EX1-15 例えそれが偽りでも7

「色々複雑だね」
 薄く笑いながらええ、と答える。
 気負いなく一夜さんは笑う。
「技術そのものに格差があるなら、言っている意味を完全に理屈として理解するのは不可能だろうし、確証もないわけだ。だったらシュウ君はシュウ君らしくしていればいいと思うよ」
 気遣いに苦笑を返す。
「ありがとうございます。でも元よりそのつもりですから心配はいりません。それに、いまさら子どもっぽく振舞おうにもどうすればいいかわかりませんから」
 一夜さんも困った顔で苦笑する。

 いい人だなと思う。
 気休めは言う。けれど安易な気休めは言わない。
 言葉に篭る意味を理解し、こちらの意志を汲んで適当な距離を空けてくれる。
「それで少し話は変わって、感謝してもらったついでにお願いがあるんだけど、いいかな?」
「? なんでしょう?」
 一夜さんは少し言葉を選んだ後
「うん・・・・・・やっぱり無理かな?」
「何が、です?」
 珍しく歯切れの悪い一夜さんの言葉に首を傾げる。
「あー、だから、えーと。―――美咲さんのことを『母さん』って呼ぶの」
「―――」
 口を開けてから、答える言葉が無いことに気付き、閉じる。
「そりゃ僕だって『父さん』って呼んで欲しいけど嫌なら今のままでいい。でも美咲さんは何だかんだで子ども好きだし、無理強いはしないけど呼んで欲しいって思っていると思う。・・・・・・だから、駄目かな?」
 俯いて視線を逸らす。

 結局、なぜその呼称を使いたくないのかと言えば照れもある。恥ずかしさもある。
 だが、それ以上に、自分にとって親は決していい感情を持てる相手ではないのだ。
 なのに、それらと同等の扱いをしてしまっていいのだろうか?
 捨てられたという思いもある。けれど、それは仕方の無い事だとも同時に思う。
 人は自分の行動に全責任を負うべきだ。しかしそれは残念ながら不可能だ。全ての行動に責任を負えるなら問題なんて起こるはずない。けれど現実に問題は起こる。その問題の大半は無責任故にだが、中にはどうしても仕方の無いことが存在する。
 だから親が自分を捨てたこと自体は気にしていない。売買春か、ゆきずりの関係か、経済的困窮か、それとも強姦か。果ては身分違いの恋故か。理由ならいくらでも思いつく。そしてその全てがろくでもない理由だろうとも。
(まるで他人事だな)
 冷めていると自覚し、心の中で自嘲する。

 特に戦争という状況下においてはそれも仕方なかったと思う。例えそれが親として、人として、最低最悪の行為だったとしても。
 それに、捨てられてしまったが故に出会えた大切な女性(ひと)がいる。
 捨てた親には感謝の欠片もないが、運命と、愛しみ育んでくれた人には感謝しよう。

 だがその一方で思う。
 なぜ捨てるくらいなら息の根を止めてくれなかったのだろうかと。
 なけなしの良心故か、それとも単なる気紛れか。殺されていれば大切な女性には会えなかったという矛盾が生じる。けれど自分という存在がなければ、姉さんは死なずに済んだ。少なくとも自分の身代わりとなって殺されることはなかった。
 責任転嫁だと思う。
 自分のせいで姉が死んだこと認めたくないが為の。だから『捨てた事』は気にしていない。だが『殺さなかった事』を許すことはできない。
 故に親を憎む。
 けれど、その思いを一夜さんたちにぶつけるのもまた間違いだ。

