話が一段落したようなので疑問ついでに口を挟む。
「銘の付け方って、もしかして適等だったんですか?」
「いや、そうでもないよ」
柔らかな笑みを見せながら義父は否定する。
「本当なら名に
小父さんが説明を継ぐ。
「まぁ、その点は心配いらねぇよ。何て言ったって神条当主のお墨付きだからな」
自分の役職であるにも関わらず、その言葉はまるで他人事のようだ。
「それにな? 多分、坊主は勘違いしてるだろうがフツノはオンリーワンじゃねぇんだ」
言葉の意味を考え、眉間に皺を寄せる。
「あ、今有り難味が薄いって思っただろ?」
小父さんは笑いながら確信に満ちた声で問うてくる。
言い当てられた事に複雑な顔をして頷く。
小父さんはえーと、と指を折りながら義父に尋ねる。
「今は管理されてるだけで七本位か?」
「確かその位じゃなかったかな?」
問いに答えてから義父は視線の向きをこちらに変える。
「他にもトッカやムラクモ、クサナギが製造されてる」
「そもそも、なぜそんな風に?」
「んー、元々の表向きの理由はオリジナルが失われているから、それを再現してみようと言う心持からかな?」
「じゃあ裏向きは?」
大人二人は顔を見合わせ、小父さんが答える。
「要するにだ。『箔を付けたかっただけ』じゃねぇかと思うわけだ」
微妙な理由にしばし黙考。失礼にならない言葉を選ぶ。
「・・・・・・それはまた随分と見栄っ張りと言うか、―――子供っぽい理屈ですね」
「まぁ大概にして世間ってのはそう言うもんさ」
そう言う小父さんの口調はつまらなそうだ。
「じゃあ、銘が持つ力を一部行使できるのは副次的な効果だったんですか?」
「うん、そう言うこと。だから元々の作製理由と現在の作製理由は多少意味が違っているんだ。まぁその意味合いが変わったからといってどう言う訳でも無いんだけどね」
言って義父は肩を竦めて見せる。
息と共に思考の熱を逃がす。
なんともまぁ変な話だ。
フツノと言う高尚な銘を模した剣。その来歴を紐解いて見れば案外俗物的なものだ。
(―――いや、そう言うモノなのかもしれないな)
小父さんの台詞ではないが世間に対して、『そう言うモノ』だと認識させておきたかったのかもしれない。
「なぁ坊主、面白い話をしてやろうか?」
小父さんが不敵な笑みを向けて尋ねてくる。
その笑みにきな臭さを感じ取り、斜め向かいに座る義父にそっと目配せをする。
義父はのほほんとお茶をすすっていた。
それを見て、特に問題ない話題のようなので続きを促す。
「―――なんの話ですか?」
一層不敵な笑みを濃くして
「さっきの話の続きだがな。『箔をつけたかった』のは何も武具だけじゃねぇんだ」
言葉を聞き、それはなんだろうと眉間に皺を寄せ考え始めた所で、小父さんは素早く答えを明かす。
「姓もだ」
答えの意味を飲み込み、理解して、驚きの表情を向ける。
その顔を見て小父さんは唇の片側だけを上げた笑みを見せる。
「そうだ。神藤とその分家の中には元々『神』の字が付かなかった姓が存在した可能性が出てくる。そして―――気付いちゃいけない真実だ」
さらっと不穏な発言をした相手を細く睨む。
別に神藤の姓がどうであろうと、こっちは知ったこっちゃ無いし、関係無い。
だから、そんなことで一々驚いたりはしない。
先程、驚いたのには別の理由がある。
それは闇に葬られたであろう真実を簡単に告げてきた事だ。
真意を探るように相手を睨む。
(このオッサン、何を考えてる?)
脳内では瞬時に『小父さん』という認識が外れ、『オッサン』扱いになる。
義父は変わらずお茶をすすっている。それは危険な状況ではないと言う事だろう。
だが相手の意図が掴みきれない。
(なんの為に真実を告げた?)
