EX2-2 神条家に行こう1

 目の前に長閑(のどか)な山村が広がる。
 電車とバスを乗り継いで半日。それから義父に付いて歩くこと四十分。
 ここが目的の村らしい。
 なぜこんな所に居るのか。話は一昨日の晩まで遡る。

「シュウ君。明後日、予定はあるかい?」
 夕食後。なんの脈絡も無く、唐突に義父に尋ねられた。
 明後日は休みの土曜日だったよなと、特に深く考える事も無く答える。
「いえ、特にコレと言って用事はありませんが?」
「そうか。良かった。だったら一緒に神条家に行こう」

 てなやり取りの後、男二人の遠出と相成った。
「シュウ君、疲れたかい? もう少しで目的地に到着だよ」
 微塵の疲れも見せず義父は笑う。
 少量の荷物をリュックに。手には竹刀袋を携えている。
「いえ、それは大丈夫なんですけど、随分と長閑な場所ですね」
 辺り一面が田んぼ。稲刈りの時期はとっくに過ぎてしまっていて藁の滓が黄色い地面を作っていた。
「静かで良い所だろう?―――神条家の説明はした事があったかな?」
 神藤に関する多くは無い知識を頭の中から引っ張り出す。
「確か―――妖物の浄化が第一目的ではなく、武具を作製することを第一の目的としている・・・・・・でしたっけ?」
 義父は歩きながら頷く。
「うん、その通り。―――無論、浄化もある程度はできるんだけど、それは武具の強さを確かめると言う意味合いで浄化を行っている側面が強い。だから自然、管理する森の規模は小さいと言えるね」
「“家”の規模は?」
 質問にうーん、そうだなぁと言って腕を組む。
「人数自体なら宗家である神藤、次いで明神、神原。その次位に多いんじゃないかな? 屋敷の規模もそれくらい」
「人数以外なら?」
 少し答え難そうに
「適切な表現かどうかは分からないけれど、戦闘に不向きと判断された人材が多い、かな。浄化の能力で言えば分家の方が高いと言われるくらいだ」
 用は職人集団(ギルド)みたいなもんかと納得。



 義父と取留めもない会話を交わしながら、頭の別の部分では違うことを考え続けていた。
 一昨日、神条の姓を聞いたときから、ずっと疑問符がこびりついてスッキリしない。
(どこで聞いたんだっけ?)
 最近どこかで聞いたような気がするのと、何かそれに関して重要な事を忘れている気がする。
 けれど、いくら首を捻っても答えが見つからない。
 いい加減思考を切り上げようと思うのだが、なかなか頭から離れてくれない。
(うーん)
 考え事をしたまま歩いていると義父が急に足を止めた。
「? どうしたんですか?」
「着いたよ」
「・・・・・・へ?」
 間抜けな声を返し辺りを見回す。
 沢山の人が住めるような大きな建築物は見当たらない。
 義父さんの視線の先を追うと、そこにはこじんまりとした平屋がある。
 その表札には確かに『神条』と書かれていた。
 こちらの表情を察して義父は小さく苦笑する。
「本当の神条のお屋敷はもっと違うところにあるんだ。けど現頭首はこの地を気に入っていてね。ここを主な生活の場所にして居るんだ」
「・・・・・・厭世的な方なんですか?」
 でなければ偏屈者だったり頑固者だったり。
 だったら嫌だなぁと内心思いながら尋ねる。
「いや、そんな事はないよ。やや職人気質ではあるけどイイ人さ」
 笑顔で答えながらインターフォンを無視して大きな声で呼びかける。
「シゲさん、居るかーい?」
 声をかけると、待たずにすぐ人影が現れる。
「よぉ、待ってたぜ、カズさん。久しぶりだな」
 頭に白い手拭いを巻いた、大柄で気さくな印象を受ける小父さんが姿を見せる。
 歳は四十くらい。義父と違い、相応の年を感じさせる。
「ああ、久しぶり。一年ぶり位かな?」
 義父も笑顔で応じる。
「そんなもんか?」
 互いの壮健を称えあってから、今初めて存在に気付いたようにこちらに視線を向ける。
「お、この子が、例の子かい?」
「そう、神崎(ウチ)で預からせて貰ってる黒河修司君だ」
「そうか、そうか。噂通り生意気な面してらぁ」
 初対面にしては失礼な物言いだが嫌味は無く、豪快に笑ってから手を差し伸べてくる。
「俺ぁ、神条(かみじょう)重明(しげあき)。不相応だが神条の頭首をやってる。堅っ苦しいのは苦手だから気楽に接してくれればいい。ヨロシク頼むぜ、坊主」
 その手を握って挨拶を返す。
「神崎さん家でお世話になっている黒河修司です。よろしくお願いします」
 言って頭を下げる。
 頭を上げると神条の頭首は眉間に皺を寄せて変な顔をしていた。
「カズさん。噂とでぇぶ違うみてぇなんだが、偽物か?」