 色々な想いを込めた溜息を吐く。
「―――僕にとっての父と母は良い意味ではありません。父、母と呼べばそれは同じ意味を含みます。それでもですか?」
 重い口を開く。出来れば否定して欲しいと。
「うん。それで構わないよ。どんなに頑張っても僕らは血の繋がった親子にはなれないから」
 それは諦めの言葉のようにも聞こえた。だが一夜さんはなんのためらいも無く笑う。
「それでも思うんだ。例えそれが偽りでも家族にはなれるだろうと。だから―――」
 今度は大きく溜息を吐く。真っ直ぐな人だ、と。
「・・・・・・『とうさん』、『かあさん』くらいで許していただけるなら。後まぁ、すぐに、すぐは慣れないと思うんで、その辺は勘弁してください」
 やっぱりどこかこそばゆい。
 一夜さんは笑顔で頷く。それで良いと言うように。けれどその瞳には一抹の寂びさも見えた。きっとニュアンスが『義父(とう)さん』と『義母(かあ)さん』だということに気付いているのだろう。
「すまないね、無理させてしまって」
 力なく一夜さんは笑う。
「大丈夫ですよ―――とうさん」
 その科白に義父さんは驚から喜へ表情を変え大きく頷く。
 そしてフム、と直ぐに思案する。
 そして幾分真剣みを帯びる声で口を開く。
「シュウ君、無理を言わせた手前一つ情報をあげよう」
「? なんです?」
 そこまで無理しているつもりも無いし、恩もあるので別に構わないのだが一夜さんの雰囲気に耳を傾ける。
 一夜さんは一度力場検索(フィールド・サーチ)を行うと声を潜める。
「シュウ君が森に入ったことをなぜ不問とされたか、だ」
 表情が険しくなる。
 まさかこんなに早く疑問の答えを聞けるとは思っていなかった。
「宗家から箝口令(かんこうれい)が敷かれていて本当は言ってはいけないんだけど、多分シュウ君は知っておいたほうがいい。―――最初の話で気付いたと思うけど神託が降りたんだ」
 言葉は軽く、おどけているようだが、眼差しは真剣なままだ。
 宗家という単語に眉を顰めた後、小さく頷く。
「昨日、僕たちが事態を隠蔽(いんぺい)しようと動き出した時、宗家から一つの通達があった。神託が降りたと。その神託の内容は『永折の森に入ったものを不問とし、現状を維持せよ』という不可解なものだった」
 眉間に一層皺を刻む。
「どういうことです?」
 一夜さんは首を振る。
「僕にはよくわからない。ただ、美咲さんは納得したように笑っていたよ」
 何故、と疑問が浮かぶ。
 それは神託という単語と美咲さんが笑っていた言う状況の二つに対してだ。
 もう一度どういうことか尋ねようとした時、軽く足音が響く。
 足音の主は美咲さんだった。
「ご飯出来たわよー、ってアラ? どうしたの? 二人して難しい顔して。何々? 男同士の秘密の会話?」
 興味津々といった感じで嬉しそうに美咲さんは尋ねてくる。
 その顔を唖然と見ながら―――本当に今更だが――― 一つの事実に気付く。
(この二人、気配を消すのが上手い)
 足音が響くまで全く力場(フィールド)を感知できなかった。それに

『―――美咲さんのことを『お母さん』って呼ぶの』

 あの台詞、今思えば不自然だ。一体何時から一夜さんは聞いていたのか?
 改めて只者ではないと思い知らされる。

「どうしたの? シュウちゃん」
 同じ表情のままで固まっていた自分に怪訝そうな声がかかる。
 その声で我に返る。
「あ、いえ・・・・・・」
 なんでもないです、と続けようとして言葉を濁す。美咲さんが笑った理由を尋ねてもいいだろうか?
 チラリと一夜さんに目配せをする。
 一夜さんは目を合わせて小さく頷く。
「あの美咲さ―――」
「もう『お父さん』、『お母さん』って呼ぶようにって言ったでしょ!?」
 言いかけた言葉に、強引に科白を割り込ませる。表情は笑っていた。
(さっきの話、聞かれてたのかな?)
 漠然と疑問に思い、じゃあ一体、何時、飯を作ったんだと更に疑問が返す。
 思考が逸れそうになるのを正し、気を取り直して口を開く。
「―――か、かあさん、」
 いざ口に出して改めて思う。
(は、恥ずかしい―――)
 一体何の羞恥プレイだと心の中で罵る。
 そんなこちらの様子に美咲さんは満足そうに頷く。
「なぁに?」
 わざとらしく咳払いをして表情を改める。
「義母さんは神託が降りた理由を知ってるんですか?」
 遠まわしな表現は避け、単刀直入に尋ねる。
 その問いにああ、その話、と言った感じで納得の頷きを見せた。
「シュウちゃん森の中で月子に会ったでしょ?」
「!?」
 再び何故という疑問が湧く。
 ユキやサクラが話したのだろうか?
 いや、違う。もっと根本的に何か、疑問に思ったことが違う気がする。
(なんだ?)
 喉の奥に刺さった小骨のような感覚。
「ヒントその1」
 美咲さんが突然指を立てる。
「覚えているかしら?『美咲に場所を伝えといたから、もう直ぐ救助が来ると思うわ』っていう月子の台詞。どうやってあの広い森で連絡をとったのでしょう?」
(それは・・・・・・)
 答えを思いつく前に美咲さんが二本目の指を立てる。
「ヒントその2。タンポポの花言葉は、思わせぶり。愛の神託。解き難い謎。また逢う日まで、よ。中々に意味深よね?」
 他にもあるけどと付け足して美咲さんがウィンクをする。
 しかしその状況は頭に入っていない。
 心のどこかで薄々感じていた嫌な予感。今日話していて、ずっと目を逸らし続けた一つの真実。それが今の言葉で絶対のモノとなる。そして呆然と呟く。
「・・・・・・神、託?」
「そ、神託」
 気が遠くなる。アレが? あんなのが?
「神・・・・・・なの、か?」
 美咲さんが口を尖らせる。
「もう、なにその不満そうな顔は? あんなのでも一応神藤(ウチ)の神様なのよ?」
 その言葉に安堵の息を吐く。よかった、と。
(美咲さんも『あんなの』って思ってるんだな)
 美咲さんは気にせず口を開く。
「まぁ性格に難があるのは認めるけど正真正銘、神様よ。―――少なくとも神藤一族(わたしたち)はそう信じているわ。本人(いわ)く半神なんだそうよ」
「半神?」
 聞きなれない単語に首を捻る。
 美咲さんは頷く。
「多分シュウちゃんが思っている神様とは微妙に違うと思うわ。全超越的な神ではなく、神としてのイメージを部分的に具現化した存在でしかないの。私が代弁者をしていた時からあんな感じかしら?」