答えの導き出せないまま脳は回転を続ける。
だがいきなりオッサンは別種類の意地の悪い笑みを浮かべる。
「―――いい眼だ。あの腐れジジイが気に入るのも納得だな」
その言にどうやら試されたらしいことを悟る。
「坊主、もうちょい余裕を持ったほうがいいぜ。それじゃ相手を疑ってますって教えてるようなもんだ」
間を空けずに反論する。
「アレでいいんだよ。こっちが警戒してるってわかれば相手も手を出すのを躊躇うから。それでも手を出して来る様ならソイツは敵だ」
オッサンが口元を引きつらせる。
「な、なんかエライ応答が横柄に変わってないか?」
「イエイエ、そんなことはありませんヨ」
偽善っぽい笑顔を向ける。
オッサンは嫌そうに顔を顰め、義父に顔を向ける。
「カズさん―――コレ、本当に
義父は一口お茶をすすってから、のほほんとした口調で返す。
「身持ちは硬い方だし、時期的なことを考慮してその可能性はないなぁ。残念な事だけど」
こっちはこっちで昔の義父の姿を思い浮かべようとして失敗に終わる。
「―――なぁ、なぁ、オッサン」
「お、オッサン!?」
えらく素っ頓狂な声を上げるオッサン。
何か疑問に思う事があるだろうかと首を捻る。
「オッサンだろ?」
「・・・・・・」
沈黙。
オッサンは大きく溜息を吐いて再び義父に顔を向ける。
「カズさん、何が『普段から年長者に対してはこんな感じ』だよ?」
「だからこんな感じだよ? シゲさんが好戦的にならなかったらあのままだったよ」
そうだね? とこちらに顔を向けてきたので渋々頷く。
「まぁ、昔の僕と似た扱いだと思ってくれれば多分問題ないよ」
再び嫌そうに顔を顰めるオッサンに横から口を挟む。
「で、オッサン。質問なんだけど昔の義父さんてどんな人だったの?」
「ん? んー」
考え込むように腕を組んで唸る。
「ま、坊主に似てるよ。今のカズさんしか知らなかったら無理もねぇけど、昔は相当ヤンチャだったぜ」
「へー」
耳はオッサンに向けたままで義父の顔を見る。
横で自分の話をされていると言うのに義父の顔は涼しいものだ。
「ま、若気の至りってヤツかな」
「カズさん。アレだけ無茶しといて若気の至りの一言で片付けるのは納得いかねぇんだが・・・・・・」
何となく二人の関係が見えてきた。
「何時頃からの付き合いなんです?」
「高二からかな?」
「だな」
なるほどーと頷きながら、もう一度自分と似ているらしい義父の姿を思い浮かべようとして―――やはり失敗した。
「それで、なんでそんな事話したんです?」
義父が居る手前、口調だけは丁寧に問う。
オッサンは煙草を吹かしてから
「若い内から宗家に関わっちまうと、自分の気付かないうちに洗脳されちまうんだよ」
その言葉に宗家に行った時の雰囲気を思い出す。
少なくともそういう空気を肌で感じる程度には思想が染められていたなと。御家万歳みたいな。
「んじゃ、オッサンは俺が洗脳さてるかどうか確かめてみたかったってこと?」
「有体に言えばそうなるな」
「ふーん」
「アレ? 反応鈍いな」
肩を竦めて見せる。
「興味深いとは思うけど、わざわざ立ち入るには壁が厚すぎ」
人間、束縛や強制は少なからず反発を生む。
だが自分の意思で決めた事に反発は生まれない。
その性質と群集心理を上手く利用して、無意識の内に思考を誘導させるような閉鎖的な空間を作り出す。
そうすれば後は勝手に思想が染め上げられたある種の扱いやすい人間の出来上がり。
なまじ精神的に未熟な子供だったりするとなおさら。後々まで影響が残る場合も多々ある。
だだ、そういう空間を作るのは口で言うほど簡単ではない。長い年月と下積みがあって初めて効果を発揮する類のものだ。
それに別に悪い事ばかりではない。昨今の世の中、自由がもて
それこそ死を覚悟する必要があったりするのに。
必要に応じて統一意思を持つことは悪い事ばかりじゃないのだ。
個人的には好きになれない理論だが、だからと言ってその有用性を全否定する気にもならない。兵隊は多いほうが良いと豪語する輩も居る。ようはメリハリの問題。
宗家のは行き過ぎた感が無いでもないが―――まぁ、関係無いし。
そして、それ以前の問題として
「君子危うきには近寄らずってね」
あんなクソジジイが居るとこに誰が好きこんで近付くものか。次に会ったときは本気で殺されかねん。
「ま、自分の意思を保ってるんなら話は終わりだ」
そう言ってまた煙草を吹かす。
「ああ、そうだ」
オッサンは思いだしたように言葉を続ける。
「用心深ぇ坊主の事だから喋らないとは思うが、今の話。宗家で口にすると目の敵にされるかもしれねぇから気ぃつけろよ?」
確かに宗家で発言するには微妙な話題だなと納得する。何しろその神性を疑問視するような話題なのだから。