 居間に通され、下座に自分が座り、卓袱台(ちゃぶだい)を挟んで三人がそれぞれ向かい合うようにして腰を落ち着かせる。
 無骨な湯飲みに緑茶が注がれていた。
「もうちっと砕けた感じでもオレぁ気にしねぇぜ?」
「はぁ・・・・・・」
 と正座した格好で気の無い返事を返す。
「客人なのに下座に座りやがって、客人はもうちょっと鷹揚に構えとくもんだ。じゃないと家人の方が恐縮しちまう」
 全く恐縮した感じの無い小父さんは言う。
神条(ウチ)に弟子入りするってんなら、ビシバシいくけどよ。坊主はカズさんの息子みてぇなモンだろ? だったら気遣いは無用だぜ?」
 どうしたもんかと義父に視線を送ると苦笑を返される。
 どうやらこの御仁、割かし強引なタイプの人種らしい。
 見かねた義父が助け舟を出してくれた。
「シゲさん。シュウ君は普段から年長者に対してはこんな感じだよ」
 眉を寄せて不満気に口を尖らせる。
「だがよぅ、あの腐れジジイに対して啖呵切って、しかも気に入られたんだろ? こりゃあちょっと大人し過ぎやしないかい?」
 失望とまでは言わないが、変な期待をされていた様である。
 そして自分の知らぬところで非常に不本意な噂が立っているらしい。
 気は進まないが間違いを指摘しておく。
「気に入られたと言うよりは、新しい玩具を見つけて喜んでるみたいな節が有りますけどね・・・・・・」
 こちらのウンザリ口調を小父さんは愉快そうに笑い飛ばす。
「そりゃぁ災難だなー、坊主」
 そーか、そーかと一人満足している。
 一頻り頷いた後、
「まぁ、あんまり気は遣わず、楽にしてくれや」
 了解の意味を込めて正座から胡坐に姿勢を変える。
 胸のポケットから取り出した煙草を銜えたまま、小父さんは満足そうに大きく笑った。
 ライターで火を付け、美味そうに吸って紫煙を吐く。
 灰皿に灰を落としてから、小父さんは表情を引き締める。
「さてと、カズさん。今回は一体どんな用件だ?」
 義父は無言で傍らに置いてあった竹刀袋を小父さんに向かって突き出す。
 それを同じく無言で受け取って袋の口を開き、中身を確認してから驚きの声を上げる。
「ってこりゃあ・・・・・・」
 場違いな物に対する疑念。
「フツノじゃねぇか」
 小父さんが驚くのも無理ない。
 アレは御神体として神崎に祀られているべきもので、少なくとも小旅行に持ってくるような代物では無い。
 義父は落ち着いた声で、
「しかもタダのフツノじゃないんだ」
「ぁ?」
 怪訝そうな声で(こしら)えを隅々まで観察し、異常が無いかをじっくり確認する。
 異常が無いのを確認し、嫌そうな声で刀身(なかみ)かと呟く。
「霊剣とか神剣とか、格の高ぇ(やつ)は我侭なのが多いんだよなー、もう」
 体格に似合わない情けない、半分泣きそうな声に口を挟む。
「我侭?」
「そ、我侭。持ち主を選ぶってのーか? 俺とかが抜くと臍曲げて嫌がるんだよ」
 そう言って泣き声で説明してくれる。
「でも、シゲさんは抜けるだろ?」
 自棄っぽく返す。
「抜くだけなら抜けるけど、嫌がるのは変わりねぇんだよ!!」
 義父は安心させるように微笑む。
「大丈夫、抜けるってことはシゲさんも実力者と認められてるってことさ」
「煽てたって何も出ねぇぜ」
 煙草を口に銜え眉間に皺を寄せると、ゆっくり握る手に力を込める。
 そして慎重に鞘から刀身を抜き出し、半分程が露呈したところで
「って、オイ!!」
 刀身の残り半分が無い。
 義父は笑みを作って
「あははは、実はソレ、タダのフツノじゃなくて折れたフツノなんだ。どう吃驚(びっくり)したでしょ?」
