EX1-14 例えそれが偽りでも6

「ええ、僕も似たようなものですから」
 そう言って笑う少年の顔は自虐に満ちていた。
 そして澄ました顔で問うてくる。
「一夜さん、知識の多い子と、少ない子ではどちらがより発達していると思いますか?」
 謎賭けだなと思いながら答える。
「多い子どもだろうね」
 少年は頷き問いを重ねる。
「では、知識の少ない大人と、多い子ではどちらがより人格がはっきりしていますか?」
 答えに少し迷った末に答える。
「・・・・・・人格であるなら知識の少ない大人かな」
 答えを予測していたのだろう。間を空けずに質問が飛んでくる。
「なぜそう思いますか?」
「いくら知識を仕入れたところでそれは結局知識でしかない。いくら知識が乏しかろうと経験はそれを凌駕する。・・・・・・賢さは別にしてね」
 少年は素直に頷く。
「僕もそう思います。いくら知識があってもそれを活かす下地がなければそれはただの暗号に過ぎません。子どもに礼儀を教えて言葉使いや作法を覚えこませることはできます。でも何故その場でそれが必要なのか、根本的なことを理解させるのは至難の技です。―――もっとも何も教えられていない子に比べれば、『教えられたこと』自体が経験になりますから多少は精神年齢があがったりもするでしょう」
 その考えに同意を示す。
「そう、だから単に大人より数学の公式を知っていたからと言って、その子どものほうがより精神が発達しているわけではない。いくら天才少年と言われたところで根本的なところはやはり少年の域をでない」
 再び少年は頷く。
「ええ、ですから、僕のように肉体と精神があまりにも乖離(かいり)した事態には普通ならないと思います。では一体何が大人を大人たらしめるのでしょうか?」
 極自然体で話しかけてくる少年を見ながら、まるで禅問答のようだと思う。
 だが同時に悪くないとも同時に思う。こういう哲学っぽいことは嫌いではない。
(・・・・・・一体何が大人を大人たらしめるのか、か)
 目を閉じて考える。
「・・・・・・さっきも言った通り経験だろうね。生きた月日の中で感情に刺激を受け、いろいろなことを自然と学び取っていくんだと思う」
 少年は頷きもせず問いを重ねる。
「ならば、なぜ逆に子どもの姿のままで、大人の精神にはなれないのでしょうか?」
 話の流れを汲みながら考える。
「・・・・・・大人に比べて子どもは時間の関係上、絶対的に経験が不足するから、かい?」
 眉間に少し皺を寄せ、難しい顔をしながら自信なさげに少年は同意する。
「そう、だと思います」
 絶対の答えは彼も持っていないのだろう。結局は推論にすぎない。
「では、どうすれば子どものまま大人の精神になれるのでしょうか?」
「・・・・・・」

 ―――そう。これが少年に対して常に付いて回る違和感の正体だ。余りに肉体と精神のバランスが悪い。肉体に比べて精神の成熟度合いが高すぎるのだ。言いたくはないが異常なほどに。
 そしてこの歳の子どもなら持っているのが普通であろう、夢や希望と言った将来への期待が感じられないのだ。むしろ失望している節がある。大人に。世界に。
 心に大きな闇を抱えているのは間違いないが、それよりは影や傷のほうが見てとれる。
 そこまで考え、心の中で自嘲する。
(結局は上辺を見て、知った気なっているだけ、か。シュウ君の本質を実際に見たわけではないのに)
 自惚れないようにしようと心に誓う。これ以上、一方的な勘違いで彼を傷つけないためにも。

