EX1-12 例えそれが偽りでも4

「―――どうしてシュウ君は嘘を吐いたの?」
「・・・・・・嘘?」
 記憶を反芻してみて、何か嘘を吐いただろうかと頭を捻る。
 年齢に関して少々ややこしくなることを覚悟でキチンと説明したし、魔法の説明をした時も詳細を省いた所はあったにせよ嘘は吐いていない。今回、目が覚めた時も意地は張ったが断じて嘘は吐いていない。
「嘘、吐きましたっけ?」
 頭を捻っても出てこないので率直に尋ね返す。
「吐いたわよ」
 美咲さんは少し憤慨したように断言する。
「いつ?」
「今日、私が最初にシュウ君に質問した時」
 もう一度頭を捻る。

『―――どうして入ったの?』
 その問いに対して自分は
『・・・・・・自分の力を過信していました。どうにかできるだろうと』
 そう答えたはずだ。

 苦笑する。
「嘘じゃないですよ。自分でちゃんと考えた結果です」
「それこそ嘘ね」
 美咲さんは厳しい表情で断言する。
「どこが?」
 嘘吐き呼ばわりされるのは気の良いものではない。
 そう分かっていながら感情が昂るのを押さえきれない。
 また()められるのではないかと頭の隅で注意しつつ、慎重になれと自分に言い聞かせる。
「確かにそれは事実を含んでいるでしょうね。けど全部じゃないでしょう?」
 確かに美咲さんの言う通りだ。全てではない。けれどそれを言った所で、なにがあるというのだろうか? 所詮言い訳に過ぎない。
「包み隠さず、全てを話した所で事実は変えようのない現実です。そこに意味があるとは思えませんが?」
 平淡な口調に対し、美咲さんは不敵に笑う。
「甘いわね。私が望んでいるのは事実でも現実でもないわ。事実の先、現実の奥にある真実よ」
「それこそ意味があるとは思えません」
「意味なんてどうでもいいわ。所詮、意味や価値観だなんて主観に属する一方的な物の見方にしか過ぎないんですもの」
「なるほど。ごもっともです。で、美咲さんはその真実を知ってどうするんです?」
 すると美咲さんは至極当然と言った感じで言い切る。
「満足するわ」
「―――」
 言葉に詰まり、口を噤むことになる。精神論の話をしていた所にいきなり感情論が飛び込んできたからだ。
 そんなこちらの様子を見て美咲さんは穏やかに微笑む。
「シュウ君はもう少し頭を柔らかくしたほうが良いかも知れないわね」
 そう言ってクスクスと上品に笑う。
 笑い終えると優しい顔のまま真面目な声で美咲さんは口を開く。
「シュウ君。君は君が思っている以上に真面目だわ」
「・・・・・・そんなことはありません」
 憮然とした声で否定する。
「そして、誠実でもある」
「・・・・・・そんなことはありません」
 憮然とした顔で否定する。
「けど、それ以上に優しいの」
「そんなことありません!!」
 つい声を荒げてしまったその時、向かって左から飛んでくる平手が見えた。

 手の動きをぼんやりと意識が追う。避けようと思えば今からでも避けれるだろう。けれど何故か避ける気にならなかった。目も閉じず、ただゆっくりと美咲さんの目と目が交差する。

