EX2-8 ある日の散歩・前編

 テクテクと。
 歩く。

 季節は冬に入り、気温をグッと下げた。
 北風は冷たく、ただ歩くだけでは中々体も温もらない。
 不健全な思考だが、昼間から布団の中に入って寝てしまいと強く思う。
 そんな自分がなぜ外を出歩いているのかと言えば休日の散歩だった。別に健康に気を遣っている訳ではないが、まぁ気分転換にはいいかと無理矢理ポジティブ思考へ持っていく。
 ただ憎らしいのは、それが自分の自由意思ではなく半ば強制された散歩だったからだ。

 誰に強制されたかと言えば、今まさにリードに繋がれ自分の前を歩く使い魔(ペット)
 裏の山は広いんだから放し飼いにしてはと思ったのだが
『使い魔の世話をするのは飼い主(マスター)の義務だろう?』
 と使い魔本人に諭された。―――いや、人じゃ無いんだけどね?

 普通のペットなら、散歩に行かなければ不調をきたすのだろうが使い魔には無用の心配だ。現に散歩に行くのは気が向いた日だけで日課と言うわけでもない。
 一応庭に鎖で繋がれては居たが、知能が高いので首輪の存在も在って無きに等しい。その上、勝手に出歩いて帰ってくる。
 その癖に散歩を強請(ねだ)るのは相手をして欲しいという甘えからなのか、たまには違った気分を味わってみたという傲慢な考えからなのか判断に苦しむ。

 そもそも使い魔の癖に文句が多い。
 やれ、ドッグフードは不味いから肉にしろとか、餌は肉が良いとか、ドッグフードは体に悪いとか。―――主に餌についての注文だったが。
 嫌がらせとしてスーパーで徳用の一番サイズが大きい、しかもその中で最も安いやつを買っている。
 文句を言いながら毎回残さず食べる辺り、餌を上等な物に変更してやる予定はサラサラ無い。
 だいたい餌も、無ければ無いで生きていけるのが使い魔だ。有るに越した事がないんだろうが、魔素さえあれば生きていける。

(マスター。それは早計と言う物だ。豊かな生活とは、彩りある食事と適度な運動、そして快適な睡眠だと昼のバラエティー番組も言っていたぞ?)
(勝手に人の思考読んでんじゃねぇよ!!)
 念話を送ってくる使い魔に同じく念話でツッコミを返す。

 この使い魔。空気を振動させて喋ることも可能なのだが、人の目が有る場所では念話を使う事にしていた。
 バレたら面倒な事になるのは目に見えている。

 そして今まさに人の目が在った。
 四歩半後ろを付いて来る少女。
 二週間程前に新しく家族に加わった彼女。雪や桜とは仲良くなったようで一先ずは安心している。
 だが、残念ながら異性である自分と義父には打ち解けていると言い難いのが現状だった。最低限の挨拶はするのだが、話しかける度に毎回気構えられると正直会話をしようという気が萎える。
 義父さんは気にした風も無く、辛抱強く話しかけていた。流石、大人。

 散歩の準備をしていると珍しく声を掛けてきて、一緒に行って良いかと尋ねられた。
 それを許可する旨を伝えてから一言も喋っていない。
 てっきり家では話し辛い話題でも持っているのかと思ったのだが、口を開く気配は無さそうだ。

 沈黙が重い。

 その重さに気疲れして溜息を吐きたくなるが我慢。
 沈黙が嫌なら自分から話しかければいいのだが、会話をするには遠く、他人のフリをするには近い。
 その微妙な距離が余計に声をかけ辛くしていた。
 通りすがりの人が見れば、一体どういう関係なのかと、不思議に思っただろう。

(そもそも会話のネタがないしナー)
 現実から目を逸らして思考に逃避したくなる。
(うワー、何話せば良いんダロー?)
 普段は大抵聞き役で、自分から話題を振ることはあまりない。
 ヒロスケやタスクを見本にしてみようかと思い最近の会話を思い出す。
 果たして彼女が食いついてきそうな話題はあっただろうか?
 七秒黙考した末に出した結論は
(・・・・・・ビミョー)
 使えねぇ奴等だと、自分の事は棚に上げて見当違いな感想を得る。

