EX2-4 神条家に行こう3

 現在、太陽系第三惑星の公転軌道上には惑星が四つある。
 『四つの星は元々一つだった』とされているが、ある時を境に四つに分裂することとなる。
 より正確に言うなら複製―――もしくは生成―――された。
 同質量で等距離に位置し、同じように自転し、同じように衛星の月を持つ。
 その時を境にして西暦から星暦へと暦は移ったらしい。

 なぜ分裂したのか?
 どうやって星を三つも複製(生成)したのか?
 そもそも本当に元は一つだったのか?

 疑問は尽きない。

 ただ僅かに残る書物と、思い出したように発見される遺物、そして不可解な現象が歴史を紐解く手がかりとなる。
 そしてその中の一つに『大障壁』と呼ばれる現象がある。

 旧西暦のヒトとヒトとの度重なる諍い。そして利便性を追求した生活。
 その両方を柱に様々要因が絡み合った結果、星の寿命を大きく縮めてしまった。
 だがそれに気付きながらもヒトは争いを止めず、そしてその生活を手放さなかった。
 加速度的に老いていく星を見限って、コロニーの建造や他の惑星のテラフォーミングも計画、推進されていたようではあるが、どうやら実現には至らなかったらしい。
 そんな時、突如として出現した星に人々は歓喜した。
 それこそ全知全能たる神に楽園を与えられたかのごとく。

 人々は老いた古い星を見捨て、(こぞ)って移民に臨んだ。
 そして生活が安定すると、また懲りずに諍いを始めた。

 争いに熱中している頃、ふと夜空を見上げると他の三つの星とその月が浮かんでいないことに気付く。それが偽物の空―――『虚空』の発生。
 更に曖昧な国境を境にして透明で巨大な壁が出来、モノの行き来が分断された。それが『大障壁』。
 そこに来て、人々は限られた区域に閉じ込められたことを(ようや)く悟った。

 その後、人間同士の争いはあったにせよ、少なくとも惑星規模で何かがどうとかなるようなことは無かった。
 ある意味において、世界はとても平穏である。
 更にその後―――莫大な資金を元に『大障壁』を中和する技術を見つけ、今は細々とした交流が続いている。



 説明を終えオッサンと義父を見ると唖然としていた。
 それを横目に冷めた緑茶を一口すする。
 掠れた声でオッサンが口を開く。
「坊主、そりゃぁいくらなんでも・・・・・・」
「だから言ったでしょ? 突拍子も無いって」
 肩を竦めて見せる。

 オッサンが始めた説明に対して、自分が知っている事を補足したのだが案の定半信半疑だ。
 むしろ疑いの方が強い。半分以上呆れたような物言いで
「大体証拠が無ぇだろ、証拠が」
「まぁ、その辺はおいおい探してみるよ。推論はあくまで推論。新しい遺物が発見されて、そこに修正の余地あればその都度考え直せばいいし」
 オッサンは何か言いたそうにしたが、眉を寄せて黙る。
「ただオッサンが言った通り、封印にしろ、大障壁にしろ、星そのものが自身を守るために敷いていると仮定するなら、そこまで間違っちゃいないと思うんだ。それに夢は大きいほうが楽しいっしょ?」
 似非っぽい笑顔を向けると、オッサンは嫌そうな顔をする。
「俺にゃぁ、妄想の類に聞こえるがな。大体、どっから星三つ分の質量を持ってくる?」
「その辺が問題なんだよねー」
「要するに妄想じゃねぇか・・・・・・」
 ヤレヤレと疲れた顔を見せるオッサンにニシシシと笑ってみせた。



 思い出したように壁掛け時計をみた義父が申し出る。
「もうこんな時間か。名残惜しいけど、そろそろお暇させてもらうよ。帰りのバスが無くなっちゃうから」
 それに対してオッサンは異を挟む。
「なんでぇ、泊っていきゃいいだろ? 大体、フツノの拵えをまだ直してねぇんだから」
「あぁ、そうか」
 どこか抜けてる義父である。
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうか?」
「そうこなくっちゃな」
 嬉しそうにオッサンは笑う。
「いやー、いい酒が手に入ったんだ。一人で飲むのも味気無くてよ」
 鼻歌を歌いながら奥へ行き一升瓶を持って帰ってくる。
 義父は酒を飲むことに関して、異論は無いらしい。
「シゲさん。先に電話を借りてもいいかな」
「おう、いくらでも使ってくれ」
 まだ飲んでも無いのに、やけに上機嫌に返す。
 義父は電話を掛けに廊下へ出て行った。