本物か偽物かは兎も角。実際神様が居ることだし、変な思想を植えつけるのに弊害となりかねない。
ただ、だったらいらんこと教えるなよと心の中でツッコミは入れておいた。
とりあえず大人二人の会話を聞きながら茶をすする。
その内容は果てしなく愚痴っぽい。
これが分家の当主同士の会話なのかと思うとなんだか切ない気分になってくる。
「いっそ神崎は降格してもいいと思うんだけどなぁ」
「またかよ、カズさん―――当主のアンタがそんなんでどうする?」
「いや、まぁ、だって・・・・・・ねぇ? 神城とかのほうが家の規模も大きいし、あっちの御当主も実際歯痒く思ってるだろ?」
「そりゃまぁ否定はできねぇけどよぉ。寂しくなるじゃねぇか。こうやって宗家に対して大ぴっらに愚痴の言える相手が居なくなるのは、な?」
口で言うほど本気では無いだろうが、仕事に対しての不熱心さは伝わってくる。
言葉のニュアンスとしては、仕事は嫌いじゃないんだけど上司がなぁと言った感じだ。
世の中上手くいかないもんである。
聞いているだけでも面白かったが、好奇心ついでに口を挟む。
「でもなんで神崎は格下げされないんです?」
「ああ、それは宗家は神崎の秘宝を管理できる場所に置いておきたいからさ」
「神崎の秘宝?」
眉をハの字にして胡散臭そうな口調で尋ね返す。
そんな自分に対して義父は苦笑を返す。
「そう。神崎が神藤に招かれた理由。まぁ、時が来れば教えてあげるよ」
むぅと唸る。
最近どうも秘密やら謎やらについて考える機会が多い。更に言うなら少し食傷気味。
考えるのもそれなりには楽しいのだが、未消化のまま答えが出ないといのは中々に遣る瀬無い。
とそこまで考えて最近疑問に思ったことをまた一つを尋ねてみる。
「なぁ、オッサン」
「あん?」
オッサンと呼ばれるのに違和感が無くなったのか直ぐに返事が返ってくる。
「フツノってさ、名前の通り何でも切れるの?」
問いにオッサンは一瞬眉を寄せる。
「・・・・・・坊主、何考えてやがる?」
「んー、ちょっと疑問に思ったから」
疑わしそうな目を一瞬向けられる。
「―――
「実際のところは? って言わずもがなか」
オッサンは煙草を吹かし、真剣な表情で頷く。
「ああ、そう言うこった。そもそも
「いやぁ、あの時はマジで前後不覚だったんでよく覚えてないですよー」
誤魔化すような笑みに、このガキはと半目で睨まれる。
「んで、その模造品の再現率はどの位?」
「ま、精々三割ってとこだな」
「これ以上精度を上げることは?」
煙草の先を灰皿で押し潰して腕を組む。
「難しいだろうな。そもそも『神剣』を人の手で完璧に再現しようってのは無理がある」
技術者としてはなんとか問題を克服したいからこその渋い表情。
「それに現時点で十分な能力を備えている。唯でさえ使い手を選ぶってのに、これ以上強化したところで旨みは薄い。それなら量産化の技術を磨くほうが結果的には有用だろう」
「成程ねぇ・・・・・・」
情報を整理するために一旦口を閉ざし、五秒黙考。質問再開。
「でもさ、それってつまりは再現率が100%になれば何でも切れるってことだよね?」
一瞬顔を顰め、オッサンは困惑気味に頷く。
「理論上は、な。実際は使い手の技量も問われだろうし、人間如きが神器を使いこなせるのかっていう問題もある。それに―――」
「それに?」
どう説明しようかと考え込む仕草をして
「ちょっと面倒な話するぞ?―――フツノの刀身は言うなればハードだ。さっき再現率は三割って言ったが、こっちの出来はかなりのもんだと自負してる。ただ、フツノの名が持つ特殊能力。『何でも切る』っていうソフトには
「封印って世界からの?」
感心したように驚きの表情を見せる。
「お、よく知ってんな。星そのものが自身を守るために敷いている強力場だ。大障壁とかと同じだな」
「なんで星はそんなことしてるんだろーね?」
白々しく無邪気に笑う。
オッサンは目を細め真意を探るようにこちらを見る。
「・・・・・・おい坊主。オメェ、ホントはなんで大障壁が張られているか知ってるんじゃねぇのか?」
ニヤリと意地の悪い笑みを返す。
「推論くらいは持ってるんだけど、なにぶん突飛な話でね」
「ほう、そりゃ興味深い話だな。言ってみろ」
「オッサンもなんか知ってそうだから、そっちからどーぞ」
苦虫を噛み潰したような表情で
「とんだ食わせモンだな」
「ありがとうございます」
「一応言っとくが、褒めてねぇぞ?」
「知ってますよ?」
ニコニコしながら答えると、嫌なガキだとまた小さくこぼす。
そんな様子を義父は微笑ましい顔で見ている。
オッサンは一度大きく息を吐いてから、口を開いた。