 不意に少年が苦笑する。
「そんなに難しく考え込まなくてもいいですよ? できるかどうかはともかく、ただの憶測に過ぎないんですから」
 中々答えない僕に対し、答えを深く考え込んでいると勘違いしたのだろう。
 そう今は彼の話に集中しなければ。
 もう一度考え込む。
(大人の精神を持つためには経験が必要。しかし子どもには時間が足りないから子どものまま大人の精神は持てない)
 しかしそれでは彼の精神性が説明できない。ならばどうすればいい?
(時間さえあれば経験が積める?)
 頭の中で首を振る。
(それでは肉体が大人になってしまう)
 んー、と唸る。一体どうすればいいのだろうか?
 彼の言葉を思い出す。
(―――できるかどうかはともかく、か)
 一応の結論が出る。
「子どもが持てる時間の中で大人と同等の経験を積めばいい、かい?」
 少年はゆっくり頷く。
「ええ。そうすれば子どものままでも大人のような精神を持つことも可能でしょう」
「でもそれは・・・・・・」
「はい、理論的に不可能です」
 言いかけの言葉をあっさり肯定する。
 難しい謎賭けだなと眉を寄せる。
「じゃあ、一体どうやってシュウ君はその人格を確立したんだい? 完全に矛盾するじゃないか?」
「抜け道があるんですよ」
 歳相応の顔でにっこりと楽しそうに笑う。
「結局のところ、経験とは記憶と置換えることができませんか?」
 疑問の残る仮説に頭を捻る。
「んー、確かに経験は脳に記憶として残るから、経験(イコール)記憶と言えなくは無いかもしれないけれど・・・・・・言い切ることは難しいかな」
 完全に同意を得られなかったことに落胆もせず、少年は頷く。
「そうですね。experience と memory は全くの別物ですから」
 至って普通に古代語―――英語だったか―――が口から出てくる少年に舌を巻く。
「話は飛びますが、この世界ではコンピュータとネットは発達していますか?」
 言葉通り、急な話題の転換に戸惑うが答える。
「? コンピュータに言えばここ20年くらいで比較的発達したと言えるんじゃないかな? やっとネットインフラも再整備せれてきてはいるし・・・・・・」
 一度世界は壊れてから分裂し、そして再び発展しつつある。
 少なくとも旧世紀の頃に比べればスペックそのものは上昇しただろう。昔はほぼ全ての地域がネットによって結ばれていたらしいのだが、30年前まで完全に分断されており、その復旧にはかなりの時間を要した。そしてなんとか今の形にまでこぎ着けた。
 少年は考えるような素振りを見せてから
「僕の居た世界では、おそらくこの世界とは比べ物にならないほどコンピュータが発達しています」
「どんな風にだい?」
 その直後、何も無い空間から右側面―――シュウ君の左側面―――に半透明で、緑色の四角い布のような物が現れる。
 突然の現象に驚く。
「!? これは?」
「コンピュータにあると思います。ウィンドウですよ。正確にはディスプレイ部分に相当するんでしょうけど、重ねて開くこともできますからやっぱりウィンドウなのかな?」
 少し自信無さそうに少年は説明する。
 良く見ると、その布のように見えたものは全く揺れておらず、小さく裏表で文字が表示されている。
 文字は多分共通語。反対側からなので上手く読めない。
 そして現れた時と同じく、突然消え去る。
「とまぁこんな具合です。コンピュータが発達しているというよりは技術そのものに開きがあるのかもしれませんね」
 そう言って少年は苦笑する。
「すごい世界なんだね」
 何気なく言った科白に少年の顔は曇る。
「少なくとも科学技術の発展=素晴らしさではないですよ」
「でも妖物に命が奪われるような世界ではないんだろ? 羨ましいと思うけどな」
 少年は首を振る。
「確かにヨウブツは居ませんけど、モンスターはいますし盗賊もいます。それに―――争いが絶えません」
「・・・・・・」
「この世界の情勢を僕はまだ知りませんが、平和だと思いますよ?」
 少年は目を細めて空を見る。
「僕の居た世界ではロボットが兵器として動き、銃弾が飛び交い、魔法が町を焼き尽くす。中世西洋を舞台にしたSFファンタジーの、世にも奇妙でイカレタ世界です。―――単語の意味通じますよね?」
 意思疎通の言語を心配する少年に対し頷く。
 だが言語の意味が通じるだけであって状況を想像し辛い。
 不意に『この世界で言う、マンガの様な世界だと漠然と思っておけばいいさ』という台詞と共に、懐かしい顔を思い出す。だがそれを今は関係の無いことだと頭から締め出す。
 目の前に座る少年は一度目を伏せ、顔を上げると苦笑する。
「話が逸れちゃいましたね。―――ここからが推測による回答です。もしコンピュータが異常発達し記憶情報をもデジタル化することが可能だとしたら、僕のような子どもを作成することが可能ではないでしょうか?」