「・・・・・・そんなに酒好きなの?」
「まぁな。坊主は酒、いける口か?」
「飲めるけど好きじゃない。大体、大人が未成年に酒勧めるなっての」
 こちらの不機嫌な言葉にまた上機嫌で笑う。
「まだまだお子様だなー。それに俺ゃぁ飲めるかって聞いただけで勧めちゃいないぜ?」
「同意義だろ?」
「まぁ、そーだな」
 今度は悪びれも無く笑う。
「んで、坊主。話は変わるが飯は作れるか?」
「? まぁ人並みには・・・・・・」
 話の展開に付いて行けず怪訝そうに答えるとオッサンは人の肩にポンッと手を置いて
「じゃぁ飯作るのは任せる」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「―――オッサン飯作れねぇの?」
「応!!」
 打てば響くような、それはいい返事だった。
「オッサンって一人暮らしじゃねぇの?」
「気楽な一人暮らしだが?」
 それがどうかしたのかと視線で問うてくる。
 溜息を吐いてから高速でツッコむ。

 お前もかっ!?

 呆れ半分、怒り半分。うっかり口に出さなかった自分をちょっと褒めてやりたい。
(他に人の気配が無いから一人暮らしだろうとは思ってたけど、飯作れないのにどうやって生活してるんだ?)
 色々言いたい事はあったが、義父が台所に立つよりはマシだろうと思い至り素直に従うことにする。
「豪勢なものは期待すんなよ?」
「大丈夫だって。酒の肴になるようなもんで十分だ」
 ヤレヤレと思いながら台所に案内してもらう。
「材料や道具は好きに使ってくれていいぜ」
 冷蔵庫の中身と戸棚の調味料を確認しつつ、後ろからの声を聞く。
 自炊してない割りに材料は豊富だ。ある程度日持ちする物が限定でだが。
「オッサン、料理しないんだよな? なんでこんなに材料あるんだ?」
 尋ねてから振り返るとオッサンは渋い変な顔をしていた。
「まぁ、色々あんだよ」
「ふーん。通い妻でもいんの?」
「ち、違ぇよ!! 娘が時々様子見にくんだ」
 慌てたように反応するオッサンをマジマジと見てから、一つの仮説を打ち立てる。

