EX2-12 宗家1

 長い石段を一人、黙々と上る。
 腕時計を見て、上り始めてからもう少しで一時間が経過することを確認。いい加減飽きたなと緩慢に思う。
 息を吐いて立ち止まり、周りを見渡してみても気分は一向に晴れない。
 前を見ても終わりは見えず、振り返っても霧のため雄大な景色は望めない。さらに両脇は鬱蒼と生い茂った木々。
 頭を掻きながら、どうしたもんかなと小さく呟く。
 目印になりそうなものは無く、本当に進んでいるのかと常人であれば不安に思うだろう状況で、特に深刻に思うことは無かった。ただ面倒臭いという感想が残るばかりだ。
(新手の結界かなー)
 溜息を吐いてから歩みを再開。相変わらず終わりの見えない石段に両足を機械的に動かすことで対処。
 これだけの石段を造った先人の労力に感嘆するより先に呆れる。
(どんだけ石段好きなんだよ、全く)
 普通の石段を造るだけなら人手と時間があれば事足りる。それだけでも結構な事だとは思うが、この石段はそれだけではない。
 巧妙かつ絶妙に力場(フィールド)へ干渉するよう細工されている。よくもまぁと、強く激しく思う。
 実家の石段と恐らく同じ作用をもたらす物のだろう。
 その作用は力場の歪みを矯正することだ。毎日繰り返していけば自然と正しい力場の形が身に付くよう配慮されている。その効果を期待して友人の特訓に利用していたりするが当の本人たちはまだ気付いていないだろう。それくらい巧妙だ。
 もっともその段数は段違いだったが。
(石段だけにねー)
 心の中で北風が吹き抜ける。
 一人オヤジギャグをかましてみるが楽しくないし、詰まらない。
 本当に暇だなと、思うより先に感じる。
 なんでこんな面倒な事せにゃならんのか。脳が勝手に回想を始める。



『ああ、ついに来たか・・・・・・』
 十日後に中学校の入学式を控えた三月の終わり。新しく届いた手紙に目を通してから、義父は困ったように笑う。
 見る? と言って封筒ごと差し出された手紙を受け取り、内容を確認しようとしたが一目見て眉間に皺が寄った。
 墨で綴られたで文字は草書体で書かれ理解し辛い上に、言い回しが微妙に古臭い。
 一体いつの時代の人間だよと眉間の皺を深くしながら解読する。
 内容を端的に言ってしまえば“黒河修司”たる人物を一度こちらに寄越せと言う内容だった。封筒を裏返して差出人を確認すると神藤聡厳と言う微妙に聞き覚えがあるような名前と、知らない住所が書いてあった。
『誰です? ってまぁ半分くらいは想像が付きますけど』
 義父は濃い苦笑を漏らす。
『多分、想像通りだろうけど一応説明しておくね』
 義父は柔から緊へと表情を改める。
神藤(しんどう)聡厳(そうげん)。かつて神藤の前衛部隊を指揮していた老翁で―――美咲さんの父だ』
 一拍の間を空けた放った言葉。そこに様々な想いが入り乱れている事は想像に難くなかったが、今はそれを知識とするだけに留め疑問点を解消していく。
『妖物退治での前衛と、通常の前衛との違いは?』
『基本的には同じものだと思ってくれればいい。ただ僕やシュウ君と違って浄化をしながらの戦闘が可能な点を除けば、通常の前衛と変わらないよ』
 この場合の敵とは当然妖物のことだ。
『ただその規模が違う。ウチは五人だけの零細企業だけど向こうは数十人単位だ。自然指揮する人間が必要になってくる』
 要は前線での戦闘指揮官と言った所か。
 溜息混じりに感想を述べる。
『そんなに人数いるんなら、一人くらい回して欲しいですねー』
『仕方ないさ。宗家は最大規模の森と他にも多数の森を管理しているからね』
 同意が返ってくるものだとばかり思っていたが、義父は苦笑を返すに留める。
 その表情には苦労を掛けるねと謝罪の念が篭っていた。

 神藤と神崎。
 宗家と分家。
 それ以外にも繋がりと、そして確執があることを知っている。
 確執があるから縁は薄く、わざわざ名指しで、しかも一人で来させろとのお達しなのだろう。
(面倒な事だな)
 内心での冷めた感想。
 大人同士の確執のはずなのに、いつの間にかそれに子供が巻き込まれている。そしてそれが皺寄せとなって降りかかる。
 それを理解してなお、確執が消えないのは互いに譲れぬものを持っているからか。

 誰でも譲れないものの一つや二つ持っているものだが、それで周囲を巻き込むのは大人としてどうか、とも思う。
 だから、その確執に対して積極的に介入するつもりは全く無かった。
 頼まれれば手を貸すつもりではいるが、頼まれもしない事に手を出すのは個人的な主義にも反する。
 世の中、良かれと思ってしたことが、ただのお節介だったなどということは往々にしてある事で、枚挙に(いとま)が無い。
 ならば何も知らない子供のフリをして精々内情を観察させて貰うとしよう。

 とりあえずの指針を決め、質問再開。
『それでその聡厳って爺さんが僕に何の用があるんでしょうか?』
 確執云々とは別に、正直言って面倒臭い。正直に言わなくても面倒臭い。要するに面倒臭い。
 その最たる理由として物理的な距離に問題がある。半日あれば目的地に付くだろうかと頭の中で地図を広げてみる。
『今は一線を退いて若手の育成に励んでいるらしいから、表向き若いシュウ君の実力に興味があるんじゃないかな? 後は研修みたいなものを兼ねるつもりなのかもしれない』
『では裏は?』
『・・・・・・』
 押し黙ってしまった義父に怪訝な目を向ける。
 義父はたっぷり間を置いて、自身の考えをまとめる様にゆっくりと口を開く。
『正直、よく分からないんだ。よっぽどの要事が無い限り、神藤(そうけ)神崎(うち)に口を出してくる事は無い』
 必要最低限度の事務的な連絡のみだと言葉を付け足す義父。
 それだけ関係が冷え切ってしまっている証なんだろうなと思う。
『今回の手紙は神藤聡厳からの個人的な手紙なのか、それとも宗家全体としての総意なのか、それさえも量りかねる。さらに言うなら、分家は宗家に対して基本服従だ。よってこの程度の要請は断れない。だからシュウ君、行動には十分注意して』
 真剣な眼差しを向けてくる養父に分かりましたと答えた後、一つの確認を取る。
『その爺さんは敵味方中立で言えばどこに属しているんですか?』
『先代の神崎からの確執と、過分に私情を挟んでいる事を自覚して言うなら間違いなく―――』



「敵、か・・・・・・」
 感情の籠らない、零すような呟き。
 そう言えば先代の神崎当主が何をやらかしたのか、質問しなかったなと省みる。情報は少ないより多い方がいい。

 意識を現実に戻し、視線を上げる。
 そこには(いかめ)しい門が扉を開けて鎮座していた。どうやら機械的に足を動かしていたのが功を奏したらしい。
 濃い霧のため中を窺い知る事は出来ない。だが門の大きさから山の中にも関わらず家はかなりの敷地を有しているものと思われる。
 門を潜る一歩手前で大きく溜息。

(本当に、面倒だな)

 門の奥に人が居る。姿はここからでは見えないが必ず居る。
 それは隠すことの無い闘気が自分に向けられているからだ。
「・・・・・・」
 意を決して門を潜る。



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