 美咲さんの言葉を聞きながら嫌な現実もあったものだと嘆息する。
 往々にして、世界は自分に対して優しくない。
 あんな脳味噌ピンク色なのが神だなんて嫌過ぎる。
 だがその一方で納得することもある。
 サクラも巫女なら神を降ろせるだろう。それに神なら本体が在ればドラゴンを相手にすることも可能。そしてあの亜空間構成。さらに自分の過去とラシルの関係。会わないことを神に祈ると言った自分の言葉に対して、意味無いかもと呟いた月子。
(本人が神なんじゃ、そりゃあ祈っても意味ないわな)
 がっくりと肩を落とす。
 二度と会いたくない。
 あの独自の思考回路と雰囲気がどうも苦手だ。
(あれ? でも・・・・・・)
 妙な既視感を覚える。
 目の前に居る女性を見つめる。
 その視線を受けて首を傾げる美咲さん。
(似てる?)
 似ていると言う表現は正しくない。だが言葉で言い表し難いどこかが似ている気がする。
(いや、でも待て)
 不吉な予感が胸を占め、思考が焦る。
 単なる勘違いであることを願う。
 だが神を降ろした時、知識の同化が起こるらしい。その情報元は誰だ? そしてもしその情報に釣られて人格が形成されていったら?
(・・・・・・)
 蟀谷(こめかみ)を押さえる。
 大丈夫。言葉にしなくても確定だ。頭痛がするのはきっと気のせいだ。

「シュウ君、大丈夫かい?」
 一夜さんが心配して声を掛けてくれた。
「・・・・・・ええ、大丈夫です」
 気付いてしまった不吉な予感は厳重に封印して心の奥底に埋めておく。
 もし尋ねてしまい、答えを否定されなかったら森の中での色々マズイことが明るみに出てしまう。そうならないように話題を流そうと口を開いたところで
「そういえばシュウちゃん」
 今、一番話しかけられたくないタイミングで美咲さんが遮る。
 話しかけるタイミングさえ見計らっていたのではないかと勘繰ってしまう。
「な、なんでしょう?」
 頬が引きつりそうになるのを懸命に堪える。
 美咲さんがニッコリ笑う。
 本能が告げる。あの笑顔は危険だと。そしてこういう嫌な時の勘だけは良く当たる。
 忙しなく視線が動き退路を探す。
「月子がシュウちゃんの居場所教えてくれた時に他にも色々(・・)教えてくれたの」
 美咲さんは嬉しいのと、喜んでいるのと、楽しそうなのと、その全部と、けれどそのどれとも言えない複雑な笑顔だ。
 それが一転して困惑した表情になり手を頬に当てて思案顔になる。
「やっぱり男の甲斐性は責任を取ることだと思うのよね」
「!?」
 冷や汗が背を伝う。
「雪と桜の母親としてやっぱりことの顛末はキチンと把握しておくべきだと思うのよね。だ・か・ら・・・・・・」
 やけに『ユキ』と『サクラ』の部分を強調した物言いに、完全に腰が引ける。
 横をチラリと盗み見れば一夜さんは事情がよく飲み込めていないらしく不思議そうに首を傾げている。
「洗いざらい話してもらいましょうか?」
 表情が笑っているぶん、どこまで真剣なのか把握できない。
 引きつった笑いのまま、生涯で一番恥辱にまみれた尋問が始まった。

 ただこれ以後、あまり気を使わなくなったのは別の話。



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