 小父さんの口元が引きつる。
 その反応を気にも留めず、
「いやぁ、流石に宗家からの借り物をそのままにしておくわけにもいかないから、シゲさんに直して貰おうと思って」
 小父さんは溜息を吐き、落ち着いた動作で煙草を灰皿に押し潰す。それから天井を仰いで、大きく深呼吸。
「カズさん―――今回は一体何やらかしたんだ?」
 小父さんは深刻な表情で義父の顔を窺う。
 義父は照れるように頭を掻く。
「いやー、本気で親子喧嘩したら折れちゃった」
「『折れちゃった』じゃねぇよ!! ったく。親子喧嘩に真剣使うなっての!!」
 ヤレヤレ口調で反射的に突っ込んでから、ふと言葉を反芻する。
「親子喧嘩?」
 ギギギと錆びた鉄のように首を動かして、義父に向いていた視線がゆっくりとこちらを向く。
「・・・・・・坊主か?」
「いやだなぁ、小父さん。そんなこと出来るわけ無いじゃないですかぁ」
 笑って誤魔化そうと試みるが、逆に断定したように問われる。
「坊主なんだな?」
「・・・・・・」
 目が泳がせ、どうしたもんかと再び義父を見る。
「シュウ君、大丈夫。シゲさんの口は堅いから特に問題にはならないよ」
 その発言は実質的に問いの答えを認めたようなものだが、どうやら自分の口で言わせたいらしいことを悟る。
 観念したように溜息を吐いてから口を開く。
「ええ、まぁ、喧嘩の相手は僕です」
「喧嘩の理由は?」
「えーと、その辺は前後不覚なんで覚えてないです」
 あはははと愛想笑いを浮かべ内心で言葉を付け足す。
(断じて嘘ではない。嘘では。―――事実でもないけど)
 小父さんはかっーと言って首を横に振る。
「何やってんだよ。大体直すって言ったって、真っ二つに折れた刀をどうやって直せって言うんだ?」
 ここで初めて義父が顔を曇らせる。
「あー、やっぱ無理かい?」
 小父さんはんーと唸り、難しい顔をして答える。
「無理だ、とは言えねぇ。だが大丈夫だ、とも言えねぇな。ここまで綺麗に折れてんじゃ直すより造り直した方が早ぇ。それにしたって時間が掛かる」
「どの位時間は必要になりそうだい?」
 小さく溜息を吐き、
「それこそ何とも言えねぇよ。フツノに認定されるような神剣、狙って創れる訳じゃねぇからな」
「そうか・・・・・・」
 気落ちした義父を見かねたように小父さんは腰を上げる。
「―――ちょっと待っててくれ」
 そう言い残して居間から姿を消し、すぐ戻ってきた。
 手には拵えの付いていない一振りの刀が握られている。
「取り敢えず、コイツを変わりに祀っとけ」
 そう言って義父に刀を渡す。
「これは?」
「こないだ遊びで創ってたら、偶然出来ちまった上物だ。コイツなら宗家の目も誤魔化せるだろうさ」
「ありがとう―――けど、いいのかい?」
 何を今更と呆れ顔で、
「いいも何も、代わりの刀が必要なんだろ? それに俺の家に置いていたって宝の持ち腐れってもんだ。だったら刀も祀られてる方が気分は良いだろうよ」
「・・・・・・恩に着るよ、シゲさん」
「ま、相手がカズさんだからの大サービスだ」
 豪快に笑う。
「拵えは後でそっちの折れたフツノのと変えるぜ」
 刀から目を離さないまま義父は尋ねる。
「銘は?」
「一応、暫定的に白雲って付けたけど、フツノの変わりにするんなら便宜的にフツノにした方が良いだろうな」
「ん、分かった」
「大事にしてやってくれよ」
 親が子を気遣うように優しく笑う。
 事実あの刀は小父さんが生んだ子なのだろう。例えそこに熱が宿っていなくとも。



Back       Index       Next

inserted by FC2 system