 そこでふと公園の入り口が見えた。
 普段なら通り過ぎるだけの場所だったが足を休めるには丁度良いかもしれない。
 振り返って尋ねてみる。
「そこの公園で少し休む?」
 少女は僅かに息を切らせ、上気した顔で頷く。

(アレ?)
 なんで疲れてるんだろうとやや疑問に思う。普通に歩いていただけなのに。
(マスター。歩幅が違うのを忘れてないか?)
(―――ああ!!)
 控えめだが的確なロキのツッコミに納得。
 ロキはヤレヤレと言いたそうな視線を送ってくる。

 これが走っていたのなら力場(フィールド)を使いもしたのだろうが、ギリギリで歩いて付いて来れる位のスピードだったのだろう。
 最初の頃は気に掛けていたが、途中からは完全に意識から外れていた。
 そうでなくとも、雪や桜から時々歩くのが速いと文句を言われる。二人よりも身長の低い彼女ならなお更だ。
 にも係わらず文句も言わずに黙って付いて来ていたとは。
 それは声も掛け辛いと言うものだ。

(うわー、俺って態度悪ー)
 年少者に気を遣わせてしまった事実に軽く凹む。
 なんでもっと早く気付かなかったんだろかとゆっくりめに歩きながら自分を責める。

(それはマスターが抜けているからだ)
 ロキのツッコミに今度は睨みを返す。
(事実だけど、お前に言われるとなんか腹立つな)
(マスター、それは理不尽と言うものだ)
 そんな会話をしながら日の当たるベンチに腰を下ろす。
 少女もベンチの左側に腰を下ろす。
 だが何故か自分と少女の間には、他に三人が座れる程のスペースが空いていた。
「・・・・・・」

 いや、別にカップルのようにイチャイチャしたいわけでは無いんだけどね?
 でも、ほら? なんつーか、こう。ね?―――会話するには不自然な距離な気がしない?

 北風が吹く。

(ああ、寒い。寒すぎるよ)
 物理的にも精神的にも。
 なんかちょっとホロリときちゃいそうです。
 等と馬鹿なこと考えつつ、なんとかならんかなぁとやや他人事のように思う。

「あ、あの・・・・・・」
「ん?」
 やっと喋ってくれた事に驚きと感謝を覚えつつ続きの言葉を待つ。
 たがそれっきり俯いて、言葉が止まってしまった。

 喋ろうとするが、言葉が出てこない。
 必死に単語を探して、それでもそれを声にすることが出来ない。
 不器用な懸命さ。
 そんな様子を見てああ、そうかと自然と悟る。

(急に変わることなんて、出来たりしないもんな)
 彼女が巻き込まれ、そして起こしてしまった事件を考えればなおの事。
 それでも彼女は頑張っているのだ。足掻くように。
 それはとても滑稽で、見る人によっては笑いすら誘ってしまうかもしれない愚かしい行為。

 でも、どれだけの人が思うだろう?
 自分と他者は明らかに違った異質な存在だと。
 そして普通で普遍な人間なんて居やしないということに、一体どれだけの人が気付くだろう?
 そんな想いすら、勘違いかもしれないのに。
 まして笑うか傍観するだけだった側の人間が、突然笑われる側に立った時。その人は何事に屈することもなく、すぐに再び立ち上がることが果たして出来るだろうか?

「―――ゆっくりでいいよ」
 泣きそうになっていた少女に向かってゆったりと声を掛ける。
 少女がこちらに顔を向けたのが見なくても分かった。

「焦らなくてもいいさ。時間は沢山あるんだから」
 言葉を作りながら目線は合わせず、ロキの頭を左手で少し乱暴に撫でる。
 すると迷惑そうだが、満更でもない様子でロキは目を細め、尻尾を振りはじめた。
 その反応に小さく苦笑。
 吹き抜ける風が冷たかったので、ベンチ全体を包むように力場を広げ、変形させる。
「あ、」
 力場が広がった気配に少女は小さく声を上げるが、今は無視。
 これで少なくとも北風によって体温が奪われる事はない。
 ロキと軽くじゃれ合いながら続きの言葉を気長に待つことにした。



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