 上手く話しに付いて行けない。
 あまりにも理論が突飛し過ぎている。
「待った、シュウ君。いくら記憶をデジタル化できたとしてもそれは無理だろう?」
 例えばどんなに精巧(リアル)な叙事映画を見たところでそれを経験したことにはならない。
 しかし少年は首を横に振る。
「一夜さんはデジタル化と言うとどんなものを想像します? 僕の言っているデジタル化とはそれこそ全てのモノに適応されると考えてください。五感や思考、感情さえも」
 言葉を失う。
「全てをデジタル化できれば、それを元に仮想(バーチャル)を作る事が可能です。限りなく本物(リアル)に近い偽物(バーチャル)を。Aさんが鼻で嗅いだ風の匂いから、肌で感じた土の湿り気、手で握る剣の重さ、思考と感情。その他全てに至るまで全部。そしてBさんにそれを教え込む(インストール)。そうすればBさんはAさんの経験を疑似体験したことと同じではないですか?」
「・・・・・・でもそれは」
 少年はゆっくり頷く。
「ええ、自分で言っておいてアレなんですが結局不可能です。そもそも感情なんて複雑なものをどうやってデジタル化するのか、その手法さえわかりません。まぁ、ある程度の快、不快なら、ろくでもない薬品を使って再現も可能でしょうけど人間の感情は単一ではありませんし、感じ方そのものも、個人によってバラつきます」
 不可能だと言われて息を吐く。
 そして、そんなことが可能な世界になって欲しくないな、とも。
 しかし、そこまた同じ疑問にぶつかる。
 じゃあ結局、どうやってこの少年が今の精神性を確立したかは謎のままだ。
 少年と目が合う。そして少年は再び口を開く。
「自分でも突拍子が無いとは思います。けどなんの証拠もなくこんな推論を導き出したわけじゃないんです」
「その証拠は?」
 トントンと少年は人差し指で自分の頭を指す。
「僕の頭の中には自分の物じゃない、自分以外の記憶があるんです。それも断片的に、複数人分の記憶が」
 唖然として少年を見る。
「でも、だって、それじゃ今までの話が全然噛み合わないじゃないか?」
「はい。でも記憶が存在するのは事実です。しかし、その手段は通常ありえないんです。知識だけならそれこそコンピュータを使って意図的に同化させることはできるんです。けど記憶ともなると情報量が膨大になりすぎるんです」
 コンピュータを使って意図的に同化させられることのできる技術力に驚く。
 だがそれよりも気になる台詞がある。
「・・・・・・通常じゃなく特殊ならできるのかい?」
 ニヤリと少年は笑う。
「ええ。感情やその他諸々をデジタル化できるかどうかという問題は置いておいて、知識だけなら同化できる。なら同じ情報化されたものなら記憶も可能、ということにはならないでしょうか?」
 それに異を唱える。
「けど、情報量が膨大になりすぎるんだろ? だったら結局は無理じゃないのかい?」
 肯定も否定もせずに少年は続ける。
「通常、同化する時、情報の送り手が一番気をつけなければならないのがデータの量です。そして受け手も、脳の処理能力を超えるような情報が入らないよう転送速度を制限しています。それは一度に大量の情報を仕入れても脳が処理しきれませんし、下手をするとパンクしてしまうからです」
 一度息をつき
「けれど、それがもし特殊な状況下で、送り手が受け手のことを気にせず大量のデータを送り、受け手も制限をかけなければ?」
 慎重に尋ねる。
「・・・・・・パンクはしないのかい?」
 少年はなんでもない事のように笑う。
「するかもしれませんね。情報量に脳の処理が追いつかず神経が焼き切れてしまうこともあるかもしれません。実際、痛みで死ぬかと思いましたし、死んだほうがましだとも思いました」
 表情を真剣なものに変え
「それに加えてデジタル化された記憶の利点は、再生速度を上げることが出来る点です。人、一人の一生分の記憶を1倍速で見ていたら同じだけの時間がかかりますが、10倍、100倍、1000倍と上げていけば短時間で済みます。―――もっともそんなことすれば余計脳に負担がかかりますけど」
 本当にただの苦労話のように笑う。
「以上が僕の導き出した推論です」
 (にわ)かには信じられない話だ。
 本人も自覚しているだろうが穴もある。
 だがそれでも彼はここに存在し、彼の人格もまた存在する。それは変えようの無い事実だ。
「一体それはいつ頃の話なんだい?」
 少年は少し考えてから答える。
「六歳になるちょっと前です。比較的、脳の柔らかい時期だったのが幸いしたのかもしれません。後は、・・・・・・精神と肉体は共に影響を与え合っているので完全には大人なの精神性を獲得することはできない。―――だからこんな中途半端な人格が形成されているんじゃないでしょうか?」



