まる。

 そいつの名前は黒河修司。本人について特筆すべき特徴はあまりない。黒目黒髪。肌の色がやや色白だが白人というほどでもない。背丈は中肉中背。顔は可もなく不可もない。小四になってからすぐ眼鏡を掛けだした。間違っても女子が黄色い声を上げるようなことはない・・・・・・と思いたいが世の中どう転ぶか分からない。テストの成績は良い方らしいが、授業をサボったり寝ていたりするとの噂で、生活態度の面から総合成績は平均かやや下らしい。前の冬から徐々に男子の間で人気の出ている神崎姉妹の家に同居しており、まれに周りから冷やかされているのを見るが、本人は気にしていない、と言うよりは興味がないようだ。教室に居る時は常時眠そうで、よく寝ている。柳広輔と高峰祐と仲がいいらしく良くつるんでいるのを目にする。

 柳広輔は責任感が強く、年に一回は学級委員を務めている。またそれなりの武道の腕を持っていたが、黒河とつるむ様になってからは一層腕を上げたとの情報がある。

 高峰祐はもともと柳と仲が良かったので、その関係で黒河と仲が良いのではないかと推測している。高峰もまた黒河とつるむ様になってからは一層腕を上げたとの情報があるが詳細は不明。

 昔は兄貴ほぼ一色だった勢力図も黒河が転校して来たことで一転する。
 勢力図などと言うと大袈裟に聞こえるかもしれないが、別に喧嘩で争っているわけではない。恐らくどこの教室、どこの学年、どこの学校にもこういうことはあるだろう。
 少数の強者の考えに大多数の弱者が従う。その強者の人数が多く、考えが違えば勢力が生まれる。(逆を言えば強者が多くとも考えが同じであるなら勢力は生まれない。)
 黒河が転校してきた初日。クラス全員の目の前で完膚なきまでに負けるという大失態を兄貴は犯した。そのことで今までは兄貴の腕力に従うしかなかった大多数の中立勢力が離反。そして黒河自身は特に動いていないが中立色だった柳が明確に反旗を翻し、次いで高峰がそれに続いた。この二人も人気と実力はあったが兄貴には喧嘩で勝てなかった。
 しかし黒河が加わったことでパワーバランスが崩れ今は兄貴をトップした旧勢力と、人数だけは最大だが実力のない中立勢力。そして黒河、柳、高峰の新勢力となっている。
 俺は兄貴派か、黒河派かと問われれば兄貴派であることは断言できる。しかし勢力的には中立に属する。

 それは何故か?

 これが悩みに繋がる理由だ。そう、公式戦において兄貴は輝かしい成績を修めているが非公式戦においては黒河に一勝もできていない。
 俺は、よく兄貴と試合をする。確かに兄貴のほうが俺より強いがそこまで差が開いているとは思わない。そして俺も一度だけ黒河に勝負を挑んだ。結果は言わずとも分かるだろう。兄貴でさえ相手にされないのだ、同程度の強さの俺が勝てるわけもない。
 こっちは全力で挑んだにも関わらず、黒河はやる気無さそうにノラリクラリと攻撃をかわし、一瞬の隙を付いて、一撃で勝負を決められた。
 あの強さは最早異常だった。子供の域を完全に逸脱している。全国大会の優勝者ですら足元にも及ばないのではないだろうか? いったい何をやればこの年であれほどの強さを手に入れることができるのか?
 それ以来、俺は黒河に勝負を挑んでいない。兄貴は懲りもせずに一週間に一回は黒河に勝負を挑んでは負けている。それが俺を呆れさせたりするのだが、まぁいい。(本人は意識を失っておらず時間切れによる引き分けだと言っている。それにこれでも最近は落ち着いたほうで、黒河が昼休みに隠れることで喧嘩の回数自体は減った。)
 それより何より俺を呆れさせるのは、兄貴は自分の気持ちさっさと気付けと言いたい。確かに黒河に負けた悔しさもあるだろうし、意地もあるだろう。だがいくら頭の悪い兄貴とは言え、祖父や親父にまでここまで露骨に勝負を吹っ掛けたりはしない。ではなぜ躍起になって勝負を挑むのかと言えば理由は簡単だ。神崎妹にお熱なのだ。何故執拗に神崎妹にイタズラをするのか不思議に思ったことはあった。それでも少し前までは単に神崎妹のことが嫌いでからかっているのだと思い込んでいた。だがよくよく兄貴の行動を観察すると黒河と神崎妹が一緒に居る時、特に喧嘩を吹っ掛け易い。そして良く神崎妹の行動を目の端で追っていることも。要するに好きな子に嫌がらせをするという非常に幼稚で、情けないアプローチで気を惹こうとしていた馬鹿兄貴は後から出てきた黒河が気に入らないのだ。(これが恋は盲目というやつだろうか?)
 一番の問題なのは、兄貴が黒河に挑んだ際に生じる被害だ。今もガラスの割れる音が連続で響いている。その音に女子の悲鳴が重なる。いったいどんな喧嘩をしたらガラスが連続で割れるようなことになるのだろうか? この喧嘩の性質(たち)の悪いところは誰も止めることができないという点だ。上級生はおろか、先生までも扱いに手を焼いているのだ。もちろん喧嘩をふっかける兄貴の方にだ。黒河は相変わらず逃げるだけで、一方的に兄貴が攻撃を仕掛ける。
 もっとも先生にこれを止めろと言うのも酷な話だろう。小学校の教師を志望するような人は、人が良く、子供好きな人が多い。間違っても武道派の人間ではない。
 今も廊下から兄貴の鬼のような怒鳴り声が聞こえる。待て、とか勝負しろとかそういった類の怒鳴り声から、低俗な文句まで様々だ。
 今度は木材が割れる音がする。多分教室のドアを砕いたのだろう。
「・・・・・・はぁ」
 溜息を吐く。この後、何故か何もしていないはずの俺も、祖父と親父に、兄貴と一緒に説教を喰らうのだ。それも嫌と言うくらいに。それに嫌気が差してせめてもの仕返しに兄貴の勢力から抜けて中立に属しているのだ。そしてさらさら恋を応援してやる気もない。
「・・・・・・はぁ」
 今から憂鬱になる。
(いい加減兄貴も懲りてくれればいいのに)
 そう思わずにはいられなかった。時計を見るとあと十五分で掃除が始まる。と言うことはあと最低でも十五分は被害が拡大すると言うことだった。



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