 覚悟していた痛みは頬を襲って来なかった。平手は寸で止められ、代わりに暖かい手が頬を撫でる。
「どうして避けようとしないの?」
 優しい声で美咲さんは尋ねる。
 そんな美咲さんの顔を直視することが出来ず、視線を彷徨わせた末、下へずらす。
「別に、・・・・・・ただ反応できなかっただけです」
「ほらまた嘘を吐く。シュウ君なら十二分に反応して、反撃すらできたはずよ?」
 優しさに満ちた声で再び尋ねてくる。
「・・・・・・」
 何も言い返さない自分に、困った顔で笑い、衣の擦れる音と共に抱きしめられた。
 緩く抱きしめられ、薄い布地を通して相手の温もりが伝わる。頭部が女性の柔らかな部分に押し当てられる。そして甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
 それでも、こんな状況に対して自分の鼓動は正確にいつもどおりの脈を打っているだけだった。早鐘のように打ったりも、大きく強く打ったりもしない。ただ懐かしいと思う気持ちがそこにある。
 何故か全てが他人事のように感じられる。
「あら? 残念ね。シュウ君にはもうちょっと初心(うぶ)な反応を期待してたんだけど」
 からかいを含んだ美咲さんの声に感情の篭らぬ声で返答する。
「ご期待に添えなくてすみませんね」
 そんな様子に美咲さんはまた溜息を吐く。
「シュウ君がどうして避けなかったか当ててあげましょうか?」
「・・・・・・」
 相変わらず緩く抱きしめられたまま、黙って耳を傾ける。
「それはね、相手の想いを強く否定しまったからよ。シュウ君は優しいから、どんなに意地を張っていても優しさを無下に否定することが出来ない」
「・・・・・・」
「だから、声を荒げた後で後悔したはずよ。『しまった』ってね。その行為が相手を少なからず傷つけてしまうことを知っているから」
「・・・・・・」
 抱擁が少し強くなる。
「それで、痛みを得ることで、相手を傷つけたことに対して償おうとしたの」
「・・・・・・それだけ聞いてると、優しいと言うよりは、ただのマゾい性癖持った変態に聞こえますね」
「茶化さないの」
 美咲さんはそう言って拳骨で撫でるように頭を叩く。
「でもね? そんな風にシュウ君が罰を受け入れても私は救われないし、癒されないわ。ううん、シュウ君を叩いたという事実が、逆に辛くなるだけ」
「・・・・・・」
 一層優しい声でそして切実に美咲さんは語る。
「だからね? シュウ君。傷付くこと、傷付けることを恐れないで。そして自分が不幸になれば、みんなが幸福になれるだなんて思い違いをしないで」
「そんなことは・・・・・・」
 言葉を否定しようとして遮られる。
「思ってない? それも嘘でしょう? どうせ『自分に必要なのは幸福から程遠いものだ』なーんて黄昏てるんじゃない?」
「・・・・・・」
「その沈黙は図星かしらね?」
 上品にまたクスクスと笑うのをぼんやりと耳に入れる。