 ◇ ◆ ◇ ◆

 目の前で一夜さんは難しそうな顔をしている。
(まぁ、無理も無いか)
 記憶の同化なんて普通考えられないような話だ。それにもっと単純な答えとして、異常にませているだけの子どもと結論する仕方もある。
 例えば、近しい者の死に触れたことのある子どもや、家庭環境が複雑な子どもは、その年代の平均的な子どもより高い精神性を獲得する場合がある。
 その延長線上に自分が居れば『かなり特殊な子』で全てが片付く。
 だが、それだけでは戦闘能力に納得がいかないのだ。最初に闘った時から、なぜか力場の使い方を熟知し、魔法を使うことができた。もちろん教えて貰ったことなどない。
(ああ、それとも、人格だけが異常で、戦闘能力に関してのみ同化が進んだのか?)
 頭の中で一つの可能性を考えて、即座に否定する。
 既に何度か考えたことのある推論だ。
 結局、記憶の同化だと考えなければ、時折思い出したようにフラッシュバックする不可解な記憶に説明がつかない。
 だから自分たち(・・・・)はそうであると結論付けたのだ。

 一夜さんが口を開く。
「他人の記憶を持っているというのはどんな気分だい?」
 極々自然に尋ねてくるので感情は読み取れない。
「・・・・・・変な感じ、ですかね? 過去を思い返すとふと知らない記憶が混じってるんです」
 違和感はある。だが、なぜかそれに納得している自分が居る。
 故に恐怖を感じる。記憶があることに対してではなく、すんなりと納得してしまうことに。
 一夜さんは質問を重ねる。
「さっきのシュウ君の話だと情報の送り手がいるはずだね? 一体その記憶は誰の物で、誰から送られ、なぜシュウ君はそれを受け取ったんだい?」

 答えようか一瞬迷う。
 その答えはあまりに根が深い。だが
「記憶は“救世主”なんて恥ずかしい名前で呼ばれていた連中の物です」
「救世主?」
 一夜さんが怪訝な声で聞き返すが今は同意するだけに留める。
「ええ。そして送り主はユグドラシルと呼ばれる樹木型世界統括制御式基幹電子計算機。―――ちょっと違いますがスパコンだと思えばいいでしょう」
 一夜さんが何かを思い出すように目を伏せる。
「ユグドラシル・・・・・・旧世紀の北欧と呼ばれた地域に伝わっていた、神話に登場する世界樹、だったかな?」
 驚きに眉が動く。
「旧世紀の神話のことなんてよくご存知ですね」
 少し照れたように一夜さんは目を逸らす。
「昔、興味があってね。そう言う本を読みふけっていたことがあるんだ」
 軽く頷く事で了解の意を示す。そして
「最後に受け取った理由は―――力を欲したからです」
 間を空けず、首を横に振りながら一夜さんが口を開く。
「それはおかしいよ。力を欲する人間はいくらでもいる。なぜシュウ君でなくてはならなかったんだい?」
 同じ方向に首を振る。
「わかりません。ただの偶然か、それとも何か意図があったのか」
 本当の事だ。
 自分でなければならない理由は何度も考えた。しかし思い浮かばなかった。
 ならば単なる偶然でしかないのだろう。
 一夜さんはさらに質問を続ける。
「他人の記憶を疎ましく感じたことは?」
「そりゃ、ありますよ。まるで自分の記憶を侵蝕するかのように存在するんですから」
 今ではどれが自分(オリジナル)の記憶で、どれが他人(コピー)の記憶なのか区別が曖昧になりつつある。
 乾いた笑いが漏れる。
「人格と言うものが過去の経験から培われて出来る物なら、ここに存在する『シュウ』と言う人間の人格は完全なオリジナルではないんです。何人かの記憶を寄せ集めて作られた・・・・・・誰か」
 一夜さんはゆっくり首を振る。
「例え、他人の記憶があったとしてもそれを含めてシュウ君だと、僕は思うよ」
「―――有難う御座います」
 一夜さんは謝礼に対して頷き、笑った。



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