「・・・・・・ロリコン?」
「坊主、俺を何だと思ってやがる?」
 怒りに頬を引きつらせるオッサンの言葉に安堵する。
「よかった、安心した。流石に性犯罪者とは関わりを持ちたくないから」
 ケッと舌打ちをしてからぶっきらぼうに種を明かしてくれる。
「・・・・・・実の娘だ」
 その言葉に頭の中で素早く算数を始める。
 義父と義母は早婚だと聞いた覚えがある。その義父と同い年のオッサンに子供が居るって事はこのオッサンも早婚なんだろうか? ―――まぁどうでもいいが。
 機嫌を損ねたらしいオッサンを無視して冷蔵庫から材料を物色する。
「歳は?」
「十五。坊主と同じ中三だ」
 酒の肴になって、なおかつ腹にたまりそうなもんって何か作れたっけと思いながら質問を飛ばす。
「へー。奥さんは?」
「そりゃ歳の事か?」
「いや、どこに居るのってこと」
 不貞腐れたような声で答えが返ってくる。
「別居中だよ。神条の屋敷にちゃんと居る。主に他家との折衝をしてくれてるだろうさ」
「ふーん。お屋敷はこっから近いの?」
「徒歩で十五分くらいか、そん位だ」
 微妙な距離だなと思いながら、とりあえず出し巻き卵でも作るかと卵を四つと賞味期限の近いカニカマを冷蔵庫から取り出す。
 廊下の向こうからは義父の声が小さく聞こえる。義母になにか言われているんだろうか、随分長電話だ。
「なぁ、坊主」
「ん?」
 小さめのフライパンに油を馴染ませるようにひいて、火をつける。
「やっぱ子供って片親だと不安になるもんか?」
 なんでそれを俺に聞くんだろうねーと思いながら卵を割って椀に入れる。
 カラザをどうするか一瞬迷ったが一緒に溶くことにした。
「―――それはさ、本人に聞くしかねぇだろ?」
 疲れが混じった苦笑を返される。
「聞けねぇから、坊主に聞いてんだよ」
 そりゃそーだわなと納得。
 調味料の中から出しの素を探しだして、少し混ぜてからまた溶く。
 台所に卵を溶くための椀と菜箸の擦れる音が響く。
「・・・・・・別居の理由はさ、感情的なもん? それとも止むに止まれる理由があってのこと?」
「半々だな」
 また中途半端な答えをと内心で吐息と共に思う。
(結局は当事者じゃないと答えはわからんしなー)
 溶いた卵の四分の一をフライパンに流し入れる。
 焼ける音が響く。
「別居歴は?」
「もうちょいで三年目」
「離婚の予定は?」
「あー、無ぇなぁ。温かみのある会話も無ぇし」
 事務的な会話だけって夫婦としてどうよ? と返答に困る愚痴を漏らす。
「明日いきなり離婚届突きつけられるのは男として恐怖だよなー」
 ああ、そりゃ恐怖って言うより多分驚きの方がでかいぞと心の中で思う。
 カニカマを中心に入れて巻き、更に四分の一、卵を加える。
「・・・・・・あんまり深く詮索するつもりも無いし状況もわからんから何とも言えん。でも、ま、普通に考えて少なからず寂しい思いはしたんじゃねーの?」
 フライパンを傾け、形を整えてから切り分ける。
 小皿に移しオッサンの前に置いてから、残りの半分を同じ手順で消化しにかかる。
「・・・・・・器用なもんだな」
「ありがとうございます」
 フライパンに油を引きなおしながら答える。
「今度はちゃんと褒めてるんだぜ?」
「知ってますよ?」
 嫌なガキだと小さくこぼしてから溜息を漏らすのを背中で聞いた。
 その様子をなんだかなぁと思う。

「なぁ、オッサン」
「なんだ?」
「でも、大切にしてるんだろ?」
 奥さんも。子供も。
 じゃなきゃ相手のことを気にしたりはしないだろうし、子供が訪ねて来る事も無いだろう。
「少しは相手に伝わってるんじゃねぇの?」
 その想いが。
「だったら、それでいいんじゃね?」
 不幸でないなら、それで。
「・・・・・・いいんだろうかな?」
 自信の無い声に無下な答えを返す。
「知るか」
「オイッ!?」
 オッサン涙目。
「そうであって欲しいと思う、身勝手かつ都合のいいただの願望っしょ?」
「・・・・・・」
 出来上がった二つ目の出し巻き卵を別の小皿に移す。
「言葉を交わして分かる事なら、ちゃんと会話しろよな。親子なんだから。考えてるだけじゃ、いつまでたっても答えは出ねぇよ」
 まぁ、話し合っても分からん事は腐るほどあるが。相手を理解する足しにはなるだろうと心の中で付け足す。
 んと小皿をオッサンに突き出すと、眉間に皺を寄せた顔で受け取る。
 次は何作ろうかなーと再び冷蔵庫を物色。
「・・・・・・うめぇなぁ」
 咀嚼する音を聞いて一喝。
「撮み食いすんじゃねぇ、行儀悪ぃ!! 皿並べるくらい手伝え!!」



 それから酒盛りを始めた大人二人にせっせと食い物を作りつつ、自分の晩飯を済ませる。
 途中親馬鹿バトルが勃発して仲裁に入ったり、執拗に酒を勧めるオッサンを殴り倒してみたり。
 付き合いきれなくなったので途中で片付けを始めた。
 相変わらず大人二人は酒盛り。飲み物は日本酒からワインになっている。
 別居して正解だったんじゃね? と思いつつあてがわれた部屋で寝床の準備。
 そのまま泥酔する可能性が高いが義父の分も一応準備しておいた。
 先に風呂を貰った後も、まだ飲んでる駄目な大人に見切りをつけて先に就寝。
 あー、無駄に疲れた。



Back       Index       Next

inserted by FC2 system