 この状況が、言葉の一つ一つが、とても居心地が良すぎて、ついうかうかとそう思い込んでしまいそうになる。そんな心を叱咤し、思考をわずかに働かせる。
「―――無理ですよ」
「どうして?」
 予め予測していたかのように美咲さんは尋ねる。
 自分でもどうしてだろうと思うのだが明確な答えは浮かんでこない。ただ無理だと強く思う。
「―――無理だと思うからです」
「頑固ねぇ、真面目すぎるとハゲちゃうわよ?」
 頑固と真面目はイコールで結べただろうかと、どうでもいい事を疑問に思う。
「シュウ君は真面目だから途中で自分の意志を曲げることを良しとしないの。そして誠実だから、例え自分自身にも嘘を吐いて騙したくないと思っているのよ」
 そんなことはないと、ぼんやり思う。
 でなければとっくの昔に自分は人間を辞めている。
 騙して、裏切って、捨てるような、そんな醜悪なモノと自分が同一の存在であるなど、自分自身を騙さなければ認めることなどできはしまい。
 美咲さんは困った顔で
「それは刷り込みみたいなものかしらね? 多分、一番初めの記憶が、人は醜くない―――むしろ綺麗だと思ってしまったからでしょうね。どんなに情報を上書きされても、もっとも基本的なことは変わらずに残っているんだと思う。だから人を完全に見限れないんだと思うわ」
 余り働いていなかった思考が急速に回転し始める。
 なぜさっきからこうも自分の深層的な意識を美咲さんはズバズバと言い当てているのか?
 そして森の中でも一度、似たような感覚を受けた記憶がある。小屋の中でユキが自分の過去を知っていると知った時だ。
 頭が働けば体も動く。
 なるべく相手の体に触れないよう、美咲さんの肩をつかんで抱擁から抜け出す。
「なぜそんなことを貴女が言えるんですか?」
 抱擁を解いたことに美咲さんは不満そうな顔をしたが、すぐに気を取り直す。
「こらこら、そうやってまたすぐ警戒しないの。もう」
 息を吐く。
「まだ話してなかったわね。神藤と血のこともさっき話したし(ついで)だから言っておくわ」
 話す内容を整理するように美咲さんは少し悩んだ後口を開く。
「巫女としての力は何も浄化に限ったことではないの。時に特殊な能力を与えられることがあるわ」
「能力?」
 怪訝そうに聞き返す。
「そう。浄化は神藤の血筋全員が持っている力。もちろん男性もね。でも特殊な力は女性の、しかも一部の者にだけ現れるの」
「一部と言うのは?」
 美咲さんは首を横に振る。
「女性であること。それ以外は明確な法則性はわかってはいないわ。能力の形が血の繋がりのように似ているから、ある程度遺伝が関係しているだろうという事が言われているけど。でも血が流れているからと言って必ず能力が現れるものでもないの。ただ後天性なものは例がなく、先天性のものだと言われているわ」
 美咲さんは一度言葉を切り
「余談だけど、代弁者として祭り上げられる巫女は浄化の力さえ強ければ能力の有無は問われないの」
 頭の中に情報を収め整理する。
「そして、その能力と言うのは様々だけど家の家系は特殊な瞳を持つ場合が多いわね」
「瞳?」
 美咲さんは頷く。
「ええ、見る力とでもいえば言いのかしらね? 私の場合、『色見』と言って力場(フィールド)に絵が写って見えるの」
 眉を寄せて尋ねる。
「絵?」
「そう絵。色や模様が力場に写って見えるの。そして力場の色や模様は人によって違うし、精神状態によっても変わってくる。とまぁそれが私の能力ね。さっきみたいに対象が無防備だとかなりいろんな情景の絵がみえるわ」
 悪戯っぽく笑う。
「後は経験則によってその人の状態がどんなものかだいたい掴めるわね」
 うーんと唸ってみる。
 いまいちイメージが湧かない。力場を感じることは出来る。だがそれに色や模様が付いているとは(にわ)かには信じられない。
「・・・・・・僕の力場はどんな風に見えるんですか?」
「そうねぇ・・・・・・年の割に落ち着いた雰囲気をもった模様、かしらね。あとなんだか色々複雑っぽい色をしているわ」
「・・・・・・」
 的外れだとは口が裂けても言えない。
 そんな自分を無視して美咲さんは話を進める。
「雪がシュウ君の過去を知っているのを知っているわね?」
 迷うことなく頷く。
「雪の場合は今のところ『夢見』と言う形で能力が現れているわ」
「『夢見』?」
 聞き返してばっかりだなと頭の隅で思う。
「そう、言葉通り相手の『夢』を『見』るの。まだ余り強く力が発現していなから自分の思い通りにコントロールできないし、全部が全部見えるわけじゃない。・・・・・・空想的な夢や、深層心理に関する夢は見えない。現実に起こった過去の事象の夢しか見えないみたいね。そして、どちらかと言うと『見る』というよりは『見せられる』に近い状態ね」
「・・・・・・じゃあ僕が見せてしまったんでしょうか?」
 あんな見るに耐えない光景を。
 そんな様子に美咲さんは困ったように笑う。
「別にシュウちゃんが気に病む必要はないわ。ただ雪の意識が余りにもシュウちゃんに向いていたから頻繁に見てしまっただけだと思うの」
「―――そうですか」
 全部が全部見えるわけじゃないという言葉に望みを託すしかない。見えていなければいいと思う。あんな光景、見ずに済むならそれに越したことはない。
 けれどそう思う反面で、望みは薄いだろうなとも思う。自分が大人の(なり)をしていたことをユキは知っていた。そして人生の約四分の一を偽りの肉体で過ごしていた。それはつまり、約四分の一の確率で見なくてもいい光景を見たことになる。
 (らち)の明かない考えに区切りをつけ、別の角度から質問をぶつける。
「『今のところ』と言うのは?」
 美咲さんは少し言葉を選ぶように考え
「んー、大人になるまで能力が確定されないの。精神と肉体の結びつきに関係しているとも言われているわ。雪の今の『夢見』の能力は、開花途中のモノなのか、開花してしまったモノなのか、それとも何か違う能力の一端なのかは現段階で分からないの」
「なるほど」
 頷きと共に納得を得て、次の質問をぶつける。
「サクラには無いんですか?」
 すると美咲さんは試すような口調で言葉を紡ぐ。
「桜の能力については桜自身から聞いているはずよ?」
 美咲さんの言葉に対して一言一句思い返すように、記憶を辿る。
 同じように何か疑問に思ったのなら、その都度(つど)質問しているはずだ。
 答えは割りとすぐに見つかる。

『だったら、私も行く!! 私ならお姉ちゃんの居場所わかるから!!』
『・・・・・・なんとなく分かるの。遊園地とかで逸れてもこっちの方だって』
 この二つの科白から推測できる能力とはなんだろう?

「・・・・・・ユキとの感応、もしくは共感に類する能力でしょうか?」
「ブー。残念、外れよ」
 外れたことが嬉しいようで美咲さんはご機嫌だ。
 眉を寄せてもう一度考える。
 最初に話を聞いたときは、双子だから不思議な力で繋がっているのだろうと深く考えなかった。
 実際、双子は通常の兄弟や他の血縁者よりも結びつきが強く、科学的には解明されていない、不可思議な繋がりがあるということは昔から報告されていたことだ。
 そして“血”による能力の発現だという新たな情報も手に入れたが、結局は不思議な能力であることには変わりは無い。
(じゃあ、一体なんだ?)
 何か見落としていることはないかともう一度、記憶を辿る。そして新たに一つのことを思い出す。

『・・・・・・気味悪くない?』

 この台詞はつまり
(自分の能力が、他者の目からは気味が悪く映るものだということを知っている?)
 と言うことは、少なくともサクラは自分自身の能力について省みる機会があったということだ。
(幸か不幸かは別にしてね)
 皮肉的な感情と、苦い思いが浮かびそうになったが無視。

 何を基準に当然とみなすかはその人の価値観次第だ。自分が最初から持っている物は他者も当然持っている物だと勘違いし易いし、逆に自分が持っていない物は他者も当然持っていないと思い込み易い。そうやって自分と他者を含む世界とのズレを認識し、修正していくことで新たな価値観を見出し、社会に適合していく。それは大人へと成長する段階で徐々に修正されていくものでもあるし、何か突発的な出来事に由来して大きく変わることもある。
 そして普通子供は自分の世界に浸っている場合が多い。
 それは別に悪いことでも何でもなく、自分という『個』を明確に確立するのに必要なことだ。故に大人の世界では許されない場合であっても、子どもであるなら許される場合がある。それに、浸っているだけであって閉じこもってはいない。
 問題があるのは、大きくなっても自分の殻に閉じこもり続け、世界とズレを認識するのを拒み、否定することだ。
 ただ少なくとも子どもは、―――自分のような異常な事例を除けば―――自分が最初から持っている物に対して、頭から否定的な考えは浮かばないだろう。
 にも関わらずサクラは自分の能力を気味が悪いと言った。それはつまり自分の能力が世界とズレていることに気付いたからだ。

 世界とのズレを気付くのは他者との接触による場合が大半を占める。そしてその接触した時、自分の能力を否定されたら? そこから自己否定が始まる。なまじ自分の世界に浸っているから浸食は早い。
 けれど、もしその能力を最初に肯定的に受け入れられたなら、少なくとも気味が悪いなどとは考えなかったはずだ。

 だからもう一度考える。
 もしサクラの能力が、ユキとの感応や共感に類するモノだとしたら、ソレに触れることができるのはユキだけであろう。その能力が何時から発現したのかは分からないが、ソレが完成されていない能力であるなら、それ以上他者に触れられることは無いはずだ。
 果たしてユキはサクラの能力を否定するだろうか?
 推測に過ぎないが答えはNoだ。姉妹仲は良いように見えたし、実際、妹の為に森の中にまで足を踏み入れている。嫌っているのならそこまでのことをしないだろう。だから自分との違いも許容できるはずだ。
 ならば、サクラの能力は感応や共感に類するモノではないのではないか?
 だが、だとしたらサクラの能力とは一体何だろう? 自分を良く知らない他者にも触れられ、尚且つ姉のいる場所が分かるような能力。
 そんな能力あるだろうか?
 頭をいくら捻ってみても思い浮かばない。
(と言うことは根本から何か思い違いをしてるのか?)
 他者にも触れられるという点は間違いないだろうと言う自信がある。でないと自己否定なんてしたりはしない。
 ならば姉のいる場所が分かるという点だろうか?
 もう一度状況を丁寧に思い返す。

 あの時はユキという個人の行方が分からなかった。だから姉という個に固執していたが、もし姉以外の居場所も分かるとしたら?
 だがそれでは結局、勘のいい人で終わってしまう。多少不思議に思われるかもしれないが、別に気味悪がられるほどの大きな理由にはならないはずだ。
(居場所じゃない。もっと、こう、何か大きくわかるような―――例えば先とか)
 自分の言葉に、思考が冷えるのを感じたが、全ての線が一本へ繋がる。
 そう『先』だ。そして家系的に『見る』能力が現れるという前提条件。
「・・・・・・予知」
 呆然と呟いた言葉に美咲さんは小さく頷く。
「そう、桜は未来を垣間見ることができるの」
 その言葉に唖然となった。



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